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或る夜の逢瀬と下衆








舞踏会が終わって一週間位してから、手紙が届いた。

宛先はリュコス君。王家の紋も入ってたから間違いない。黒い封蝋で閉じられたそれは、今夜薔薇園まで来て欲しいって書かれてた。



リュコス君が私に会いたいなんて嬉しい!!

あの日から話しかけても返事が無いから少しいらいらしてた。でもやっぱりリュコス君は私が好きで、照れてただけだったんだ!


手紙には女子寮から薔薇園までの隠し通路も書かれてて、夜に外に出るのは怖いけど、リュコス君だったら頑張ってあげようと思える。夜に会うんだから「そうゆう」事にもなるのかな?きゃあ、リュコス君ったら!でも王妃様になれるんだし、それ位やらせてあげても良いかな///



だから夜、言われた道を通って薔薇園まで来た。

怖かったけど、リュコス君が待ってるもんね。

ランプの光を頼りに薔薇園の迷路を抜けて、中央まで歩く。


光で辺りを翳すと、人影が見えた。

あ!リュコス君!


直ぐに駆け寄る。でも居たのはリュコス君じゃなかった。






「………十五分の遅刻。貴女、足まで蛞蝓なの?」




その人影は中央のベンチに足を組んで座ってた。

顔は暗くてよく見えなかったけど、近付くとリュコス君の婚約者だって分かる。

黒いワンピースを着てて、私の今着てるピンクのドレスと比べると凄い地味だと思った。

リュコス君に相応しく無いって何度も教えてあげたのにリュコス君から離れようとしない、顔も性格も悪い女だ。




「なんであんたが此処にいるのよ、私はリュコス君に呼び出されたの!あんたに用は無いし、さっさとリュコス君を出してよ!」



くつくつ、とあの女が笑う声がした。

顔は暗くて見えないけど馬鹿にするみたいに。腹が立つ!



「ああ、本当に呼び出されたと思っていたの?馬鹿ねえ、殿下が貴女を呼び出す訳がないじゃない。貴女にそんな価値は無いわ」



「何よそれ、私を騙したの!?リュコス君は私が好きなのに邪魔してるのはあんたじゃない!いい加減身分を弁えたら!?」



腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ!

目の前が赤くなって、思わず大声で叫んだ。

男の子の前だったら絶対こんな事言わないけど、今はこの女しかいない。

明日直ぐにリュコス君も含めた皆に言いつけて、潰してやるんだから!



「面白い事を言うのね庶民上がりが。自分の両親の身分すら覚えていないの?如何やったらそんなおめでたい頭になれるのか、少しだけ興味はあるけれど」



「庶民って五月蝿いわよ、あんたなんてリュコス君に見向きもされてない癖に!あんたがモテないからって嫉妬するのやめてくれる?!」



「嫉妬?面白い事を言うのね、貴女のどこに嫉妬すれば良いの?男癖?品の無さ?」



あら、無いのは常識かしらって笑われた。

いっつも無視して来る癖に、誰もいないと五月蝿いなんて最低!


「私の可愛さと王妃になる未来よ!私が王妃になったら、あんたの家の財産を全部没収してから、あんたを処刑してやる!あんたの家族もよ!」



「は?殺すわよ売女が。

王妃になると言うなら、他の方々は如何するつもりで?確か貴女、 沢山の殿方に股を開いていたと思うのだけれど」



「あんたには関係無いでしょ?皆気が向いたら愛してあげるし、面倒になったら切ればいいわ。外国にもイケメンはいるし、代わりは幾らだっているんだから!あんたにはこんな事出来ないでしょうね!」




「………馬鹿すぎていっそ哀れに思えてきたわ」



……けれど良かった、罪悪感は湧かない。

後半の言葉は、聞き取れないくらい小さかった。



貼り付けた無表情の口が開く。


「無理だと思うわよ?それ。殿下は貴女のこと、何とも思ってないみたいだし。惚れている男達もいつ飽きるか分からない。人は人を死ぬ程愛せるのは否定しないけれど、その感情は間違い無く貴女には向けられない。貴女にその価値はないわ」



