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28 いや、できるならあの二人もスグスグに近づいてほしくないけど! あくまで仕方なくだよ! 

 躑躅のポケットマネーや優の微笑みのおかげもあり、彼ら6人は悠々自適な週末を東京にて過ごしました。躑躅は上野動物園で飼うことにしたオカピのウズリを帰りの新幹線でも終始撫でていたし、高所恐怖症の野分は東京タワーのガラス張りの床に立たされてからは魂が抜けたようになり、そのまま帰路に着きました。エーデルワイスなどは、月曜日の学校を、代官山(だいかんやま)蔦屋(つたや)書店で優に贈ってもらった本を大事そうに抱えて登校していたほどです。


「というわけで、オレは源さんに告白しようと思う」

「いや、あの」


 あまりに突飛な陽の主張に、優はこめかみを押さえました。誤解のないように言っておきますが、あの動物園の一件以降、特に二人の仲が進むような出来事はありませんでした。


「恋愛経験が少ないから偉そうには言えないけど、ヨウ。告白ってのは関係性の確認作業であって、ワンチャンを期待して特攻するものではないってよく言うだろ」

「んなの分かっとるわ。だがな」


 先週同様、いきなり告白をしたところで実のないことは分かっていると言い張る陽。しかし、と彼は続けます。


「まずこっちを意識してもらわないことには、にっちもさっちもいかねぇだろうが。ただでさえあの人はお前に首ったけで、今もお前からの贈り物である本を幸せそうに読みもせず、じっと眺めていると来たもんだ」

「それは、まあそうか」


 問題はどこにあるのかということを陽が考えた時、それはまず第一に恋敵があの「更科優」であるということで、そして第二には、そもそも現時点では自分のことを「恋愛対象である異性」として認識してもらえていないということなのでした。第一の問題に関してはもはやどうしようもないので、とにかく陽は第二の問題をクリアしようと考えたのです。


「その方法が、一度目は玉砕前提の告白か」

「ああ。なにも告白ったって一度きりと決まったわけじゃねえ。しつこく告りまくったら、その熱意に相手が折れて付き合うというエピソードはよく聞くだろ。こうなりゃ打てる手は一つ、粘り勝ちだ」


