第八十六話 対決!真田幸村と明智光秀の巻
計算が狂ったのはどの時点からだったか…―――
イエヒサとテルモトに要所を任せた時か、ガティ要塞でカンベエを取り逃した時か、ボルチに実権を握らせた時か…
それとももっと遡って西部地方に侵攻をかけるようソーンクレイル兄弟を唆した時か…
(ふ…もはや悔やんだところで無意味か…)
いくら過去を振り返ったところで眼前で起きている事実は変わりようがない。
《皇帝の剣》は人為的に山津波を引き起こす驚くべき策で神兵部隊を一機残らず壊滅せしめた。
あの土石流に巻き込まれればいかに鋼鉄兵団と言えど無事に済むはずがない…今頃地の底で機能停止しているだろう。
そしてこのセキテ城には障害を突破した敵軍が一気に攻め寄せてきている。そこには寝返ったイエヒサ・テルモトの姿もある。
神兵部隊を失った今、その戦力差は歴然…もはや海賊連合に勝ち目は一つとして残っていない。
ボルチが縋るような目でミツヒデへと詰め寄った。
「こ、ここからどうすればいいミツヒデ!何か他に策はあるんだろうな!?」
「いや、残念ながらもうお手上げだな…せめてイエヒサ殿とテルモト殿が頑張っていてくれればね…」
「そんな…!うぐぅぅっ…あの裏切り者どもめぇぇぇ!!」
最後の引き金を引いたのは自分の分際でよく言う…
蹲る総大将をミツヒデは冷え切った視線で見ながら、言葉を続けた。
「ボルチ様、残された道は三つだ…覚悟を決めて討死するか、討ち取られる前に降伏するか、港を捨てて海へと逃げるか…」
絶望した表情でボルチは顔を上げる。そこには姉を撃った時の残忍な海賊の顔はどこにもなかった。
「し、死ぬのは嫌だ……降伏すると…俺はどうなる…?」
「まあ…十中八九縛り首だろう…我々は所詮どこまでいっても海賊、彼女らにとって生かしておく理由がない」
「い、嫌だっ!!死ぬくらいなら港なんていらない…俺は逃げるぞ!!」
葛藤も何もない。城も軍も捨てて総大将は逃亡することを選択した。
ボルチが僅かな側近の者たちと宝や金品をかき集めて身支度を整える中、ミツヒデは静かに踵を返す。
例え海に逃れたところで港を失った海賊に先はない…いずれ南部連合海軍に制海権を握られて彼らは囚われるだろう。
言ってみれば死期がほんの少し延びるだけだ。尤も、無人島などで今後人と関わらない生活を送る気ならば分からないが…
「我々も、そろそろお暇しましょうかぁ…」
大船団長室を抜け出して一人廊下を行く中、その先ではカシンと桔梗紋を身につけた兵士たちが待っていた。
どうやら先読みされてしまったか…自嘲気味にミツヒデは軽く笑う。
「ああ…本来ならヨルトミア公の首級を手土産に持参したかったのだが…私は彼女らを甘く見すぎていたようだ」
「ええ、ええ、そうでしょうとも…その侮りで信長も謙信も敗れ去りましたからねぇ…」
「骨身に沁みたよ…だがあの御方なら心配は要らない、何せ慎重すぎるほどに慎重だからね」
「それは頼もしい…では東部地方に参りましょうかぁ…」
向かう先は東部地方・ジークホーン公国…
当初は“転生者”として北条家の者が召喚されていたがその後カシンの働きかけにより“あの御方”の召喚が行われた。
以降、詳しくは把握していないが政権の乗っ取りに成功し、今やジークホーンは“あの御方”の国になっていると聞く。
前世より深く由縁のある間柄、そこまで逃れれば当然受け入れて頂ける筈…
「さようなら海賊連合、残念な結果になってしまったが共に戦ってきた時間は悪くはなかったよ」
最後に振り返ってミツヒデは独り言ちる。
ボルチは南海に逃れる、自分たちは陸路を行き山に入る…《皇帝の剣》は狙いを総大将であるボルチに絞るだろう。
僅かに目を伏せて彼らの今後の無事を申し訳程度に祈り、ミツヒデたちは北東へ抜ける隠し通路に向かっていった。
◇
それから数刻後…
唯一対抗できる戦力である神兵部隊と、最高指揮官である大船団長を失ったセキテ城は呆気なく落城した。
一度追い込まれれば元より根無し草である海賊兵たちの士気は低くそのほとんどが降伏、あるいはそれぞれの船で逃散。
最後の抵抗か、海賊たちの手によって火をかけられたセキテ城は真っ赤に燃えながら南の夜空を照らしている。
海賊たちが王を目指して戦った夢もこれで終わったのだ…
「ああ…またあの時の既視感だ…最近嫌なことばかり思い出す…」
