30 かなり待たされましたけれど、ようやくわたくしの出番ですわね。
野分が去った後の、二階廊下にて――
さざれが、鈍色に光る物騒なものを片手に、不良たちに歩み寄ります。
「お手合わせ願いますわ、我が校の癌ども」
この上なく美しい微笑を湛えて、さざれは刀を構えます。
その姿は達人のように洗練されており、とても一般人のものとは思えません。
「御簾納……お前なにモンだよ……!!」
「あら、この刀のお名前ですの?」
「聞いてねえわ!!」
「いいですわ、貴方の片腕を貰い受けたお礼として、特別にお教えいたしましょう」
なにやら晴れがましい表情で答を返すさざれは、その刀を自慢したくて仕方がないようです。
「こちらは《対物魔剣・まほろば02》――肉体と精神、科学と魔術を統合して創造された人類の夢ですわ」
一歩、一歩と歩みを進め、その武器の間合いへと移動するさざれ。
「ふっ、ふざけんな!」「こっちくんなよ!!」
先ほどの一太刀で白住のDQNたちはすっかり恐怖してしまったらしく、じりじりと後退ります、が――
「――遅いですわ」
「ぶげぇ!?」「ぼばァっ!」
さざれは一瞬の間に彼らの懐まで接近し、上段から綺麗な一閃。その風圧によって、二人の不良を吹き飛ばしてしまいます。
「安心なさいな。本来これは対物兵器――あなたがたのような蛆虫掃除の用途に使われるものではありません。軽く撫でるのみで許して差し上げますわ」
「嘘つけよ!」「さっき涼介の腕落としといて、今更何言ってんだこのサイコパスが!!」
「それは……大変申し訳ありませんわ。このような機会でもなければ使わないモノですから、つい浮かれてしまいましたの」
さざれは困り眉で、ペコリとかわいらしくお辞儀をしました。
「おい……こいつやべーよ……」「倫理の箍が外れてやがる……!」「カタギじゃねえ……」
「さて……騒ぎになられて困るのはわたくしですわ。さっさとケリをつけ――」
「こっ、これ以上近寄んな! 来たら非道いぞ!!」
「あら?」
悠然たる歩みで接近するさざれを、強く威嚇した者がいました。
その不良は片手にライターを持ち、親指で火を付けています。
「……あなた方はどこまでお馬鹿さんですの? そんなお粗末なものでなにができますの――よ」
――ビュウウゥゥゥ!!
さざれは深い溜息と共に、横に刀を一振り。それにより生じた魔の斬撃にて、ライターのみをピンポイントに破壊したのです。
「なっ――」
「もしナイフや拳銃をお持ちなら、今のうちに捨てておいた方が懸命ですわよ。魔力を動力源とする《まほろば02》の前では、そんなものは手品の小道具にも劣りますわ」
「く……」「マジでなんなんだよこの女……」
さざれの忠言も無視し、ナイフを構える数人の不良たち。
彼らは震える手で、なけなしの武装で、異様な威力を誇る兵器を手にした女に対峙します。
「…………」
……ですがそんな中で、一人だけ何もせずに佇んでいる不良生徒がおりました。
「おい智晴! お前もなんか持ってんだろ!」「突っ立ってないでなんかしろよ! このままだとやられっぞ、トモ!」
「……お、おお……」
彼は――目の前の惨状を。仲間たちが容易く葬られていく光景を目にして、絶望しきった表情をしています。
「おおお…………おおおおおお……!!」
両腕をだらんと降ろし、脱力したような猫背の体勢で――しかし、ある種の凄みを感じるほどに血走った眼つきで、さざれを彼は――
「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
絶望の淵に立たされ、咆哮。それに呼応するかのように――彼の周囲に、赤色の光が出現します。
「と……智晴?」「ど、どうしたんだよ……しっかりしろトモぉ!」
「っ……あなた、まさか魔術を――」
「――ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!!!!!」
さざれが気づくも、時既に遅く。
友人の訴えにも応じず、彼はその咆哮と共に、謎の光の数を増していきます。
その赤色の光は――魔力。
現実離れしたさざれの無双によって、その激情が刺激され――彼の魂の底に眠っていた、魔術の才を叩き起こしたのでした。
「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
とどまるところを知らない彼の想いは、その恐怖は――周囲に散らばっていた赤色の光を、無意識にも、際限なく膨れ上がらせ――
……――その赤き輝きで以て、万物を燃やし尽くす――暴力的で無差別な火炎へと、姿を変えたのたのでした。
「ああああマジでなんなんだよさっきから!!」「意味わかんねェーー!!」
「ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
完全に我を失った不良は、獣のような雄叫びを上げ――
彼の心の中で猛り狂う絶望が、そのまま魔の力となって赤き炎を操り、一帯を瞬く間に火の海へと塗り替えていきます。
不良たちはもはやさざれどころではなく、このままでは焼かれ死んでしまうと叫びながら逃げ出していきました。
「ふっ――!」
さざれは、その魔力によって起動するという刀で炎を振り払いながら――
「……まさか……なんと運の悪い……!」
思わぬトラブルを前に、舌打ちしたい気持ちをなんとか抑えて――すぐ傍の壁に見つけた赤い非常ボタンを押したのでした。
さざれ「非常ボタン、小さい頃から一度は押してみたくてうずうずしてましたの……!」




