22 午後のサッカーも当然アキラくんとセンパイの無双劇でした!!
暦も6月に突入したある日、水分全校生徒の約半分が体育館に集められていました。
「とうとうこの日がやってきましたよ! 水分生全員参加、小さな体育祭――梅雨の球技大会!!」
体育着姿の縁が、ばんざいをしてはしゃぎます。
「絶対優勝ですよ、アキラくん!」
「お前のクラスなぞ完膚なきまでに叩きのめしてやらぁ」
サッカー、バスケ、バトミントン、テニス、バレー、ベースボールの六種目をクラス対抗で行い、得点を競う行事でした。
「こんな日にまでオレらといるあたり、本格的にユカリのクラスでぼっち疑惑が深まってきたわけだが」
「んもうっ! そこはこんなハレの日にまでアキラくんたちを優先してくれる健気な後輩を褒めるところなんですよ! 乙女の扱いが分かってませんね!」
「ふふ……頑張ろうね、更科くん、芝蘭堂くん」
「あ、あぁ……オレが出るバドミントンとサッカー、圧倒的大差で勝ってみせるから見ててくれ、源さん」
「ぶーぶー!」
陽に無視され気味な縁は不貞腐れていました。平常運転なのです。
一方で、優はというと。
「スグルは何に出るの? 奴隷として応援してるわ!」
「お弁当作ってきたわよ。あなた、なにか嫌いなものある? ないわね」
「うん、あのさ、学校って基本的に関係者以外立ち入り禁止なんだよね」
「私たち、とってもスグルと関係してるわ!」
「むしろわたしたち以外みんな部外者みたいなところがあるわね」
「相変わらず厚かましいね」
更科印のジャージで身バレを防いでいる野分はともかく、堂々と白住の制服で水分に乗り込んでいる躑躅は相変わらずの豪胆さです。
「あとノワキ、いい加減ジャージ返してくれない?」
「どうして?」
「自分のものを返してもらうのに理由が必要なことあるんだ」
そろそろ時期的に寒いのでした。
「気に入ったの。デザインが」
「学校指定ジャージのデザインが気に入ることあるかな」
「細かい男は嫌われるわよ」
「嫌えるものなら嫌ってみろよ。人間は僕を好きになるようにできてる」
「ねえスグル、あなた本当にわたしたちのこと好きになる気あるの? 今日の帰り道にでもわたしたちが強姦魔に襲われて寝取られちゃっても知らないわよ」
「だいぶよっぽどなこと言うんだわ……?」
「いいよ、そしたら寝取り返すから」
「スグルはもっとご主人様として私を扱き使っていいんだわ!」
「そうね、適当に扱き捨ててあげたら? 多分この子喜ぶわよ」
「正直、名ばかりの奴隷になにができるんだろうって思ってるよ」
「やってることはただの追っかけだものね」
「私は奴隷の完璧美少女なのに!」
だからなんなんだろう、と優が思っていると、体育館にホイッスルの音が鳴り響きました。バスケの試合が始まったようです。
六種目のうちバスケ、バドミントン、バレーは体育館で行われ、ベースボール、テニス、サッカーはグラウンドです。わざわざ移動する必要もないだろうということで、三人はギャラリーから試合の観戦です。
試合は学年が低い順に行われるため、今は一年生のバスケで、コートには狭衣縁が立っていました。彼女の出場種目はバスケとバレーだったのです。
「あれ、あなたの後輩? 騒がしい子ね」
「へー、まあまあの顔。ギリギリ合格だわ?」
「ノワキはともかく、ツツジは美によって態度が180°変わるからたまに怖いよね」
まだ優の素顔を知らなかった頃の躑躅が今ほどハイテンションではなかったのもそれが理由なのですが、彼女は基本的に美男美女以外には冷たいのでした。
「やってやりますよー!」
「おいユカリ、しょっ端から無様な試合してみろ! 二度と口聞いてやんねぇぞ!」
陽のヤジで縁のやる気はこれ以上ないほど漲っていました。
「えんやーこーらやっと どっこいじゃんじゃんこーらやー」
のんきに鼻歌を歌いながらギャラリーに上がってきたのは九でした。
「オイッス!」
「あら、キューちゃん」
不登校気味な九も、今日ばかりは登校していたようです。
彼女を追いかけるようにやってきたのは、D組担任の島田女教諭です。
「こんなところにいましたか八月一日さん、あなたはただでさえ出席日数が足りてないんですから行事に出ている場合ではありませんよ」
「行司だなんてそんな先生、今日の種目に相撲は入ってないですよ~、いやだわねぇまったく」
「八月一日さん、言うことを聞いてください」
「はっけヨ~イ、のこった! のこったのこったァ!」
「なるほど、今日は話通じない日ですか……」
「キューちゃんあなた、頭の病院行った方がいいんじゃない……?」
