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17 わたくしがこの学院の生徒会長、御簾納さざれですわ!

 (すぐる)躑躅(つつじ)に論破されてから一週間が経ち、その間ストーカー被害に遭うことのなかった躑躅は、わりに焦っていました。


 ――い、言いすぎちゃったかしら! だから私のこと嫌ってストーカーやめちゃったのかしら!? いくらなんでも失礼だったかも……ううん、でもあれが紛れもない私の本心……いつかは聞くべきことだったんだわ……気を確かに持つのよ、十六夜躑躅! あなたのすべきことはなに? IQ115くらいあるこの頭で、最優先事項を考えて! 


「ツツジ、お昼買いに行かないの? 購買のパン、売り切れちゃうわよ」


 ――そうだわ、腹が減っては恋もできない! まずは今日のお昼を買わなくちゃ。それこそが私のすべきことよ!


「今行くわ、ノワ!」


 笑顔で返事をした能天気な少女躑躅、財布を持って友人の隣に並びます。


「またなにか考え事してたの? 最近多いけど、あなたには無理よ」

「どういうことなんだわ!?」

「人には得手不得手があるでしょ。ツツジは何も考えず突貫してる時が一番輝いているわ。いきなり他校にアポなし訪問したりね」

「教師に殴られたところ、痣になっててちょー痛いのよ! 服で隠せるお腹ばっかり狙ってきたのも小賢しくて嫌だわ! 二回くらい吐いちゃった! ゲロゲロ」

「いい気味ね」


 1階の購買部までやってくると、そこには既に30人を超える人だかりができていました。


 躑躅と野分とほとんど同タイミングでやってきたのは、野分のクラスの騎士団を自称する彼らを中心にした、2年生の男子グループでした。


「うわマジかよ、もう混んでますわ」

「スクラム組んで凸る?」

「いや、一人に金預けてそいつ前まで投げ飛ばそーぜw」

「はぁお前それはイカれ、イカれだわ。ガチでやりますぅ?」

「いいぜいいぜ」

「じゃ俺投げていいよ、ほら」

「足持って、オレ腕の方いくから」

「行くぞ!」

「「「せーのっ」」」

「「「うぇ~~い!!」」」


「きゃ~!?」「上から人降ってきたんだけど!」「またあのDQN集団かよ、ふざけんな!」「おい、下敷きになったヤツが気絶してるぞ!!」「頭潰されて血流れてる!」「これやばいやつじゃね……?」「保健室どころじゃない、救急車呼んで誰か!」


 今日も変わらず治安の悪い底辺白住高校は、お昼ご飯一つ買うだけでも大混乱です。体罰教師に不良集団、暴力事件の絶えない素晴らしき環境下にあるこの高校が、それでもかろうじて人間の住める場所となっている理由はただ一つ。


「どきなさい、あなたたち」

「誰の許可を得て私たちより先に買い物してるのかしら!?」


「「「仰せのままに、マイレディ」」」

「うわ……十六夜さんいる……」「泣かれたら面倒だし、先に譲ろっか」「うん……」


 それは、十六夜躑躅(いざよいつつじ)不知森野分(しらずもりのわき)――我の強く傲慢な二人がこの高校の頂点に君臨しているからに他なりません。女王が君臨し統治もする。国民は女王が美少女で、また絡まれると面倒な性格をしているため渋々それに従う。そうして白住学院はギリギリのところで回っていたのです。


