7 現代のオタク
秋葉原に着いた。
一般に、目の不自由な人と観光などをするときは、周囲の風景を言葉で説明するのが好ましいとされる。
つまり……
「右手のビルには売春婦みたいな恰好したマイクロビキニの黒髪美少女ロリメイドが両手でハートを作った絵が描かれてるよ。その奥には去年リリースしたソシャゲの広告が……」
アキバのあの痛々しい外観を、いちいち口に出して解説しなきゃいけない! どんなプレイだよ。
一時期は新型コロナウイルスの影響で、緊急事態宣言が発令し自粛ムードが漂っていたこの国だが……
先進国のいくつかが、異常なまでのスピードでワクチン接種体制を確保したおかげで、当初言われていた「不要不急の外出」なんてのを気にしている人は、今では少数派だ。それでこのコロナ禍でも、アキバは往年と変わらない賑わいを見せているんだが……
今の僕にとっては、むしろ閑散としていてほしかったよ。それならこんな風に、あちこちにわんさかいるメイド喫茶のキャッチの恰好なんかを逐一エーデルワイスに説明しながら、電気街通りを歩く必要もなかっただろうに。
「そうなんだ~……あ、今流れてるCMってこの間出たラノベのPVだよねっ? あの作者のシリーズ大好きだったけど、新作も作風はそのままに面白さだけパワーアップしてる感じで……優くんはあれ読んでる?」
「読んでるよ。あれは主人公がイケメンでハーレムなのにそれを嫌がってるやれやれ系だから共感できる」
「私は唯一そこだけが嫌いだな」
当の本人はとても楽しそうなので、そこに水を差すわけにもいかないし。別に僕もアキバ自体は歩いてるだけで楽しいので、いいっちゃいいんだけど。
「それで、エーデルワイス。どこか行きたいところがあるって言ってたよね。まずはそこ行こうよ」
「あ、うん。そうだね」
☽
というわけで、そこは大通りから一本外れてすぐの場所にあったこともあり、すぐ着いたのだが……
正直、彼女から目的地を聞いた僕は、ぎょっとした。
なぜって、なにを隠そうこの店、
「エロゲショップじゃん……」
壁一面には1か月後に発売する予定……だったにも関わらず先日延期が決定して、まだ撤去が間に合っていないエロゲの広告がデカデカと鎮座している……紛うことなき美少女ゲームのお店だった。
「優くん、もしかしてエロゲ興味ない……?」
僕がドン引き気味の声を出したので、エーデルワイスがおずおずと訊ねてくる。
エロゲへの興味は……ぶっちゃけ、ある。というか、めちゃくちゃやっている。
だがそれを同い年の女子に言うのはどうなんだ? 思春期男子的にも、避けたいところだぞ。
と、僕がやんわりとした否定の言葉を考えていると……
「えっと、優くんが嫌ならいいよ? 別のところに……」
エーデルワイスの方から、そんな健気な提案が出てくる。とても悲しそうな、でも僕のために我慢して、あくまで今日という日を「楽しいおでかけ」にしようという気概のある、声色で……。
……そんな風に言われたら、変な意地を張っている自分が愚かしく思えてくるじゃないか。
「いや、興味ある。僕も大好きだよ、エロゲ」
良心の呵責に耐えかねた僕が、そう白状すると……
「ホント? よかったぁ、オタクによってはエロゲに偏見持ってる人もいるから、優くんがエロゲーマーでホッとしたよ……」
……まさかの、喜ばれちゃったよ。数ある趣味の中でもトップクラスに言いにくいものだと思ってたんだけど。やっぱり、エーデルワイスってちょっとおかしな子だな。
「じゃあ行こう、優くん!」
すぐ隣にいた人間が“味方”だと判明したエーデルワイスは、ホントは目が見えてるんじゃないのって速度でずんずん店内に入っていく。かなりテンションが上がってるみたいだね。
で……僕はこんな生まれだから、人からの視線にとても敏感なのだが……
店内で、見られてるぞ、すごく。他の客から、ジロジロと。
しかも……これは「嫉妬」の視線だ。それだけははっきりしてる。
学生がカップルで冷やかしに来てると思われてるんだな。まあ、そんな奴らも僕の顔を見たら、気まずそうに目を逸らしていくけど。
「優くん、どこになにがあるの? 教えて欲しいな」
「……う、嘘でしょ……?」
そんな視線には気づかないし、多分気づいても気にしなそうなエーデルワイスは……気軽にそんな無茶振りをしてくれちゃう。
だが僕も男だ。エーデルワイスはやれやれ系が嫌いってさっき分かったし、ここは腹を括ってやってやろうじゃないか。
「…………この目の前の棚から『あ』行が始まって、まず……」
そんなわけで、僕は……金髪の美少女を連れて、エロゲショップの中で、棚に陳列されたエロゲのタイトルとその中古価格をひたすら朗読していく。きっつ。
よくネットとかで『そのタイトル親の前で朗読できんの?』みたいな冗談が飛び交うことがあるが、なんなら親相手よりも心に来るよ、これ。
「H2Oかぁ……前から気になってたんだけど、ここで買っちゃおうかな……?」
でも……
そんな気持ちもエーデルワイスの楽しそうな様子を見ていると、やっぱりどうでもよくなってしまう。友人の笑顔っていうのは、こんなにも特別なものなのか。今まで、僕の顔を見てニコニコしていた人間どもの笑顔は……あんなにおぞましかったのに。
……友達って素晴らしいな。
と思った自分の考えで、気づいた。
……エーデルワイスは、僕の初めての友達なのだった。
「ねえ、優くんはどう思う?」
ただ……
しばらく一緒に歩いていて、分かったことなんだが……エーデルワイスは上機嫌になると、平生は二歩分くらい空いている僕らの距離を詰めるように、僕の腕を無意識にも引っ張ってくるのだ。抵抗するのもおかしな話なので、されるがままでいると……彼女との物理的距離が非常に近くなってしまい、とてつもなく恥ずかしい。
「そ、そうだね……この値段ならFANZAかDLsiteのセールで買うより安いし、いいんじゃないかな」
「だよね、初めて友達と来た記念でもあるし、買っちゃう方がいいよねっ」
ゲームを買う決心がついたらしいエーデルワイスは、またしても僕の腕を抱き寄せるようにして――
ぎゅぅっ……むにゅんっ……
そのせいで、まだまだ発育途中の胸が、その柔らかい感触が、腕に、押し付けられて……っ!
