24 MK5ですわ! チョベリバですわ!
『あふ……』
「変な声出すな」
風呂あがり。
洗面台の前で、気持ちよさそうに目を瞑るシラガミのやたら長い髪をドライヤーで乾かしてやりながら、僕は一つ決めておかなければならないことを思い出した。
「なあ、僕はお前のこと、なんて呼んだらいい?」
『ミヤビの前では私のことを「シラガミ」とあからさまな名前で呼称することはできないため、新たな呼び名を考えたいというのですね』
他人の思考が読める相手だと話が早くて助かる。
「あの長ったらしい、お前の名前……シラタラシコイソメツヒメノミコト……だっけ。あれが正式な? 本名なのか?」
『神としての名称というのであれば、たしかにそれが私の名前です』
「……なんだか変な言い回しだな。どういうことだ」
『生前の私には人としての名があったのですから』
シラガミの口から、ぽろっと衝撃の発言が出てしまう。
「元は人間だったんだ」
『日本は祖霊信仰の国ですから』
ですから、と言われても神様の出自なんて知らないけど。
『なにはともあれ、おにーちゃんが私のあだ名を考えるのであれば、やはり私の神名を参考にするのが適切でしょう』
「そもそもあれ、どこが苗字でどこが名前なんだ」
『生命に満ち満ちて貴く誕生なさった恋の女神――それが私なのです』
「ふーん。じゃあタラちゃんで」
『嫌です』
「ならヒメ」
『痛い子みたいで嫌です』
「白だからハク」
『「千と千尋」と被るので嫌です』
「注文が多い」
『おにーちゃんはもう少し私の名前を真剣に考えるべきなのです』
面倒だし次で確定させてやろう。
「白、恋……はく……れん。ビャクレン――よし。ビャクレンで『レン』にしよう。中性的だけどまあいいだろ」
『……白恋ちゃんですか?』
「言っておくけど、もう撤回は受け付けないからな。いいな、お前は、僕に惚れても正気を失わないシスターライクな女友達、白恋だ」
『……にこー』
本日三度目、喜びのオノマトペ。
「お前それしか芸ないの?」
『……むすぅー』
なにやら不満らしかったレンは、ほっぺをぷくーと膨らませて抗議アピール。指で突いてやろうと思ったら、その思考を読んだらしいレンは素早く回避行動を取り、そのまま逃げだした。
「おい、まだ髪乾いてないよ」
『神である私の髪は乾かさずとも痛みません』
声はリビングの方から響いてくる。
ならなんで僕にドライヤー掛けさせた?
『あれはあれで心地よいのでまたやってください、おにーちゃん』
「じゃあ逃げるなよ」
『今日はもう飽きました』
そうですか。
「あら、お風呂から上がったの? えっと……」
『白恋です。気軽にれんちょんと呼んでください、おかーさん』
「お義母さん!? まあまあ、気が早いわね~白恋ちゃん、いくらスグルが好きでも駆け落ちなんてしちゃダメよ?」
『では、おにーちゃんを私にください』
「だめ、まだあと数年はお母さんの」
『ぶーぶー』
なにしてんのあいつ。
「おいレン」
『はい、おにーちゃんのレンです。どうかしたのでしょうか』
意外にも素直で、呼んだらすぐに戻ってきた。
バスタオル一枚巻いただけのレンが、コテンと小首を傾げている。
「とりあえず服を着ろ」
『では、おにーちゃんの好みが知りたいです』
「?」
『魔力によって神御衣を生み出します。その際におにーちゃんの好みに寄せたいのです』
そんなこともできるのか。
「じゃあバニーガールで」
『分かりました』
適当に言ってみたら、レンの体がピカッ――と桃色の光を発し、それが収まった時には本当にバニーガールの恰好になっていた。