「ノワ、それ私が買おうとしてたやつ!」

「最後の1個だったから嫌がらせで選んだだけよ。欲しいの?」


 二人はカツサンドとカラースプレードーナツ、サラダポテト、大学芋を持って購買のおばさんに会計を頼みます。


「はいお嬢ちゃんたち、全部で620円よ」

「30円くらいにまけてほしいわ?」

「二度と人様に見せられない顔にしてやろうか」

「620円ですね、ちょっと待ってください」

「こんな枯れたババアを顔で強請(ゆす)れるわけないじゃないの。バカなの? バカだったわね」

「私は賢くてかわいい完璧美少女! はい10円玉62枚ジャラジャラジャラジャラ」

「二度と来んな」

「絶対に自分を曲げないのがあなたの唯一のいいところね」

「もっといっぱい私はいい子! わんわん!」


 パンの入った袋を持って階段を上がる二人。教室は3階なのですが、野分は2階で止まってしまいます。


「どうしたんだわ? 教室に戻らないの?」

「やっぱり聞いてなかったのね。さっき担任に言われたでしょ。生徒会長からの呼び出し」

「ほえ?」


 かわいらしいマヌケ顔の躑躅に、野分は溜息を吐きます。ついてきてよかった――そう思いながら野分は、生徒会室の扉をノックしました。


「――どうぞ」

「どうも」

「何の用かしら!」

「ようやく来ましたわね、十六夜躑躅。――あら? リノまでご一緒ですの?」

「ユキ一人にツツジの相手をさせるのは、さすがに可哀想だと思って」

「実は呼ばれてたの私だけだったの? 可哀想ってどういうことかしら!?」


 高級そうな絨毯の敷かれた生徒会室。その最奥の、これまた高級そうな席に泰然自若として座っているツーサイドアップの美しき乙女。


 彼女こそ、白住三女神最後の1柱――神々の女王と名高いヘーラーに喩えられる、白住学院生徒会会長――御簾納(みすのう)さざれなのでした。


「購買部で傷害事件があったようですわね」

 

 野分が持っている袋を見て、さざれが言います。


「え? ノワ、そんなことあった?」

「ツツジにはお昼ご飯しか見えてなかったのね。あったわよ、なんか生徒が押しつぶされてた」

「あなたのクラスの不良集団でしょう、リノ。しっかりと躾けておくことですわ」


 野分とさざれは幼馴染で、互いをリノ、ユキと呼び合っていました。


「どうしてわたしが他人のために骨を折らないといけないの?」

「あの方たちはリノ以外の言うことに耳を貸しませんもの」

「それこそ生徒会長の仕事でしょ」

「あの連中の対処はとうに諦めていますわ」


 なぜかドヤ顔で責務の放擲を豪語するさざれに、野分が呆れます。


「……むしろそこだけは諦めちゃダメなんじゃないかしら」

「わたくしに野蛮なお猿さんの世話をしろと仰るの? ご冗談ですわ」

「さざれはなんで生徒会長やってるのか、私全然分からないんだわ……」

「わたくしが上に立つ者だからですわ」


 御簾納家は旧華族の家柄。現在でも超が付くほどのお金持ちです。お嬢様口調は伊達ではありません。


「この黄金の御座に腰を下ろすにふさわしい美貌と品格と地位を兼ね備えた者が、無間(むけん)地獄のようなわが学院にはわたくし一人のみだった。それだけのことなのですわ」

「ユキはいつも明後日の方向に吠えてるわよね」

「自身をストーカーしていた男と馴れ合いしていた十六夜さんほどではございませんわ」


 優雅に微笑むさざれに、野分と躑躅は顔を見合わせました。


「知ってたんだわ?」


 躑躅が尋ねます。


「生徒からこちらへ報告があったのですわ。今日はそのことでお二人に来てもらいましたの」

「でも、もう遅いわ? あいつはストーカーやめちゃったんだわ?」

「存じていますわ」


 当然でしょう、と訳知り顔の風を見せるさざれに、しかし躑躅は困惑します。


「??? ならもう生徒会がすることないわ?」

「ですからこうして事態が片付いたのを見計らってから声を掛けることで、『生徒会として救いの手は差し伸べたが、その頃には既に事態は解決していた』という何もしないための口実ができますでしょう?」

「クズすぎますわ!」

「真似しないでくださいまし!!」

「そんな変な語尾してるのが悪いんだわ?」

「『だわ』も『ですわ』も大差ないと思うけど」

「わたくしたちのありえない口調のことはどうでもいいんですのよ! ……それよりも、一応被害の詳細をお聞きしてもよろしくて? 生徒会としては、再発防止に努めなくてはなりませんもの」

「もぐもぐ」

「むしゃむしゃ」

「なにを咀嚼してらっしゃるの!?」

「このままだとお昼終わっちゃうわ?」

「食べながら話すからそれでいいでしょ」

「お行儀が悪いですわよ……」

「むしゃむしゃもぐもぐ! このドーナツ美味しいわ! さざれも食べる?」

「あなたの食べかけなんていりませんわよ! リノ! どうせあなたは十六夜さんから事情を全て聞いているのでしょう、もうあなたでいいから教えてくださる!?」

「人の食事中にうるさいわ、必死に高貴なお嬢様ぶってるけど白住にいる時点でクソバカ確定な御簾納さざれさん。はしたなくてよー」

「あなた方、会長権限で退学にしますわよ?」

「生徒会長にそんな権限ないでしょ」

「杜撰なうちの職員室に忍び込んで退学届を捏造するくらい、朝飯前ですわ」

「それもう会長とか関係ないんだわ……」

「なんでこんな高校に来ちゃったのかしら」

「みんなバカだからだわ!」

「「…………」」

「……え、あれ? 二人ともどうしたんだわ? ねえ、何か言って? 黙って近づかれると怖いわ? ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえねえ――――」


