第22章
アルフレッドの身体は、見る見るうちに透明になっていった。
最初は手だけだったが、今では腕全体が薄っすらと光っている。
まるで魔王が消えた時と同じように、光の粒子が身体から漏れ出していた。
「おかしい……身体が軽くなってる」
アルフレッドが自分の手を見つめた。
指先から光の粒子がこぼれ落ちている。
しかし彼の表情には、恐怖はなかった。
むしろ不思議そうに、自分の変化を観察していた。
「アルフレッド!」
俺は必死に彼に手を伸ばした。
しかし手は虚空を掴むだけだった。
アルフレッドの身体に触れることができない。
「何が起きてるんだ!?」
「分からない……でも、不思議と怖くないんだ」
アルフレッドが振り返った。
その顔には恐怖ではなく、穏やかな笑顔があった。
まるで長い旅から帰るような、安らかな表情だった。
「蒼真、俺はお前と出会えて本当に良かった」
「何を言ってるんだ! 消えちゃダメだ!」
俺は再び彼に手を伸ばす。
しかしアルフレッドの身体はもう半分以上が光になっていて、触れることができなかった。
「お前は俺の最高の友達だった。いや、今でもそうだ」
アルフレッドの声が遠くなっていく。
身体の透明度がさらに増していた。
「俺は幸せだったよ。お前たちと一緒に戦えて、本当の仲間を得ることができて」
「アルフレッド……」
エリーナが涙を浮かべながら彼を見つめる。
「なぜこんなことが……」
「泣くなよ、エリーナ」
アルフレッドが優しく微笑む。
「俺たちは最高のチームだった。それは永遠に変わらない」
ルナも泣きながらアルフレッドを見つめていた。
「アルフレッド……行っちゃうの?」
「ああ……でも心配するな、ルナ」
アルフレッドの身体がほとんど光になっていた。
しかし最後まで、その笑顔は変わらなかった。
「俺はいつでもお前たちの心の中にいる。それを忘れるな」
「待ってくれ!」
俺の声が届く前に、アルフレッドは完全に光の粒子となって消えた。
美しい光の粒子が宙に舞い踊り、まるで祝福するように玉座の間を漂う。
やがてその光も薄れて、完全に消失した。
俺は呆然と立ち尽くした。
さっきまでそこにいた親友が、跡形もなく消えてしまった。
一緒に笑い合い、未来の計画を語り合っていた男が、もういない。
「アルフレッド……」
俺の声が震えていた。
「なぜだ……なぜ消えるんだ……」
その時、エリーナの悲鳴が響いた。
振り返ると、エリーナの手首から先が光り始めていた。
「エリーナ!」
俺は慌てて彼女の元に駆け寄った。
しかし触れようとすると、手が透けて通り抜けてしまう。
「嘘だろ……」
エリーナの身体は、確実に光の粒子に変わっていく。
足先から始まって、膝、腰へと光が広がっていく。
「蒼真……」
エリーナが俺を見つめた。
その緑の瞳には、諦めのような静けさがあった。
「私も幸せだった。あなたと出会えて、本当に良かった」
「何を言ってるんだ! 消えるな! 俺と一緒にいてくれ!」
俺の目から涙があふれた。
「君がいなくなったら、俺は……」
「大丈夫よ」
エリーナが微笑む。
その笑顔は、いつもと変わらず美しかった。
「あなたは強い人。一人でも生きていける」
「一人なんて嫌だ! みんなと一緒がいいんだ!」
しかしエリーナの身体は、もう半分以上が光になっていた。
「私たちとの思い出を、大切にして」
エリーナの身体が光の粒子となって舞い上がる。
俺は必死に光の粒子を掴もうとしたが、指の間をすり抜けていく。
「ありがとう、蒼真。愛してる」
エリーナの最後の言葉と共に、彼女も完全に消えた。
「エリーナああああああ!」
俺の慟哭が城に響いた。
膝をつき、拳で床を叩く。
なぜだ。なぜ二人は消えた。
「お兄ちゃん……」
震え声が聞こえた。
振り返ると、ルナが怯えた表情で俺を見つめていた。
小さな身体を震わせながら、俺にしがみついてくる。
「みんな……いなくなっちゃった」
「ルナ……」
俺は彼女を抱きしめた。
温かい体温が、現実感を与えてくれる。
まだルナがいる。
まだ一人じゃない。
「大丈夫だ。俺がいる。君を守る」
俺はルナの頭を撫でながら言った。
「俺は君を絶対に失わない」
しかし——。
俺の手に触れているルナの髪が、微かに光り始めていた。
「お兄ちゃん……」