エナメルの黒い布の面積はやたら少なく、生っ白い肩やら腕やらふとももやらが丸出しになった神御衣。ご丁寧に装着されていたウサ耳が、レンの頭の動きに合わせてぴょこぴょこ揺れている。
……まあいいか。こっちから言わなきゃ母さんには気づかれないだろうし。
「でもそれだと寒くない? 湯冷めしちゃうぞ」
『にこー』
「急にどうした」
『おにーちゃんが私の体を心配してくれたのが、私は嬉しいのでした』
「ちゃんと会話のキャッチボールしようよ」
『ではあったかくします』
と言って、レンは自らの体のあちらこちらを光らせていき――
チョーカーやブレスレットやガーターリングみたいなノリの、毛皮素材のアクセサリーを全身にくっつけていく。
『これでよしです。ぴょん』
防寒性には非常に疑問が残るが。
『それでおにーちゃんは、何の用で私を呼んだのでしょうか』
あぁ……レンのやつ、本当にそんなヤバい衣装のままでいるつもりなのか。おふざけとかじゃなくて。度胸あるな。
「そういうのって、僕の心を読んで分かったりしないの?」
『おにーちゃんが私の恰好にドン引きしている声しか聞こえて来ません』
「ごめんなさい」
『むすぅー』
レンの表情からは、やんわりとした怒りが見え隠れしている。
少しずつ感情表現が上手くなっているようで、なによりだった。
「別に大したことじゃないんだけど。これからちょっと出かけてくるから、母さんに迷惑かけずに大人しくしてろよって言おうとしてたんだよ」
『つまり、イチジクやさざれと共に、私を再びあの神社に縛り付けておくための算段をつけにいこうというのですか?』
「それは後日だ」
『むすぅー』
またキャッチボールを放棄したレンだが、おそらく『そこは「そんなことするつもりないよ」と否定してほしかったのですが、むしろ後日するつもりがあることが分かってしまい私は憤慨しています』という意思表示だろう。分かりずらすぎる。
「今日はそっちじゃなくて……ノワキのことについて、その幼馴染に根掘り葉掘り聞きに行くんだよ」
聞くところによれば、御簾納さざれは、ノワキの幼馴染らしい。
僕は今日のノワキの姿が、どこか歪だと感じた。その疑問を解消するために、さざれを頼りたいのだ。
そしてその理由には恐らく、あのクソ親父も関係してくるだろう。
他人様の家庭環境に首を突っ込む気はなかったが、もうそんなの知ったことではない。
僕は――ノワキが僕を差し置いて父親を優先したのが許せないのだ。
『しかし、家を訪ねると言っても時刻は既に20時を回っています。この時間に知り合い程度の関係値の異性の家に上がり込むのは、些か無茶ではないでしょうか?』
ある意味では当然の諫言をしてくるレンちゃんだが。
「そんな常識どうでもいい」
『そうでしょうか』
「僕はなレン、誰かに聞けばすぐに解決するような事柄で無駄に思い悩み、何も行動を起こさず、徒に状況を悪化させる主人公が一番嫌いなんだよ。心当たりがあるなら行動しろよ! とにかく情報を引き出さないことには進展しないだろ! 『聞いても答えてくれるとは限らないだろう』とか、『なんとなく、今の彼女にそれを聞こうとは思えなかった』とか、甘えたこと言うなよバカ! そういう泣き言はあらゆる可能性を総当たりしてそれでもダメだった時のものだろうが! 問題を解決しようって意識が足りないんだよあいつらには」
『要するに、激キモお気持ち表明おにーちゃんは、その反省を踏まえて夜遅くに女子の家に押しかけようと言うのですね』
「そういうことだ」
言いながら、僕はLINEでさざれにメッセージを送信する。
【今から家に行く。お前に拒否権はない】
ツツジが僕の学校に行く時もこんな気持ちだったのかなとか考えていたら、さざれから電話がかかってきた。
『なななななななにを言い出すんですのいきなりっ!』
