プロローグ:老兵の終焉と、神の弾丸
「……ちっ、やはり霞むか」
ビルの屋上。
冷たいコンクリートに身を伏せ、俺はスナイパーライフルのスコープを覗き込んでいた。
ターゲットは2キロ先、厳重に警護された防弾ガラスの向こうにいる。
かつて世界最高と謳われた俺の狙撃技術も、齢六十を過ぎれば肉体の衰えには勝てない。
特に『視力』の低下は致命的だった。
どれだけ超一級の技術があろうと、標的がブレて見えては引き金は引けない。
パァン、と乾いた音が響いた。
だが、それは俺の銃声ではない。
背後からの接近に気づけなかった。
それほどまでに俺の五感は鈍っていたのだ。
背中に受けた衝撃。
熱い血が流れ出し、意識が急速に遠のいていく。
(……引き際を間違えたな。最期くらい、あの全盛期の視界で、完璧な一発を撃ち込みたかったものだが――)
それが、世界最高と呼ばれた狙撃手の、あまりにあっけない幕引きだった。
*「――あぁ、見える。見えるぞ……!」
次に意識が覚醒したとき、俺はベッドの上にいた。
驚くべきことに、視界が恐ろしいほどにクリアだった。
窓の外で揺れる木の葉の脈、遥か遠くを飛ぶ虫の羽の動きまで、恐ろしいほどの解像度で脳に飛び込んでくる。
老眼どころか、人間の限界を超えた圧倒的な『視力』。ふと自分の手を見ると、それは小さく、瑞々しい赤ん坊の手だった。
「お生まれになりました! ヴァルハイト辺境伯家を継ぐ、元気な男の子です!」
「おお、レオン……我が息子よ!」
どうやら俺は死に、異世界の高貴な血筋へと転生したらしい。
名前はレオン。
広大な領地と軍事力を持つ、辺境伯家の長男だ。
それから数年。
俺は貴族としての英才教育を受けながら、この世界のシステムを理解していった。
この世界には『魔法』が存在する。
そして六歳になったある日、貴族の子女が必ず行う「魔力鑑定」の儀式を迎えた。
水晶に手をかざすと、眩い光とともに、俺の脳内に冷徹なシステム音声のようなものが響き渡る。
『――個体名:レオン・フォン・ヴァルハイト。固有スキル【必中魔法】を発現――』
鑑定士の老人が、目を見開いて声を震わせた。
「こ、これは……!【必中魔法】!? 放った魔力が、障害物を迂回してでも必ず標的に命中するという、伝説の補助魔法です! しかし、これ自体には攻撃力が一切ありませんぞ……。辺境伯家の跡取りが、戦闘に使えぬハズレスキルを授かるなど……」
周囲の家臣たちが落胆の声を漏らす。
だが、俺は内心で猛烈に歓喜していた。
(攻撃力がない? 馬鹿を言え。そんなものは、前世の『狙撃』の知識でどうとでも補える)
障害物を無視し、どれだけ離れていようが、狙った場所に100%命中する魔法。
それに、生まれ変わって手に入れた、遥か数キロ先まで見通せるこの神域の『視界』。
世界最高の技術を持つスナイパーに、これ以上のチートがあるだろうか。
「レオン、気にするな。魔法がダメでも、我が家の剣術を極めればよい」
父親が慰めるように俺の肩を叩く。
「はい、父上。僕、頑張ります」
俺は愛想笑いを浮かべながら、密かに決意していた。
この恵まれた身分と、神から与えられた『弾丸』。これを使って、今度こそ誰も俺の気配にすら気づけない、史上最高の暗殺者になってみせる、と。
これが、後に大陸のパワーバランスをたった一発で崩壊させる、最凶の暗殺貴族の始まりだった。