月明かりの下、東部へと抜けるサイース山脈へと向かう道を往きながら長く続く竹林道にミツヒデは思わず呻く。
まるでこの状況は山崎の戦の後…あの時もこうして僅かな家臣たちを連れながら人気のない林道の逃亡を図っていた。
できれば二度と味わいたくなかった苦い思い出。この後は果たしてどうだったか、あの時は確か…―――
「…っ!!」
否、これは既視感ではない。本能からの警鐘だ。
過去の経験が思考よりも早くに危険を察知して同じ轍を踏ませないよう知らせているのだ。
それを悟ったミツヒデの反応は早い。咄嗟に下馬し、刀を抜く。供回りの兵が驚いて振り返った。
「ミ、ミツヒデ様!?一体どうなされ―――…ぐあっ!!」
「なっ…敵襲!?ぎゃああっ!!」
一瞬後、竹林から忍装束の集団が飛び出して斬りかかってくる。
完全に不意を撃たれた兵士たちは数人斬り伏せられながらもなんとか態勢を立て直して応戦した。
待ち伏せだ…自分たちがこうして逃げることすら読まれていたのだ。
眼前に立つ白髪頭の人影にミツヒデは忌々しげに舌打ちする。
「城を落とすだけに飽き足らず落ち武者狩りまで主導とはね…随分と意気込んでいるようだ」
「貴殿だけは逃すわけにはいかんのでな、色々訊ねたいこともある…無駄な抵抗はやめて頂きたい」
ユキムラだ。
闇夜に煌々と赤く燃える瞳を輝かせながら目の前に立ちはだかっている。
そして僅かに離れた後方には同じく静かに燃える暗赤色の瞳…カンベエである。成る程、この脱出経路を教えたのは彼女か。
ミツヒデは一度深く溜息を吐いた。
「一応聞いておこう、私に訊ねたいこととは?」
「…貴殿の背後にいる“真の主君”とやら…道行からして東部地方におるのであろう、その者の情報を」
まぁ、聞くまでもなくわかっていたことだ。ミツヒデは大仰に首を横に振って見せた。
「君もよく知る御方だ…いや、むしろ私よりも君の方がよく知っているだろう…」
「その台詞は以前も聞いた、名を教えて頂きたい」
「さあてね…」
おそらくユキムラは薄々勘付いている。だがここで答え合わせをしてやるというのも癪だ。
そしてこれ以上の情報をくれてやるつもりもない…べらべらと主君の情報を喋るほど愚かではない。
これ以上の問答は望めないと悟ったユキムラは懐に手を忍ばせ、紅い魔晶を取り出した。
「ミツヒデ殿…貴殿はわしを知らんだろうが、わしがこうしてここに姿を現したのは…―――」
「知っているさ、知っているとも…日本一の兵、真田幸村…直接戦闘に自信があるからこそ私を仕留めに来たんだろう」
「む…!?」
日本一の兵…それは大坂の陣の折につけられた渾名。
山崎の戦の後に落ち武者狩りに討ち取られたとされるミツヒデが知る筈もない。
だが事実としてここに知られている…ユキムラの表情に僅かな動揺と強い警戒心が浮かぶ。
それを見てミツヒデはくっくっと肩を揺らして笑った。
「君こそ私を知らないだろう…明智光秀、名も地位も失った男のその後の物語を…」
ミツヒデも懐に手を入れた。そして取り出すのは正反対の碧い魔晶…しかし性質は同じ“蓄魔晶”である。
ユキムラの目が驚きに見開かれた。愉快そうにミツヒデは笑う。
「まさか…貴殿も“再転生”を…!?」
「何を驚いている…まさか自分だけの専売特許だとでも思っていたのか?」
嘲るように笑った後、ミツヒデは魔晶を掲げて呟く。
「“再転生”…」
青白い光が立ち昇りユキムラは思わず目を瞑る。
コンマ数秒後、そこには大人の姿となったミツヒデ…流れるような黒髪の女剣士が刀を構えていた。
降伏を促すつもりだったがもはや仕方ない。瞬時の判断でユキムラも魔晶を掲げ、叫ぶ。
「“再転生”!!」
激しい火柱が噴き上がり、ユキムラもまたその姿を大人の戦闘形態へと変える。
十文字槍を構えるその姿にミツヒデ…もとい光秀はにやりと笑った。
「私を謀略だけの将と侮らない方がいい…これでも君より遥かに多くの戦をこなしてきたのでね」
対してユキムラ…幸村の顔に笑みはない。険しい表情で眼前の強敵を睨みつける。
「元より貴殿を侮っているつもりはござらん、戦うとなった以上…全力で討ち取らせて貰う!」
間合いを取った探り合いは一瞬…
明智光秀と真田幸村…その両名はほぼ同時に駆け、月光の下激しく得物を交錯させた。
【続く】