 尊大に腕を組み、恥ずかしいことを恥ずかし気もなく言い放つ陽を、優はにこやかに見守ります。


「まあ、結局はヨウの恋路だ。お前がそうしたいなら、僕はそれを応援するだけだよ」

「わが偉大なる覇道を最前列でご照覧しておくこったな!」 


 呵々と笑う親友の勝利を、優は祈っていたのです。


 ……というのが、月曜日の話であり。


 その翌々日、6月14日第二水曜日。この日がXデーなのでした。



   ☽



 この日は誰もが、いやに活動的でした。

 躑躅と野分の二人は東京デートがよほど良い思い出になったらしく、この日もまた学校をサボって昼から優をデートに誘っており。

 白住学院の生徒は最近どうにも騒がしく、生徒会長であるさざれはその対処に手を焼いており。

 陽は放課後に、エーデルワイスを体育館裏に呼び出して告白しようと意気込んでおり。

 縁はそんな先輩たちの姿を見て、朝からずっとそわそわしており。


 様々な人間が自らの意思に従って動こうとする今日の午後には、なにか運命的な匂いがしたのでした。


「行ってくるよ、母さん。お昼はいつもの場所に置いてあるからね」

「ええ、行ってらっしゃいスグル」


 家を出た優は自転車を漕ぎながら、さてかの親友は今日、どのような結末をたどるのだろうかということについて想像を巡らせていました。



   ☽



 時刻は14時、野良猫が尻尾を丸めて午睡(ごすい)に耽るその頃、優は待ち合わせ場所に顔を見せました。


「あ! スグル~! こっちだわ~!」

「遅い。いつまで待たせる気? もう時間通りよ」

「時間通りだよ」

「あなたは付き合ってもそんななの?」

「ノワキはすぐに僕を置いていくよね」

「どっちの意味で?」

「答える必要ないだろ」

「ねえスグル、あなたまたそうやって逃げるの、わたしを置いていくのはあなたよ」

「大げさなんだよ」

「過剰なのが嫌いなんだものね」

「ああ」


 すると躑躅は向日葵のように――彼女に言わせれば、きっと躑躅のように――笑いました。


「えへへ、二人ともすっかり仲良しだわ。今の会話なんて、私にはなんにも分からなかった!」

「それでいいんだ、僕に対するノワキのは全部虚構(バーチャル)だから」

「失礼」


 怒った素振りの野分が片足でちょっとした地団駄を踏むと、地面に敷き詰められていた玉砂利が小うるさい音を鳴らしました。

 玉砂利です。二人が待ち合わせ場所に指定したのは、もはやあまりに見慣れている、三手白(みたしろ)神社の境内でした。


「なんでまたこんなところ……」


 背後に構える鳥居を一顧、優は嘆きます。自らの安寧の場所にわざわざ危険物を持ち込むようなこの行動を、優は嫌ったのです。


「ツツジが、縁結びの神社だからって来たがったのよ」

「ネットで大評判、地元最強のパワースポットだわ!」

「…………」


 優は半ば気絶していました。


 ――この神社の神様はロクな奴じゃないんだぞ!


 優は心の中で神への不敬を呟きました。(もっと)も、優にとってはあの出会いが今のこの状況に繋がっているということが、複雑な経緯によって愛憎相半ばしていたため、そのひどい言葉を口に出すまではしなかったのでした。


「ほらスグル、御由緒(ごゆいしょ)!」


 躑躅は参道をてくてく、由緒版の前まで歩きました。


 そうしてそこに書いてある文章を読み上げます。


「『三手白神社御由緒


  主祭神 白足恋染(しらたらしこいそめ)津媛命(つひめのみこと)


  配祭神 白山媛神(しらやまひめのかみ)

      若帯(わかたらし)媛命(ひめのみこと)

      衣通媛命(そとおりひめのみこと)


  社伝によれば、永禄(えいろく)十三年(西暦一五七〇年)加賀白山の修験者の一部が戦乱によって信仰の場所を移す最中、甲斐の武田信玄の保護を受けてこの地に居着いたのが当社の起りとされます 当時の社名は絶たれており、「三手白」の名は弘化(こうか)四年(西暦一八四七年)善光寺地震により倒壊した本殿の修復に大きく貢献した彌奼姫(みたひめ)に由来します 御祭神の白足恋染津媛命は縁結び・安産祈願の神として広く親しまれております』」


「要するに縁結びのパワースポットね」

「その結論だと最後の一文以外いらなくなっちゃうだろ」

「いいのよ。こんな由緒大真面目に読む奴なんて、根っからの神道好きか、自称日本神話に詳しいキモオタくらいだもの。世界中の神話から神々が1柱(ひとはしら)ずつ選ばれて最強を決めるバトル漫画とか読んでるの」

