第六十話 北方戦線、最後の戦いの巻
「クソがッ!これで全部振り出しかよ!」
モーガン城会議室、苛立ったヴェマ殿が机を強く叩いた。
サナダマル参式から撤退した北部連合の戦況は再び不利側に傾いた…否、以前よりももっと悪い。
何せあの城は獣人領の目鼻先にあると同時に我々の目鼻先にもあることになる。
あそこを起点に攻め入られれば今までなんとか耐えてきたモーガン城も最早守り切れはしまい。
そうなっては調略してきた獣人たちも掌を返し再び剣神に従い始めるだろう。
そして何より…
「まさか剣神の他にも“転生者”がいたとは…ここにきて予想外だ…」
「サスケ殿もです、まさかあの人が裏切っているなんて…」
ロミィ殿とトウカ殿が呟き、裏切りという言葉にリーデ様がぴくりと反応する。
非常に強欲で独占欲の強いこの御方…きっと聞きたくない言葉としては上位一位二位を争うだろう。
「許せないわね…“転生者”はともかくサスケは必ず生かして捕らえなさい、二度とそんな気が起こらないようにしてやるわ」
「リ、リーデ様…サスケ殿にも一応同情の余地はありますから…」
憤慨するリーデ様をラキ殿が宥める。
一体何をされるのか気になるところではあるが、今はそういう状況ではあるまい。
“転生独眼竜”マサムネと、剣神に囚われたサスケ…
あの二人はどうしたことか獣人軍の部隊長に上り詰めており、サナダマル参式を奪取したのもあの二人。
城を守っていたリカチ殿とその部隊も捕縛されたのだろう…ヤツらに鉄砲も使われていた。
剣神を攻略しかかっていたのが一転、絶体絶命となってしまった。
―――…と、言うのが表面上の戦況である。
「おそらくは…サスケもマサムネも心から剣神に従ったわけではありますまい」
皆の視線がわしへと向く。
“今陳宮”…マサムネは剣神の軍師であるウサミをそう称した。
陳宮公台といえば三国志における知略に優れた軍師の一人…この世界で知る者はごく僅かだろうが…
前世での将は過去の功績になぞらえ“今孔明”や“今張良”のように大陸の名将に例えられることが度々あった。
それに倣ってマサムネは今陳宮と称した訳ではあるが…違和感を覚えるのは例えた人物名である。
陳宮公台は名軍師ではあるが、その功績からしてなぞらえたとしても決して掛け値ない褒め言葉ではない。
むしろその悲劇的な末路を知る者からすれば半分悪口に片足を突っ込みかけている。
そこからマサムネの性格を合わせて推測するに…
「あの二人は剣神の懐に潜り込みその片腕、“今陳宮”ウサミを狙っておるのでしょう」
「根拠はあるの?サスケはともかく、そのマサムネを信頼できるとは思わないけど…」
「…信頼はできませぬ、しかし信用はできる…ヤツは前世からそういう者でした…」
そう、マサムネに関してはよく理解している。
竜の如き苛烈さに内包した蛇のような狡猾さ、敵に回せば厄介だが味方にすればもっと厄介。
ヤツは剣神に従うフリをしながら虎視眈々とその背中を狙い続けているに違いない。
太閤殿下にも内府にも態度だけは頭は下げたが常にその心中の最上位は自分一人…そういう性格だった。
わしは大坂の陣で何度もヤツと槍を交えた、ある意味サスケ以上にヤツのことを理解しているつもりだ。
皆が納得したのを見れば、話を続けよう。
「剣神はいずれサナダマル参式に入城し、このモーガンへと攻め入ってくるでしょう」
地図の上に碁石を置く。
白、黒、黒…追い詰められている白側が我が軍だ。
「だがそこでマサムネたちが謀反、剣神が城から出た機に寝返れば我らとマサムネとで挟み撃ちの形となる…」
地図上の碁石を白、黒、白に置き換えた。
裏切るならこの瞬間しかない。マサムネたちはここでウサミを捕らえるつもりの筈だ。
「同時に我らに内応する獣人勢力を二方から動かす…さすれば完全包囲の完成でござる!」
さらに黒の両側へと白を二つ置く。
いくら剣神とてここまで包囲されれば打開は不可能…即ち我々の勝利。
状況はだいぶ違うが対ダイルマ戦と同じ、絶体絶命転じて総大将を討つ桶狭間作戦である。
「おそらくこれが最後の戦い…剣神との因縁にここで終止符を打ちましょうぞ!」
わしの言葉に、会議に参席した将たちは力強く頷いた。
勝っても負けてもこれが最後…どこかで歯車が掛け違えば亡びるのはモーガン公国と我々の方だろう。