黒い目が、分かりきったような色をする。

舞踏会の日から話しかけても無視されたり、わざわざ「お気に入り」達を誘ってあげても彼等が食いついて来ない事を見通されたようで、頭に血が昇る。



「何を言っているの?こんなに可愛い私が愛されない訳ないじゃない!誰からでも愛されたの、これからも愛されるの!リュコスも会長も副会長も、みんなみんな、私のものなの!!」



「………愛されたい愛されたいってそれしか知らないの?貴女の掌の中にはもう誰もいないのに、それすら気付いてないとは愚かね」



誰もいない?そんな訳がないじゃない!

思わず目の前の女の頰を打った。パンッと小気味良い音がして、気味の悪い顔が斜めを向く。

痛んだ掌に一瞬怯んだけど、直ぐに思い直す。

この女が悪い。私は悪くない。

この女が生意気な事を言ったから。



女は微動だにしない。俯いた顔は動かないまま、真っ黒な瞳だけぐるりとこっちを向く。

前髪が掛かって黒さが際立つそれは、虚ろだった。

闇よりずっと何の感情も映してない黒に鳥肌が立つ。



「………あの子達みたいに最初から私を標的にすれば良かったのに。関係無い人間に害をなすより、余程手っ取り早いでしょう?」



その顔は削ぎ落としたみたいに、何も浮かんでない。

初めて怖いと思った。壊れかけた人形を見ているみたいだし、死体を相手にしている気もする。


消えなさい、って言われた。

命令よりずっと冷たい声で。

何で言う事を聞かなきゃいけないのよって思ったけど口に出す勇気は無くて、気が付いたら足が震えてた。



言われなくても居なくなるわよ、リュコス君に言いつけてやるって叫んで後ろを向く。

これ以上ここにいちゃダメだって思ったから。

何でよむかつく、こんな女相手に。でも体は逃げたがってる。

良いわよこんな気色悪い女、ちょっと私が皆に「お願い」すればどうとでもなるんだから!




早足でその場を離れる。誰かの声が何処かでしたけど、如何でも良いと思った。

可愛い私が気にしてやる必要なんて、無いんだから!







