第五十九話 サスケとマサムネ、真田丸ぶんどり作戦の巻
「まさか俺がサナダマルを攻めることになるなんて…」
カスガ山城から出発して平原を進む中、俺は呟く。
ウサミから下された命令…それは北部連合が建てた中洲の城を攻め落とせというものだった。
少し前から獣人たちの間では一夜で忽然と現れた魔城と噂となっており、それを聞いた俺は直感していた。
そんな非現実的な築城を可能にするのはおそらくユキムラちゃんの仕業だろう…
誇らしい反面、今からそれを攻め落とすとなると肝が冷え上がる思いだ。
それを聞いたマサムネは鼻を鳴らして馬鹿にするように笑った。
「何が真田丸だ、一夜城っつったら太閤のパクリじゃねえか」
「感じ悪いなあ…マサムネちゃんもその策知ってたんなら先に使えばよかったじゃないスか」
「う、うるせえなっ!あんな真似できる土手人足が北部にはいねえんだよ!」
となるとイルトナからイルノームを連れてきたんだろうか…
だとすれば城の防御は堅牢極まりないだろう。正攻法で落とすのはほぼ不可能に近い。
だからこそ、今こんな格好をしているわけで…
「いいか!今から俺たちは獣人領から命からがら逃げ延びてきた敗残兵!」
そう言ってマサムネが振り返るのはかつて鉱山で働かされていた囚人仲間たち。
俺の起用により晴れてウサミ隊の一員となった彼らには獣人軍を内部から破壊する作戦を打ち明け、その後も俺たちと共に行動している。
しばらくは上等な服を着ていたのだが今は薄汚れた鎧と兜、それらは剣神に敗れた北部の国々の装備だ。
「申し訳ないなんて気持ちは捨てろ!俺たちのやることが結果として剣神打倒に繋がるからよォ!」
俺たちの隊がヒューマン族のみで構成されていることを利用し、マサムネはとある策を立てた。
それは獣人領から逃れてきた敗残兵のフリをして保護されて入城、その後油断しているところを城を内側から乗っ取るという策である。
つまり《皇帝の剣》の仲間たちを今から欺くという訳で…
マサムネが浮かない顔をする俺の肩を叩く。
「一番心配なのはお前だよお前、おいコラ!聞いてんのか!」
「そうは言ってもね…ずっと一緒に戦ってきた仲間ですよ、それを騙すのはちょっと躊躇いが…」
「バカが!騙して城を奪ったフリをしてウサミを騙すんだよ!騙す×騙すは逆に正直!いいな!」
もうそれは何が何やらわからないよマサムネ…
俺の葛藤も裏腹に、敗残兵に扮した俺たちの部隊は例の城前へと到達。救援を求める狼煙を上げる。
それを確認した櫓の見張り兵が此方に目を向け、驚いたような顔をした後引っ込んだ。
やがて城の跳ね橋が下ろされ、よく見知った顔がこちらへと駆け寄ってくる。
「サスケ!サスケじゃないか!無事だったんだね!」
城を守っていたのはリカチだ。
心底心配してくれていたのか満面の笑みで駆け寄ってきて俺の手をしっかと握る。
抜け目なく騙されそうにないトウカや白兵戦で鬼のように強いロミリア様に比べれば御しやすい相手である。
だがそれ故に騙すことに対する罪悪感が強い…心の中で謝りながら俺は返答した。
「え、ええ…敵の本拠から命からがらここまで逃げてきたんスよ…あ、こっちは同じく剣神に捕まってた人らで…」
俺が指すと、マサムネが目頭を押さえる。
「ううっ…私たちようやく助かったんですねサスケさん…まるで夢みたいです…!」
その言動はまるでか弱い少女のよう…
本性を知る俺は思わず背筋に寒気が奔ってしまったが城の兵士たちには効果抜群。
こんな少女でも獣人たちに囚われて酷い目に合わされていたのだろうと同情のムードが一気に広がった。
「くくく…チョロいもんよのォ…」
「アンタに人の心はないのか…」
密かに舌を出すマサムネに小声でツッコミつつ、俺たちは城へと保護される。
そして一様に温かく迎えてくれた皆に精神をボコボコにされながらも俺は心を鬼にして城の配置を偵察。
ユキムラちゃんの癖通りに築城されていることを確認すると、弱点である各所に仕掛けをしていった。
そしてマサムネに合図を送ると、マサムネはにやりと笑って頷く。
やがて作戦決行の夜が訪れた…―――
◇
「助けていただいたお礼です!皆さんにお料理を作らせていただきました!」
意外にもマサムネの料理は非常に美味い。
こんな性格と風貌をしていながらも食べたこともない美食を次々と繰り出してくる。
カスガ山城の獣人たちもその腕前に何人も陥落し餌付けされて懐柔されていった。
そしてこのサナダマルの城兵たちも同じくだ…マサムネの作ったスープに皆が舌鼓を打っている。
それが一時的に全身を麻痺させるシビレ茸入りとは知らずに…
「なっ…これ、は…―――」
「…すんません、リカチさん…本当にすんません…」
「サ、サスケ…まさか…!」