「お前に拒否権はない」
『こんな時間に家に来るだなんて、いったい何のつもりですのよ!!』
「お前に拒否権はない」
『だいたいあなた、わたくしの家の場所なんて知らな――』
「お前に拒否権はない」
『BOTですの!?』
一息に捲し立てたさざれからは、スマホ越しに「はぁ……はぁ……」と息切れの声が聞こえてくる。
「どうした。喘息持ちか、さざれ」
『あ・な・た・が!』
「冗談じゃん、マジになるなって」
『うわ、嫌なノリですわ……』
再びスマホの向こうから、深い溜息が届いてきた。
『あの……わたくし、あなたになにかしまして? 十六夜さん方と違って、わたくしはあなたにぞんざいに扱われるようなことなんてしていないでしょうに……』
「…………」
さざれの言葉に、僕は少なからず動揺した。彼女の提示した視点が僕にとって思いがけないものだったから。僕の想定していない反応だったから。
そうか。……普通の人は、さざれは、今のやりとりをそんな風に感じ取るんだな。
「……ごめん」
『はい? どうしましたの、いきなり』
「ただ嬉しかったんだ、僕は。ズミと同じように、僕と対等でいられるさざれと話すのが。だからつい、強く当たっちゃったんだ。それがウザかったなら、ごめんなさいだ」
『……からかってるんですの?』
「そんなつもりは、ないんだけど……」
『……はああああぁぁぁ~……』
またしても、溜息が聞こえてきた。
というより、溜息を聞かせてきた。
呆れましたわ、とでも言いたいかのように。
『ああはいはい、分かりましたわ、少しだけ分かりましたわよ。あなたは、そういう人ですのね』
「なにを分かられたんだ」
『リノが放っておけないのも納得ですわ』
「だからなにを……いや」
僕は彼女の言葉を追及しようとして……しかし、それよりも気に留まる名前が出てきたので、そちらを追うことにした。リノ……ノワキについて。
「それだよ、さざれ。ノワキについて訊きたいことがある。多分会って話した方がいい感じの話だ」
『……なにかありましたの?』
先程とは打って変わり、神妙な調子で、さざれが訊ねてくる。
彼女は僕がノワキの家に行く前、あれだけ忠告してくれていたのだ。
それで案の定自分に泣きついてきた僕に、さざれは呆れてしまうだろうか?
それだけが少し心配だった。僕はさざれとも仲良くしたかったから。
『おにーちゃん、私も一緒に行きます』
「さざれ、僕の妹も連れてっていいか?」
『……はい?』
スマホの向こう側からこちらへ、なんとも間抜けな声が投げ込まれてくるのだった。
☽
夕方にノワキの家を訪ねた時と同様、さざれから送られてきた住所に従い、たどり着いた場所は――
「めっちゃ豪邸だ……」
ノワキの家とはまた違う、非常に現代的な洋風の、絢爛豪華な装飾が目立つお屋敷だった。屋敷と庭を合わせたら、高校の敷地の倍以上の面積あるんじゃないか?
「本物のお嬢様だったんだな」
『御簾納家は大和政権成立頃より中央に近侍していた氏族の末裔です。本家を洛中からやや離れた山科に置き、東の交通の要衝たる逢坂関周辺地域を千年近く治めて――』
「黙れ。どうでもいい」
『むすぅー』
あろうことかバニーガール姿でここまでやってきたレンは、うさ耳をぴょんぴょん跳ねさせて拗ねてしまう。
ちなみに相変わらず空からは雨が降ってきているが、レンが張ってくれた謎のバリアのおかげでレインコート要らずである。僕らは普通に自転車に乗って(2ケツできるような荷台もないので、レンは宙をふよふよ浮いてついてきた)、20分ほどでさざれの家まで着くことができたのだった。
「さて……」
――ピンポンピンポンピンポンピンポンピーンポーン――!
