第八五話 両兵衛、神兵攻略の策!の巻
「ク、クソがぁぁぁぁ…!何故だ…何故大船団長の俺に従わねえ…!」
イエヒサ隊、テルモト隊離反。
反転し坂落としの怒涛の勢いで自陣へと攻め寄せ防陣を突き破る二部隊にボルチは頭を抱えて蹲った。
ミツヒデは心底冷え切った目でその様を見ながら戦場を俯瞰し冷静に状況を整理する。
確かに“転生者”二部隊の離反は痛手、地の利も敵に奪われた…しかしまだ致命傷ではない。
何故なら此方にはまだ虎の子の神兵がいる。あれに対する対策を敵はまだ掴んでいない。
ミツヒデはどこへともなく呟くように呼び掛けた。
「…カシン、神兵部隊の出撃を」
「承知しましたぁ…して、標的は如何いたしましょう?」
その言葉と共に闇から溶け出すようにその傍へカシンが跪き、問い返す。
神兵の思考回路は単純だ。入力された命令を愚直なまでに、機械的に実行し続ける。
そこに恐怖や葛藤はなくただ己の使命を果たすのみ。頑強さや剛力よりもそこに人間の兵士より優れている点はあるとミツヒデは評価していた。
ミツヒデは思案する…一体どの者を狙えばいいか、その答えが出るのに時間はかからない。
「標的はリーデ=ヒム=ヨルトミア…彼女さえ討ち取れば《皇帝の剣》は崩壊する」
城門の奥…項垂れるように待機していた五十機の神兵が頭を上げ、眼光の如き赤い魔力光を灯した。
◇
一方ハンベエ・カンベエの両兵衛二部隊…
周辺地域の支城をすべて陥落させ、セキテ城を孤立させた後に本隊に少し遅れてセキテ城前へと到着する。
伝え聞いた戦況の変化にカンベエは驚きを隠せず共にぼそぼそと独り言ちる。
「…まさかイエヒサ殿とテルモト様を寝返らせるとは…、…いや…海賊連合の連携不足を見抜いた故か…しかし…」
“転生軍師”ユキムラ…
侮れない者だと認識を改めたがそれでもまだ足りなかったようだ。
勘が鋭いにしても鋭すぎる…まるで“転生者”の心を全て熟知しているような…
あの采配の根源を探るカンベエの傍、軽く笑ってハンベエが並び立った。
「ユキムラ殿は最後の戦国武将…だからでしょうね…」
「…近しい者のみならず…ありとあらゆる“転生者”のことを識っていると…?」
「何もかもとは言いません、ですがその者がどう生きどう戦いどう没したか…それを識っていれば心は読み解けます」
「…なるほどな…」
戦功や能力で言えば真田幸村という武将を上回る者はいくらでも存在する。
だが戦国乱世のありとあらゆる戦を識り、将を識り、己の糧とできる…それが能う者は実に少ない。
言ってみればこれは“二周目の戦国乱世”…より多くの情報を持つ者は何よりも強い。
「…つくづく…決着が有耶無耶にされたのは惜しい話だ…」
敵に回したくはない相手…だからこそどう攻略するか、軍略家としては燃えるのである。
ふつふつとフラストレーションを溜めるカンベエに少し呆れたようにハンベエは溜息を吐いて話を続ける。
「負けず嫌いはその辺にしておいて…次は我々の番ですよ」
「…わかっている…」
「ユキムラ殿は最高の策を成しました、であれば先輩である我々もそれなりの働きで応えねばなりません」
そう言って一瞥するは最前線の戦況。
天然の要害を攻略し怒涛の勢いで攻め進んだ《皇帝の剣》だったがその進軍は突然にして動きを鈍らせた。
原因は分かっている…神兵部隊が出撃してきたのだ。現海賊連合の最大戦力、剣も鉄砲も通じない鋼鉄兵団。
黙して傍に控えていたヴォーリがおずおずと切り出す。
「あれに勝つ方法があるのでしょうか…実際に戦った私は手も足も出ませんでしたが…」
「…そんなものはない…」
「え…?」
唖然。ヴォーリは目を丸くしてさらっと言い放った主君を見遣る。
