爆発
静かにしてれば良いのに。
態とらしく階段を駆け下りる少女の後ろを足音立てず歩きながら、溜息をつく。
たった数メートル下で衝突の意味で金と桃色が重なる光景を、何の感慨なく見ていた。
金色は殆ど動かない。大袈裟に舞った桃色が、ゆっくりと身を起こす。
「いたた……足ぶつけちゃったぁ」
「大丈夫か」
「きゃあっリュコス様!?ごめんなさい私、うっかりっ!」
「怪我は」
「だっ大丈夫です!ほらっこんなにっ……いてて」
ピンクの髪の少女が、目を潤ませて足に触れる。足を挫いた振りをするらしい。
端から見る分には面白いが、とんだ三文芝居だ。
階段の踊り場で目を潤ませた少女を、一階分高い階段から冷めた眼で見下ろす。浮かれているのか、あちらは気付いていない。
ドキッ☆気になる人に声を掛けたい女の子へ!
〜きっかけが無いなら作ればいいじゃない♡〜
講座の手本を見せられた気分だ。
無論エスメラルダと殿下のいちゃつき場面に自分がいるのは、ストーカーしてたからじゃない。
挙動不審過ぎて思わず尾行ただけです無実です。
たまたま見かけてたまたま尾行てみたら、フラフラ歩いていた彼女の眼が狩人のそれに変わり、階段から足を滑らせた。きゃっとか言う甲高い音と共に階段数段分から落ちた先には、階段を上る途中だった殿下が。そして二人は、見事に不自然に鉢合わせたのでした。ちゃんちゃん。
王家に不敬を恐れぬその心意気や良し。
けれど如何しても不快に思ってしまうのは、昨日彼女がフィーバス公爵子息とキスしているのを見たからだ。
フィーバス(とフラグ)が立った!フィーバス(のフラグ)が立った!
彼女が学校に来てから九ヶ月、他にもエスメラルダのボーイフレンド(仮)は大量にいるし、彼等をぞろぞろ引き連れている姿もよく見る。
止めて!私の為に争わないで!の台詞を生きてるうちに聞くとは思わなかった。
別にエスメラルダ自体は嫌いではない。
何も期待していないので、関わり合いにならないレベルで好き勝手しててくれと思う。
物臭ではない。彼女と関わるメリットが見つからないだけだ。如何して容姿と男癖以外特筆すべき所のない娘に気を割かなければいけないのか。
深夜動く甲冑の正体も司教が愛人にした娘の名前もベルの誕生日も知らないのに、構ってる暇はない。
殿下に手を出そうとするとは許せない、消してやる!などの嫉妬に分類される感情も持ち合わせが無い。万一殿下が恋心拗らせ過ぎて使えなくなっても彼の両親は聡明な方々だし、どうにかなるだろう。
つまり問題無い。
「痛むか」
「はい……でもでもっ大丈夫です!私、丈夫ですから!お優しいんですね、リュコス様!」
殿下が差し出した手を、女の子座りのエスメラルダが取る。
側から見れば素晴らしい美男美女だ。場所が階段の踊り場となのも趣が有って良い。国の次期王と身分違いの美しい娘のラブストーリー、その最初に相応しい。
殿下とエスメラルダでは正直殿下の方が美しいが、不釣り合いという程でもない。
彼女が不特定多数と付き合ってさえいなければ、小躍りして殿下を任せていた気がする。
「ほんとはちょっと痛いんですけど、リュコス様に会えたからとっても嬉しいです!格好良くて頭も良くて運動も出来る上に王子様なんて、遠い方だと思ってたんですけど、とっても優しい方なんですね!」
痛いのか痛くないのかどっちだ。
遠目からでも赤いと分かる頬を押さえるエスメラルダに突っ込みかけたが、声を出すわけにもいかない。
殿下と彼女の手が繋がる。
彼女は彼の右手を両手で握り、豊満と分類される胸に押し当てる。
「私、エスメラルダって言います!もし良かったら、お友達になって下さい!」
「いい」
「本当ですか!ありがとうございます!とっても、とっても嬉しいです!」
殿下の手を胸に押し当ててぴょんぴょん跳ねる。たわわな胸も跳ねる。ご立派。
でも足良いのか?怪我何処行った。
殿下の表情に変化は無い。巨乳程度で崩れない鉄仮面だが眉の角度から推察すると、恐らく困惑している。
突然「私と契約して友達になってよ!」と言われるのはコミュ障には辛かろう。
彼と親しくしたいなら色仕掛けは無効だ。彼の母君程の美貌が有れば話は別だろうが、エスメラルダの顔は上の中止まり。悪い事言わないから神話生物級になって出直せ。
「あの……保健室の場所はご存知ですか?私、まだ学校に慣れてなくって。教えて、頂けませんか?」
ここでエスメラルダ選手、渾身の上目遣い!
