1 次なる者
二章です、よろしくお願いします!
人間の最も原始的で純粋な心の在り方は、つねに女の顔をして表れる。優が陽に取った行動がもし女々しいように感じるならば、それは優が誰よりも無垢な人間ということだった。
優は人間の心の針の振れようを、必ずいちばん単純な形で捉えるのだった。ただしそれは我々が思わず眉を顰めるような難解な数学の問題も、天才数学者の手にかかれば易しいもののように見えるのとはまた違うのだった。つまり彼は複雑ということを知らないのだった、優のその顔が、彼に相対した人間の複雑な心の在り様を、たちまちに単純に見せてしまうのであるからして。
優はしばしば小説を読んだ。アニメや漫画も好きだった。彼は精緻な筆致によって描かれるキャラクター達の愛憎劇を、全く空想上の産物として楽しむのだった。我々が異世界モノを読んだからといって異世界に詳しくなることがないように、優には創作物に書かれる人間の心の複雑な働きが、すべて虚構だと思われるのだった。
それゆえ此度の陽の失恋を、優はごく純粋に悲しんだ。彼は親友として陽の恋の成就を、真に願っていたのだった。彼の人生は後ろめたさというものとは無縁だった。なぜなら後ろめたいという気持ちは、自らの行いの清らかさを信じきれない、心の弱い者に特有なのだから。
優は陽に対する自らの行いが間違いでないことを真率に信じていた。しかしここで誤ってはいけないのは、優はその行いが正しいのだとも、善いことだとも思っていなかったことである。では悪だと思っているのか? そうではなくて、端から優は自分のしたことに対して、正否や善悪を見定めるのはお門違いだと思っているのだった。彼はその行動が、無数の偶然によって導かれたものであり、自分はただ世界にとって間違いでないと思われる演技を台本通りになぞっているに過ぎないと考えるのだった。それは我々が「自分の身の振り方を考える」というときに、どこかそれが社会という大いなる力に屈服する響きを持って、遠い他人事のように思われるのと同じことだった。この場合の優にとっての社会とはそのまま、いかようにでも操作しうる多くの他者という味気ない世界なのだった。……優は十六にして自覚的に選んでいたのだ、人間に疲れた者がする生き方を。
かかる心理の働きが、人間存在をいちばんよく分かっているはずの更科優に、それらを稚児のごとく醇乎たる形でしか考えられないよう強いるのだった。これをして世界中の人々に優を、天使のように優しい子だと思わせるのだった。これは神とても例外ではなかった。彼は独語した、
「どうしてシラガミは僕にこだわるんだ。まさかあいつまで僕に惚れてるとかいうんじゃないだろうな」
シラガミに多大な恩を持つはずの優がやけにかの神を恨んでいるのは、こんな勘案のためだった。神様までもが自らの美貌から逃れられないのだとしたら、彼にとってこんな酷い話はなかった。かてて加えて、エーデルワイスに幸福をもたらすはずの魔眼が、かえって彼女に身が引き裂かれるような思いをさせた今となっては、もはやシガラミへの感謝の念よりも、怨みの方が強いぐらいだった。
さて、優がそんな風に睨んだところは、けだし正鵠を射ていた。あの女神は、たしかに優に恋しているのだった。しかもそれはエーデルワイスが優に向けるのとまさしく同じ愛情だった。女神はどういうわけか、優が自分を好きになるのは自然なことだと考えているのだった。それで優は思うのだった、シラガミが自分を褒める言葉には多分に贔屓目があり、それは溢美の言であり、まるで信用ならないと。しかるに女神は己を、淑徳を備えた良妻だと信じて疑わないのだった。しかもこの淑徳は、婉容とはほど遠い形で発露するのだった。
六月十六日、女神は、下校中の陽の目の前に降りて言った、
『アキラ、あなたに《片恋目》を授けます』
「……は?」
『私のこの神眼は、今のあなたにこそふさわしいでしょう』
「何言ってんだ、あんた……?」
貞淑を自負するシラガミが、優以外の男にこのような言挙げをすることは、身の綻びだと思われるだろうか? しかしこれは正真正銘、優への恋心の表れだった。かかる女神の心を突き動かすものの正体ははっきりしていた、つまり古今東西の国々の神話が、女神は嫉妬深いものだと明かしているのだった。
――シラガミの行動原理は優と同じだった。かの神は現世にありながら、至純至精を譲らぬ女なのだった。




