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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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敗北のサード

「それでこれからなんだけど、冥界いこうぜ、冥界」


突然の言葉に皆がヘルメスに視線を集中した。


今はガウリスが自分の部屋の片づけをして荷物をまとめている。

でもガウリスの部屋は最初からキッチリと片付けられていたからサッと要る物、要らない物って分けたらもう出かけられる準備ができてしまったけど。


ガウリスはバーリアスを見て申し訳なさそうに頭をかいて、


「ええと、すみません、バーリアス神に庇護されている方とは聞いたのですが、まだお名前を伺っていなくて…」


「バーリアス神に庇護されてるヘルメスっていいまーす。改めてよろしく~、ガウリス」


バーリアスはガウリスと握手をする。


さっきは私越しにゼルスと話したけど、まさか今、生身の神様と握手してるだなんて思っていないわよね。

ガウリスには本当のことを言ってあげたい。でもバーリアスには言うなって止められてるし。


「あなたがバーリアス神に庇護された方だと分かる気がします。明るくのびのびとしていてどこにでも行けそうなお方です」


微笑みながらガウリスがバーリアスに対してそんなこと言っているけど、それ本人だから当たり前なのよ。ああ言ってあげたい、でも言えない。


心の中で突っ込みながらもどかしい気持ちでいると、ヘルメスはヘヘッと笑って顔色も変えずいけしゃあしゃあと言ってのけた。


「いやぁ、信仰心の篤い人からのお墨付きが貰えるなんて光栄の極みだねぇ」


こいつ…神様のくせにサードと同じくらい平然と嘘をつくわ。そういえば嘘の神様でもあるんだっけ。…それより何で嘘と泥棒?神様のくせに…。


「それでヘルメスさんは冥界に行くとおっしゃっていましたが…」


ガウリスが聞くとバーリアスはうんうん、と頷いて身を乗り出す。


「冥界になんてめったに行ける所じゃないんだ、行かなきゃ損、損!」


まるで冥界は楽しいところみたいなノリで言っているけど、実際はそんなテンションで軽く行くところじゃないでしょ…そもそも死んだ人が行くところだし。


それはアレンも思ったみたいでバーリアスの隣に移動して質問する。


「けど冥界って死んだ人が行くところだろ?俺らどうやって行くんだ?まだ死にたくねぇよ?」


するとバーリアスは片手を腰に、片手を胸に当ててズイッとアレンに身を乗り出した。


「ご安心を!我らが偉大な神、バーリアス神に庇護されたこの(わたくし)めヘルメスがしっかりと冥界にお導きいたします!」


アレンはヘルメス…じゃなくてバーリアスの言葉に目を輝かせた。


「すっげー!バーリアス神に庇護された人って冥界にも行けるんだ!」


素直に信じて目を輝かせるアレンにバーリアスはただニマニマと笑っている。すごく楽しそう。


「ところで準備ができましたので、冥界に行きますか?」


ガウリスがそう言うから部屋の中を見ると、すっかり片付けられてがらんとしてしている。


「もういいの?最後にお父さんとお母さんに会って挨拶とかは?」


ろくに両親たちと別れの挨拶もできなかった私はゆっくり挨拶する時間は必要と思ってガウリスに声をかけたけど、ガウリスは頭を横に振る。


「いいのです。父の性格上、別れの挨拶などしたら数日ほど離さないでしょうし、母は神殿の者から事情を聞けば納得してくれるでしょうから」


と言いながら、ガウリスは少し心配そうな顔をサードに向けた。


「ところで先ほど勝手に皆さんについていくと言ってしまったのですが、よろしいでしょうか…?」


そんなことを改めて聞かなくたって。私もアレンもガウリスはもう仲間だって思っているのに。


…でもその最終決定権をするのはサード。


全員がサードに視線を向けると、サードはバーリアスがいるから表向きの顔で微笑んで、


