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38 私のそれなりに楽しい一幕です。

 暦も七月に突入した梅雨の真っただ中、私は御簾納邸に赴き、白金の煌くような髪色のツーサイドアップのお嬢様然とした美少女、さざれの目の前で《八雲(やくも)》を解除しました。 


『こんにちは』

「ひゃあああああっ!? ……な……なにかと思ったらシラガミですの。驚かさないでくださいまし……」


 事務処理中だったさざれは、突然眼前に現れた私を見て椅子からお尻が浮いてしまうほどびっくりしていました。


『シラガミではなくレンです』

「そうでしたわね。……それで、そのレンはなんの用ですの? あなたの処分は追って通達しますわ」


 現代日本では、基本的に神がその力を振るって人の世に干渉することは禁じられています。こちらにも事情があるとはいえ、《恋目(こいめ)》を使って人間の恋愛感情を操作している私は、魔術師からしたら目の敵というわけなのです。現状は私がそれほど好戦的な態度を取っていないため、変に刺激するより放置しておいた方がよいだろうという判断をしているようでした。それほど警戒せずとも、もはや私はおにーちゃん以外にそれほど興味はないのですが。


『おにーちゃんとエーデルワイスが東京でイチャラブしていて暇なので、さざれの様子を見に来ました。何をしているのでしょうか』

「いつからわたくしたちはそんな、暇つぶしに顔を出せるような“なあなあ”の関係になったんですの? ……はぁ、あなたが更科さんに神眼を渡してからというもの、市内での厄介ごとが増えてわたくしたちは天手古舞ですわよ……」


 さざれはぶつぶつと愚痴を口にしました。


 これまでのさざれは、<白銀(しろがね)の巫女>の監視という建前でノワキと仲良くしているだけでよかったのですが、ここ数か月はたいへん仕事熱心です。本人は面倒そうにしていますが、その姿はどこか生き生きとして見えました。


 ちなみにさざれの両親は京都の本家におり、果野市に滞在する御簾納姓は、さざれの親類筋の者たちです。


「今は、先日の白住学院全焼事件を引き起こした不良生徒を、月科(つきしな)の高校へ転校させる手続きを行っているところですわ」

『東京都月科区――魔術師特区ですね』

「ええ。あそこまで魔術に覚醒した生徒を、表の世界で生かしておくわけにはまいりませんもの。とはいえ、もう書類は出来上がってますので、とっとと次の業務へ……あーそうですわ、そっちとは関係なく白住の臨時教室の施設に目星がついたとかなんとか教師の方から連絡が――」


 さざれはなにやら忙しそうにデスク上のパソコンと書類の束に視線を行き来させています。


 ……私はここへ、彼女の言う「不良生徒」たちの動向を伝えに来たのですが……忙しいようですし、邪魔をしては悪いでしょう。もし彼らの行動が今後の火種になったとしても、優秀な魔術師であるさざれがまたなんとかしてくれるでしょう。ノワキ関連なので、もしかしたらおにーちゃんが活躍してくれるかもしれません。私はそれが楽しみでした。


「……なにを見てるんですの。それほど暇ならレンも手伝ってくださいまし」

『神が人の世に干渉することは好ましいことではないでしょう。頑張ってください、さざれ。にこーっ』

 

 私が完璧な笑顔で応援する姿勢を見せると、どういうわけかさざれに渋面を作られてしまいました。多少人の心が読めたとしても、上手な人付き合いというのは存外難しいものなのでした。



   ☽



 遡ること数時間前、白住にほど近い児童遊園に、いくつかの人影が認められました。


 彼らの頭は高校生にしては大変にカラフル。もちろん校則違反なのですが、そんなことを気にする者は、生徒にはおろか教師にすらいないのが、白住学院なのでした。 


 ブランコの付近に屯しているのは、白住学院2のBの生徒たち。先日までノワキに仕え、そして反旗を翻した不良の革命児たちです。


 なかでもひときわ大柄で、ブランコの柵に腰を凭れさせている男は彼らのリーダー的存在。さざれに容赦なく切断された左腕も、治癒魔術によりしっかりとくっついていました。


不知森野分(しらずもりのわき)をシメる」


 感情の伺い知れない硬い表情で、不良の彼が言います。


「いや涼介(りょうすけ)、なにそのクサいセリフw」

「学区域で勢力争いとかしてる不良漫画のキャラかよ!w」


「いいだろ! 俺はガチで頭キテんだよあれからずっと!」


 ガチで頭にキテいる涼介くんを筆頭に、この場に集まった彼らは、さざれにフルボッコにされたことをあれからずっと根に持っていました。しかしさざれには逆立ちしても勝てそうにないので、さざれが出動してくる発端となった女の方を叩こうというのです。


 元々彼らは、白住において悪目立ちしていたノワキに従うことで、その権威を笠に着て自分たちも自由奔放にやりたい放題したかっただけの集団です。自分たちに対して上から目線で物を言うノワキのことはむしろ嫌っておりましたから、今回はその鬱憤を晴らす恰好の機会というわけなのでした。


「でも無理じゃね? 不知森に手ぇ出して、またあの生徒会長が飛んで来たら今度こそタマ取られんじゃないの」

「俺は命が惜しいぜ……わが身がかわいくて仕方ねえんだ! もう離せねぇ」

「純愛だなw」

「この恋はマジだぜ!」


「意味わかんねぇ会話してんじゃねえ! とにかく俺はあの女を分からせたいんだよ。それはお前らもそうだろ?」


「いやだから、みすのーちゃんが……」

「智晴の失踪も絶対あいつの仕業だって!」


「別に不知森と御簾納は四六時中つるんでるわけじゃねえだろ? いくら御簾納が強いったって、俺らが不知森を囲んだのを察知して瞬間移動で駆け付けてくるってのかよ? 不知森が一人でいる時を狙えやいいことだろ」