勿論殿下の手は彼女の胸に押し当てたままです!!
これは凄い!まな板がやれば大惨事でしょう!でも大丈夫!
なぜなら彼女は!巨乳DAKARA!!
因みに保健室の行き方が分からないというのは嘘だ。フィーバスとキスしてたの保健室だし。
保健室のニーナ様(学園七不思議十五番目の幽霊少女)を探しに行ったら鍵が閉まっていて、ピッキングしたら「フィーバス様、私には貴方だけなんです……」やら「好きだ、可愛いよエスメラルダ……」やらリップ音が聞こえて思わず殺意の波動に目覚めたのが昨日。
ベッドで組んず解れつしていて最後までいったのかは定かでは無いし知りたくも無いが、もうほんと、ばくはつすればいいのに。そうだよ、なんでばくはつしてないんだろう。あんなくそあまくてどろどろでぐちゃぬちゃなんだからひをつければよくもえるよ?ほのおがよんでる。もうマヂムリリア充炭にしよ……。
ベッドで寝る者をあの世に連れていくらしい保健室のニーナ様が涙目だ。これは是非リア充殺しのニーナに改名して実行頂かなければ。
けれどそんな事を殿下が知る由もない。静かに頷いた彼がエスメラルダの手を引き階段を降りた先の保健室に向かい、クソリア充が計画通りと笑みを浮かべる。
哀れ殿下このままリア充の魔の手に掛かるのかと思いきや、二人が足を止めた。此処からでは壁が邪魔で見えないが、彼等の視線の先、階段の下に誰か居るらしい。
「エスメラルダ、どうしたんだい?」
この声は、フィーバス公爵子息!階段の下に居るのが彼なら、昨日愛を確かめあった恋人が親友とお手手繋いで学校デートしている所を見る事に。
なんていう事でしょう、匠の技であっという間に修羅場が出来上がりました!
流石の彼女も予想外だったらしい。フィーバス様、と呟く声が震えている。
それに対し、殿下はーーーーーーーー!