「『最強の神 ランキング スレ』とかで検索してまとめサイト読み漁るやつじゃん」

「インドの神がスケール違いすぎて逆につまらないやつよ」


「よく分からないけど、スグルとノワが仲よさそうで嬉しいんだわ!」


「ツツジが松坂〇李(まつざかとおり)の女性ファンみたいになっちゃった」

「このしみったれた境内の静寂を『神の怒り』でぶち壊してやりましょう」


 躑躅はあまりその手の話についていけませんでした。なにしろ同じクラスの無個性三人組にインターネットを訊ねるくらいですから。

 一方で自分(とその周辺)以外あまり興味のない野分は、しかし、話題が話題だっただけに饒舌でした。


 さて、この実際あまりあてにならない由緒は置いておくとして、ともかく躑躅はここへ縁を結びに来たのでした。


「奴隷の次は神頼みか。墜ちたな、ツツジ」

「つい最近、自分は神に願わないとかいう大言壮語を聞いたばかりなのに」

「そりゃあ私だって、自分のことだけなら神さまになんて頼らないわ? でもこれは、あなたを含む私の話なんだわ!」


 などと言いながら拝殿に立つ三人。


 二礼二拍手一礼の後、静かに祈る三人――のはずが。


「私は絶対スグルを惚れさせるから見守ってて! シラガミ様!」

「願い事を大声で言う奴があるかバカ」

「罰当たらないかしら……」


 参拝一つでも騒がしい三人でした。


 祈り終え、翻った躑躅は言います。


御守(おまもり)買うわ! どこで売ってるかしら!」


 との言葉に、優はあまり気乗りがしませんでした。この二人の前で、彼女と話したくなかったのです。


「……ああ……それなら、あそこじゃないかな」


 できることならば永遠に触れないでおきたかったのですが、この場所に来たからには残念ながらそうもいかないのです。


 優は仕方なく指を差します。その先の社務所に立っている巫女服の女に、二人は見覚えがありました。


「にぎたま! あらたま! ほずみたま! 大人気女優のほずみーるだよ~、あなたは他宗教に浮気しないデネ!」

「ホズミックちゃんだわ!」「キューちゃんじゃない」


 真白の小袖に緋袴を着用する九を見た二人は、純粋にこう思って言いました。


「どうしたのよキューちゃん、巫女のコスプレなんかして」

「コスプレ!?」

「巫女さんのアルバイトだわ?」

「バイト!?」


 ガガーンとショックを受け項垂れる九ですが、巫女らしいことをほとんどしてこなかったのですから当然の反応でしょう。


「ひどいんですけど! ここわたしの実家なんですけど! わたしはこれでも神社庁公認の神職資格も持ってる本職巫女さんなんですけど! ここの祭祀も全部わたしが取り仕切ってるんですけど! そこそこ有名で参拝客も多いのに民社なせいで人手不足で年末年始とか死ぬほど忙しいんですけど!!!!!」

「悪かったわよ」

「怒り甲斐のない淡泊女! なあ旦那、この女はやめときやしょう、どうせ夜の方も淡泊ですぜ」

「ズミ、すぐ下ネタに持っていくのは悪い癖だぞ」

「あへへ、頭使わずに喋ると自然とそうなってしまい……」

「宗教と性なんて切っても切り離せないし、違和感はないんだわ?」

「おいおい嬢ちゃん、そんな揉みしだき甲斐のあるおっぱいの分際で口答えはいけねえ」

「ホズミックちゃんのおっぱいも似たようなものだわ? この場で(すき)のように平たいのはノワだけ!」

「そうじゃレンゲちゃん、(わらわ)には仏教伝来以前の古神道的な性の乱れがあるからの! ほれ~、股立(ももだち)から覗く小袖が透けておるじゃろ~、現代の巫女なのに妾、逆張りして下着付けてないんじゃぞ~」

「女の価値は胸で決まらないのよ。……決まらない、わよね?」

「なんでそこで不安がってこっち見るんだよ」


 意味のない言葉の応酬を続けること5分、コホンと咳き込んだ不真面目巫女は、ようやく職務を全うする気になったようでした。


「ようこそお参りくださいました。縁結びの御守ですか?」

「そうだわ! 三つ!」

「それでしたらこちらからお選びいただけます」


 九が示したところには、『えんむすび』と書かれた御守の数々。


「いっぱいあるわ!」


 縁結びの御守と言えば、東京大神宮(だいじんぐう)の鈴蘭の花を模したものなどが有名ですが、三手白神社の御守はそこにあしらわれた花の種類が豊富で、様々な色と模様の中から好きなものを選べるようになっていたのです。社紋の桜に四君子(しくんし)を始め、竜胆(りんどう)桔梗(ききょう)牡丹(ぼたん)燕子花(かきつばた)などが並び……


躑躅(つつじ)だわ!」

 

 そこには、躑躅の花もありました。


「わたしのはあなたが選んで」

「じゃあこれで」


 貞淑(ていしゅく)気取りの野分に優が選んだのは、福寿草(ふくじゅそう)が刺繍された黄色の御守でした。


「早死にしろってことね」

「長生きしてくれってことだよ」


 福寿草は、スプリング・エフェメラル――春に地上に顔を出して花を咲かせてはすぐに枯れてしまい、それ以外の期間は地中で眠っている花なのです。同じカタクリなどは1週間で枯れてしまうため短命のイメージがありますが、同じ球根から何度も花を咲かせる姿は、むしろ長寿を思わせます。福寿草の「寿」は、長寿の意なのでした。


 それでなくとも小さい黄色の花がかわいらしい、人気の花です。


「あなたにとってのわたしは、こういうイメージなの?」

「そうだよ」

「ふーん……そう」

「ツンデレ……いやクーデレか? なんにせよかわいいな」

「かっ、勘違いしないでよね! どうせあなたも百合の花とか選んで高潔で冷たいイメージをわたしに押し付けてくるのかと思ったら、案外優しい色合いの花で嬉しかったとかじゃないんだから!」