 異なる二つの空間を繋ぐ魔術を扱う魔術師は実在しますが、さざれ自身はそれを使えません。これは涼介くんの言う通りでした。


「つっても学校休みだし、どうやってノワキ見つけんだ?」

「あいつ確か地元民だろ? 誰かあいつの家知らねえの? 俺らん中でこの辺に住んでるのって……」

「智晴だけだ!」

「クソ……どこ行ったんだよトモ……わがトモよ!」


 終始どこかふざけ半分な彼らに飽きれ、涼介くんが言います。


「――『更科優』を張っとくんだよ」


 彼らのなかで、ノワキとツツジはおにーちゃんのセフレということになっていましたから、おにーちゃんを尾行けていればノワキも釣れるのではないかと考えたのでした。


「たしかに、更科優の家ならフリー住所だから分かるし……」

「目撃情報なんてネットのそこら中に溢れてるしな!」

「海老で鯛を釣るっつうか、鯛で海老を釣る作戦だな。いいわ、キマッてるわ」


「んじゃ決まりだな。更科優経由で不知森野分を捕まえて、あん時よりキツイ目に遭わしてやる」


「おぉ……やべ、想像したら勃っちった」

「股間で物を考えすぎだろお前w」

「「「ギャハハハハハハハハハハハハ!!」」」


 いかにも失敗に終わりそうな作戦が、この時、立案されたのでした。


 ノワキもおにーちゃんもさざれも、現在それどころではないので本人たちからしたら勘弁してほしいところでしょう。全く空気を読まずに勝手な行動を取るあたりは、不良の面目躍如と言えます。私はせいぜい彼らが派手にやられることを祈るばかりです。



   ☽



 そんな出来事をさざれに伝えないまま彼女の家を去り、私は仕方なく三手白神社の境内へと戻りました。


 まことに悲歎すべきことに、私は定期的にこの場所に戻らなければ、浮遊もままならないほど魔力が枯渇しているのです。


 神社は参拝客の信仰心や祈りを魔力として受け取る場でもありました。


「ヤハハハハ! 完成したぞ! 新たな魔術式ぃ!」


 自分が神にでもなったつもりなのでしょうか(しかも他宗教のです)、不遜な笑い声を響かせるのは、八月一日九。一応美少女なのですが、私は彼女が嫌いなので、あまりその容姿を褒めるようなことは言いたくありません。


「おやおや、どうしたんでぇシラガミサマ! そっちから来るなんて珍しいこともあるもんだね!」


 相も変わらず、定まらない口調でハイテンションに話しかけてくるこの巫女は……能力だけならさざれ以上なのですが、性格に難があるので、基本役立たずなのでした。


 端的に言って、私はおにーちゃんとの仲を邪魔するイチジクを嫌っており、イチジクはおにーちゃんに神である私が近寄ることを嫌っているので、私たちはもうどうしようもありません。


『いえ、イチジクはなにをしていたのでしょうか』

「ほら見て見て、この先祖代々の家宝の<祓戸(はらえど)占盤(せんばん)>さぁ、イマイチ使い勝手が悪かったでしょ? 吉凶を占うっていったって、大まかにしか分からんもんで!」

『そうでしょうか? 古代支那から伝わった卜占(ぼくせん)術のなかでも、限定的な近未来視という高度な術式を、周囲の魔力を原動力として半永久的に行い続けるそれは、たいへん貴重な魔道具です』

「そうなんだけどさ、もっと改良の余地あると思って! ついこないだ、土御門(つちみかど)がネットに上げてた論文を見てたらピンと来ちゃったんだよ! だから色々弄ってたら、なんと指向性を持たせられました! これでより高精度な占い結果がでるよ! やりましたね!」

『………………』


 私は思わず絶句してしまいます。天才を持つ者にはそれ相応の雰囲気というものがあるでしょうに、彼女にはそれがないのが、私はどこか不気味で苦手なのです。これは代々の秘巫女(ヒミコ)に言えることですが。


「さ~てさて、それじゃさっそく明日の吉凶占いますよ! なんか最近、スグルくんとシラーあたりがごちゃついてるからそのあたり! ムムムムム……ていやー」


 どこまでも自由人であるイチジクは、天色(あまいろ)の魔力にて構築した魔術式を円盤に重ね合わせました。すると、彼女の魔力に反応し、円盤に描かれる白と黒の領域がゆらめく波のごとき変化を見せ――


「…………へ?」

『どうしたのですか』


 占いの結果を読み取ったらしく、なんとも間抜けな声を上げたイチジクに、私が訊ねます。以前の<祓戸(はらえど)占盤(せんばん)>と異なり、占術の結果は術者本人にしか分からないようです。


「う~ん……もしかして術式編纂、なんかミスっちゃったのかな~」

『何が見えたのですか?』


 するとイチジクは、自信なさげにこんなことを聞いてきました。


「なんと言いますか……梅雨に雪って降ったりするっけ?」

とにかく秘巫女が嫌いな白恋『ミスっちゃったのは術式の編纂ではなくあなたの人格形成でしょう』

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