「私は構いませんよ、戦力が増えるなら」


と答えると、ガウリスはホッとした表情を浮かべた。


「それなら冥界に行きますかっと。はーい、勇者御一行様冥界に御案内ー」


バーリアスはかぶっていた帽子を取ると振り回して、はいこっちこっちー、と私たちを先導しながら神殿の外に向かって歩き出す。


他の神官たちはガウリスが神官から除名処分になったのをまだ知らないのか、口々に、


「おでかけですか、いってらっしゃい」

「気を付けて」


と笑顔で見送って、ガウリスも微笑みを浮かべて行ってきます、と言うだけ。


「誰にも言わないで行くつもり?」


「この程度の別れでいいのですよ。あまり長く話すと泣いてしまいそうなので」


泣きそうっていう言葉とは裏腹にガウリスの表情はとても軽くスッキリとしているから、冗談で言っているのか本気で言っているのかよく分からない。

でもガウリスがそれでいいなら、別にいいのよね。


「冥界に行くときの注意事項がございます」


神殿が見えなくなってきた辺りでバーリアスは帽子をかぶり直して向き直る。


「まずは冥界にある食べ物を決して食べてはいけません。食べたら冥界から戻れなくなります。現世に戻れない、つまりは死にまーす」


「うわっ怖えー」


アレンが両腕を押さえて身震いする。

そんなアレンの反応にバーリアスは気をよくしたみたい。楽しそうに身振りを大きくしながら話し続ける。


「そして冥界に行くには色んなルートがあります!普段俺が通るルートだと三つの頭を持つ犬とか、船乗り場の爺さんとかに会って色々と面倒なので別の簡単なルートから行きたいと思いまーす。最近知ったルートなのよ、そこ」


バーリアスは話しながら背を向けてまた歩き続ける。


「どんなルートなの?怖くねぇ?」


アレンが聞くとバーリアスは笑いながら頭を横に振る。


「怖くない、怖くない。ただちょっと急な崖のある長い洞窟みたいなもんだよ。昔はでかい岩でふさがってたみたいなんだけど今は特に使われてねぇから岩寄せたんだって。だからちょっと遊びがてら見に行って、ああここ楽に通れるわって分かってさ」


「まさかヨモツヒラサカではないでしょうね」


サードが表向きの顔でハハ、と笑いながら言うとヘルメスは、


「あー、そんな名前だったかなぁ?東洋の言葉難しいからよく覚えられなくて…」


急にサードが立ち止まって私とアレンの行く手を両手で阻んだ。

驚いてサードを見ると、サードからは表の表情は引っ込んでいて裏の表情が出ている。


「てめえ何者だ」


バーリアスは「ん?」と振り向いて、睨みつけているサードを見たあと、あちゃー、と頭をかいた。


「あーあ…。もうちょっとお楽しみは取っておきたかったんだけどなぁ。うっかり言っちゃったな」


やっちまったとかすかに笑いながらバーリアスはサードに向かって手を伸ばした。


「改めて、ヘルメスです。サンシラ国ではバーリアス、あんたの住んでた世界ではヘルメスって呼ばれてた。商売繁盛、旅先安全、泥棒や嘘、伝言の神様ヘルメスってね」


あんたの住んでた世界…?

もしかしてこのバーリアス?ヘルメス?って、サードの住んでたところで信仰されてた神様なの?


でもサードは何を言っているのか分かって無さそうな(いぶか)しそうな顔でバーリアスを見てから、ゆるゆると私を睨みつけた。


サードの視線が、


「てめえ、知ってて黙ってたな…?」


という怒りに燃えている。


思わず私は視線を上空に逸らして何も知らなかったもん、というふりをしておく。…もうバレてるけど。


「バ、バーリアス神ですか!?あなたが!?そのようなこととは知らず、先ほどは偉そうなことを…!」


ガウリスは驚いた声を出して、あわあわと手を動かして頭を下げるけど、バーリアスは「いいの、いいの」と軽く手を動かしてやめさせた。


「本当はさ~、親し気に冥界の王のオッサンと話して『どうしてそんなに親しげなの?』『それはね、俺が賢いバーリアス神だからだよ!ババーン!』『ええー、うそ信じられなーい!』『キャー素敵ー!』っていうの目論んでたんだけどなぁ~。あーあ、俺を最高に魅せる計画が全部パァ」


