第六十一話 剣神、激昂の巻
翌朝…
剣神は招集に応じる獣人軍総戦力を以て出陣。車懸かりの陣にて攻め入った。
対する《皇帝の剣》はイルノームにより野戦築城を実行。防御に向いた鶴翼の陣で迎え撃つ。
両軍はモーガン城を目前にしたトリバー平原にて激突した。
「削ぎ落せ!」
剣神が命じると獣人軍による殺戮車輪が回転し始め、苛烈な攻めが敵軍を襲う。
対して初見は手も足もでなかった《皇帝の剣》だったが野戦築城と合わせたその守りは非常に堅牢。
正面から強烈な車懸かりを受け止め、モーガン城へは通すまいと一歩も引かずに堪え凌ぐ。
敵側の思いもよらぬ抗戦ぶりに剣神は思わず感嘆する。やはりこの者らは好敵手…
「ならば我が活路を開くか…行け!放生月毛!」
命じれば、前世の愛馬と同じ名をつけた一角馬が跳躍。
一騎の戦術兵器と化した剣神は拮抗する前線へと突き進むと輝く白刃…姫鶴一文字を抜き放った。
ただそれだけでいくつもの敵兵の首が宙を舞う。流れる水のように淀みなく、吹きすさぶ風のように鋭い一閃。
美しくも恐ろしいその騎馬の前に敵兵たちは畏怖し、堅牢な守りに穴が穿たれる。
「さあ、ここだ!切り崩せ!」
「させるかっ!剣神!」
今度は穿たれた堅守の穴に攻め寄せた獣人たちの首が宙を舞う。
もうもうと上がる雪煙を突き破って現れたのはロミリア=カッツェナルガ…《皇帝の剣》、最強の騎兵だ。
その電光のような一太刀を受けながら剣神は思わず口角を上げた。視線が激しく交錯する。
初めて会った時から戦い続けてきたこの騎兵は会う度に強くなって現れる。
いよいよ自分と同じ域まで到達してきたか…
「ああ、お前はまるであの山県昌景だな…ここで決着するには実に惜しいが、倒さねばな」
「そう焦ることもないだろう…!存分にロミリア=カッツェナルガの力を味わっていけ!」
激しい雷雨と猛吹雪がかち合うように無数の剣閃が交錯した。
その実力はほぼ互角…剣神を先頭とする獣人軍は押し留められ、両軍は拮抗したまま完全に停止した。
所変わって本陣、ユキムラは焦燥感と共にその光景を睨みつける。
互角だがあくまでこちらは守りに徹しながらの互角、いずれ均衡が崩れればそのまま総崩れになる危険性も高い。
そうなる前に剣神の背後を脅かさねば…―――
「頼んだぞ、サスケよ…!」
ユキムラは祈るようにして獣人軍後方、サナダマル参式を見やる。
◇
「くっ…さすがは本拠、敵の守りもいつも以上に堅いでちね…」
サナダマル城壁上…
ウサミは歯噛みしながらモーガンへと攻め入る獣人軍の後姿を見守っていた。
戦闘開始から数時間が経過…本来ならば既に剣神たちは城門を突き破り敵本拠へと雪崩れ込んでいるだろう。
しかし今回の敵は非常に手強い。まだトリバー平原へと押し留められ、一歩も引かずに耐えきっている。
「だが…この前線拠点がある以上こっちの有利は変わらんでち、今回でダメなら何度でも攻めるまででち…」
攻め落とせなければ獣人軍は一度ここに引き下がり、カスガ山城からの補給を待って再び攻め込むという手段も取れる。
対して敵軍はもはや本拠しか残っていない状況だ。いくら守りを固めようとあとは消耗していくだけ…
獣人軍は圧倒的な有利な状況にあることに間違いはない。しかしこの妙な胸騒ぎは何だろうか…?
その時だ、背後から轟音が鳴り響いた。
「でちっ!?」
驚いたウサミが思わず振り向くと奪った城の各所が火を噴き上げ、めきめきと音を立てて崩れていく。
それがサスケの仕掛けた爆弾の仕業と言うことにウサミが気付く由はない。
それだけではない、蔵に捕らえていた人間たちがいつの間にか脱走。武器を手に城兵たちを打ち倒し始めたのだ。
一体何が起こっているのか…その喧騒の中、サスケは蔵から救出したリカチと顔を見合わせる。
「すいませんでしたリカチさん…こういうことなんです」
「ったく、こういうことは先に言ってよ!…ま、アンタが裏切るなんてありえないと思ってたけどね!」
ほぼ全戦力で敵陣へ攻め入ったため城の守りは非常に手薄だ。
僅かに残った城兵の獣人たちはあっさりと捕縛され、ほんの僅かの時間で城の制圧は完了した。
あまりの衝撃にウサミはよろめく…まさかこの城を奪わせたのは北部連合の罠だった…?