ルナが俺を見上げた。
その琥珀色の瞳には、悲しみと愛情が混じっていた。
「私も……光ってる?」
俺の血の気が引いた。
ルナの身体にも、確実に光が宿り始めていた。
「だめだ……」
俺の声が掠れる。
「君まで消えちゃだめだ……」
最後に残った家族まで失うなんて、そんなことは絶対に許せない。
「お兄ちゃん……」
ルナが俺の胸に顔を埋めた。
「私、お兄ちゃんと離れたくない」
「俺もだ」
俺は彼女をより強く抱きしめた。
「絶対に離さない。絶対に」
しかしルナの身体から発せられる光は、どんどん強くなっていく。
俺の最後の希望も、消えようとしていた。
俺はルナを強く抱きしめた。
しかし、彼女の小さな身体からも確実に光がこぼれ始めている。
最初は指先だけだったが、今では腕全体が薄っすらと光っていた。
「だめだ……ルナまで消えちゃだめだ」
俺は必死にルナを抱きしめ続けた。
力を込めて、彼女を現実に留めようとする。
しかし光の粒子は止まらない。
「お兄ちゃん……」
ルナの身体がどんどん透けていく。
しかし声は確かに俺に届いていた。
「私、消えちゃうの?」
「消えない! 消えさせない!」
俺は彼女をより強く抱きしめた。
こんなにも小さな身体なのに、なぜ俺は守ることができないのだろう。
「お兄ちゃん……泣かないで」
ルナが俺の頬に手を当てる。
その手はもう半分以上が光の粒子になりかけていたが、まだ温かさが残っていた。
「私、お兄ちゃんと一緒にいられて幸せだった」
「やめろ……そんなこと言うな」
俺の涙が止まらない。
「君はこれからも俺と一緒にいるんだ。ずっと一緒だって約束したじゃないか」
「うん……約束したね」
ルナが微笑む。
最後まで、その笑顔は太陽のように輝いていた。
「でも、お兄ちゃん。約束は心の中でも続けられるよ」
「心の中じゃだめだ! 君がそこにいてくれなきゃ意味がない!」
ルナの身体はほとんど光になっていた。
しかし彼女は最後まで笑顔を保っていた。
「お兄ちゃんは優しいから、きっと大丈夫」
ルナの声がどんどん遠くなる。
「一人になっても、お兄ちゃんなら強く生きていける」
「一人は嫌だ! 君たちがいなければ、俺は……」
「私たち、いつでもお兄ちゃんの心の中にいるよ」
ルナの身体が光の粒子となって舞い上がり始める。
「みんなで一緒に、お兄ちゃんを見守ってる」
「ルナ……」
「ありがとう、お兄ちゃん。本当のお兄ちゃんみたいに愛してくれて」
その言葉と共に、ルナも光の粒子となって消えた。
美しい光の粒子が宙に舞い踊り、やがて消失していく。
俺は必死に光の粒子を掴もうとしたが、すべて指の間をすり抜けていく。
「ああああああ!」
俺は床に崩れ落ちた。
拳で床を叩き、血が出るまで叩き続ける。
しかし痛みなど感じない。
心の痛みの方がはるかに大きかった。
玉座の間には、俺一人だけが残されていた。
さっきまで四人で笑い合っていた場所に、今は俺だけ。
あまりにも静かで、あまりにも寂しい。
俺は立ち上がり、辺りを見回した。
「アルフレッド! エリーナ! ルナ!」
名前を呼んでも、誰も現れない。
返ってくるのは虚しい反響だけだった。
「どこにいるんだよ……みんな……」
俺の声が虚しく響いた。
俺は膝をついた。
涙が止まらない。
胸が苦しくて、息ができない。
心にぽっかりと穴が開いたようで、そこから全ての力が抜けていく。
全てを失った絶望感が、俺を押し潰そうとしていた。
仲間も、友達も、家族も——全部いなくなった。
また一人ぼっちになってしまった。
現実世界にいた時よりも、もっと深い孤独感に襲われている。
その時、後ろから声が聞こえた。
「よくぞ魔王を倒しました」
振り返ると、女神アリエルが立っていた。
金色に輝く長い髪、澄んだ青い瞳、白く美しい肌。間違いなく俺を異世界に召喚してくれた女神だった。
しかし、その表情は慈愛に満ちた温かさが消え、どこか冷たい印象を与えている。
まるで他人を見るような、距離のある眼差しだった。
「女神様……」
蒼真は必死に立ち上がった。
「みんなが……みんなが消えちゃったんです! 助けてください!」
しかし女神の表情は変わらなかった。
「彼らの役割は終わったのです」
「役割?」
蒼真は女神の言葉の意味が理解できなかった。




