入学
目の前の学園に、思わず感嘆が漏れた。
別に物凄く絢爛豪華とかでは無い。普段王城まで情報のデリバリーサービスをしている身だし、大抵の内装は笑って見逃す。重要なのはそれが持つ内容。具体的に言うとそれがどんなオカルト的価値を持つかだ。
まず見て欲しい、この禍々しい校門!
黒くて絶妙に錆びている柵は檻みたいだ。2年程前色々あって檻に閉じ込められた事があったが、あれは良かった。全身を縮める圧迫感とこのままどうなるんだろうと言う興奮!自分が囚われ、支配権が他人に移る事の恐怖は筆舌に尽くしがたい程気分を高揚させた。一部で塗り替える話が出ているがとんでもない。自分の目が黒い内はそんな事はさせない。
石造りの校舎も素晴らしい。複雑な建築様式によって
造られた複雑怪奇極まりないそれは、中に幾つもの怪談を内包していて、考えるだけでゾクゾクする。
上り下りで段差の数が違う階段に、入ってはいけない女子トイレ!別館の開かずの間なんて、何処までも恍惚とした気分にしてくれる。
此処の生徒は大半が寮暮らしで、自分は身分高い特権もあって一人部屋だ。つまり深夜好きなだけ徘徊出来る。鼻血出そう。
弟と離れる事は寂しかったが、休日には自宅に戻れるし寮は素晴らしいメリットだ。
今夜辺り早速徘徊しよう。そのためにも是非この方向感覚カス鼠でも分かる学園の地図を手に入れなければ。取り敢えず行くべきは入学式が行われる大ホールだ。
荷物を持ちたがる取り巻きを無視し、生徒の流れに乗って歩き始めた。
周りから視線を浴びるが気にしない。陰口程度気にするメンタルの持ち主ならとっくの昔に胃袋捩れて死んでいる。何それ猟奇的で素敵。
一応【学問に身分は無い】をモットーに建てられたらしいこの学園は、しかし大体の貴族子女が通う。
表向きは貴族庶民の貴賎なく学べる場だが、寮の一人部屋などを考えると実態は[お察し下さい]だ。
けれど従者無しだったり成績優秀な一般階級が入学しているなど、今までだったら有り得ない事もある。
今年は王太子殿下が通う場になるし、一部では今から楽しいカーストを形成している事だろう。
現に今話しかけてくる令嬢は積極的に彼女の馬車の話をしてくる。
けいざいりょく あぴーる の こうげき!
欲しいのは君達のお父さんお母さんのお財布事情とかだから、君達が○○買ったーとか馬車に金細工がーの情報の優先度は高くない。
よって返事はしない。必要だとも思わない。相互理解?こみゅにけーしょん?なにそれたべれるの?
こうかは いまひとつの ようだ!
結局誰一人名前を認識せずにホールに入ると、席に座らされ、入学式が始まる。
新入生代表は殿下だった。彼が壇上に立った瞬間、幾つもの感嘆の吐息が聞こえる。誰も彼も見惚れているのだろう。
これ以上無く美しい男だと思う。
白い首にかかる透明感ある真っ直ぐな金髪も、光の揺蕩う切れ長の眼も。遠くからで見えないが、長い睫毛や薄い唇、整った鼻筋も知っている。
あんなに美しいのに狼のようだと思った。その印象は、今も変わっていない。
相も変わらず人を寄せ付ける男だ。今日から戦争だろうが、彼の外見偏差値が上がるのと同じ様に自分のEPも上昇した。楽に倒せると思うなよ。
頭の中でファインディングポーズを取りながら耳を澄ませる。声までイケメンとはこの世は理不尽だ。後いつの間にかでかい声出せる様になりましたねおめでとう。
羨望の溜息と共に挨拶が終わる。席に座って尚、彼は熱い視線を受け続けていた。
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食堂に入った途端に見えた人の群れに、吹き出すのを必死で堪えた。
食堂と言ってもかなり豪華だ。少なくとも一部が全面硝子張りだったり、庭に続くステンドグラスの扉を潜ると薔薇園や噴水がある。