パッパッと居場所を変えて一人芝居をするバーリアスを見て、私はガックリきた。

神様が現れたら皆混乱するから黙ってろと言われたんだと思ってたのに、そんなことのために言うなって合図を送ってきていたの…。そんなくだらないことで…。


「…妥当(だとう)に考えりゃそうだよな。おめえがカームァービ山にエリーを助けに行ったって時点で怪しいもんは感じてた。神に庇護されたくらいの人間が行ける場所でもねえだろ」


「まあね」


サードの言葉にバーリアスは簡単に頷く。


「すっげー疑われてるなぁーとは思ってたんだけど、それでも利用価値がなくなるまで泳がせとこうって考え、嫌いじゃないぜ☆お前は俺を信仰するにふさわしい人間だと思うんだけどなぁ。どう?信仰してみない?」


「死ね」


「神様は死にませーん。星座になって生き続けますぅー」


プークスクスとバーリアスが笑うとサードはイラッとした。


「この聖剣、何でも切れるっつーなら神も斬れるんだよな」


サードがスラッと聖剣を抜くとガウリスが慌ててその手を上から押さえた。


「いけません!神に剣先を向けては!」


「サード、それは流石にヤバいって。神様に目つけられたらヤバいって」


アレンもサードを止める。


「あっはは、神殺しにでもなるつもりか?まあ、俺素早いから逃げ切る自信あるけどね。でもどうであれ俺が居なきゃ冥界にゃ行けないし、あの毒の生物をどうにもできなくなるんだぜ?殺すなんて物騒なこと考えないでくれよ」


「…」

サードもそれはその通りだと思ったのか、大人しく聖剣を鞘に戻す。


「そんで冥界のオッサンは芸術的なものに造詣(ぞうけい)が深くてさ。サード、お前踊れるだろ?サードの踊りでオッサンを感動させてくれよ?じゃねーと言うこと聞いてくんねーだろうし」


「…あ?」


サードが眉間にしわを寄せてバーリアスを見る。


「えー、サード踊るの?どんな踊り?激しい系?」


アレンがさっそく食いついて興味深そうにサードに聞きにかかる。

でもそれは私だって気になっているからどんなものなのかぜひとも聞きたい。見るとガウリスもアレンと同じように興味を持ってサードを見ている。


でもサードは怪訝(けげん)な表情のままバーリアスを見た。


「何言ってんだ、俺は踊りなんて踊れねえよ」


バーリアスは笑いを浮かべて、


「またまたー、ヨチヨチ歩きの頃から習ってたじゃんか。ほら、三歳から七歳までさ」


それを聞いたサードは一瞬表情が変わったけど、すぐに表情は戻った。


「何の話だ?」


神様に隠しごとは通用しないんだけど…サードはどこまでも俺は知らないってことで突っ切ろうとしてるみたい。


バーリアスはジッとサードを見て、腰に手を当てて軽く苦笑する。


「やっぱ思い出したくないし無かったことにしたいか?だよなぁ、七歳の子供の時に…」


「言うな!」


バーリアスの声が聞こえなくなるくらいの鋭い一喝がサードから飛び出して、思わず私たちは驚いてサードを見た。

サードの顔つきがいつもと違う。血の気の引いているし顔も引きつっている。


サードは引きつった顔のままヘルメスを睨みつけた。


「お前、何で知ってる…?」

「だって俺神様だもん」


サードは目を半眼にして地面を睨みつけて、黙って口も閉ざす。そうやってサードが何も言わないから私たちも口を挟めなくてただ黙っている。


話から察するにサードは三歳から七歳まで踊りを習っていたみたい。でも何か思い出したくもないし、無かったことにしたいくらい嫌なことがあった。

…でもいつも偉そうで傲慢でいつも余裕綽々(しゃくしゃく)の態度のサードがこんな血の気が引いて引きつった顔をするなんて、一体踊りで何があったの…?プライドの高いサードが思い出したくもないほど変な踊りだとか?


