29 どうしてわたしばっかり……ちょっとは代わりなさいよ、ツツジ。
デートの場所が移り、白住学院。
「バキの家じゃん……」
優は自身が佇む先に巡る校門や、聳え建つ校舎の――夥しい落書きの数々に、そう呟きます。
『地元最強!』『白住最強!』『地元最高!』『地域最大級』
『ノイジークレイジーファッキンツツジ』『うざよいつつじ』『白住から去れ さもなくば お前の母と妹をレ○プする』
「お前何したの?」
「かわいすぎると恨みを買うこともあるんだわ!」
「あなたの性格のせいでしょ」
まあツツジがうるさくてウザいのはその通りだしな、と納得し、視線を移した優は――
「え……あれお前ら?」
校舎の玄関の横の壁に描かれた、4mほどの、躑躅と野分の肖像画を目にしました。
「見事なグラフィティでしょ」
「野生のバンクシーがたくさんいるんだわ!」
「うーん……」
――そもそも近隣に不良校も暴走族もいないし、これ全部自分たちで書いてるんだよな……だっさ。
何とも言えない気持ちで優は校舎の中へ入りました。
木製の下駄箱には釘バットやナイフが突き立てられて半壊しており、内壁にはピンクや緑のペンキが塗りたくられ、すっかり荒れ果てていました。
「なあ、来賓用のスリッパとかないか?」
「知らないけど土足で平気でしょ」
「ちゃんと上履き履いてる人は半分くらいだわ?」
「ここだけ海外なのか?」
じゃあまあいいかということで、靴のまま廊下を進む一行。
「窓ガラスどころか框すらないじゃん……」
「ああ、それは先生たちがね。どうせ割られるからって取っちゃったの」
「寒い時はみんなで段ボールで塞ぐんだわ」
「ここだけ終末モノなのか?」
「アレ十六夜じゃね?」
「ひゅ~」
「おいあぶねえぞ~!」
「うわっ」
するとスケートボードに乗った不良たちが、廊下に展開されていたジャンプ台で跳び上がりながら、通り過ぎていきました。
「ここだけ世紀末なのか?」
曲がりなりにも水分と同じ目的で作られた場所とは思えない光景に、優が啞然としていると、
「あ、おい十六夜。不知森もだが……午後の授業またサボって、どこ行ってたんだよ」
話しかけてきたのは、躑躅の担任でした。
「デートです! 若さは一瞬の煌きなんです!」
「制服でデートできるのは今だけなの」
「はぁ……。そこそこ真面目に教員生活やってきたはずなんだがなぁ。十六夜の担任に当たるなんて、俺なんか悪いことしたのかなぁ……」
話しかけたのを後悔したとばかりに、担任は去っていきました。
「僕が言えたことじゃないけど、「本当にあなたが言えたことじゃないわ」まだ何も言ってないよ。学校はサボらず行こうね。まあそうなんだけど」
楽しくおしゃべりをしながら、放課後の白住高校を見て回る優たち。
やがて彼らは、一つの扉の前で立ち止まりました。
そこは――
「生徒会室?」
「言ったでしょ、近いうちに知り合わせるって」
優が頭に疑問符を浮かべる間にも、野分はコンコンとノックして、返事も待たずに扉を開けます。
「はい、どうぞ……って、言う前に入ってきたらノックの意味ないじゃありませんの」
「様式美よ」
「ならなおさら返事を待つべきですわ」
「若さは一瞬の煌きなんだわ!」
「はい?」
野分、躑躅に続いて室内に足を踏み入れた優は、その最奥に一人の美少女を認めました。
「……あら? 初めて見る顔――うちの生徒じゃありませんわね?」
いかにも高級そうな社長椅子にふんぞり返っている、金髪をツーサイドアップにした少女は優を見るや、立ち上がって彼らの方までゆるりと歩いていきました。
「……なるほど。君も二人の友人か」
自らの目の前で立ち止まった彼女に、優が一つ感嘆します。
「なにをなるほどされたのか分かりかねますけれど……お初にお目にかかりますわ、更科優。わたくしはこの学院の生徒会長を務めております、御簾納さざれですわ」
気品のある挙措で優雅にお辞儀をするさざれに、優は――ああ、こいつが例のさざれか、と納得しました。
「僕はまだ自己紹介してないんだけどな」
「ご冗談ですわ。そのような容貌を隠そうともせずに……あなた以外の誰が『更科優』だと言うんですの」
「それは……ははっ、そうかもね」