「怪我だ。送れ」
ぽい、と。
動物を渡す位の気軽さで、エスメラルダをフィーバスの居るであろう所に持って行った。
ありゃ。そう来たか。
表情を変えずに狼狽えるエスメラルダをフィーバスにポイした殿下は、何も無かったように二人を置いて階段を上り始めこっちに来る。
冷たい対応とも言えるが、まあ妥当だろう。
一国の王子が下級貴族の娘を保健室までエスコートする方が可笑しい。適当な人間に任せるか無礼者と蹴り飛ばす方が余程自然だ。
置いてかれた二人の姿は全く見えない。どんな修羅場を巻き起こすのか少しだけ興味が湧くが、猫じゃないので死ぬのは御免被る。
まあまあ面白かったしエスメラルダの手口が見れただけ儲けものだ。エスメラルダ先生の恋愛術講座王子攻略第一回は閉幕です。
悪くはなかったと振り返り、視線を上げる。
ばっちり殿下と視線が合った。
彼は此方に歩いてて、自分は立ち止まってた。そりゃ会うわな。
「………彼女に惚れました?」
思わず口走ったが、なんか違う。
「無い」
さいですか。否定が速いですね。
確かに彼女はオススメしない。家柄でも教養でも、彼女が王妃になるには飛び越えなければいけないハードルが多過ぎる。礼の仕方一つ知らない娘では無理だろう。
とうの昔に側室制度は廃れているし、復活させる気も無さそう。つまり無理ゲー。エスメラルダ先生の次回講座にご期待下さい。
「見たか」
「見てましたね。お怪我はありませんでしたか?」
「無い」
「それは良かった。送らなくて良かったので?」
「無い」
平然と話し掛けてきた殿下に、落ち着いて言葉を返す。
彼は言ってる事こそ塩対応だが基本言葉を八割省略してるので、この場合「(わざわざ俺が送ってその所為で彼女が謂れ無い嫉妬を受ける必要は)無い」になる。
無表情だし口数も少ないが、彼の思考は読み易い。
慣れれば表情を見ていれば副音声が聞こえるようになる。顔や身分ばかり目立っているが、存外優しい男なのでエスメラルダの世辞は正しい。
誤解されて勿体無いと思わなくも無いが、王としては威厳ある方が相応しい。
歴史に残るのはいつだって賢君であり、優しい王では無いのだ。
人の上に立つ素質としては此方の方が優れていると言う事だろう。第一ぺらぺら喋り出す殿下とか想像出来ない。
あとは相応しい正式な王妃を見つけられれば完璧だ。
生憎堂々とお見合いばばあめいた事は出来ないが、さり気ない出会いを演出するだけなら造作もない。
今度城に行った時に王妃様への手土産で美人女子生徒の絵画シリーズを持っていこう。
誰の絵姿を持って行くか考えていると声を掛けられる。前を見て目の前の殿下からの言葉だと分かった。
彼は、軽く眉を顰めている。
「誰だ?」
彼の視線は階段の下、エスメラルダがいるであろう位置に向いている。
「誰だとは……もしかしてエスメラルダ嬢の事ですか?さっき友達になってたでしょう。最近巷で話題の男爵令嬢です。惚れました?」
「無い」
「チッ」
「おい」
「ははは何の事やら舌打ちなんてする訳ないじゃないですか。彼女が話しかけたのが人目のない所で良かった、公衆の面前だったら潰さないといけなかった。周囲に隠すなら遊び相手位には出来ると思いますよ、如何ですか?」
「止めろ」
「残念。殿下とエスメラルダ嬢が話題を攫ってくれるなら私の仕事が楽になるのですが、再来月の学園のパーティにでも一緒に踊られては?小躍りして喜ぶと思いますよ、尻尾を振って」
「いい加減にしろ」
彼の顔が不快そうに歪む。怒らせたらしい。
美形の怒り顔怖いんですってやーめーてー。
ベルだったら頰を摘まれてたな。千切れそうな位。
失礼しましたと謝る。憮然そうだがとりあえず納得したらしく、元の無表情に戻った。
出るぞ、と無表情で続けられる。正しくは「(パーティにはお前と)出るぞ」。サボれなくなってしまった。
仰せのままにと頷いた所で次の授業の時間が迫っている事に気づく。軽く礼をして、彼に背を向けた。
フィーバス、同級生、生徒会関係者etc。九ヶ月何もしなかったが、予想以上の男子生徒がエスメラルダに傾倒している。それでも女子の嫉妬に彼女が消されないのは信者となって守る男子がいるからで、その様は教会の狂信者を彷彿とさせて殺意が湧く。
まだ良い。男を侍らせて満足しているうちは。
けれどもし、それを使って誰かを害するようなら、その時は。
浮かんだ思考を、頭を振って打ち消す。まだ先の話だ。起こってない事を考えてもどうしようもない。とりあえず優先すべくは次の授業。
足を進め、教室へ向かった。
その後知ったが、エスメラルダもフィーバスも午後の授業には出なかったらしい。クソリア充爆発しろ。