「おーい、さざれー! 出てこーい」
インターホンを連打し、ついでにドンドンドンドンドカンドカン! と玄関の扉を優しくノックして、さざれを待つ。
『あなたたち魔術師が全く私を見つけられないので、特別にこちらから出向いて来てあげました。さざれは私に感謝するべきでしょう』
「だそうだぞー」
などと、ドンドン扉を叩きながら楽しく煽り立てていると――
「ああああああもうそんなに催促せずともすぐ出ますわよやめてくださいまし!!」
ネイビーカラーの寝間着を身に纏ったさざれが、出てくるなり大声で憤慨する。巨乳なのに(巨乳だから?)前開きパジャマだから谷間が丸見えで視線が吸い寄せられる。すごい。
「よっ、さざれ」
『よっ』
「一発殴らせてもらってもよろしくて!?」
気さくに挨拶したつもりが、怒らせてしまった。
僕は非常識なことをしているのだから、この怒りは妥当である。甘んじて受け入れよう。
「本当になんなんですのあなた……」
「寝間着姿のさざれもかわいいね。うっかり惚れちゃいそうだよ」
「……口説きに来ただけなら今すぐ閉め出しますけれど」
素直に好意を伝えたつもりが、ジト目で責められてしまった。
まだ伝え足りないだろうか?
「特におっぱいが大きくて魅力的だと思う」
「死ね」
「お嬢様口調忘れてるよ」
ジト目を通り越してゴミを見るような目で罵倒されてしまった。
人間関係は難しいな。
「……一応確認しますけれど、疚しい気持ちから押しかけて来たわけでは本当にないんですわよね?」
「……? 当たり前じゃないか」
「今までのやりとりからどうしてそんな澄んだ目をできるのか甚だ疑問ですけれど……まあいいですわ。上がってくださいまし」
かなり渋々だったけれど、許可が出たので玄関へと……入ろうとして、そういえばもう一人いたことを思い出す。
「あ、そうだ。さざれ」
「なんですの? またセクハラするつもりなら<まほろば02>の錆にして差し上げますわよ」
「そんなことしないよ。そうじゃなくて、さっき言っただろ。妹を連れてきたよ」
と言って、これまでずっと僕の後ろに隠れていたレンを紹介する。
「妹? あなたに妹なんていきゃああああああああああああああああああっ!?」
さざれはバニーガール姿のレンを認識した途端、叫び声を上げた。
「とんでもない痴女ですわ!?」
当然の反応だった。
「ってシラガミじゃないのですの! ――《火雷》!」
さざれは相手が件の神だと分かった途端、容赦なくレンの心臓部を的確に狙って電撃の魔術を浴びせてきた。
――バチバチバチ――ドゴオオオォォォォ……と雷轟を伴った爆発が巻き起こり、煙で視界がジャックされる。
『私の神眼による望まぬ被害を防ぎたい魔術師であるさざれが、私を見つけ次第、拘束のために武力行使を選択するのは当然と言えるでしょう。しかしここにはおにーちゃんもいるのですから、無用な争いは避けるのが互いのためだと判断します』
すぐ近くからレンの声が聞こえてくる。
「さざれ、とりあえず落ち着け。やるなら僕のいないところでやれ」
煙が晴れて彼女の姿が露わになると、レンは当たり前のように無傷だった。レンが守ってくれたらしく、僕も服に塵一つすらついていない。
「レン、ありがとな」
『私がおにーちゃんを守るのは当然のことです』
「ちっ……」
さざれは不機嫌を隠そうともせず、あからさまな舌打ちをする。
「さざれ、聞いてくれよ。今のシラガミは多分無害なんだ」
「……どういうことですの?」
「こいつは僕の妹になったんだよ。名前はレン」
「どういうことですの!?」
その後僕は、レンはなんかよく分かんないけど僕の言うことを素直に聞いてくれる状態だということを、まあまあ苦労してさざれに伝えるのだった。
コギャルさざれ「超MMですわ!」