優は、初対面の自分に物怖じしないさざれにちょっとした興味を抱いていました。確かにさざれは、躑躅や野分に引けを取らない美貌の持主ではありますが、だからと言って自分に惚れない理由にはならないだろうと思ったのです。彼女が今こうして堂々と腕を組み、自らのはちきれんばかりの双丘を主張していられるのは、偏にさざれの気質によるのでした。すなわち躑躅や野分と同じく、腹に何か一物ある人物なのだろうということなのでした。
「それで、本日はどういった御用ですの? 話に聞くところによると、リノと十六夜さんは午後の授業に出席なさらなかったようですけれど」
「優とデートしてるんだわ!」
「若さは一瞬の煌きだから」
「そうですの」
つまり何の用もないのか、とさざれは理解しました。
「今日はちょっとした社会科見学よ。わたしたちの学び舎をスグルに見せようと思ったの」
「そうなんだわ! ……ノワ? ノワが言うからその通り白住をデートプランに組み込んだけど、よく考えたら、これってとってもおかしいわ!?」
「今更ね」
「どうしようノワ! スグルはこんなデート楽しくないんだわ!」
「意外だな。お前って人の気持ちとか考えられたんだ」
「スグルはそれ出来てないんだわ! わんわんわん!」
「でも……ノワキ。ありがとな。あの言葉を覚えててくれたんだろ?」
――『人を好きになるなら、相互理解って大事だろ? ノワキに僕のことを知ってもらいたくてさ。僕という人間が日頃、どういう場所で過ごしてるのかってことを』
野分はその言葉を覚えていて、今度は逆に自分のことを知ってもらうと、そうすることで、もっと優が自分のことを好きになってくれたらと、そう思って今日ここに連れてきたのでした。
「……言わないでいいの。そういうのは」
「だからだよ。意味がないと分かっているから、言いやすい。言いたいと思える。それに、ノワキは僕の言葉から逃げたりしないだろ?」
「臆病なあなたと違うの」
「ああ。だからさ、最近、野分とはちゃんと会話をしてもいいんじゃないかと思えてきたんだ」
「嘘ね」
一拍も置かずにそう返され、優はたじろいでしまいます。
「……今のはノワキから見て、嘘だったか」
「ええ」
「……難しいな」
「難しいのよ。今までサボってきた分、頑張って。あなたが嫌になるまで、わたしは付き合うから」
「あの? その手の湿っぽい語らいは外でやってくださる? こちらはまだ本日分の仕事が残ってるんですの」
「所詮学生の分際で『仕事』だわ? さざれ、大げさなんだわ?」
「窓から投げ捨てますわよ」
さざれは、グラウンドから見た時に正しく読めるよう、裏返して窓に貼られている『昨日の交通事故(学内) 死亡0 負傷13』のカウントを、『負傷14』と入れ替えながら言いました。これがその『仕事』の一つ、とでも言いたげです。
「交番じゃん」
「主に校舎内で起こるスケートボードのぶつかり事故と、バイクの轢き逃げですわね。おかげで廊下のタイルの劣化が早くて、困っていますわ」
「廊下をバイクが走るって噂は本当だったのか……!」
そのカウンターは、校内に蔓延る不良による被害の警戒を促す目的で、さざれが設置したものでした。
「さ、用がないなら出て行ってくださいまし。もう放課後ですし、更科さんが校内を徘徊していたところで誰も注意したりは……、……いえ、別の意味で騒ぎにはなるでしょうけれど」
「そこは気を付けるよ。気配を消すのは得意なんだ。元ストーカーだからね」
「そうでしたわね」
「ストー、カー……??」
「ノワキ、僕はツツジの脳みそが心配だよ」
「もうこの子のなかであなたは、ただの攻略対象でしかないのよ」
やいのやいのと話しながら、三人は生徒会室を後にします。
一人になった生徒会室で、さざれはこう言うのでした。
「ふぅ……それにしても、やれやれですわ。――更科優。無自覚に魔力を引き寄せる方ですのね……稀有な体質ですこと。抵抗するのでやっとでしたわよ、まったく……」
☽
「教室に忘れ物したわ」
「何言ってるんだわ? そもそも今日はデートのために荷物持たずに――」
「はやく取りいってきなよ。ここらへんで待ってるから」
「ありがと。ツツジあなたは死刑」
「なんで!?」