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー












一週間も掛けてしまった。


長かったと溜息をつくべきか、あっという間だったと満足の笑みを浮かべるべきか。

とりあえず一週間で済んで良かった。

168時間も有れば感情は落ち着くもので、現に逃げた女に対する不愉快さは殆ど風化されてしまっている辺り、本当に自分の怒りは長続きしない。

それでもこうなったのだから、これはもう彼女の運が悪かったと言うべきだろう。



微かにひりつく頬を指先でなで、トドメを刺そうと辺りを見回す。勿論刺すのはエスメラルダじゃない。あの娘はもう終わっている。


暗闇では月も十分な光源となる。

朧に光が薔薇の茂みを照らす右手の植え込み、数十分前と変わらない位置に居るであろう男の気配。

動きは無い。声も無い。但し泣いてないとは限らない。

静かな押し殺した嗚咽もあると知っている。


されど彼が泣いていても、全くもって同情も憐憫も浮かばない。

自業自得とは言わないが、理不尽とも思わない。

鞭の傷に涙を零した女の方が、皺だらけの手を血が出て尚握ったその母の方が余程不条理に傷付いた。


忘れはしない。忘れさせはしない。

正義なんて高尚なものでは無い。それは自分から最も遠い単語だ。太陽の下で振るわれるべき、美しい金色が似合う言葉だ。

だからこれは理不尽な暴力だ。一方的な残虐行為だ。

復讐ですらない。あの女性と自分は、何の関係もないのだから。


身体を右に傾け、静かな薔薇に向かって歩く。

彼が来るか来ないかは賭けだったが、来なかったとしても別に構わなかった。代わりを適当にあの中から見つけるだけだ。一人で済んだのは楽で良かった。


人の背程もある薔薇の木の向こう、エスメラルダからは見えなかった場所に蹲って動かない男に語り掛ける。


「如何でしたか、幾らでも代わりのいるフィーバス卿?」



にこりと厭味ったらしく笑ってやる。

月光だけだと顔色は殆ど分からないが、少なくとも表情は酷い顔をしていた。






単純な話だ。

フィーバスのポケットに捩じ込んだ紙切れに薔薇園と一週間後の日付が書いておき、渡した次の日からエスメラルダに付く男の数を減らす。

女より家を取る男ならその親に息子が庶民に入れ込んでいる事が耳に入るように誘導して、運命論者なら彼女直筆の他の男との手紙や交換日記を眼に入るような所に置いておいた。

家が敵対している男二人に同時に唾をつけていた時は死人が出ない程度に修羅場になる火種も撒いたし、素晴らしいリア充撲滅週間だった。


そして薔薇園に来たフィーバスにあの女の本質を教えてあげるわと言ったら彼女に裏表がある訳ないだろう天使のような娘なんだと反論されたので、それなら手前の目で確かめてみろよと喧嘩を売った。

エスメラルダがなかなか来なかったのは予想外だったが、予想以上の性格の悪さを露呈してくれたので良しとしよう。


悪い事はしているが罰せられる事はしていないし、エスメラルダを憎む女は沢山いるから、自分がやった事すらバレない。

舞踏会から花開いた身分の低い美少女への不満は、悪意ある噂も交えて日を追うごとに深く濃くなっていく。

彼女がこの間までのように男達を操作していれば少しはマシだっただろうが、彼女は手に入らぬ男を追い掛けるのに時間を使ってしまった。

不信の種を植え付けて仕舞えば後は早い。当の本人も王太子しか見ていないなら、未来はいとも簡単に坂を転げ落ちる。


結果として彼女の一年の成果は、一週間で約七割が消えてしまった。存外あっけないが、美しいもの程儚いという事だろう。彼女の夢が泡沫に過ぎなかっただけで、自分が手を出さなくても消えていただろうとも思う。



それを考えながらフィーバスを見下ろすと、震える彼の口が開く。目の焦点が合っていないので当惑と錯乱の間をもがいているのだろう。ここ数日エスメラルダが彼の所ばかり来る事に無様に喜んでいた姿は、影も形もない。



「………どうして、どうしてあんな物を見せたんだ?それを知らなければ、私はっ……!」



「黙りこくっての第一声が其れですの?無様ねえ。あの女の本性を教えてあげただけじゃない。感謝されても恨まれる謂れは無いわ。貴方の名前が呼ばれなかったのは少しだけ笑えたけど」



ひっとかくっとか変な音を立てて彼の口が閉まる。

眼に怒りが浮かんでいるが、悲しみや落胆の色も濃い。



彼は相変わらず震えたまま何も発しない。貴方しかいないの言葉が重かった分、裏切られた反動が大きいのだろう。放っておいたら女性不信になりそうだが、それはいけない。彼にはまだやって欲しい事がある。



