第19章
魔王城の大広間に足を踏み入れた瞬間、俺たちは息を呑んだ。
広間は想像を絶する巨大さだった。
天井は遥か高く、大聖堂のような荘厳さがある。
しかし美しさではなく、恐怖を誘う装飾で埋め尽くされていた。
壁には禍々しい魔法陣が刻まれ、柱には骸骨や悪魔の彫刻が施されている。
床は黒い大理石で、血のような赤い線が幾何学模様を描いていた。
そして何より圧倒的だったのは、俺たちを待ち受ける無数の魔物たちだった。
オーク、ゴブリン、スケルトン、デーモン――様々な種類の魔物が広間を埋め尽くしている。
その数は百を超えていた。
三幹部を失った魔王軍の最後の抵抗だろう。
「数が多すぎる……」
アルフレッドが剣を構えながら呟いた。
彼の顔には緊張の色が浮かんでいるが、怯みはない。
「でも、もう引き返せないわ」
エリーナが魔導書を開きながら言った。
既に魔法の詠唱を始めており、手のひらに炎が宿っている。
「みんなで頑張ろう!」
ルナが短剣を両手に握りしめた。
獣人の瞳が戦闘モードに切り替わり、鋭く光っている。
俺は冷静に状況を分析した。
確かに敵は多い。しかし、よく見ると統制が取れていない。
三幹部という指揮官を失ったためか、混乱している様子が見て取れる。
これは俺たちにとって有利な状況だった。
「みんな!」
俺の声に、仲間たちが振り返る。
「俺たちはもう完璧なチームだ。それぞれの得意分野を活かして戦おう」
俺は指示を出し始めた。
「アルフレッド、君は前衛で敵を引きつけてくれ。エリーナは広範囲攻撃で数を減らして、ルナが君は機動力で敵を撹乱する。俺は全体を見て、みんなをサポートする」
「了解!」
三人が同時に答えた。
戦闘が始まった。
「こっちだ、化け物ども!」
アルフレッドが先陣を切って魔物の群れに突進する。
彼の剣舞が美しく舞い踊り、次々と魔物を斬り倒していく。
金髪が戦闘の風になびき、まるで戦いの神が降臨したかのような勇姿だった。
「炎よ、天より降り注ぎ敵を焼き尽くせ――メテオストーム!」
エリーナの壮大な詠唱が広間に響く。
天井から無数の火球が降り注ぎ、大量の魔物を一度に殲滅した。
炎の嵐が広間を照らし、敵の悲鳴が響く。
「こっちよー!」
ルナが戦場を縦横無尽に駆け抜ける。
その素早い動きに魔物たちは翻弄され、隊列が崩れていく。
彼女の短剣が閃くたびに、敵が一体ずつ倒れていった。
俺は全体を見渡しながら、仲間たちをサポートした。
「アルフレッド、左から大型のオークが来るぞ!」
「エリーナ、魔力を温存して!」
「ルナ、下がって! 囲まれるぞ!」
俺の指示に従って、三人が完璧に連携する。
まるで一つの生き物のように、四人の動きが同調していた。
アルフレッドの剣が敵を切り払い、エリーナの魔法が道を開き、ルナの機動力が隙を作る。
そして俺の魔法が仲間を守り、敵にとどめを刺す。
「うおおおお!」
最後の大型デーモンが俺に向かって突進してきた。
巨大な爪が俺の頭を狙っている。
しかし俺は慌てなかった。
「今だ!」
俺の合図で、三人が同時に動く。
アルフレッドが下から剣で足を狙い、エリーナが火球で牽制し、ルナが背後から急所を突く。
そして俺の光の魔法が、デーモンの心臓を貫いた。
静寂が広間に戻った。
床には無数の魔物の残骸が散らばっているが、俺たち四人は無傷で立っていた。
「やったね!」
ルナが喜びの声を上げながら俺に抱きついてきた。
「完璧な連携だったな」
アルフレッドが満足そうに剣を鞘に収める。
「素晴らしいチームワークね」
エリーナも安堵の笑顔を浮かべる。
俺は誇らしかった。
みんなで築き上げたこのチームワーク。
お互いを信頼し、支え合い、それぞれの能力を最大限に発揮できる関係。
これこそが俺たちの最大の武器だった。
最初に出会った頃は、それぞれがバラバラだった。
それが今では、こんなにも完璧な連携ができるようになっている。
「俺たち、本当に強くなったな」
俺が呟くと、三人が頷いた。
「ああ。最初の頃とは比べ物にならない」
アルフレッドが懐かしそうに言う。
「みんなで一緒に成長できたのね」
エリーナも感慨深げだ。
「お兄ちゃんのおかげだよ」
ルナが俺を見上げる。
「お兄ちゃんがいつも的確な指示をくれるから、私たちも安心して戦えるの」
その時、大広間の奥から重い扉が開く音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
石でできた巨大な扉がゆっくりと開かれ、その向こうから禍々しい魔力が流れ出してくる。
空気が急に重くなり、呼吸が困難になった。
「魔王だ」
アルフレッドが身構える。
俺も深呼吸をして、心を落ち着かせた。
ついに最後の戦いが始まる。
今までの全ての戦いが、この瞬間のためにあったのだ。
「みんな、準備はいいか?」
俺が聞くと、三人が力強く頷いた。
「いつでも」
「もちろんよ」
「ばっちり!」
俺たちは手を取り合った。
四人の手が重なり合った瞬間、温かい力が身体を巡るのを感じた。
これが絆の力なのだろう。
どんな強敵が待っていても、この絆があれば乗り越えられる。
「行こう」
俺たちは肩を並べて、魔王の間へと向かった。
開かれた扉の向こうには、さらに巨大な部屋が広がっている。
そこは王座の間だった。高い天井、豪華な装飾、そして奥に据えられた巨大な玉座。
その玉座に座る影が、ゆっくりと立ち上がった。
いよいよ魔王との対峙が始まる。
俺たちの冒険の集大成となる、最後の戦いが。
「勇者よ、よく来た」
低く響く声が王座の間に響いた。
それは今まで聞いたことのないほど重厚で、威厳に満ちた声だった。
俺たちは手を握り合ったまま、一歩一歩前に進んでいく。
運命の時が、ついに来た。