野分がトイレに行きたがったので、優たちはしばし待機です。
「どうして同性であるあの子の方が察し悪いのかしら……」
ぶつぶつ言いながら、野分は一人、二階の廊下の角にあるトイレに向かっていました。
「というか、あんまりスグルに気を使われるのもそれはそれで――きゃっ」
すると、下を向いて歩いていた野分は、前方の何物かに衝突してしまいました。
「痛いわね……!」
見上げると、彼女がぶつかったのは、体格のいいクラスメイトの男。その男子生徒の周りには、野分に忠誠を誓っている2-Bの不良生徒がほぼ全員集まっていました。その数は10を超えます。
「なんだ、あなたたちね」
「こんなところで偶然じゃないですかぁ、不知森様」
「午後は姿が見えなくて、寂しかったですよ~」
彼らはヘラヘラと喋ります。
「どいてくれる? 急いでるの」
野分には彼らの相手をする理由がありませんでした。
「まあまあ、いいじゃないすか」
「ちょっとくらい付き合ってくださいよ、いつも貴女の言う通りしてるんですから」
不知森の騎士たちは、野分を囲むように立ちふさがります。
彼らの大きな体の影に、野分のシルエットはすっぽりと覆われてしまいました。
「……なんのつもり?」
ここでようやく野分は、彼らの様子が普段と異なることに気づきます。
「いやぁ、十六夜から聞いた時は驚きましたよ」
「ノワキ様が、まさかあの“更科優”に抱かれてたなんて」
ニヤニヤと、どこか癇に障るような笑い方で、彼らはそう指摘します。
それは先日、偶然にも躑躅から聞かされたことでした。
「それがなに? わたしの勝手でしょ」
野分は凜然とした態度で対応します。
「つれないですねー」
「俺たちはあんなにも、野分サマを女神のように崇め奉ってたってのに……」
「更科との関係、俺らには教えてくれたってよかったんじゃないすか~?」
さて、なぜ野分がこのような失敗をしてしまったのか? その疑問には対しては躑躅なら、いえおそらく誰であっても、明快にこう答えたことでしょう。
「どうして教えなきゃいけないのよ。あなたたちには関係ないでしょ」
……野分は、最後まで彼らを見ていなかったのです。
「――関係ない? そりゃーねーでしょ」
「俺たちが、なんで今まで不知森さんに従ってきたと思ってんすか」
ここで、彼らの纏う空気が一変しました。はみ出し者特有のフランクな雰囲気が、ひどく冷えた恐ろしいものへと姿を変えたのです。
「俺らがお前の下についてたのはな」
「あんたのその『顔』が、使えたからですよ」
「あの誰にも靡かず! 常に高圧的で! 自分をどっかのCEOかなんかと勘違いしたような偉そうな態度の――不知森野分という名前が、ここらで知られてたからですよ!」
集団の中で最も体格に優れた男が、出し抜けに野分の小枝のような細い手首を掴みます。
「……離して」
「それがどうですか? 今じゃ白住では有名ですよ、あの十六夜躑躅と、不知森野分が、更科優のセフレに堕ちたって」
「結局あんたもイケメンを前にしたら発情顔晒して股開くようなただのバカ雌だったってことが、この度知られちゃったわけですよ~~!」
「ぃよっ! パチパチパチパチ~~~!!!www」
「……っ」
野分は掴まれた腕をどうにかしようともがきますが、その性差と体格差の前ではビクともしません。
「ようするにあんたはテンノウだったんすよ、権力はない、だが権威はある。その権威が便利だったからこそ、俺らはあんたの騎士ごっこなんてキモいこともしてたんですけど……」
「その位を、お前は自分で捨てちゃった! イヤー、頭の足らない女の考えることは予想がつかなくておっかねぇなァ!!」
「あなたたちの事情なんて知らないわ。いい加減にして」
取るに足らない相手にどれだけ悪く言われようと、気にする野分ではありません。彼女は変わらず淡々と、上から目線を貫きます。
しかし、もはや彼らは野分の言葉を聞き入れようともしないのでした。
「あ~あ~、これから俺らどうすりゃいいと思いますか、野分様」
「あんたを欠いた俺らは、ただの時代遅れなツッパリ集団ですよ……」
「半グレだの不良だのって、イマドキ流行りじゃねえでしょう?」