「他校に不法侵入するような人にドン引かれた⁉ あんまりですよぅ」
「では八月一日さん、今はもういいので放課後職員室に来てくださいね。これは絶対ですよ」
九の担任が早々に諦観を決め込むなどしているうちに、バスケの試合は縁が勝利していました。
彼女はギャラリーにいる彼らに向かって笑顔のピースサインです。
「ぶいぶいですよ、アキラくん! 先輩方!」
「活躍したのはチームメイトで、お前は何もしてなかったけどな」
「ユカリ……水泳以外は何もできないんだね……」
「水泳だけできないアキラくんと組んだら怖いものナシの最強タッグ爆誕ですね!」
「逆に言やぁ、オレが水泳を克服すりゃユカリは能無し愛玩動物か。俄然やる気が沸いてくるってもんだ」
「ユカリちゃんは愛玩されたい!」
「ふふ、まるで中身がない上に連載を続けたい作者と編集の都合上主人公とヒロインの仲も進展せず、ただひたすら生ぬるいギャグと小学生みたいな恋愛劇を見せられるだけの、最近流行りのTwitter発日常ラブコメ漫画のタイトルみたいだね」
「エル先輩はたまによく分からないことを言うので、ユカリは反応に困ってしまいます……」
「キューちゃんは運動できるの?」
「毎日布団の中でもぞもぞ」
「急に下ネタやめて」
「それでねスグル、私そのムカつく醜女キャサリンに言ってやったのよ、『ペットは飼い主に似るって言うけど、それならあなたはきっと豚を飼ってるのね!』」
「二人とも観戦しないなら白住に帰ったら?」
しばらくバスケの試合が続きますが、次以降は知り合いも出ないため、本格的に雑談がメインになる気配を優は感じていたのです。
「おい、あそこにいるの……」
「今日も八月一日来てるぞ……」
「やっべ、一昨日のエロい恰好思い出したら30分ほどトイレに籠りたくなってきた」
「あら、男子生徒たちがキューちゃんに邪な目を向けてるわ」
「たしかに私のお腹は宮崎美子みたいでえっちだとよく言われますが……」
「いつの彼女か限定しないと誤解を生むわよ」
「ホズミックちゃん、なんであなただけブルマなのかしら!」
「ツツジはいつもいきなりね」
「そりゃこいつが好きだって言うからよ?」
優を指さして、九は言いました。事情を考えればあまり優と彼女が親しいことは明かすべきではなかったでしょうに、考えなしな子です。
「スグル、ホズミックちゃんと友達なんだわ?」
「ああ、まあ、うん。クラスメイトだからね」
一瞬返答に迷った優ですが、クラスメイトを知らない子と言い切るのもおかしなことだと考え、こう言ったのでした。
「私ってダメな女ね」
九も流石に迂闊だという自覚があったのか、その台詞を最後に両手で口を塞ぐ「言わざる」のポーズで固まりました。そのまま一生そうしていましょう。
「ただいまです!」
縁がギャラリーまで戻ってきました。
「お疲れ様、ユカリ」
「及第点ってとこだな」
「素直じゃないんですから!」
「お前がちゃんと活躍してれば褒めてたっつーの!」
「あなたの周り、かわいい子ばっかりね。わたしといい」
「ホズミックちゃんもエルもめったに見ない美人さんだわ! 私ほどじゃないけど!」
「二人を見てると、類は友を呼ぶって真実なんだなって思うよ」
「美しいもの同士は引かれ合うんだわ! スグルも私と関係しましょ!」
「人が増えてうるさくなってきたから、ツツジはちょっと黙ってようか」
「…………」
二匹目の言わ猿でした。
「……! ……!」
「喜んでるのか?」
「ようやくあなたに奴隷として命令されたからでしょ。この子にとってそれがあなたとの関係なんだから」
「……!」
「……あんまり人に命令するのって僕は嫌いなんだよ。だって……」
「命令が通じれば通じるほど、相手を人間だと思えなくなるから」
優は虚を突かれた思いでした。
「ノワキはどうしてそんなに分かるんだ?」
「あなたを分かろうとしてるからよ」
「それはツツジも同じだろ。なんでノワキだけ」
「あの子はバカだもの」
「そうだね」
「~~! ~~!」
これはいくら聞いても玉虫色の返事が返ってくるだけだと感じた優は、それ以上の追求は辞しました。
「あなたはなにに出るの?」
「ヨウと揃えた。バドとサッカーだよ」
「誰?」
「プールの時にいた奴」
「わたしの泣いてる顔がそんなに好き?」
「この流れもうやったよ」
「定期的に思い出させないと、あなたはあんなことすぐ忘れちゃいそうだもの」
「僕にとってはわりとどうでもいい事だからね」
「ほら、またすぐそんなこと言うの。あなたどうせわたしのことも都合のいい女としか思ってないのよ」
