48 県内からお越しの、つつじさん、エーデルワイスさんを保護しています。町内会本部のテントまでお越しください……。
スグルとお父さんは、なんだか年の離れた友人みたいに見える。
きっとずっとこれまでぼっちだったスグルは、いつもよりフランクに喋るし、冗談も多く交わすし、なにより素直で、見ていてかわいい。
自責の念に駆られ続けていたお父さんは、ようやく面と向かって自分を罵倒してくれる人が現れて、どこか嬉しがってるように見える。
まあ、こんなことを本人たちに言ったら、全力で否定するんだろうけど。
……えっと、そんなことはどうでもよくて、今は夏。早いもので、果野市に雪が降った……わたしが降らせたあの日から、もうひと月近く経とうとしている。
晴れて想いを通わせることのできたわたしとスグルは今日、県内でも有名な夏祭りに来ていた。
「や~とな、そ~れ、よいよいよい、だわっ!」
「ちょ、ちょっとツツジ! あんまり一人で走っていったらはぐれちゃうよ! 迷子の放送でいざよいつつじちゃんの名前が流れても迎えに行ってあげないよ! 聞いてるの!?」
残念なことに、ツツジとエーデルワイスもついてきちゃってるけど。まあ、すぐに二人揃って人混みの中に消えて行ったから、問題ないわ。
「ツツジのやつ、あんだけ海に行きたがってたのに、こっちはこっちで満喫してるじゃん。騒がしいやつだな」
あの子はずっと海水浴をしたがってたけど、夏とはいえまだちょっと寒いだろうからって、今日はここになった。
「なあ、ノワキ?」
「………………」
同意を求めてくるスグルを、わたしはなんとなく無視してしまう。
別に、せっかく浴衣を着てきたのに一言もないからとか、そんな子供みたいな理由ではないけれど。
特に意味はないけれど、りんご飴を持ってない方の、スグルと繋いでいる手をぎゅっと強く握りなおしてみた。
「ごめんごめん、最初にその姿を見たとき、またノカゼになっちゃったんじゃないかと怖くなって、感想言いそびれたんだよ。浴衣、似合ってるよ」
「とってつけたみたいなのが気になるけど……いいわ。許してあげる」
たしかに、わざわざお母さんを連想させるような黒を選んだわたしにも責任があるかもしれないし。
「スグルは、わたしにはどんな色が似合うと思う? 来年はそれ着てみるわ」
「来年と言わず、今年のうちに別のところで見てみたいな」
「別にそれでもいいけど。どうなの?」
顎に手を当てて考える素振りをしたスグルは、
「うーん……やっぱり黒かな。銀色が綺麗に見えて好きなんだよ」
「……そう」
大した返しもできなくて、ごめんなさい。うれしくて、それどころじゃないの。
「……そういえばさ。ここ一か月、ずっと聞きたかったんだけど」
そんなわたしの気持ちなんか……多分気づいてるけれど、あえて触れないスグルは、別の話を振ってくる。
「なあに?」
「僕がノワキを好きになったタイミングは話したけど、その逆はまだだよなって」
きっとわたしは小さく、肩を揺らしてしまった。
「ノワキ、いつから僕のこと好きだったんだ?」
わたしは少し恥ずかしかったので、
「……知りたいの? どうしても知りたい?」
「どうしても知りたい」
「じゃあ教えてあげる。特別よ」
「どうも?」
なんとなく強気に出てしまう。
「……えっと、わたしが、あなたを好きになったきっかけでしょ?」
――スグルへの返答を頭の中に思い浮かべるうちに、ふと、とある過去が想起された。
――『うん、あのね、クラスのみんなが、お前の髪の毛は変だって』
――『……っ!』
――『黒くないのは、おかしいっていうの』
――『そ……そう、なの。……そうなのね……』
――『……ごめんね、ごめんねノワキ……ママが、あなたを黒髪に産んであげらなかったから……』
――『……?? ママ、なんで悲しそうなの? 泣いちゃうの?』
――『だって、その色でさえ、銀でさえなければ……あなただけでもこんな辛い思い、せずに済んだのに……っ』
――『ノワキをお役目から、自由にしてあげられなくて、ごめんね……カネコリサマとして産んでしまって、ごめんね……ノワキ……』
――『ごめんなさい……っ、ごめんなさい……ノワキ…………』
とっても痛くて、悲しい記憶。
でもそれは、ここで終わりではなかった。
お母さんとの別れがきっと、わたしにそれを思い出させてくれた。
『……ごめんね…………』
あれには続きがあったのだと、今のわたしは憶えている。
『……ごめんね……私のせいで……』
永遠のように思える間、わたしの髪を見て泣き続けるお母さん。
『――なんで? なんでごめんなさいなの?』
わたしはとにかくお母さんに泣いてほしくなくて、言葉を探していた。けれどバカなわたしは、上手い言葉を見つけることができなくて。