「最近の流行りはトー横キッズだもんなww“家も学校も辛くて、ここだけが居場所で~す!”」
「いやそれウケるわww」
「歌舞伎町は、ぼくちんたちの庭!」
「みなさ~ん、可哀想な環境の私ちゃんが今からリスカしちゃいま~す!w」
「未成年なのに煙草とセックスに溺れてる私たち、人生終わりで草~~~!!」
「「「ギャハハハハハハハ!!!!」」」
「ねえ、ふざけるのはやめて。いいから離しなさ――」
「ふざけてんのはテメェの方だろうがァ!!」
「――あ゛ぅっ!?」
無防備だった野分は腹部に一発、重い殴打を食らいました。
まさか暴力までは振るわれないだろうと思っていた彼女はなすすべなく、数メートルほど吹っ飛んでしまいます。
革命の瞬間でした。
「なあ今の声聞いた? エロくね?w」
「いやお前、女殴るとかダッセェなお前ww」
「男みたいな薄い胸してるこいつが悪いわ、間違えて殴っちゃった!」
「大丈夫かよ、子宮潰れちゃったんじゃねーの」
「もしも~し! ノワちゃんっ、赤ちゃんつくれない体になっちゃいまちたか~!!」
「それやべーーーーwww」
「「「ハハハハハハハハハ!!!!!」」」
「……ぁ……ぅあ……」
野分はリノリウムの床に蹲り、わずかな呻き声を上げるばかりです。
そして突然の激しい痛痒に悶える彼女は、無意識に、太腿を擦り合わせるように動かしています。
……もともと野分は、トイレに行こうとしていたのです。
「お、漏らす? 漏らすか?」
「もーらっせ、ハイもーらっせ、ハイ!!」
「おい聞こえてっかあ?」
彼らは野分に近寄り、その掴みやすい首をぎゅっと絞めつけて問いかけます。
「い゛ッ! ……っ……あ、あんた、たち……なに、して……!」
「そのひねくれた性格すげーな」
「涙目で凄んでるよw」
「は、はなし……な、さい……!!」
か細い声の訴えに、彼らは悪辣な笑みを浮かべます。
「よかったあ、まだお話はできるみたいだねえ」
「あ、は……はなし……て……」
「ハイハイ、ほーいよっと」
「――あ゛ぅ゛っ!」
不良に投げ捨てられた野分の小さな体は、廊下の壁際に強く打ちつけられてしまいました。
「……はっ……あ、ぁ……」
嗚咽を漏らす彼女の頭を巡るのは、久方ぶりの恐怖。
「ほら、ほらぁっ! なんとか言ったらどうですかあ、不知森野分様!」
「頭悪すぎて日本語忘れちゃいましたか!?」
「あぐっ……え゛……」
二人の不良が、野分の頭を上から踏みつけます。
その汚い靴の底で、苦痛に呻く彼女の白銀の髪を、ぐりぐりと汚していきます。
野分の胸中は、もはや限界を超えていました。
――痛い。痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い痛い。
――苦しい。苦しい苦しい。苦しい苦しい苦しい。
――辛い。辛い。辛い……辛い辛い辛い辛い……
――……なんで、なんでこんな……
――……もう……痛いのはイヤなのに……!
脳裏に刻まれた記憶が、その原初の痛みが、今ここに呼び起こされ。
それは彼女の脆い心を、いとも容易く砕いてしまいます。
……結果。
「……ぅぇ……ひっ……ぅ……」
野分は、浅ましくも泣いてしまいました。
そして、さらには。
「――――っ……」
……ちょろ…………ちょろちょろ……。
それで力が抜けてしまったのか、一瞬でも弛緩したそれは、あっけなく決壊してしまいました。
床に蹲る野分のスカートの辺りから、透明な液体が広がります。
「あ……ああ、あああ゛…………」
「はぁ? こんだけでガチ泣きしてチビるとかwww」
「ウチの5才の妹より泣き虫ですやんかァ!!」
「普段あんだけ女王様ぶっといて本性がこれてェ!w」
「あの不知森野分がここまで典型的な“女”だとは思わなかったわ笑」
「女はすぐ泣くからな」
「いやお前それ女性差別ゥ!!」
「やっべwwフェミに説教される笑」
「マァジでおもろいw」
「あ゛あ゛ああぁ……っ、あああ、あ゛っ……」
――なんで、なんで、なんでよ!
「あああああああっ……あああぁぁっ……!!」
――わたしは変わったの……! もうあいつみたいな奴に、脅かされるようなことがないように! 人の上に立つ存在になったの!
――なった……はず、だった……のに……!!
