【2-1】闇を照らす照明結晶
(前回)井戸に水が戻り、魔物を退けた。だが“黒い砂”の不穏は残った。
夕暮れ。村の柵の内側に、臨時の作業台を据える。
俺は山で拾った小粒の魔石と、透明度の高い水晶、薄い金属板を並べた。周囲では見張りの準備が進み、子どもたちはまだ井戸の周りではしゃいでいる。暗くなる前に、夜を明るくする道具を形にしなければ。
「何を作るの、リオさん?」
エルナが籠を抱えてやってくる。湯気の立つスープとパンの端。
「光だ。松明より明るく、長く持つ“灯り”」
「そんなもの、できるの?」
「できる。――創造」
魔石を芯に、水晶を殻に。光を逃さず反射させるため、内側に薄い金属膜を“塗る”イメージ。
点火は油じゃない。手のひらほどの起動符を触れるだけで、微量の魔力を光へ変換させる。
重要なのは安全性。万一落としても割れず、子どもが触れても熱くないこと。
頭の中で幾度も組み替え、最短で丈夫な形を探る。
石の上に手をかざすと、透明な球が“生まれる”。掌に乗る程度の大きさ。表面は薄い膜で覆われ、芯には淡い灯りが息をしているように脈打った。
「……できた」
球体を鉄の輪にかませ、取っ手と柵への固定具を付ける。簡易ランタンだ。
起動符を軽く触れる。ぼうっと広場が明るくなり、子どもたちの歓声が上がる。
「わあ……昼みたい!」
「火じゃないのに、あったかい色……」
「あったかいのは“色”だけだ。触っても熱くないし、煙も出ない」
俺は笑い、ランタンを柵の要所へ等間隔に取り付け始めた。
村長と若い男たちが慌ただしく動き、柵外の小道にも低い杭を立てていく。
「光を線で繋ぐ。死角を減らすんだ」
俺は配置図を地面に指で描き、暗くなりやすい角と、井戸へ直通する通り道を優先した。
「見張りは二人一組。片方は前方、もう片方は足元の影を見る。交代は一刻ごと」
「了解だ!」
作業の合間、エルナがスープを差し出す。
「熱いから、気をつけて」
湯気は香草の匂い。胃に落ちると、やっと一日が終わりへ向かう気持ちになった。
「……ありがとう」
「こっちこそ。水を戻してくれて、それに光まで」
エルナは少しだけ目を伏せてから、顔を上げる。
「今日、子どもたちが笑ってた。あの笑い声、久しぶりに聞いたの」
「なら、作った甲斐がある」
言いながら、黒い砂の記憶が胸に刺さる。笑い声と同じ場所に、不穏が張り付いている感覚。
俺はスープの器を置き、エルナに小さく頼んだ。
「今夜だけは、戸締まりをしっかり。万一おかしな音がしたら、絶対に外に出ないで」
「……うん」
夜が落ちた。
ランタンの列が一つ、また一つと灯り、柵の内側に柔らかな光の輪が連なる。
松明よりも白く、影が浅い。見張りの男たちの顔色までわかる明るさだ。
遠くの木立が黒い布のように揺れ、風が草をなでる。腐臭は、今のところ来ない。
俺は最後の一本を井戸の側に取り付け、試しに起動符からの距離を変えて明滅を確認した。
「持続は八時間。夜明けまで保つ。もし弱くなっても、起動符を再接触すれば戻る」
「八時間……すごい」
エルナが感嘆して、ふいに笑う。
「これなら、夜が怖くないね」
「怖くなくするために、作った」
言葉が近くで重なり、ほんの一瞬、互いに照れた。灯りのせいか、彼女の頬の赤みまで見えた。
その時、柵の外から合図の口笛。
見張りの一人が駆け寄り、息を切らして報告する。
「外周、南側は異常なし。――だが、東の小道の先で、妙な跡を見た」
「跡?」
「足跡です。見たことがない大きさで……この村の大男の二倍はある」
空気が一段階、きりきりと冷える。
俺はすぐさま二人に同行を求め、ランタンを一つ外して手に提げた。
「三人以上で動く。エルナ、家に戻って戸を閉めて」
「気をつけて、リオさん」
柵の扉を抜け、東の小道へ。
夜露に濡れた草が足首に触れ、ランタンの光が低い霧を切り裂く。
やがて木立が途切れ、獣道が土色をむき出しにしている場所に出た。
見張りが指さす先――そこに、確かに“跡”があった。
巨大な踏み跡が、並んで二つ。
人の足形ではない。三つの爪が深々と土を抉り、間に泥が溜まって冷たい匂いを放っている。
踏み込んだ力の向きは、森から“こちらへ”。途中で向きを変え、小道を外れて北の茂みへ消えていた。
「……今夜は柵寄りに警戒を寄せる。東と北を厚く」
「了解!」
見張りたちが散っていく。俺は跡の縁にしゃがみ込み、指先で泥をつまむ。
黒い砂は――ない。だが、嗅ぎ慣れたはずの腐臭に、別の匂いが混じっていた。金属の、冷たい匂い。
ランタンの光が、爪痕の底にわずかな光沢を拾う。
そこだけ、泥が薄い膜を張るみたいに固くなっている。
「……呼ばれて来た、だけじゃないのか」
思わず漏れた独り言を、夜の風がさらっていく。
振り返ると、村の灯りが連なっていた。
この光の線を、絶対に消さない。
俺はランタンを持ち直し、一歩、村の方へ向き直る。
闇の外側に、誰かが跡を刻んだ。