「くくくくっ!気付くのが遅せえなあ!ウサミ!」
「お前っ…!騙したでちね…!?」
いつの間にかマサムネがウサミの傍に現れ、鉄砲をその背に突き付けていた。
ウサミには部隊に引き入れる前にもこの眼帯の少女に覚えがあった…
ティーダを亡ぼした時、囚われて引っ立てられた際に無様にも地に這いつくばって命乞いした“転生者”。
あの時ウサミは殺すことを進言したが剣神は興が削がれたとして拒否。人足部屋送りで沙汰となった。
それから半年ほど…まさか雌伏の間も謀略の牙を研ぎ続けていたとは…
「待ってたぜぇ、この時をよォ!真田には感謝してもし足りんくらいだぜ!」
「ひっ、卑劣な!こんな手を使って恥はないでちか!」
「ねえな!このマサムネ、そんなもんとっくの昔に捨てた!独眼竜は泥中を這ってでもいずれ天に昇る!」
ウサミの戦闘能力は無に等しい。
マサムネが命じると部下たちがその小さな身を押さえつけ、さしたる抵抗もなく縛り上げた。
少し遅れてサスケが城壁の上にやってくる。
「やったのか、マサムネちゃん!」
「おう、遅せえぞ!これで剣神は陳宮を失った呂布よ!」
「…降伏してくれますかね…なんか戦い続けそうな気もしますけど…」
「気付かれねえ可能性もあるな…―――…よし!」
マサムネは城に備えてあった一本の大長槍に目を向け、部下たちに命じた。
「こいつの先っぽにウサミを括りつけて城壁の上で晒してやれ!」
◇
後方で上がった爆発音、そして激しく噴き上がる炎。
その異常事態には剣神も思わず振り返り、目を丸くする。
前線拠点となるべき城が炎上している…一体何が起こったというのか。
その答えはすぐに判った。竹に雀紋…伊達家の旗が燃え上がる城に高く掲げられたのだ。
「伊達…!あいつめ…!」
マサムネ…伊達家に連なる者とは聞いていたが彼女の前世を剣神は知らない。
ティーダを落とした時は殺す価値もないと見逃したがその判断は大きな失策だ。
結果としてこうして謀反を起こされ背後を脅かされている。
「これはユキムラの策なのか…?」
直感し、そう呟く。
戦では一切引けを取ったつもりはない。一夜城に対しては攻めあぐねたがそれも一時的なものだ。
しかし外からは調略により、内からは叛乱により形勢を覆され、いつの間にかこの最後の局面で剣神とその部隊は完全包囲される形となった。
戦術面では劣っても戦略面で制していくこの戦い方は覚えがある。
幸隆ではない、そのさらに上…全国の戦国大名を震え上がらせた甲斐の虎…
「これでは…まるで晴信と戦っているようではないか…」
今まで一切不惑だった剣神の動揺はすぐに部隊へと伝播する…
前方の《皇帝の剣》と、後方の伊達…挟まれていることを察した獣人軍は激しく動揺し始めた。
やがて剣神に反旗を翻した獣人たちが軍の左右から挟み込むべく動き始めたという報が入ればさらに混乱は深まる。
普段ならば剣神は一喝して統率を保つところだったが、今の彼女の心持はそれどころではなかった。
「ウサミは…ウサミはどうなった…」
剣神は燃えるサナダマルを凝視する。
そんな時だ、城壁の上からするすると大長槍が高く掲げられる。
その長槍の穂先…そこには縛り上げられたウサミが括りつけられていた。
剣神はカッと目を見開く。
「ウサミ!!」
ぷつり…
剣神の中で、何かが切れた音がした。
「許さん…!」
轟…!
怒気が大地を揺るがし、戦場に氷雪が吹き荒れる。
突然の天変地異に両軍は戦闘を中止、渦を巻く吹雪の中心に立つ剣神から蜘蛛の子を散らすように逃げ離れる。
諸人の凝視の中、彼女の艶やかな黒髪はぞわぞわと白銀に染まっていき、黒い瞳は金色へと輝きだす。
すっかり神じみた姿へと変わった剣神に、その姿を見た兵士たちは本能的な恐怖を刻みつけられた。
剣神が吼える。
「義無き者どもよ!貴様らはこの“転生軍神”が根絶やしにしてくれる!」
彼女を中心に渦を巻く吹雪の渦が爆ぜ、凍てつく風が両軍見境なく襲いかかる…!
◇
「おお…!あれはまさしく多重神権…!」
トリバー平原から少し離れた丘の上。
フードを深く被った妖しい人影、呪術教団のカシンは感極まったように呟く。
「死後、神と称されるようになった魂は、この世界に召喚される際に女神の加護とは別に自身の神権を持つ…」
カシンは思い返す。
かつて北部諸国や獣人たちを唆し、最終的に剣神をこの世界に召喚することに成功した。
あの時は期待したものだが結局、剣神は自身の武将としての能力だけで北部平定寸前まで戦ってきた。
期待外れか…そう思っていた矢先だ、激しい怒りが女神の加護どころか自身の神権までも呼び覚ましたのだ。
結果、こうなった。多重神権に目覚めた剣神を中心に激しい雪嵐が吹き荒れ、逃げ遅れた者は瞬時にして凍りついていく。
その標的は敵だろうと味方だろうと見境ない。おそらく激しい怒りで自分でも制御できないのだろう。
「いやあ…良いものを見せて頂きましたぁ…これで私の研究も捗りますねぇ…」
含み笑いにフードを震わせ、カシンはトリバー平原に踵を返す。
多重神権の存在証明は成った…後は“かの人物”をこの世に降臨させるまで…
その計画を成す前に剣神の怒りに巻き込まれてはたまらない。
「では…少々名残惜しいですが皆さんさようならぁ…もう会うこともないでしょう…」
彼女の本気を引き出したなら、この地方はあと一日もしないうちに人一人住まわぬ絶対零度の大地と化すだろう。
それほどのものなのだ…この世の理を曲げ、神を超える神の力を持つ者、それが多重神権所持者だ。
しかし…―――
「しかし…もしかしたらユキムラさんなら…なんとかしてしまうかも知れませんねぇ…」
“かの人物”…召喚が成功すれば間違いなく多重神権所持者…
その者を追い詰めたのが生前のユキムラ…真田幸村だ。即ち“神殺し”の素質がある可能性がある。
尤も、追い詰めただけで実際に殺したわけではない。あくまで可能性がある程度だ。
カシンは若干後ろ髪を引かれる思いを感じながらも…陰に溶けるようにしてその場から姿を消した。
【続く】