『だって……』
結局わたしは、自分の気持ちを素直に告げることにした。
全部憶えてる。
『――ママ、わたしね、この色すきなんだよ!』
『えぇっ、そうなの……?』
困惑するお母さんの顔も。
『うん! あのね、だってね! ――この色は、ママとおそろいだもん!』
『…………』
大きく大きく目を見開いて、
『ママのきれいな色といっしょの、ぴかぴかの銀いろ! わたしのじまんなの!』
『……っ、そう……なの……?』
『そうだよー、ママといっしょの髪で、わたしうれしいの!』
泣きそうな顔をする、お母さんの顔も。
全部全部、わたしは忘れない。
『……そう、なの……そうなのね、ノワキ…………っ』
『……ま、ママ? ……なんで、泣かないで……? わたしとおそろい、いやだった……?』
その頃のわたしはまだ幼かったから、母の涙を、悲しみであると思ってしまって。
『違う、違うの……違うのよ、ノワキ……』
『どういうことー?』
『この涙はね――……あなたが生まれてきてくれたときに、流した涙なのよ…………』
『……??』
せっかく伝えてくれたその言葉の意味も、あの時のわたしは、ちゃんと理解できていなかったけれど。
『……ありがとうね……ノワキ……』
ありがとう、ママ。
わたしを産んでくれてありがとう。
あなたがいたから、今のわたしがあるの。
わたし、大きくなったよ。
いつかあの頃のあなたも追い越して、あなたより長く生きてみせるわ。
これは、そのはじまり。
あなたがあの時感じた想いとは、だいぶ性質が違うものだろうけど。その強さだけは、きっと負けてないわ。
大好きだったお母さんの髪色。
それとお揃いのわたしの銀髪。
わたしの全部が詰まってるみたいな、この銀色を、スグルは――
「――わたしの銀色を、綺麗だって言ってくれたもの」
そう考えると、お母さんは、わたしの恋のお手伝いまでしてくれた。
わたしとスグルを繋いでくれて、ありがとう、お母さん。
……最近、こんな風にことあるごとに母に感謝するのが癖になってる。やめた方がいいかしら。
「えっ、それだけで……?」
スグルはちょっと引き気味に、失礼にも後退ったりしているけれど。
思い返すのは、ツツジがイメチェンしたあの日。
――『スグルは地雷系が好きなの?』
――『ノワキはそのままが一番だよ。こんな綺麗な銀髪を染めるなんてもったいない』
きっとあなたは会話の流れに沿って、それらしい言葉を並べただけなんだろうけど。
だとしても、それがわたしには、とっても嬉しかった。あの時わたし、泣いてしまいそうだったわ。
「チョロすぎない? 髪なんてとりあえず褒めとくところだろ……」
「うるさいわね。そんなものなの」
「そうなのか……?」
わたしの恋にケチをつけるなら、たとえあなたでも、許さないわよ。
そんな気持ちを込めて、スグルの手を、もっともっと、強く握ってあげた。
「痛いよノワキ」
そんなの知らないわ。
「スグル、高校卒業したらすぐ車の免許取って、どこか遠いところへ二人で出かけましょう」
「なんだ急に」
「いつか……あなたの運転する車の渋滞でイラつきたいわ。助手席で」
「変な解像度」
「それくらいたわいなくていいのよ。わたしはもう、あなたといられるだけで幸せだもの」
「一緒にいるだけで幸せな期間は初めのうちだけだって、僕の担任の反面教師が言ってたよ」
「その人は反面教師失格ね」
「真鉄がかわいそうだ」
――あんなに母親に固執していたわたしが、ノワキとして、スグルを好きになることができた。
今、ここにいるあなたと、こうして手を繋いでいたいと思えるようになれた。
「ねえスグル、スーパーボールすくいがしたいわ」
「……せめて金魚すくいにしないか?」
これからも、こうしてなんでもない言葉を交わしていきたい。
きっと終わらない夢なんてなくて、いつかは全部、独りになって死んでいくのかもしれないけれど。
それでもわたしはこの人と、この夢をできるかぎり続けていきたいと思う。
その果てで、今度はお母さんにもスグルを紹介できるかもしれないし。
「仕方ないわね。チョコバナナ三本奢りよ」
「三本も買うの? いや、元々全部奢るつもりではあるけどさ……」
かけがえのない人と笑い合いながら、少しだけ大人になったわたしたちは、前へ進み始める。
時には理解できないお互いにぶつかることもあるけれど。
それでも分かり合いながら、時を分かち合いながら、一歩ずつ未来へ向けて、幸せを抱きながら……
「ねえスグル」
「ん?」
「――大好きよ」
わたしたちは、このセカイを歩き続ける。
ありがとうございました! 三章へ続きます!




