5 噛み合う歯車
あの冗談みたいな夢みたいな出会いから五日が経っていた。
平凡な一軒家に暮らす僕は、このところ、毎朝布団から出て顔を洗ったら、その次には薄汚れたサンダルを履いて家の郵便ポストを確認するようになっていた。ちなみにポストは毎日どっさり。全国各地の見知らぬ人々から、贈り物が送られてくる。数十通のラブレター、今日も中学校頑張ってくださいというファンレター。これみよがしなゼクシィ。ひよこクラブ、これはまだ早い。現金(違法)はありがたい。ポストには入らない郵便物、積まれた段ボール、中身は天然水、おかしの詰め合わせ、地域の特産品、その他諸々。たまに包装に小さい穴が開いていたりして怖い。けれどたいていは善意からの贈り物。盲人の母親と中学生の息子で構成される危なっかしい家庭には欠かせないライフライン。皆さんありがとう。僕は『更科優』なのだった。
けれど僕が探していたのはその善意という名の貢ぎ物のどれでもなかった。多分、手紙だと思う。僕は一通一通確認、送り主を確認していく。某有名アイドルからのラブレター、いらない。ダンディなイケボで人気の大御所声優からの茶会のお誘い、どうでもいい。これでもない、これでもない……。
今日も徒労か、と思われた時。
「あった!」
僕はバッと弾かれたように、最後の一通を天高く掲げる。送り主は『源 エーデルワイス』、僕がこの五日間待ち焦がれていたものだった。
☽
最初は芸名か何かかと思ったが、よく考えたら金髪だし、どう見ても純日本人じゃないし、別に何もおかしくなかった。源エーデルワイスは本名だった。彼女が僕に手紙を寄越してくれた。お互いに名前しか教えていない僕らがどうして手紙を送れるのか? ウチはいわゆる「フリー住所」なので僕のフルネームで検索を掛ければ一発だったろう。「名前は聞いたことあったけど、生きてるうちに会えるとは思わなかった」と彼女は手紙の冒頭でとても驚いていた。仕方のないことだった。
そんな当たり障りのないことから始まった文章は、とりとめのない自己紹介じみていた。彼女は東京の盲学校――視覚特別支援学校に通う中等部の三年、つまり僕と同い年だった。視覚障害は先天的なものらしく、幼稚部からずっとこの学校なんだと書いてある。あの日は土曜日だったので、母と一緒に新宿御苑に遊びに来ていたようだ。
手紙には、あの時の僕の言葉がとても印象に残ったから、こうして手紙を送ることにした、ぜひまた会って話したい、という旨が記されていた。末尾には、@で始まるアルファベットが並べられていた。検索してみるとTwitterのIDだった。これで彼女にいつでも連絡がつく! Z世代による風情のない人間関係、結構だった。
視覚障害者とだけ聞くと、一般人は点字のイメージが先行して、彼らがTwitterをしていることには驚かれるかもしれない。僕もお母さんが失明してから知ったことだった。確かに数十年前まで、視覚障害者は主に読み書きには点字ばかりを用いていた。実際に今でも点字は彼らの生活に欠かせないものであり、エーデルワイスの通う盲学校でも点字による教育が行われている。読書などもすべてが点字訳された点字本で行うものだった。しかし情報のデジタル化――具体的にはパソコンやスマホの音声認識機能や、テキスト読み上げツールの発達によって、点字を使わない、墨字(点字ではない、普通の文字)での読み書きが可能となった。読書をするにしても、点字本はその性質上、とにかく分厚くて嵩張る。デジタル音声を聞く方が便利なのだ。点字を全く使わない全盲の人もいるという。中途視覚障害者には、点字の習得を早々に諦めデジタルツールに頼って生活を送っている人も多いと聞く。これは僕のお母さんのことだ。
そういう事情なので、このエーデルワイスの手紙も墨字文だ。パソコンで入力したのを印刷したんだろう。
僕はこの紙を丁重に扱った。綺麗に四つ角を合わせて折り、勉強机の引き出しの奥に仕舞った。インターネットネイティブ世代の僕には、手紙というものに対する尚古趣味があった。これは活字の印刷物だが、僕は直筆の手紙などは特別に保管していた。紙に書かれた言葉は行動の結果であり、つまり手紙というのは言葉と行動というのがちょうど交わるところに生まれる構造的形式の美だ。これは僕のつまらない顔なんかよりよほど美しいのだった。
「おはよう、スグル」
「ん、おはよう」
母さんが起きてきたので、僕は引き出しを閉じて、ゆっくりと朝の支度を始めた。……なんとなく今、母さんと顔を合わせる気にはならなかった。エーデルワイスのことを、知られたくなかったのかもしれない。
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エーデルワイスとは毎日のようにやり取りした。すでにTwitterとLINEは交換していた。この中で、僕はエーデルワイスの様々を知っていった。彼女は一人っ子であること、あの金髪はドイツ人の父親譲りであること、家族仲は良好なこと、家はまあまあ裕福で苦労はしていないらしいこと、趣味は読書と映画、最近は料理にも挑戦していること、部活は合唱部に所属していること、穏やかな雰囲気のわりに物事ははっきりと口にすること、しかしどこか押しに弱い性格なこと、学校では英語の成績が悪いらしく、僕もそうだったので、外国語の理不尽さについて話し出したらキリがなかった。
向こうとこっちでは授業の時程がズレていたので、エーデルワイスが休み時間の時、僕は授業中ということがよくあった。そういう時はスマホを机の下に隠してこっそりやり取りをするのだが、僕にはそれがなによりの悪事みたいに思えて、得も言われぬ緊張の元で交わされる言葉は、特別な意味を持つようだった。
けれど、やっぱり一番は会って話したかった。それで僕はエーデルワイスを遊びに誘ってみた。これを言い出すのにもまた少し勇気が必要だったが、その甲斐もあって、来週の休日に遊ぶ約束を取り付けることができた。長野と東京だと会うだけでも一苦労で、そもそもどちらがどちらの地域に譲歩するかという問題もあったが、これについてはエーデルワイスの方からアクションがあった。電車を乗り継いでの移動はまだ少し不安だから、僕の方から迎えに来て欲しいとのことだった。僕にはこの素直さが信頼の証のように思えて嬉しかった。実際は必要に駆られて頼ったに過ぎないにしても、思春期の男子というのはそれだけ単純ということだった。……そうだ。僕は今、思春期の男なのだ。ああ、思春期。素晴らしい響き、とても普通だ。一般的な人間として生きているという感じがする。人生の正道を歩んでいるという感触が、今の僕には確かにあった。