剣も鉄砲も通じないならば魔術師部隊を持たない《皇帝の剣》が神兵を撃破することは不可能だ。
仮に甚大なダメージを与えて機能停止に追いやったとしても、それが五十機もいれば殲滅にどれほどの労力を割くことか。
だがこの御二方は自信満々に神兵攻略を買って出たはずでは…ヴォーリは度し難い胸中に混乱する。
それを見てハンベエは可笑しそうにくすりと笑い、カンベエはまだまだ未熟な配下にふむと小さく唸る。
「…ヴォーリ…戦というものは必ずしも戦って勝たねばならぬというものではない…」
「それは、つまり…?」
「百聞は一見に如かず、リーデ様とユキムラ殿に策を伝えてください」
ハンベエがぱしりと采配を振るうと伝令兵が駆けつけ、白と黒の双軍師の前へと膝をついた。
◇
「国崩し、撃てぇいッ!!」
並べられた大筒が火竜が炎を吐くかの如く轟音を上げて大口径砲弾を発射。
一砲兵士五人がかりで発射された『国崩し』の一斉射は眼前に群れ成す鋼鉄兵団に直撃、その身を灰燼と化…―――
「う、嘘やろ!?」
さない。
衝撃にわずかに仰け反っただけで無傷、重厚な金属音と駆動音を立てながら前進し続ける。
それを目視した兵士たちにも只ならぬ動揺が走りマゴイチは苛立ちながら急ぎ砲兵隊に後退を命じる。
「ホンマ腹立つなあ!異世界で鉄砲無双っちゅう話はどこ行ったんや!」
「鉄砲だけで天下が取れるならここまで苦労しとらんわいっ!全軍後退じゃ、後退!」
怒涛の勢いで突き進んでいた《皇帝の剣》だがここに来て五十機の神兵を前に押し返され始める。
その進軍速度は鈍重で決して速くはない、しかし神兵が正面に陣取っている以上彼女らには攻略の糸口がまるで見えていなかった。
神兵は真っすぐに《皇帝の剣》本隊へと向かって眼光…頭部の赤い魔力光で射貫く。その先に居るのは…
「どうやら狙いは私かしら…?」
「そのようですな…捨て置けばあのカラクリどもは地の果てまでも追ってきますぞ」
リーデ=ヒム=ヨルトミア…敵の狙いは総大将討ちであることは明白。
ミツヒデが看破した通り《皇帝の剣》はリーデがいなければ成り立たない。討たれれば組織ごと崩壊する極めて危ういバランスの軍。
《皇帝の剣》にとってそれだけは何としても防がねばならない…しかしリーデはその危機的状況にも不敵に笑う。
「分かりやすくて結構、つまり私の動き次第であいつらの挙動を支配できるということね」
自分が狙われているにも関わらずこういうことを言えるのがこの御方の恐ろしいところである…居合わせた将兵は痛感する。
ユキムラが苦笑しラキが呆れ半分で溜息を吐く中、一人の伝令兵が本隊へと合流した。伝令元は両兵衛隊。
リーデは差し出された文書を手に取りざっと目を通し、そして小さくひとつ頷いた。
「全軍、このまま後退を続けて!元の布陣に一度戻します!」
次いで、控えているサナダ忍軍へと目が向けられた。
「それとサスケ、サナダ忍軍にハンベエ直々のご指名よ」
◇
《皇帝の剣》、後退。
それを追う形で神兵隊はゆっくりと前進。左右からイエヒサ隊とテルモト隊が仕掛けるも見向きもせず。
対してハンベエ隊とカンベエ隊はそれぞれイエヒサ隊とテルモト隊が放棄した二丘陸に改めて布陣した。
「…神兵とは言っておるがな…このようなもの、ただの虚仮脅しにすぎん…」
西丘に布陣したカンベエが陰気な視線で高所から見下ろす神兵の移動速度は遅い。
そしてその速度は《皇帝の剣》を追って二丘陸の狭間に入った瞬間さらに低下した。巨体が狭道に干渉しているのだ。
強引に岩壁を削りながら進んでいるため完全停止することはないがもはや歩くような速度である。
機械的に最短距離でリーデを狙ったからこその行動であったが、それにより却って進軍は大幅に遅れてしまった。