俺は行動不能になった兵たちに謝罪しつつ牢屋代わりの蔵へと搬送していく。
リカチとは目を合わせることができなかった。さすがにここで堂々としていられるほど肝は太くない。
やがて城兵を無傷で全て捕らえ終われば、城の跳ね橋を再び川岸へと落とす。
幾ばくもしないうちにウサミが獣人軍を率いてやってくるだろう。それでサナダマルの乗っ取りは完了だ。
櫓の上でウサミたちの到着を待ちながらマサムネは呵々と笑った。
「はっはっは!ご苦労ご苦労!楽勝だったなオイ!」
「俺のメンタルはもうボロボロですよ…こんなひどい作戦初めてだ…」
「あぁん?いい勉強になったじゃねーか!オレ様に感謝しろよ!……お?」
マサムネが遠方に目をやり怪訝そうに首を傾げた。
嗚呼…一番見たくなかった旗印が城の異変を知って慌てて駆けつけてきたようだ…
部下たちが城壁の上からリカチ隊から奪った鉄砲を構えるとその部隊は急停止。よく見知った白髪頭が前に出る。
マサムネはにやりと笑って声を張り上げた。
「よぉーう!久しぶりだなぁ真田!オレ様だよ、オレ様!“転生独眼竜”マサムネちゃんよ!」
先頭の白髪頭…ユキムラちゃんは驚いたような顔の後、険しい顔で怒鳴り返す。
「貴様も召喚されておったとはのう!前世の内府に次いで今世では剣神の走狗か!相変わらずじゃな、伊達よ!」
マサムネは痛いところを突かれたように顔をしかめた。
だが圧倒的有利にいるのは此方だ。すぐに気勢を取り戻し、俺の肩に手を回しながら叫ぶ。
「何とでも言え!テメエの可愛い忍もオレ様が寝取ってやったぜ!便利な手駒提供してくれてありがとよ!」
寝取られた覚えはねえ!
思わず抗議しようとした俺の足をマサムネは踏みつけ、小さく囁く。
「…ここはオレ様に合わせて裏切ったフリしとけ…、ほれ…!ぴぃすだよぴぃす、だぶるぴぃす…!」
「…ええー…マ、マジかあ…」
ここはとりあえず従っておくしかない。
俺は羞恥心を捨てて両手でピース。こちらを睨みつけるユキムラちゃんへと愛想笑いを浮かべた。
「ユキムラちゃん!俺、マサムネちゃんの忠実な家臣になりました!ごめんなさい!」
いや、どういうプレイをさせられているんだろう…
俺の宣言を聞き、ユキムラちゃんもさることながらその隣に居るサイゾーが悲しいほどに動揺している。
許せサイゾー、帰ったら甘いお菓子を沢山買ってやるからな…今は騙されてくれ…
「はーっはっはっは!この通りだ!残念だったな、真田よォ!」
マサムネは愉快そうに高笑いし、黙り込んだユキムラちゃんへと追い打ちをかける。
そしてちらりと北の方角を一瞥、ぞろぞろと城へ向かってくる獣人軍を指した。
「そしてこの城も獣人軍の今陳宮ことウサミ様が差し押さえる!命が惜しくばとっとと尻尾巻いて逃げるこったな!」
「―――……全軍撤退じゃ!現戦力では城を奪還できん!」
それを聞いたユキムラちゃんは馬を返し、全軍撤退を指示。
おそらくはこのサナダマルを放棄し本拠であるモーガン城まで引き下がるつもりだろう…
去り際にもう一度振り返ったユキムラちゃんと視線が交錯する。
(マサムネは“陳宮”の名前を出した…これで気付いてくれ、ユキムラちゃん…!)
心の中で念じるとユキムラちゃんは一度頷いた……気がした。
おそらくは伝わること前提でマサムネもわざわざ例えを出したのだろう。
つまり“転生者”同士にしか通じない暗号のようなものだ。
マサムネが声低く呟く。
「…通じたと思うか?」
「ええ、おそらく…」
「…まぁ、真田なら心配いらねえな…ヤツの小賢しさは嫌というほど知ってるからよォ…」
どうやらマサムネはマサムネなりにユキムラちゃんを信用しているという訳か…
だが先ほどの挑発、どちらも間違いなく本気だった。演技でお互いあそこまでの対抗心を燃やすことはできないだろう。
二人は前世で一体どんな関係だったのだろう…
そんなことを考えているとやがてウサミ率いる部隊が城へと到着。上機嫌で此方に駆け寄ってくる。
「見事!見事な働きでち!やっぱりお前たちを取り立てておいて正解だったでち!」
…こっちを騙していることにも若干罪悪感はある。
俺はひょっとして忍に向いてないのではないかと思いつつ称賛を受け取った。
ウサミは跳ねるようにして城壁に駆け上がって南…モーガンの方角を見据える。
「しかし…北部連合はもはやこのままにはしておけんでち…」
聞くところによると調略により獣人軍の内部崩壊は進みつつある。
獣人軍を建て直すには離反が本格化する前に北部連合を打倒し、この地方を剣神の名のもとに平定するしかない。
ウサミは力強く頷き、宣言した。
「この城を起点にモーガン公国を攻め落とすでち!これが最後の戦いでち!」
【続く】