「分かりやすい解説」

「ほら、わたしってクール系ダウナー美少女だから」

「なんだその同人音声のタイトルでしか見ない字面は」

「眠たげな半眼の美少女でしょう?」

「四六時中半眼な人間がいてたまるか。ほどほどに開いてるよ」


 不知森野分はツインテールの美少女なのでした。


「スグルはどれにするんだわ?」

「いや、僕は恋愛成就は間に合ってるから、厄除守(やくよけまもり)にでもしておくよ」


 優は紫色の厄除を手に取りました。尤もこの時、優はこの御守はさして役に立たないだろうと考えていたのですが。



   ☽



 その後、ぴょんぴょこ跳ねて社務所から出てきた九は、三人のデート記念写真を撮ってやろうと言い出しました。脈絡のない行動しかしない女です。


「なんか境内の写真撮影にもマナー講師みたいなの湧くよな」

「まあそこは神社によりけりですが、うちは別に迷惑にならない範囲ならおっけーなので! どうせ今ウチらしかいないし!」


 などと勝手なことを言って九が取り出したのは、三脚付きの大型一眼レフ。


「なんか思ったより本格的なの出てきた」

「スマホで撮るものだと思ってたわ」

「これはまあ個人的な趣味的なあれで、カメラには力を入れてるんだよね!」

「かっこいいんだわ!」


 そういうわけで三人は、カメラに収まるようにぎゅっと肩を寄せ合います。


「スグル、もっと屈むんだわ!」

「痛っ、急に手ぇ振り上げるなよ」

「ごめんだわ」

「その語尾だと驚くほど誠意が感じられない」

「ちょ、ちょっと近いわよ……スグル」

「なに遠慮してんだ、ノワキも寄れよ」

「そんなんじゃ……きゃっ」

「ノワは照れ屋さん! ……ノワ、私の足踏んでるわ?」

「そういう日もあるわよ」


「それじゃあ撮るぞ撮るぞ~! 美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに! つまり三人ともより美しくぅ、パシャリ!!」


 くんずほぐれつおしくらまんじゅう酒池肉林(誤用)を尽くした三人の写真が、この時はじめて収められたのでした。


「んじゃ、明日にでもそこらへんのプリンターで印刷してくるので、美男美女一同、心して待たれよ!」



   ☽



「ありがとホズミックちゃん、楽しかったわ! それじゃスグル、次の場所いきましょ!」

「袖を引っ張るな。どこ行くんだよ」

「着いてからのお楽しみよ」

「まさかのミステリーデート……」


 スグルくんが、二人を連れて境内から去っていった。


 去り際に見せたのは、とてもつまらなそうな笑顔。儚くて、苦しそうな、いつもの彼が浮かべる笑み。


 でも今日は、そこに少しだけ光が見えた。未だその影は濃く、いつ晴れるとも分からない厚い曇に覆われているけれど、わずかに。


 きっとあの二人のおかげだろう。十六夜躑躅(いざよいつつじ)不知森野分(しらずもりのわき)。あの美しい二人の少女と出会って、スグルくんはほんの少しずつだけれど、変わり始めている。


 それは間違いなく良い変化。

 

 ニギホを頼ってくれること自体は、とても嬉しい。スグルくんが、他の誰でもないニギホを特別扱いして、お前といると安心すると言って弱音を吐いてくれる。その度にニギホは、スグルくんからの強い信頼を感じて胸がいっぱいになってしまう。


 けれど反面、このままではいけないのだとも思っていた。こんな、なんの取り柄もないニギホなんかを頼るほどに、彼は人に失望してしまっている。それはとても悲しいことだと、ニギホは思う。


 いつか――自分は生きていていいんだろうかと、彼が零していた。その頼りない痛ましい笑顔が見ていられなくて、ニギホは彼の手を握った。少しでも、スグルくんの心の傷を癒す手助けができるならと。


