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第20章

 玉座の間は、想像を絶する広大さだった。


 天井は雲の向こうまで続いているかのように高く、壁は見渡す限り続いている。

 床は血のように赤い大理石で作られており、金色の魔法陣が複雑な模様を描いていた。

 巨大な柱が何本も立ち並び、それぞれに禍々しい彫刻が施されている。


 そして部屋の最奥、階段の上に据えられた黒い玉座には——。


「ようこそ、勇者よ」


 魔王が座っていた。

 身長は三メートルを超え、全身を漆黒の鎧で包んでいる。

 鎧の表面には血のような赤い線が走り、まるで血管のように脈動していた。

 兜からは二本の巨大な角が生えており、その隙間から赤い光が漏れている。


 右手には人の背丈ほどもある巨大な剣を持ち、左手には頭蓋骨を模した盾を構えていた。

 その存在感は圧倒的で、見ているだけで足が震えてくる。


 しかし最も恐ろしいのは、魔王から放たれる禍々しいオーラだった。

 空気そのものが重くなり、呼吸することさえ困難になる。

 三幹部の魔力など、蠟燭の火と太陽ほどの差があった。


「ついに来たな」


 アルフレッドが震える手で剣を抜いた。

 いつもの自信に満ちた表情はなく、顔は青白くなっている。


「これは……規格外ね」


 エリーナが魔導書を開こうとするが、手が震えて上手くいかない。

 魔法使いとしての本能が、目の前の存在の危険性を察知しているのだろう。


「お兄ちゃん……」


 ルナが俺の袖を掴んで震えている。

 獣人特有の鋭い感覚が、逃げるように警告しているに違いない。


 俺も恐怖していた。


 足はガクガクと震え、冷や汗が背中を流れていく。

 今まで戦ってきた敵とは、まるで次元が違う。

 本当にこんな相手に勝てるのだろうか。


「なかなか楽しませてもらった」


 魔王の声が玉座の間に響く。

 それは地の底から響いてくるような、重く威圧的な声だった。

 魔王が立ち上がった瞬間、空間そのものが歪む。


「消えろ」


 魔王が片手を上げただけで、目に見えない衝撃波が俺たちを襲った。


「うわあああ!」


 四人とも宙に舞い上がり、壁に叩きつけられた。

 石でできた壁にひび割れが入り、俺たちは地面に落下する。

 たった一撃で、これほどのダメージを受けるなんて。


「がは……」


 アルフレッドが血を吐きながら立ち上がろうとする。

 しかし足に力が入らず、膝をついてしまった。


「くっ……魔法が……」


 エリーナが詠唱を始めようとするが、魔力が上手く集中できない。

 魔王の圧倒的なオーラに押し潰されているのだ。


「お兄ちゃん……痛い」


 ルナが俺の名前を呼びながら、痛そうに身体を抱えている。

 小さな身体には、さきほどの攻撃は重すぎた。


「みんな……」


 俺は必死に立ち上がり、魔力を集中させた。


「光よ、闇を貫け!」


 青白い光の槍が魔王に向かって飛んでいく。


 しかし——。


 光の槍は魔王に触れる前に消滅した。

 まるで最初から存在しなかったかのように。


「無駄だ」


 魔王が再び手を上げる。

 今度はより強力な攻撃が来ることが分かった。


 死を覚悟した瞬間——。


「聖なる結界!」


 俺たちの周りに光の結界が展開された。魔王の攻撃が結界に当たって弾かれる。

 振り返ると、エリーナが血を吐きながら立っていた。


「今のうちに……みんなで力を合わせて」


 彼女の声は弱々しかったが、瞳には強い意志が宿っていた。


「エリーナ!」


 俺は慌てて彼女の元に駆け寄った。

 彼女の顔は血の気が失せており、明らかに限界を超えた魔法を使っている。


「大丈夫……まだ戦える」


 エリーナが弱々しく微笑む。


「あなたを……信じてる」


 その言葉が、俺の心に火をつけた。

 仲間たちが傷つけられた。

 愛する人たちが苦しんでいる。


 それなのに俺は何もできずにいる。

 こんなことは許せない。


「みんな!」


 俺は三人に向かって叫んだ。


「最後の力を貸してくれ! 俺たちの絆の力で、魔王を倒すんだ!」

「もちろんだ!」


 アルフレッドが血まみれになりながら立ち上がった。

 剣を握る手は震えているが、瞳には諦めない意志が燃えている。


「お兄ちゃんとなら……何でもできる!」


 ルナも痛みを堪えながら笑顔を見せた。

 その笑顔は、俺に勇気を与えてくれる。


「あなたなら……きっとできる」


 エリーナが血を拭いながら微笑んだ。

 その信頼の眼差しが、俺の心を強くしてくれる。


 俺たち四人が手を繋いだ瞬間、奇跡が起こった。


 四人の魔力が一つになり、光が玉座の間を満たしていく。

 それは今まで見たことがないほど美しく、温かい光だった。


 アルフレッドの勇気、エリーナの知恵、ルナの愛情、そして俺の希望——全てが融合し、巨大なエネルギーとなって俺の身体に宿る。


「これが……俺たちの絆の力だ!」


 俺の全身から七色の光が放射される。

 絆の光と呼ぶにふさわしい、美しく力強い光だった。


 光は玉座の間全体を包み込み、魔王の闇の力と激しく拮抗する。

 光と闇がぶつかり合い、空間そのものが震動していた。


「いけるぞ!」


 アルフレッドが叫ぶ。


「みんなの力が……一つになってる」


 エリーナも感動した様子で呟く。


「お兄ちゃん、すごいよ!」


 ルナが嬉しそうに手を叩く。


 俺は確信した。この力なら、魔王にも勝てる。

 俺たちの絆の力なら、どんな敵でも倒すことができる。

 勝利は目前だった。


 そう思った時——。


「ハハハ……ハハハハハ!」


 魔王が笑った。

 その笑い声には、なぜか悲しみが混じっていた。


「素晴らしい。実に素晴らしいぞ、勇者よ」


 魔王の声に、先ほどまでの威圧感はなかった。

 まるで何かを懐かしむような、優しい響きすら感じられた。

 

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