するとサードはゆっくりと目を上げた。


「…仮に踊れたとして、何でそんなことしないといけねえ?」


「冥界のオッサンは気難しいから俺らの頼みを突っぱねるんだよ。だが芸術的なことに造詣が深い。だから芸能事を見て感動させたら俺らの望みを聞いてくれる。前も竪琴を引いて歌った男の演奏に感動して死人を生き返らせたこともあるんだ、だから踊りを踊れるサードの出番ってわけ」


「…」

サードはバーリアスに背を向けた。


「帰る」

「ちょ、どこに」


アレンがサードの肩を掴んで止める。


「そんなことするぐらいなら帰る。他の国に行けば他の方法で水のモンスターを消すやり方があるはずだ」


「何を仰っているのですか。知識のあるロッテさんも手を上げたほどのことなのですよ、どうにかできる方法がこれだと神も仰っているのですよ」


ガウリスもサードを引き止める。


「そうよ、なんのためにここまで来たのよ。あの水のモンスターをどうにかしたら沢山の人から尊敬の目で見られるからってここに来たんでしょ?それに私たちがあの水のモンスターをどうにかするために動いてるのは結構広まっているはずよ?」


本当に広まっているのかは分からないけど、スライムの塔近くの宿屋のおじさんは話好きな人だったし、あの宿屋には宿泊する人が殺到していた。だから宿泊してる冒険者たちに私たちがこれからどうするかって話した全てをそのまま言っているような気がする。


サードは私を睨んでくる。


「てめえも貴族なら踊りぐらい踊れるだろ」

「踊りっていったって…」


礼儀作法として習うには習ったけど…でも王家のパーティーに呼ばれたことなんてないからダンスなんて…あ。


「村の収穫祭りの腕を組んでクルクル回るダンスなら得意よ!私ずっと踊っていられたの!」


唯一自信のある踊りを言うと、サードからは冷ややかな目が返ってきた。


「おいおいここまで来て尻込みするなよ、男だろ?庶民の楽しみみたいな踊りじゃなくて芸術の域で腕がいいのはサードしかいないんだからさ」


バーリアスがサードの肩をポンポンと叩く。


「この際だしトラウマ克服して冥界のオッサンを感動させようぜ」


サードは殺す勢いでバーリアスを睨む。


ヘルメスは「おーこわ」と離れたけど、実際にそんなに怖がってはなさそう。

サードはバーリアスを睨み続けていたけど、急にフッと笑った。


「いいぜ。やってやるよ。ただし条件がある」


サードは挑むようにバーリアスを見た。


「俺一人じゃ何にもならねえ。俺が唯一覚えてるあれは演奏やら小物、服が入用なんだ。それ全部揃えられるってんならやってやろうじゃねえか」


どうだ揃えられる訳ねえだろ、と馬鹿にする笑いを浮かべるサードに、バーリアスはヘラッと笑った。


「いいよ。揃える」


サードの目が見開いて顔が引きつる。

バーリアスはそんなサードを見て声を上げて笑った。


「お前な、ちょっと神様を馬鹿にしすぎじゃねえの?これから行くところは冥界だぜ?入口は違うが行きつくところは同じ場所。どの世界、どの国の死んだ一流の演者奏者も揃ってるところだ。せっかくだからこのヘルメス様が特別に一流のバックを揃えてやるよ」


サードは呆然とした顔をしていたけど、すぐに歯が折れそうなぐらい歯を噛みしめてバーリアスを睨みつけた。


「わー、サードが口でも知恵でも負けた…」


アレンが珍しい物を見たとばかりの声で呟くと、


「相手は人ではなくバーリアス神ですから…」


ガウリスはしょうがない、と頷いた。

ヨモツヒラサカは、名前に「ヒラ」があるので平らな長い道なんだろうと思っていたら、全くその逆の、急な崖、という意味合いを持つ名前なのだそうな。

この回をアップする前に知れて良かった。

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