因みに迷路になっている薔薇園には、在る筈のない黒い薔薇に触れると死ぬという学校七不思議があり、其れが又興奮と食欲を煽る効果を持っている。
そんな食堂の一画、硝子窓の手前で女子に埋もれた殿下を見つけた。
どうせ女子達から逃げれず、捌き損ねたのだろう。
彼の隣には将来の側近と名高いフィーバス・クィルター公爵子息も居るが、防波堤にならなかったらしい。
七年前、殿下を連れ出すのに利用した彼の誕生日パーティ以降何度も彼と会ったが、押しに弱い所は変わっていないのか、美形二人だから更に悪化したのか。
正直薔薇園に行きたかったのでどうしようかと見物していると、死んだ目の殿下と目があい、「助けろ」と動く口を確認した。
億劫だが無視すると後が面倒臭い。それに彼の方から此方に来なくなっただけ進歩か。
肩を竦めて、口角を吊り上げる。
嫌みったらしく目を細めれば、殿下を慕う健気じゃない婚約者の出来上がりだ。
真っ直ぐ彼等の所へ歩く自分の為に、道が開く。どんなに嫌でも婚約者の元に歩く次期王妃を止められないと、誰でも知っているから。
「酷いですわ、殿下!そんなに小蝿を沢山集めて……わたくしと食事をしてくださると、約束して下さったでしょう?噴水の方は如何でしょうか?此処は香水臭いもの」
勿論約束なんてしていない。
嫌悪を隠すように顔を歪めれば、周りの令嬢達の顔が真っ赤に染まった。
反論しかけた口を無視して行きましょうと声を掛けると、彼は軽く頷いた後、フィーバス子息に断りの言葉を述べる。
連れ立って色彩豊かな扉を抜ける。背後から刺さんばかりの視線が刺さるが気にしない。置いていかれたフィーバス子息の悲鳴も聞こえるけど気にしなーいキニシナーイ。
隣を歩く彼に、撒きますよと呟いた。
二人っきりで楽しいお話をするのに、飽きず後ろを歩き相席しようと目論む女子達はどう考えたって邪魔だ。
幾つかの無駄に複雑な分かれ道を曲がり突っ切り、薔薇園の中央らしい所までやって来た。やったぜ。
思いの外開けた場所だ。方向感覚カス過ぎて置いていかれたら孤独死する未来しか見えないが、それも一興というものだろう。
ここで良いかと問われたので頷く。近くで見ても整った顔をした男だ。ここ数年で怜悧さや色気が付いた気もする。あと薔薇がむっちゃ似合う。薔薇以外も似合うだろうけど。
「お久しぶりです、殿下。見事な挨拶でした。熱気が篭ったホールがさらに熱くなって、蒸し風呂のようでしたよ?視線で人を殺せる日も近いですね。それなら王家の暗殺部隊も必要なくなるかも知れません。提案してみます?」
「褒めてない。必要だ。止めろ」
「それは残念。副隊長のカッツィロが最近無駄に羽振りが良いので探るか転職して頂くか悩んでいたのですが、それなら大人しく探るだけにしましょう。そう言えば、学校の見取り図はお持ちですか?隠し通路も七不思議も、どうせなら入学中に調べ尽くしたいのですが」
「証拠は?無い。理由は?」
「確実なものは無いのでこれから掴もうかと。けれど城のことですから、陛下かジャグリーンの方が早いかも知れませんね。好色な男らしいので王妃様に色目を使って消されるかも。無いですか。残念です。……正直迷子になる気しかしませんし、やっぱり地図作りから始めるか、学園を作った大工のところにでも行きます。理由は勿論趣味です。完全に趣味です。全て趣味です」
「消える。趣味で入ったか」
「勿論それだけじゃないですよ?……避けられないものでしたし、入学せずに教会に入り浸っていたら流石に怪しまれます。2年も通えば大体の事は分かって正直飽きますし。死体詰めた麻袋ぐさぐさしたり皮を剥いで血を飲んだり、死体加工して変態的欲求を満たすってかなり怖いですよ?見るだけで許して貰ってますけど毎週毎週毎週ナイフやらペンチやら鉈やら握らされますし。学生になれば少しは頻度も減らせるかなと。