「まあわりと」
「そんなんじゃ一生ジャージ返してやらない」
「新しいの買わないとね。おい奴隷、金くれよ」
「……!!」
「もう喋っていいよ」
「いくら欲しいのかしら!」
「少しは嫌がろうね」
「頑張って稼ぐ! バイトも始めてみるわ!」
「あなたに仕事は無理よ、ツツジ」
「じゃあそこらへんの人間から巻き上げるわ!」
「ブルセラショップへの売渡で稼いだら?」
「それが現実的なラインだな」
「頑張って」
「ツッコミ役がいない……」
優たちのやり取りを遠巻きに見ていたエーデルワイスは軽く引いていました。
「もー、エルセンパイ? 最近ずっとしかめっ面ですよ? ほら、笑って笑って!」
「え……ふ、ふふ?」
「笑顔が硬いです! ほら、にこーっ」
「ふ、ふふふ、ふ、フッフッフッ」
「それじゃドフラミンゴです、そうじゃなくてこう、にぱーって!」
「もういいよ……私は上手く笑えない、そういう設定のヒロインなんだよ……」
「いえ先輩はぜんぜん割と笑う方ですよ」
エーデルワイスと縁のやりとりを陽が幸せそうに眺めているうちに、バスケの全試合が終了し、今は既にバレーの第一試合が始まっているところでした。
「ほらズミ、そろそろお前の番だぞ。行ってこい」
九の言わ猿状態が、残念ながら解除されてしまいました。
「えぇ~、まだ昨日一晩寝ずに考えたネタリストが消化できてないのにー! 具体的には、桜田淳子は今ちょっと触れずらいよねネタと、末期はワンパターン化してきて微妙って言っとけば”世代”ぶれるよねネタとあと……」
「何の話してるんだ? ……なあ、ズミ。わりと今日、僕はズミが来てくれて嬉しかったんだぞ。休みがちだから、こういう日は来ないかと思ってた」
「……スグルくん」
「試合、応援してるから。行ってこいよ」
「……はい。そういうことなら、頑張りますっ」
優が期待してくれていると知るや露骨に態度を変える浅ましき女が、下へ降りていきました。
「ねえ、あなたキューちゃんにだけ優しくない?」
「クラスメイトだからね」
「なんか特別扱いだったわ!」
「クラスメイトだからね」
「それで押し通そうとしてるんだわ……」
ちなみに九はまあまあの活躍でした。
☽
そうしてやってきたのは優と陽が出場するバドミントンの時間です。が……
「おい、どういうことだ! お前らバド部だろ!」
公平を期すため、球技大会では部活の競技には出場できないようになっていたのです。
しかし優たちの対戦相手として現れた眼鏡の二人は、隣のクラスのバド部。それも昨年のブロック大会で成績を残している部長と副部長。これは明確なルール違反のはずでした。
「いやいや、何も問題はないぞ」
「ああ、極めてスポーツマンシップに乗っ取っているとも」
「なんだって……?」
彼らはニタニタ笑いながら、眼鏡を光らせて言いました。
「何を隠そう俺たちは!」
「この大会に出場するために昨日、バドミントン部を退部してきたのだからな!」
「そこまでするか普通!」
「たかがレクリエーションだからね? この行事……」
「だーっはっはっはっは!!」
「いくらスポーツ万能のお前ら二人といえど、本職には敵うまい!」
「「この勝負もらった!!」」
☽
などと言っていた二人ですが、そのような小細工で勝てるほど優は甘くないのでした。
「優勝おめでとう、更科くん、芝蘭堂くん」
「アキラくんの力強いのに綺麗なフォームのジャンプスマッシュ! カッコ良かったです!」
「相手はレシーブ間に合わせるのがやっとって感じだったよね」
「返ってきた球にしっかりプッシュ返せる先輩も息合いすぎですし、ネットギリギリに入るドロップも完璧で……もう、もうですよ!」
「バドミントンは全然よく分からないけどすごいことは分かったわ! スグルすごい!」
「ねえツツジ、あなた自分で言っててバカみたいだって少しくらいは思わない?」
「土日に体育館を借りてみっちり練習した甲斐があったね」
「はっ、それにしたってお前が上手すぎんだよ」
「どちらかというと、僕についてこれるヨウが異常なんだけどね」
「言っとけ」
いい汗をかいた二人でした。
☽
お昼休憩の時間です。
一行は教室に移動し、各々持参した弁当を開いているところでした。
「はいスグル、お弁当」
「いや、自分のがあるんだけど」
「じゃあそっちを私たちが食べるわ!」
躑躅と野分の二人に挟まれて、優は彼女らが持ってきたお弁当を食べることになりました。
「あの二人、なんで当たり前のように教室にまで入ってきてるの……?」
「当の本人があんま嫌がってないんだし気にすることねぇんじゃねぇの、源さん」
