飛翔
こんな格好で歩いていても、誰も気にしないのは幸運だった。知り合いに会ってしまう前に着替えなければならない。どこかの店で服を買おうと思ったけれど、私の財布が入った鞄はほうきに変わってしまっていた。
家に帰るにしても、このままの姿で電車に乗って行けるだろうか。というか、フリーウォークエリアの外に出た地点で運営の人から注意を受けるだろう。つまり私は、この姿をなんとかしないことには、ここから出ることができないのだ。
何も考えはなかったけれど、とにかく人の流れに沿って歩くことにした。路上で立ち止まったままだと迷惑になってしまう。何よりこの格好で立ち止まっていると、通行人の視線の密度が数倍にもなって感じられるのが怖い。
路上を闊歩するキャラクターたちはみな一応に楽しそうだ。剣士、魔法使い、パイロット。さまざまなきぐるみ。中には、ロボットの姿もある。私の視界の中に、人間らしい人間はほとんどいなかった。誰もが、色鮮やかな衣装かきぐるみを着ていた。私もその中に紛れ込まないことには精神的に持たない。
中には例外はあった、幼い子どもだけは、彼らの姿そのままに見えたのだ。彼らはロボットやどうぶつのぬいぐるみに手を引かれ、楽しそうに周りを見回している。たぶん、彼らの手を引いているキャラクターは母親か父親のどちらかだろう。ただし、人の顔が見えない私にはどっちなのかわからない。
しばらくそんな光景を眺めながら歩いていると、先ほどのウサギと子どもの姿をみかけた。二人は道の端っこで立ち止まって、街路樹を見上げていた。手に握ったほうきが一瞬、震えたような感じがしたのは気のせいだろうか。
街路樹を見上げると、その枝に赤い風船が引っかかっていた。きっと、子どもがうっかり手を離してしまったのだろう。木の根元から、サルのきぐるみが上に登ろうと試みる。けれども、木には足や足をかけるでっぱりが少ない。それに、絵だが細いから、風船の場所までたどり着いても枝が折れてしまうかもしれない。
サルは諦め、すみませんと言うようにウサギに会釈をする。ウサギは手を振りながら、恐縮したように首を振る。そこだけ見ていると面白い光景だ。
ウサギは子どもの手を引いて、もう行こうと促す。子どもの方も素直に、諦めて歩きだそうとしていた。
そのとき私は右手に強い力を感じた。ほうきだ。その力は、街路樹に引っかかった風船の方に向いている。手を離したら、そのまま飛び去ってしまいそうだ。手に力を加えると、ほうきは抵抗するように振動した。押し負けて手を離すと、ほうきはロケットみたいに飛び立った。周りのきぐるみ集団から驚きの声があがる。
ほうきはまっすぐ飛び立ったかと思うと、すぐに宙を旋回し戻って来て、私の傍らを通りすぎた。その軌道を追って首を回すと、ほうきはもう一度旋回して、私のほうに向かって来るところだった。
「危ない!」
誰かがそう叫んだのが聞こえた。ものすごいスピードでほうきが目の前に迫ってくる。次の瞬間には、足の裏から地面の感覚が消え去った。