「可哀想に。このままじゃ貴方、捨てられますわよ?彼女は貴方を選ばないし、貴方との未来を考えもしなかったもの。本当に、可哀想」


掛けた声は我ながら優しげだった。自分の下衆さに反吐が出るのは今更だ。狂ったように震える男が絶望の眼差しで俯く事に笑う。嗤う。



「可哀想って、私は、エスメラルダ、なんで。如何して、愛していたのに愛してくれていたのに」



ぶつぶつ呟きながら爪を噛む男は正直言って気持ち悪い。

しかし此処まで執着していたとは意外だ。きゃんきゃん吠えて腰を振っていただけだと思っていたのに実は本気だったのか、本性を知ったばかりだから混乱しているのか。

分からないが別に知りたい訳でもない。暑苦しい恋が、自分に理解出来るとも思わない。



「愛してたは兎も角愛されてたは錯覚ね。如何するの?捨てられたくないんでしょう?」


何をしてでも。

細めた瞳に、彼の顔が上がる。狼狽えを隠さない眼の焦点が合う。



何を、と彼が小さく呟く。

かかったな、と声には出さずに嗤った。



「…………浮気性の貴族の女を手に入れられないなら、貴族で無くせば良いと思わない?貴族が庶民を殺そうが犯そうが閉じ込めようが罪には問われないもの。あの女、元は庶民でしょう?分不相応にも拾われただけで……睨まないで下さる?事実じゃない。

最初に言ったでしょう?虫をあげるから黙らせておけって。此処に来たなら、貴方も分かっているのでしょう?」



嗤う。嗤う。

貴族は庶民を殺せる。

其れは如何しようもなくこの国で成り立っている、唾棄すべき蛆虫よりクソ汚い事実だ。

娯楽で人を殺す害獣を見てきた。見るだけしかしなかった。何度も何度も気が狂うほど見殺しにした。何度も死ねと誹りながら、奴等を殺したいと叫ぶ心を殺しながら、いつかの死ぬ日だけを夢に見た。



そしてその害獣の中にエスメラルダの父を見た。

女を犯す事を好む男は、成る程あの女の父だと納得させる程権力に弱く、媚びることしか知らない男だった。

実の娘に肉欲はあっても家族愛はないらしい。娘への苦情を言えば石畳に額を付けて許しを請い、放逐する事を誓った。謝罪の欠片も無い眼には欲が灯っていて、庶民に堕ちた美しい少女を犯すつもりなのだろうと分かった。

若しくは教会に連れて行くのかもしれない。貴族の血を引く娘の断末魔はさぞかし良い子守唄となるだろうし。



彼女の鱗粉振りまく翅は捥がれた。自分が捥いだ。

地に堕ちた身体を踏み潰される位なら、美形と言える男に拾われる方が良いだろう。監禁されたり飽きたら捨てられるかも知れないが、それは自分の関することではない。



首肯を求めるように首をかしげると、彼の目が少しずつ光を失っていく。堕ちたと、それだけで分かった。壊れる訳じゃ無い。若しかしたらフィーバスもエスメラルダも、両方生きて上手くやるかも知れない。如何なろうと興味は無いが。



もう此処に用は無い。

狂気を宿した眼をする男に背を向け、薔薇園を歩き出す。迷路の全容は覚えているので抜けるだけなら眼を瞑っても出来る。しかし結局、いくら探しても黒薔薇は見つからなかった。


嘘だった事は残念だが、代わりになりそうな話はある。

或る少女の話。誰からも好かれた女の子が居ました。しかしその子は或る日、何処かに消えてしまいました。その子がどこに行ったのかは誰も知りません。

実際にあった話です。種も証拠もございます。


数年か数十年後、きっと学園の怪談として広まるだろう。その頃にはもういないが、自分が怪談候補を作ったと思えばゾクゾク来るものがある。




瞳を閉じたまま、歩き出す。

今更になって花の香りが鼻についた。そう言えばそろそろ咲く季節だ。指先で触れた花の蕾が膨らんでいて、少しだけ愉快な気分になる。


この花が咲くのと彼女が学園から居なくなるの、どちらが早いだろうか。






ーーーそれから三日後エスメラルダの元に父から絶縁を告げる手紙が届き、彼女は学園から姿を消した。

消えた日フィーバスも学校を休み、そのまま一週間程姿を見せなかった。暫くして何とも無いように復帰したが、何処に行っていたのかは誰にも答えない。








消えたエスメラルダの居場所は、誰も知らない。





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