「お、おお…」
「…自身で物を判断できぬカラクリなど所詮はこの程度…中に人が入っておれば迂回道も選んだろうに…」
だが動きを鈍らせたはいいが完全に停止した訳ではない。
このままではいずれ狭道を抜けるだろう…そうすれば《皇帝の剣》は再び追い立てられることになる。
かと言って攻撃が通じない以上破壊する方法はない。これは問題を先延ばしにしただけでは…
ヴォーリが疑う最中、スッと忍の一人が現れカンベエに報告する。確かサイゾーと言ったか。
「カンベエどの…こちらのしたくはととのった…」
「…早いな…」
「“ぷろふぇっしょなる”だからな…」
珍しくカンベエがくくっと吹き出した。
ユキムラが侮れないのは当然のこと、この子飼いの忍たちも恐ろしい存在だ。
何せ先の戦いではほぼ完璧な読みに対して火牛を一瞬で仕立て上げて窮地を脱した。敵としての厄介さはお墨付きだ。
おそらく小国ヨルトミアがここまで躍進したのはこの忍たちの働きによる所が非常に大きいのだろう。
「ハンベエ殿、こっちも準備万端ッス」
「ご苦労、仕掛けの出来は?」
「100点満点…と言いたいところだけどダメ出しされると怖いんで90点にしときます」
「よろしい、ボクのことをよく理解していますね」
一方、東丘ではハンベエとサスケがそんなやり取り。
本隊から両兵衛隊に合流して神兵の打開策を伝えられたサナダ忍軍は即座に工作に取り掛かり短時間で仕掛けを終えた。
忍たちの手際の良さもさることながら両兵衛隊によって資材が事前に用意されていた要因も大きい。
この緻密な策の積み重ねが実を結ぶ瞬間がまるで事情を知らぬ者にとっては魔法のように見えるのだとサスケは理解した。
「…カンベエ隊からも準備完了の合図が来ました」
「―――敵の位置もいいですね、では始めましょうか」
「了解!」
サスケが手を振ると上空で赤マフラーを纏った梟…サナダ忍軍・イデウラが旋回する。
その動きに応じて突如神兵部隊の進路前方に落石が起こった。潜んでいた忍たちが大岩を転がし落としたのである。
神兵の進軍が止まる…自立思考回路が障害物を検知、除去困難と判断し迂回ルートを進軍開始…
そして神兵たちは両翼の丘陸を上るべくそれぞれ方向転換、坂路を上り始めた…その時だ。
「今です、サスケくん」
「発破!」
轟!轟々!
合図とともに忍たちが丘陸各所に仕掛けた鋼鉄製炸薬杭打装置が作動。
元々攻城兵器としてマゴイチに開発されていた其れらは城門ではなく地面に向けて強烈に打ち込まれた。
地脈の要所を一箇所残らず打ち貫いた鋼鉄杭が引き抜かれるとやがて地響きが起き始め、丘陸に布陣する者は身を伏せる。
そして…―――
「「「…!?」」」
ドウッ!!
サスケは無機質な神兵の表情に動揺を垣間見る。
人為的に引き起こされた山津波は神兵たちを巻き込み、その質量にも拘わらず一気に押し流していく。
大自然の前には被造物など無力とでも言わんばかりに蹂躙。重力に従って二丘陸の谷間へと呑み込んでいった。
その時間はたった数秒…たった数秒で神兵たちはこの地上から姿を消した。
「………けほっ」
静寂。両軍の誰もが唖然と見守る中、ハンベエが咳き込んだ。
後には二つから一つになった丘陸がもうもうと土煙を上げるのみ…重厚な鋼鉄兵団は跡形も存在しない。
あまりの出来事に誰もが言葉を失ってぱくぱくと口を開閉させる中、白黒の軍師はそれぞれ笑みを浮かべた。
「…言ったであろう…戦って制する必要などないと…」
「力ではなく智を以て敵を封ず、これが軍師というものです」
地に伏せたままのサスケはすっかり変わってしまった地形を見、思わずツッコミを入れる。
「いや、これ…メチャクチャ力任せじゃないッスか…」
【続く】