そんな未来にするわけにはいかない。この北部の戦いも未だ天下への道筋の只中にしか過ぎないのだから…
◇
「ユキムラたちとの戦いもこれで終わりか…なんだか惜しいな」
サナダマルに入城した剣神はウサミの献策を聞いてぽつりと呟いた。
モーガン公国を攻め落とせば北部地方は平定、しばらくこの地から戦いがなくなることになるだろう。
それは剣神にとって本意ではないはずだ…何しろユキムラちゃんたちとの戦いを心から楽しんでいた。
できることならこのままずっと戦っていたい、そんな願いが言わずとも伝わってくる。
「何、敵はあいつらだけではないでち!天下にはまだまだ沢山強い奴がいるでち!」
どこか消極的な剣神をウサミが焚きつける。
ウサミとしては戦いを早く終わらせて領国統治に専念したいはずだ。何せ今はカスガ山城付近以外荒れ放題である。
剣神はその隠れた願望を見抜いて少し反省したのか、ひとつ頷いた。
「うん…わかった、さっさとあいつらをやっつけて…落ち着いたら新しい敵を探しに行こう」
「その意気でち!どこまでも剣神さまにお供するでちよ!」
そうして主従は目を見合わせて軽く笑う。
そこから少し離れた場所で、俺は久々に見知った顔と対面していた。
細身のオーク族…大会で決勝を争ったガジマ。今は剣神の直属部隊に着任しているようだ。
「やあサスケ君、君も軍に取り立てられたと聞いて安心したよ」
「ガジマさん、その後はどうッスか?」
「ああ、私が栄誉ある立場についたことで一族も救われたよ…だが、君にはすまないことをした」
「…やめてください、あれは俺が覚悟ができてなかっただけなんスから…」
やっぱりこの人はいい人だ。
しかし所属しているのは剣神の直属部隊…おそらくは次の戦いで最も戦死する確率が高い。
俺たちの策を明かすべきか明かすまいか、そんな迷いも知らずにガジマは言った。
「君のお陰でヒューマン族も一概に悪い者ばかりではないとわかった…私も目が覚めたよ」
「俺のお陰で…」
「ああ、この戦いが終わったら私は奴隷に落とされているヒューマン族の解放を剣神様に直訴しようと思う」
ガジマは爽やかに笑った後、言葉を続ける。
「その時は…是非私の妹を妻に貰ってくれないか?」
衝撃が奔った。
彼の一族は極めてヒューマン族に近い、肌色の違いこそあれど妹さんも美人だったし悪い気は…
いやいやいや、そうじゃない!こんな理解のある人を戦死させる訳にはいかない!
俺は思わず口を開きかけ…―――
「おい!仕事放っといて何やってんだ!早くこっち来て手伝え!」
「マ、マサムネちゃん…」
「おっと…邪魔してしまったようだね、次の戦いはお互い生き残ろう!では健闘を祈る!」
呼び止める間もなくガジマは去って行ってしまった。
呆然とする俺に、間一発割り込んだマサムネは深く深く溜息を吐いてじろりと睨みつける。
「…お前よォー、甘ちゃんにも程がありすぎねえか?」
「で、でもあの人が戦死するのは…」
「割り切れ、戦ってのはそういうもんだ、良いヤツだろうが悪いヤツだろうが死ぬ時は死ぬ」
マサムネは軽く肩をすくめてそう言った。
そう、戦においては人の善悪は関係ない…誰もに平等の生と死が与えられる。
ガジマだけではない、俺やマサムネだって次の戦で死なないとは限らないのだ…誰もが割り切って戦に臨んでいる。
だとすれば、俺ができることは…―――
「このバカな戦をとっとと終わらせる…それしかないってことスか…」
散々心が揺さぶられてようやく腹が決まった。
どんなに汚い手を使おうがどんなに憎まれようが戦さえ終われば人死には起こらない。
だとすれば片側に肩入れして中途半端な真似などしている場合ではなかったのだ。
やるからには徹底的にやる、重要なのは過程ではない…そこに残った結果が全て。
俺の瞳に宿った炎にマサムネは軽く驚いた顔をし、続けてにやりと笑った。
「ようやく覚悟が決まりやがったか…さんざん手を焼かせやがって、青臭いガキがよォ」
「お陰様で…もう迷いませんよ、どんな手でも使ってやろうじゃないッスか」
マサムネが突き出してきた拳に、こつんと軽く拳を当てる。
決戦の開始は明日の朝…剣神は精鋭部隊を率いてモーガン城へと攻め入る。
ウサミはこの城に残って後方支援だ。そこが最初で最後の狙い目となる。
最終決戦の時は刻一刻と近づいているのだった…
【続く】




