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「あら、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます。『聖女』様……」
「お礼を言うのはまだはやいわよ。貴方のお兄ちゃんを助けてからにしましょう」
そう言って笑う『聖女』様は兄様と少しだけ似ていた。何だろう、自信に溢れているというか、心の強さというものを持っているというか。
その笑みに思わず見惚れてしまう。そんな僕は『聖女』様に指示された一人の騎士に抱えられる。そして僕の案内の元、兄様と別れた場所へと向かった。
――僕が『聖女』様を連れて兄様と別れた元へと向かえば、そこには倒れ伏した大人たちがいる。まさか、これを兄様がたった一人でやったのだろうか? 僕を抱えている騎士も驚いた顔をしている。
先頭を歩く赤髪の騎士も一瞬だけ驚いた顔をしていた。
そしてその倒れている人たちをたどっていけば、兄様の元へとたどり着く。兄様は、ボロボロで、だけど大人たちに囲まれていても立っている。
なんて綺麗なんだろう。なんて僕の兄様はかっこいいんだろう。ただそこに立っている様子に、僕は惹きつけられてしまう。
「そこまでよ!! 私の屋敷の側での狼藉はやめなさい!!」
「『聖女』様!? どうして『聖女』様がこのような場所に?」
「『聖女』様、私どもはスーディン公爵の指示を受けているのですよ」
スーディン公爵――僕と兄様の血縁上の父親の指示を受けているというのを前面に出している。
だけどそんなことを聞いても『聖女』様は不敵に笑う。
「――それがどうしたの? その子をこちらに渡しなさい」
「『聖女』様、この子供は罪人なのですよ!? 『聖女』様こそ、その子供を渡してください!」
「嫌ですわ。何を世迷言を! 『聖女』である私が、その子を渡しなさいと言っているの。スーディン公爵が何を言おうと関係ないわ。その子が罪人だろうと、関係ない。私はその子供に用があるの」
どこまでも真っ直ぐに、ただ自分の意志を貫くような力強い言葉。その美しい黒目が真っ直ぐに、武器を持った男たちを見ている。
兄様が、僕の方を見ている。
僕と兄様の目が遭う。兄様はにっこりと笑った。
「『聖女』様、しかし……」
「しかしもなにもないわ。私がその子に興味があるの。よこしなさい!」
『聖女』様がそう言えば、男たちは悩んだような仕草を見せる。その隙に兄様が動いた。兄様は跳躍した。魔法を使っているみたいだ。そして兄様は僕の傍にくる。
「なっ――」
兄様を囲っていた男たちが驚いた声をあげる。僕も驚いて兄様の事を見てしまう。目をぱちぱちさせて見れば、兄様がこちらを向く。
「クレイズ! 流石、俺の弟!!」
兄様が、僕のことを自慢だとでもいう風に笑ってくれる。僕はそれを見て思わず泣いてしまった。
「クレイズ、どうした!?」
「うぅ……安心して。僕、ちゃんと兄様を助けられたって、そう思って。良かった……兄様」
僕がそう言えば、兄様は優しく笑って僕の事を抱きしめてくれた。兄様に抱きしめられて僕はわんわん泣いた。
本当に兄様が無事でよかった。兄様がちゃんとここに生きていてくれることが僕は嬉しかった。
僕がわんわんと泣いて、兄様と話している間に『聖女』様と騎士たちは僕たちを追っていた人たちをどうにかしてくれたらしい。気づいたら彼らはいなかった。
僕たちはそして『聖女』様の屋敷へと向かった。
『聖女』様の屋敷へたどり着き、この場に僕と兄様と『聖女』様と……そして護衛の赤髪の騎士だけが残る。この赤髪の騎士は『聖女』様から信頼を得ている人なのだと思う。
僕と兄様はお風呂に入らされて、綺麗な格好に着替えている。僕が兄様と離れるのを嫌がったから、兄様と一緒にお風呂に入った。
「まぁまぁ、とっても綺麗だわ。というか、二人してなんて美少年!! はすはすしたい!!」
「助けてくださったことは感謝しているけど、俺の可愛い弟に変な事したら怒りますから!!」
「あらあら、そんなことしないわよ。ところで、お兄ちゃん、お名前よろしく。出来れば前世の名前も一緒に」
「……俺はアイルズ・スーディン。前世の名前は柿本譲。享年ニ十歳! こっちではまだ五歳です」
「じゃあ丁度二十五歳の私と同じ年ごろじゃない。ため口でいいわよ。私は野沢文。よろしくね」
何だか兄様と『聖女』様がよくわからない話をしている。僕は不思議な気持ちで兄様と『聖女』様を見てしまう。
「アイルズ、そっちの弟君が驚いた顔をしているわよ。あんた、弟にも話してないわけ?」
その言葉に兄様がこちらを見る。
「クレイズ、ごめんな。置いてけぼりな事させちまった」
「ううん。全然、大丈夫。兄様は『聖女』様と知り合いだったの? ぜんせとかってなに? さっき『聖女』様が言っていたてんせいしゃってのと関係あるの?」
「……えっとな、クレイズ。俺のことを頭がおかしいと思われるかもしれないんだけど、あのな、俺は前世の記憶ってものがあるんだ」
「前世の記憶?」
「ああ。産まれる前の――アイルズ・スーディンであった前の記憶があるんだ」
兄様はそんなことを語った。
「……俺の生きていた世界は、『聖女』様と同じ世界だったんだ。だから俺は『聖女』様が俺の前世と同じ日本人だって知った時、『聖女』様なら――文さんなら助けてくれるんじゃないかって思ったんだよ」