まあ同年代の貴族に近付けるかとも思ったんですが、思った以上に私は嫌われてましたし殿下は慕われてましたね」
「止めろ食事中だ」
「これは失礼。でもさっきのかなり初心者む……失礼。睨まないで下さいよ、さすがに黙ります。そういえば昼食持ってくるの忘れました。まあすし詰めに近づいた私が悪いですし、食事は抜くものですよね。流石にあの香水はきついから胃薬が恋しいです。持って来れなかったんですよ、胃薬。イメージに合わないからってメイドに没収されて。胃薬って凄いですよ、胃もはらわたも脳味噌も楽にしてくれるんです」
「やる。中毒だな」
「わあサンドイッチ。持ち運びできるのがそれしかなかったとはいえ、大分庶民的ですねありがとうございます。周りの女子がかなり驚いた顔をしていたのはこれが原因でしたか。……ああ、だからあそこまで執拗に誘われていたと。
失敗でしたかね?殿下が一級品の食事を手にしていない事を咎めなかったの。殿下に一番良い皿を持たせて席と場所を開けさせてこれ見よがしに食べた方が、らしかったですか?」
「構わない。別に」
「そうですか。まあ騒音も香りもやばそうでしたし、耳と鼻がもげたかも知れない。殿下の耳と鼻を失わせたら、流石に国中の女性に八つ裂きにされそうです。
残されたフィーバス子息が哀れですね。飢えた可愛いレディに求められて、骨も残らないかも知れない。今度から食事する時、二人で適当な所で落ち合われるのは如何ですか?面倒な婚約者から逃げて来たって名目で。私の悪評は届いているでしょうし、問題はないと思いますが」
「……しない」
「良い方法だと思ったのですが、残念。まあ私も毎回同席させて頂くわけでは無いですし、何らかの逃げる手段は用意しておいた方がいいですよ。初日からこれですし、悪化する未来しか見えません。正直ここもいつ人が来るか。今からでも逃げます?鉢合わせる未来しか見えませんが」
「いい。来ない」
「呪いの薔薇園、ですか?だから人が来なくて静かだったのか。随分昔から有るらしいですよ、あの怪談。なかなか消えないらしいです。
……薔薇に触れたら死ぬから、誰も近づかない。誰も訪れないから犠牲はないけれど、訪れない理由として黒薔薇の怪談は残る。人から人へ伝わる内に話が増えて、派生して更に悍ましいものに。だから誰も薔薇園に立ち入らなくなる。
……そりゃ消えませんよね。鼬ごっこだと思うんですよ。
折角こんなに綺麗な薔薇なのに、誰も見ないなんて勿体無い」
指先で薔薇をなぞる。
それは、とても貴族に似ていると思う。
所縁もない噂に踊らされ、恐れる価値のない物を恐れる。
浮く事を嫌う矜持ばかり高くて、異端を嫌い、仲間外れを責める事を義務と考える。
下らない、と手の中の赤を握りつぶした。
はらはらと手から溢れる赤は、赤だ。
黒くないから死なない。
黒に触れていても、きっと死なない。
小さく笑って殿下を見ると、冷めた目で此方を見ていた。引かれた。ショックだ。
もう行くか、と立ち上がられる。いつの間にかサンドイッチは無くなっていた。
大人しく隣を歩く。はぐれて迷子になったらそれこそ徘徊死ENDだ。
思っていたより時間が経っていたらしい。迷路を抜けて暫く歩くと、ちらほらと人の影が見えた。もしかしたらずっと探していたのだろうか。ご苦労な事だ。
殿下にアピールするなら婚約破棄してからにしてくれとは思うが、口に出すわけにもいかない。大人しく話題を傲慢な婚約者と、それを面倒臭がる王子らしいものに変え、敢えて掛けられた声を無視する。
フィーバス子息は食堂の隅で香水臭い木乃伊になっていた。
骨が残っている事は興味深かったが、見事な乾燥具合だったので放置しておいた。
近くに座るギラついた目の令嬢が面倒を見る事だろう。面倒ついでに貞操を奪われるくらいはするかもしれないが、それは自分の関することではない。