 だから……今日、二人とのデートと称してスグルくんが少しでも楽しそうにしているのを見られて、ニギホはほんとうに嬉しかった。


 だから……つい、今後もあの二人が、スグルくんに良い影響を与えてくれたら、などと。そんなありえない未来を、考えてしまう。


 そう、せっかく、せっかく良い兆しが見えてきたのだ。だというのに、運命とは、神とは、かくも意地の悪いものだと思わざるを得ない。


「こ、このまま、なにもなければ、って……そ、そんなことか、考えるのは……ダメなんだろう、な」


 ニギホは自分の思考に、思わず自嘲気味な笑みを作ってしまう。分かっているのに、無駄なことばかり期待してしまうのは、ニギホの悪いところなのだろう。


 ここの主祭神――シラガミ様の神眼(しんがん)、《恋目(こいめ)》。その効果から、《恋目(こいめ)》の保持者は海外、殊にキリスト教徒からは《恋患いの(ラブシック・)伝道者(ストーカー)》と呼ばれ恐れられているほどだ。


 その眼が今は、スグルくんに――。


「…………」


 暗い気持ちを引きずったまま、ニギホは袖の中から一つの魔道具を取り出す。


 それは一枚の円盤。元は黒と白、二つの勾玉が融合したもので、平時にはちょうど太陰(たいいん)太極図(たいきょくず)のような様相を呈する、吉凶を大まかに示す魔道具だ。


「――《伊豆能目(いずのめ)》」


 そうして、天色(あまいろ)の魔力を込めた眼を通して、その物体に宿る魔力を視認していく。


「<禍津日(まがつひ)>が……また、い、一段と……」


 吉兆を示す白の<神直日(かむなおひ)>、凶兆を表す黒き<禍津日(まがつひ)>。この白黒の面積の比率で運勢を視るのだ。現在その比率は、一目でわかるほど<禍津日>が優勢。これからスグルくん、もしくはレンゲちゃん、あるいはシラ2号ちゃん、はたまたその全員に、よくない事が起こる、かもしれない。


「もしくはとか、か、かもしれない、とか……あいまい、ばっかり、で……ダメ、だ……」


 ニギホには特別な力など何もない。一般的な魔術師に使える魔術がそこそこ使えるだけで。中史や、それに連なる血筋の者が持つような、理不尽な運命すら容易く覆してしまえるような強大な魔力もなければ、国を裏から好き勝手操れるようなコネクションもない。ニギホはただのニギホ。小さな神社の、戦闘に不慣れなお飾り巫女。


 かといって、荒魂に傾いている今の祭神に頼るようなマネもできない。そもそも祭神、白足恋染津媛命――シラ1号の暴走がなければ、スグルくんは現在あのような不思議な状況に置かれてなどいなかったはずだ。それについてニギホは、シラガミを許すつもりはない。そのせいで、彼女には随分と嫌われてしまったようだけれど……。


「スグルくん……ど、どうか……」


 ゆえに、畢竟、ニギホに取れる行動は、ただ一つだけなのだ。


 ニギホは両手を組んで、目を瞑る。


 祈り。これほどに、無意味な行為はない。

 

 こうであれという祈り、そう伝わってほしいという祈り、何者かへの祈り。


 重ねるごとに陳腐化する。行動と言葉の円環によって編まれるこの世界において、祈りとは、なんともその周縁のちっぽけなポーズであるか分からない。


 それでもニギホには、これしか残されていないのだ。力も持たず、関係することもできず、無力なニギホには……――


 だからひたすらに、祈る。神だとか、なんだとか、そのようなことは関係がない。せめてこの紅白の巫女服が、吉祥を呼ぶことを信じて。

 

 誰にといえば全霊で、彼に祈りを捧げる。


 空に向けて、この祈りを。


 ――ニギホの、精一杯が……


「どうか……誰よりも一生懸命なあなたに、幸福が訪れますよう……」

 

 この祈りが、あなたに届きますように――と。


 

   ☽



「おい、結局どこに行くんだよ」

「いいから、こっちこっち!」

「ついてきなさい」

「はあ……」


 神社を出てから、三人はしばらく歩きます。優は最初こそ困惑していましたが、その方角と大まかな位置関係から、自分がどこへ向かっているのか、気づきつつありました。


「ああ……もしかして」


 そうこうしているうちに、躑躅と野分はその案内を終えました。


 二人はそこでくるりと振り返り、両手を広げて優を歓迎します。


「ようこそ、私たちの学校へ!」

「一度来てみたらって言ったもの」


 日も暮れつつある茜色の空の下。

 そこは、県立白住(しらずみ)高等学院。躑躅たちの高校なのでした。

九「い、いいないいなぁ……二、ニギホもスグルくんとのツーショット、欲しいなあ……」

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