そんなことを兄様が言うから僕はぽかんとしてしまう。
だって兄様が口にした言葉は僕にとってみたら予想外の言葉だったから。それに対して兄様は何を勘違いしたのか慌て始める。
「気持ち悪いよな……。同じ年のはずの兄が、そういう大人の記憶持っているって……」
「え、そんなことないよ! 兄様、僕ちょっとびっくりしただけだよ! 僕は兄様の事が自慢なんだから、兄様の事を気持ち悪いなんて思わないよ。兄様は僕にとってずっと憧れなんだから!!」
兄様が落ち込んだ顔で下を向くから、僕は慌ててそう言った。兄様に大人だった頃の記憶があるというのにはびっくりしたけれど、兄様にそういう記憶があるからこそ兄様は兄様なんだと思う。
僕の自慢の兄様は、そのぜんせの記憶ってものがあるからこその兄様なのだ。そう思うと兄様が凄いっていうそういう気持ち以外僕は湧かない。
「俺の弟可愛すぎる!!」
「それは同意するわ。可愛いわね。クレイズ君」
何だか兄様と『聖女』様が楽しそうにそんな会話をしていた。
その後、とんとん拍子に話は進んだ。僕と兄様がスーディン公爵の公表されていない子供で、閉じ込められていることをしった『聖女』様はすぐに動いた。
そして僕と兄様は『聖女』様の養子になった。
「ふふふん。こんな可愛い息子が出来るなんて最高だわ!!」
『聖女』様――母様はそう言いながら笑っている。
僕と兄様が母様の養子になった事で、僕たちはスーディン公爵からの追手に追われることはなくなった。子供の僕はどういったやり取りが大人たちの間でされたかは分からないけれど、僕と兄様の暮らしは激変した。
今までのように屋敷に閉じ込められる生活ではなくて、僕たちは自由に外に出ることが出来るようになった。何だか不思議な気持ちだった。
「ねぇねぇ、母様! 兄様! あのね、美味しいケーキ屋さんが近くに出来たんだって。行きたいなぁ」
「いいわよいいわよ。行きましょう」
「もちろん。クレイズが望むなら」
「……『聖女』様も、アイルズ様も、クレイズ様に甘すぎです。クレイズ様、準備をしてから行きましょう」
上から僕、母様、兄様、そしてあの時の赤髪の騎士――ウゴットの言葉である。
ウゴットは『聖女』様である母様の一番信頼している護衛騎士なんだって。それでいて母様の好きな人みたい。兄様が言うには両片思いってものなんだって言ってた。そのうち恋人同士になるんだって。ウゴットを父様って呼ぶ日も来るのかな?
タレスとミズもあの後、母様が見つけてくれた。というか、僕たちが暮らしてた屋敷で僕たちと仲よくしてくれた使用人たちは母様が雇いなおしてくれた。だからこの屋敷の中でも一緒だ。
何だか僕はそのことが嬉しかった。
というか、ウゴットも何だかんだ僕がやりたいって言ってくれたことを聞いてくれて、優しくて僕は大好き。
「母様と兄様とウゴットと一緒にケーキ屋さん行くの楽しみだなぁ。ケーキって沢山種類あるんだよね。僕と兄様が食べた事あるケーキってミズが屋敷で作ってくれたのだけだから、どんな美味しいものがあるんだろうってワクワクする」
「マジ可愛いわー。俺の弟、母さんもそうおもわね?」
「ええ。可愛いわ」
僕がケーキ屋さんに思いをはせると、兄様と母様がこそこそと何か言いあっていた。二人は何だかいつも仲良しだ。
異世界――兄様と母様が暮らしていたところはニホンという国らしい。同じ国出身だからなのか、兄様と母様はいつも意気投合している。兄様と母様は何だか友人関係みたいに見える。
二人して二人しか分からない話をしているときは、少しだけ寂しい気持ちになる。だけど僕の寂しいって気持ちが顔に出ているのか、兄様と母様は「この意味は~ってことよ」とか教えてくれたりもする。だけど「クレイズは純粋なままでいろよ。知らなくていい言葉だからな」などといって、僕に教えてくれないときだってある。
大人になったら僕にも意味が分かるようになるだろうか。
ただウゴットには、「大人になっても知らなくていいです」なんて言われた。本当に兄様と母様はどういうことを話しているのだろうか……? ウゴットは盛り上がる兄様と母様を呆れた顔をしているけれど、優しい目で母様を見ている。
そういえばウゴットって、とても強い騎士なんだって。
兄様と一緒に模擬戦をしているのを見たけれど、兄様は負けて悔しそうにしていた。兄様がとても強い人だって、ウゴットのことを褒めていたのだ。
僕は母様の養子になってから、魔法や剣術を習うようになった。兄様に追いつくことは難しいかもしれないけれど、兄様の助けになれるように、そして母様の息子として頑張ろうと思っているのだ。
「なぁ、クレイズ。外に出て良かっただろう?」
「うん!!」
隣にやってきた兄様の言葉に、僕は頷いた。
僕は兄様がいなければ、あの屋敷にずっといただろう。外の世界への憧れなんて抱かず、ただ屋敷で生きていただろう。そして兄様がいなければそもそも屋敷の外になんて出られなかっただろう。
――僕の兄様は、異世界のニホンという国の記憶を持ち合わせている。
大人だった頃の記憶を持つ双子の兄様は、僕にとっての自慢の兄で、僕の大好きな兄様だ。
――僕の兄は転生者というやつらしい。
(僕は転生者だろうと、そうでなかろうと、兄様の事が大好きだ)