「あうぅー……ユカリもお弁当作ってきた方がよかったでしょうか」
「『私は料理ができません』って顔に書いてあるぜ」
「それは人違いですね。ユカリの一人称はユカリなので!」
「てかお前も、当然のようにこの教室で食うのな」
平生ならまだしばらく続いていただろう雑談も空腹のために切り上げて、彼らは食事を始めることにしたのでした。
「「「いただきま~す」」」
「ちっちゃくてかわゆいシラ2号! がばっ!」
いただきますの挨拶と同時に現れた九が、いきなり野分に抱き着きました。彼女には食事の時間など関係がないようです。少しは自重してほしいものですが。
「そんないじられるほどチビじゃないでしょ。というか、1号は誰よ。ユキ2号、あなたキューちゃんの友達なんでしょ。知らないの?」
「だから私はユキでも2号でもありません。そのユキの方こそ1号誰なんですか」
水分高校の生徒は当然さざれを知らないのでした。
「今日の疲れもアスッパラ、アスパラ、アスパラ、アスッパラ、ア・ス・パーラでやりぬこう~」
「あ、ちょっとズミ、私のご飯にアスパラ乗っけないで……」
九は好き嫌いが激しいのでした。
「ノワキ、実際身長どんなもんなんだ?」
「女の子に数字を聞いたらだめなの」
「それは体重とか年齢だろ」
「150だけど」
本当は149cmなのですが、野分は見栄を張りました。
「ちなみに不知森野分ルートは、低身長で骨盤の不安定だった母体は出産に耐えられず、あなたの赤ちゃんを産むと同時に死亡……生と死が完全な一致を見せたその一瞬に最上の美を見出したあなたが『これが……セカイでいちばん麗しきもの……』と呟いてエンドよ」
「僕はそんな文豪みたいな倒錯した美意識してないからね」
「いいじゃない。出産死亡エンド、お手軽よ」
「出産ってもう少し大事なイベントだと思うよ」
「そう? はい。あーん」
「もぐ……」
卵焼きを咀嚼する優。
「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「本当? 口に合うか心配だったけど、よかったわ」
「料理上手なんだな」
「いいえ、全部ツツジが作ったの」
「よく『口に合うか心配』とか言えたね」
野分は家事全般が苦手でした。
「くぅ~ん、くぅ~~~んっ」
「ほらスグル、ツツジが褒めてほしそうにこちらを見てるわ」
「なんで肝心な時に限って待ちの姿勢なんだよ」
まっとうに評価されていいはずの場面で、しかし普段の自己主張の強さを保てない躑躅なのでした。
「だって美とかそういうのと関係ないんだもん……」
「だもん」
「この子たまにこうなるのよ。これまではわたしとさざれに対してだけだったけど」
「共通の知人みたいなノリで知らない名前が出てくる」
「近いうちに知り合わせるわ」
「けどツツジ、このお弁当は本当に美味しいよ。手間もかかっただろ、ありがとうな」
あまりに衝撃的な出来事に、躑躅は箸を落としてしまいました。
「な、なんでそんなちゃんと褒めてくれるんだわ……?」
「これって僕が悪いのかな」
「この子を邪険にしてたあなたが悪いわ」
「気を持たせるようなことは言わないようにしてるってだけで、作ってもらった食事が美味しかったら美味しいって、それくらいは言うよ普通に」
「な、なんか恥ずかしいからそういうのはやめて……!」
なんとも珍しいことに躑躅の頬には朱が差しており、ついにはぷいと目を背けてしまったのです。彼女は本気で照れていました。
「容姿を褒められる方が恥ずかしくないか?」
「それは私だからいいのよ! 料理なんて私と関係が……あ、そうだ、お箸、お箸洗ってくるわ! 落としちゃったから!」
と言って躑躅は廊下に飛び出していきました。逃げ出したと言っても誤りではないでしょう。
「分からない奴だな。白々しい気さえして、なんかイラつくんだけど」
「まだ知り合ったばかりでしょ、分からないことがあって当然だわ」
「二人があんまり馴れ馴れしいから、たまにそれを忘れそうになるよ。まだ友人以下の距離感でもいいはずなのに」
「試しにそうしてみる? お互い敬語で話すとか」
「……無理だな」
「わたしも」
一度進んだ関係を完全に元の状態に戻すことなど、たとえ神の力であっても無理なことなのです。
「それじゃあ午後の試合も気合い入れて行きますよ! おー!」
「ま、ほどほどにな」
そうして令和5年度水分高校球技大会は、見事優たちの2年D組の優勝で幕を閉じたのでした。
放課後、一人だけ居残りで課題をやらされる九「ニギホも打ち上げに参加したかったです……」