 45秒後。


「わんわんわんわんわんわんわん!! ひどいわひどいわ二人して!! あのくらいの悪口日常茶飯事なのになんで私の時だけ! 人のことサンドバッグだと思ってるんだわ!? わんわんわんわん!!」

「うるさいわね。口塞いでおきましょうか」

「ちょうどここにさるぐつわがありますわ。リノ、取り押さえてくださる?」

「任されたわ」

「ま、待って! それもういじめよ! イヤ、離してノワ! 逃げられな――むぐ――んー! んーー!!!」

「そうしたら手足を後ろで縛って……これでよしですわ」

「むーー! んーーーーーー!!」

「あら、意外と背伸びした下着付けてるのね」

「ん、ん、ん、んーんーんー、ん、ん、ん」


 二人は幼馴染だけあって息が合っていました。か弱い少女一人拘束するなど慣れたものだったのです。

 いくらか静かになった生徒会室で、野分とさざれは話し始めました。


「――それで、あなた方はどういう理由でストーカー犯を逃がしていたんですの?」

「相手が、あの更科優だったのよ」

「……なるほど。大方理解しましたわ」

 

 さざれは眉間を指で押さえて嘆きます。


「それであの子、最近様子がおかしかったんですのね……」

「なんか『惚れさせてやる!』とか言って、美がー美がーってくだ巻いてるわ。四六時中よ。重症ね」

「十六夜さんが言う美意識はわたくしたちにはよく分かりませんけれど……つまり自分が一番美しいと信じていたところに件の男が現れて、気が触れてしまったんですのね。お可哀想に……」

「まあ、それもあいつが手を引いたから意味なくなったんだけど」

「その、彼がどうしてストーキングをおやめになったかは聞いていて?」


 さざれは生徒会長として、不審者情報は正確に集めようという気があってこんなことを聞きました。


「さあね。本人曰く春先からやってたってことだけど、理由も教えてくれなかったし。ここ一週間、連絡もつかないし」

「……その口ぶりだと、リノは直接会って話をしたように聞こえますけれど……」

「してたらいけないの?」

「ほ、本気で言っていますの!? あのリノが他人に興味を示すだけでも珍しいのに、それもストーカー犯だなんて……更科優はそれほどの、噂に違わぬ美丈夫だったんですの?」

「ただ利害が一致していたから、協力してただけよ」

「……怪しいところですわ」


 野分と幼馴染のさざれは、彼女が口で言うほど自分本位でないことを知っていたのです。彼女自身が言うように、野分が多少自己中心的な思考の持ち主であることはさざれも認めるところです。しかし野分のそれは、実のところ単に他人に興味がないだけなのではないかとさざれは考えていたのです。地を這う蟻が人間が知らぬうちに踏みつぶしていくように、ただ野分の視界に入らぬ虫けらをぞんざいに扱っているだけで……。そうでなければ自分や躑躅にここまでよくしてくれるワケがちょっと思いつかない、とさざれは考えていたのでした。


「リノ、あなたは……」

「と思ったら連絡ついたわ。今すぐ水分高校に来いって」

「唐突ですわね!? ……というか、今すぐってお昼じゃないですの。そんな無茶な……」

「それじゃ、午後の授業はサボるからあとは頼んだわね」

「断るって選択肢が頭から抜け落ちてるんですの!?」

「……呼び出しを無視したら後が怖いもの。仕方ないでしょう」


 それだけ告げて、野分は生徒会室を去ってしまいました。


「……リ、リノが他人の指図で動くなんて……感激ですわ!」

「んーーーーー! んんーーーーーーー!!!!」


 そうしてその場には幼馴染の精神的成長に涙するさざれと、手足を拘束され口を塞がれた躑躅だけが取り残されたのでした。

なにかと限界な躑躅「(も、漏れちゃう……はやく解いてぇ……!!)」


――――――


二人の綽名の由来!


「不知森野分」→「シラズモ『リノ』ワキ」→リノ


「御簾納さざれ」→「ミ『スノウ』」→「snow」→ユキ

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