「なんでよお゛ぉぉ!! なんでこんなことするのおおぉぉ!! あああああああぁぁっ……!!」
「うっさ。今なんもしてねぇだろ」
「なんか雑魚すぎて一気に冷めたわ。あ、これが蛙化ってやつ?笑」
「なぁこの女どうするよ?」
「とりま界隈の部屋行きじゃね。ちょうど女足りてねーし」
「そうすっか」
彼らは管理の杜撰な格安アパートの一室を借りて、常時開放し、溜まり場のようにしているのでした。
「…………イヤ……」
彼らににじり寄られ、暗く巨大な影が近づいてきたので、その会話を聞く余裕のなかった野分といえど、自分がこれからなにをされるのか悟ったのでしょう。
「……やめて…………」
本能が危険信号を発し、咄嗟に逃げようとしますが、体は恐怖に震えるばかりで言うことをきかないようです。野分はその場から動くことができませんでした。
「……ごめんなさい」
リーダー格の男が、野分の頭に、悠々と手を伸ばします。
自らに迫り来る無骨な手の平を見つめながら、野分の口は、かつて言いなれた一つの言葉を繰り返します。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
その手はとまりません。彼らが欲しいのは感謝でも謝罪でもないのですから。
もはや不知森野分に、彼らを止める力はないのですから。
「ごめんなさい……!」
そうして、彼の手が、野分の美しい銀髪を汚そうとしたその時です。
「――全くですわよ。いくら謝られても足りないくらいですわ」
両者の間に割って入った、一つの影がありました。
その影は――ゆらめく陽炎のような、まばゆいばかりの金色の少女。
「……ユキ……?」
「なんだよお前!」「いつの間に来やがった!!」「ざけんじゃねえぞオラァ!」
突如現れた第三者。予期せぬ邪魔が入り、不良共は騒然とします。
しかしその中でただ一人。さざれの登場に驚くでもなく、沈黙を貫いていたリーダー格の男。
彼が目にしていたのは、金色の闖入者でも、ましてや野分でもありません。
……彼がその目に映していたのは、天井近くまで撥ね飛ばされている自らの左腕でした。
「――――は?」
……ぶしゃあああああぁぁぁぁッッ……!
彼の左肩から勢いよく鮮血が溢れ、瞬く間、廊下を紅色に染め上げます。
「ぎゃああああああぁぁぁ!!!」
先ほどとは一転、野分の恐怖が跳ね返ってきたような表情の男は、絶叫を上げながらその場で腰を抜かしてしまいました。
「おああああ! 腕がぁ! 俺の腕があああああ!!!」
「耳障りな声で鳴きますわね、蛆虫の相手はこれだから嫌ですわ」
煌めく金髪のさざれ、その右手には一振りの……あれは、刀が握られています。
その刀身のメタリックな光沢と、機械的な意匠は、見たことのないものです。
「せ、生徒会長!? テメェなにしやがったんだ! おい! 答えろよ!!」
「大げさですわね……。見たら分かるじゃありませんの、この刀で貴方の小汚い腕を落として差し上げたんですのよ。お分かりになりまして?」
ほれほれ、と刀の切っ先を不良に向けるさざれ。すると男は面白い具合に「ひぃっ!?」と怯えて体をのけ反らせます。彼はリアクション芸人など向いているでしょう。
「……そうですわね、貴方はこれからは……隻腕の、そう。《隻腕の無頼漢》とでも名乗られてはどうですの? 殿方のセンスに寄せてみましたわ」
「はぁ!? マジで何言ってんだお前……!!」
片腕を落とされた不良はもはや、彼女のネーミングセンスの悪さに気づく余裕すらありません。この状況で笑っていられる目の前の女に、男はすっかり恐怖してしまったのです。
「おい涼介! ……御簾納お前!」「頭イカレてんじゃねえのか!!」「ガチで殺る気かよ!」
他人の腕を落としておいて平然としていられるさざれが、不良たちには理解できませんでした。
「ユ、ユキ……あなた、なにして……」
一方、もはや野分に恐怖はありませんでした。さざれが刀を持ち、クラスメイトを斬りつけたことは、野分を恐怖させませんでした。さざれが斬った相手が自分や自分の大切な存在ならば別でしょうが、取るに足らない人間が何人斬り殺されようとも、それは野分にはどうでもよいことでした。
だから今の彼女が感じているのは、途方もない純粋な困惑。
どうして自分の親友が、刀を持って暴れているのか? 生徒会室で仕事をしていたはずの彼女が、なぜここにいるのか?
そんな野分の疑問を知ってか知らずか、さざれは後ろを振り返り、普段となんら変わらぬ調子でこう言います。
「だから言ったんですのよ、リノ。この手の輩はしっかり躾けておきなさいと」
眉をハノ字にして諫めるさざれに、野分は訊ねます。
「ユキ……よね。その物騒なのは……?」
「説明は後ほどしますわ。あなたはひとまず、十六夜さん方と合流しておくのが良いのではなくて?」
「え、ええ……そう、ね……?」
なにがなにやら分からない野分は、頷くしかないのでした。
野分「トイレに行こうとしたら不良にフルボッコにされない学校に転校したいわ」