あ、あんまりよくないんじゃない? こういうの……ほら、そこの女の子に触ったこともなさそうなデブでメガネの脂ぎったおじさんがこっち睨んでるよ。早くこの場から退散しよう、エーデルワイス。
などという僕の願いが通じるはずもなく……
「そういえば、優くんって女の子にモテるのに、どうしてエロゲが好きなの?」
エーデルワイスは中学生おっぱいを僕に堪能させつつ、普通に雑談を開始してくる。
とはいえ彼女としてはまあまあ気になるだろうことだったので、僕は返答する。
「僕はラブコメが大好きなんだよ。だって、あれはすごく『ちゃんとした』恋愛だろ?」
この容姿で生まれ、人が容易く僕に惚れるあまりに、人間が嫌いになってしまった僕が、エロゲを好きなのは確かに違和感かもしれないが……
それらは、逆なんだ。
僕は元々ボーイミーツガールやロマンティック・ラブなんかが大好きだ。大好きだからこそ、その幻想を滅するような態度しか取らない現実の人間どもが大嫌いなのだ。
だが、二次元でならば、その心配がない。なぜなら……
「画面の向こうの美少女は、僕に惚れないからね……!」
「た、たしかに……?」
そうなのだ。物語のヒロインは、主人公に恋をする。僕ではなく、他の男と、まるで運命に導かれるようにして、添い遂げる。
ラノベや漫画だと、必ずしも恋愛関係が発生するとは限らない。例えば少年漫画とか、あれはとても面白いけど、あくまで少年向けなので、恋愛が主題になることは少ない。
だが、エロゲでは絶対に男女の情が描かれる。時に純愛、時に狂愛、時に凌辱、時にNTR……それらの愛が、本来ならば必要ではないような場面ですら描かれる。SFやミステリー、バトルモノといった、一般的には恋愛とは程遠いとされるジャンルにおいてすら、主人公とヒロインが登場し、彼らは惹かれ合い、結ばれるのだ。
なんと素晴らしいことではないか! 二次元の世界には、僕に惚れない美少女たちが大勢いるのだ。どんな天国だろう?
加えて言えば、僕はエロゲの主人公に自己投影するような檄キモ野郎ではない。
そういう理由から、僕は昔から美少女ゲームを愛していた。
「エーデルワイスこそ、なんでだ? 令和にエロゲやってる中学生なんて絶滅危惧種だろ」
僕みたいに特殊な理由でもなければ、ソシャゲやVTuberなど他の娯楽に熱中するのが僕ら世代のマジョリティだろう。
そんな、素朴な疑問からした質問したのだが……
「ふっふっふ……分かってないね、優くんは」
なんか、どや顔で煽られたんですけど?
「な、なにがだよ」
僕が尋ねると、エーデルワイスは水を得た魚のように語り始めた。
「いい? 目が見えない私みたいな人にとって――エロゲはとっても質のいいボイスドラマなんだよ!」
ぴんっ、と人差し指を立てて意気軒高と、名言みたいに言ってくる。
「アニメや映画は解説音声ありきだし、ラノベや漫画はオーディオブックの声がずっと同じでいまいち味気ない……でも! エロゲはヒロインごとに声優が違うんだよ! しかもノベルゲームとして作られてるから、地の文+主人公の台詞+ヒロインの台詞だけで状況がほとんど分かる! ボイスがついてない文章はテキスト読み上げソフトを使えばいいし、SEやBGMも豪華! 耳だけで楽しめる娯楽として、エロゲは最高峰なんだよ!」
「そ、そうなんだな」
「そうなの。だからね――盲目のオタクは、エロゲをやるべきなんだよ!」
主語が大きいな、と思った。
「というわけで、私はこれ買ってくるねっ」
デカくて嵩張る置き場がなくなりそうなパッケージを手に、エーデルワイスが会計へ向かう。会計はスムーズにいくようクレジットカードだ。
まあ、多少彼女の熱量に驚かされたところはあるものの……
なにはともあれ、彼女が幸せそうで良かったと思うのだった。




