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暗夜


グロ表現が有ります。15歳以下の方、苦手な方はご回避下さい。




石畳の濡れた暗い通路を歩く。


コツコツと湿った音を立てながら、前を歩く太ましい男を蹴り飛ばしたい欲求を耐えながら進んだ。

壁にかかったランタンの灯りを頼りに、はち切れんばかりの心臓を宥めながら教会の地下通路を睨む。


やっと此処まで来た事の感慨は、思っていたよりずっと陰鬱に胸に響いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




あれから、五年が経った。


他愛も無い、けれど確かな五年だった。

殿下は更に外見偏差値を上げてその美しさは遂に神話生物の域に達し、弟が世間一帯で言う所のシスコンである事が発覚し、幾つかの貴族が潰れ、五年前滅多刺しにされかけた姫君は大変可愛らしく、また少しだけ勝気なレディになった。


勿論変わらない事もある。

未だ殿下にチェスで負けた事は無く、弟は外見は成長してもあの最も好ましいと思える色合いは変わらず、王妃様に色目を使った兵士は僻地に飛ばされるか人知れず何処かに行ってしまった。

そう言えば王妃様と陛下の見た目も変わっていない。あの二人こそ神話生物だったか。


この五年で、自分はフロロー教司祭の知り合いまで駒を進めた。ほぼ毎週教会に通い適度にカモになったり熱心な信者ぶりを見せ、それでも五年かかった。

もっと早く出来たかもという後悔は有るが、過ぎた事を悔いても時間は戻らない。


何より今此処に自分が居る事が、その五年が無駄じゃなかった証明だろう。

昨日普段通り司祭の長々しい説法を受け、VIP待遇ゆえの別室での紅茶を飲むまではいつも通り。

けれど帰り際、黒い封蝋の招待状を渡された。

明日の夜教会にこれを持っておいでになってくださいねと言われ、手が震える程ほくそ笑んだのは彼方(あちら)か此方(こちら)か。


敬遠な信徒である貴女様に特別ですよ、必ず来てくださいねの言葉には態と驚いた顔をして見せたが、昨日の夜は緊張で眠れなかった。

生憎信仰心(お前)はもう死んでいる。

畏怖や申し訳なさ0の武者震いと緊張100%だったが、胃の調子の悪さはここ数年で一番だ。

しかし異常事態に不調が起こるのは通常に身体が慣れているという事で、つまりびびる自分は通常だ。

それなら大丈夫、何も怖く無い。


勿論完全で完璧に通常な自分は家から無断で抜け出すような異常な真似はしない。いつも通り置き手紙を残しただけだ。

面倒事に頭から突っ込むのは八歳からで、そろそろ親もメイドも悟りきった目をするようになった。

勿論脱走を止められなかった使用人にも処罰は無いし、第一そんな制度を作ったらメイドも使用人もいなくなる。

二年ほど前からは〝どうせ家に帰ってくる″を合言葉に黙認すらされるようになった。これで良いのだ。


けれどそんな事を知らない目の前の司祭(推定50代・独身)は問題は無いかと聞いてくる。あたかも心配しているような顔だが、本心と本性は間違い無く腐っている事を知っているので特に心は動かない。


目の前のおっさんが幼女趣味で隠し子がいる事はもう掴んでいる。

デブハゲロリコンの三重苦はやばいとか何故幼女趣味なのに子供がいるのか(下世話)とかせめて認知しろとか言いたい事は山程有るが、兎に角目の前のトム(仮名)がクズで有るという事が分かれば十分だ。


別にこいつが定期的に孤児院に通っている事やそこで見目麗しい子供を連れ出してそのまま返さない事に殺意を抱いている訳ではない。一寸ナイフを持っていたら脂肪だらけの背中に突き立ててやれたのにと悔しく思うだけだ。


そもそも視線が気持ち悪い。

自分に対しても女に対する侮蔑と利用したい道具に対する欲とその他諸々がごっちゃになった目で、ああもう潰してやりたい。


けれどこの感情を表に出してはいけない。

あくまで自分は尊敬する司祭様に呼び出され感激と緊張で震える、殿下を一身に慕い続ける令嬢で無くてはいけない。

「殿下がわたくしと余り一緒にいてくださいませんの……」という不満を言う為に教会に通い、このクズと親交を持ち、殿下と仲良くなれる方法を教えるYO!と言われてノコノコロリコンの元に訪れた無力な迷える子羊でないといけないのだ。


理想と現実のギャップの悲しさを考えながら、黴臭い地下通路を通る。正直、教会にこんなに心踊る場所が有るとは思わなかった。入口は物置の床の扉で、祭壇の下や本棚の本を取ると動く仕掛け扉では無いのは残念だが、文句は言わない。今度王城に出掛けた時の土産話にしよう。間違い無く良い笑顔で聞いてくれる。


それにしても長い廊下だ。方向感覚が非常にポンコツなので曖昧だが、間取りと長さ的には教会本堂辺りの地下に向かっていると思われる。心なしか空気が血生臭い。

震えも緊張していると思われたのか特に咎まれず、大きな鉄製の両開きの扉の前に来た。

ゆっくりと、トム(仮名)がこちらを振り返る。


「ミュート様、貴女様にこの国の全てを教えて差し上げましょう。

この国で、この世界で最も尊いものは、神であり信仰であり、その伝達者たる我々なのです!

信仰こそ全て、フロロー教こそ全て!!


………ですから、これも必要な犠牲なのですよ」


重々しく、芝居掛かった声と共に扉が開かれる。むせるほどの血の匂いに、粘つく熱気を感じた。






扉の向こうは、血の匂いがした。


………豪勢だが暗くて広い場所、床中央に魔法陣。

二重円の中心にヘキサグラム、円の間に変形した文字、その他複雑な書き込み。

人数20人程。貴族が多くフロロー教関係者もちらほら、仮面を付けた者も。

光源は燭台10台ほど、壁色は黒灰色、間取りは本堂と同じ、部屋の隅に……赤黒い、麻袋。


目に止まった複数の赤に、鳥肌が立つ。

麻袋の大きさ、形から嫌な想像が止まらない。直感が、その想像は正しいと囁く。

思わず震えた肩に手が置かれる。トムの手が撫でるように動き、強く掴んだ。


背中を押され、よろけるように前に進む。

何人かがこちらを見て驚いた顔をするが、構う余裕は無い。誰か特定してその噂と比較する程度の余裕しかない。おい其処の女慈善事業に熱心で有名じゃねーかなんでこんな所にいるんだ。


茫然としていると、黒い蔦の装飾された壇上に、男がいる事に気付く。

あの残念な頭皮とトカゲ顔は覚えがある。フロロー教教主のマイケル(仮名)だ。



「甘美なる宴を、今宵も始めましょう。

富める者に富を、選ばれしものに愉楽を、信じる者に救済を!

欲しいならば望みなさい。得たいならば奪いなさい。

選ばれし我々だけが、その権利を持っています!

恐れる必要などないのです!欲する物を奪う事の何が悪いのですか?選ばれた我々は、元から全てを持っています。全て我々の物だから、持って無いから手に入れる。何も、可笑しい事は無いでしょう?


願いなさい。求めなさい。奪いなさい。

そうすれば、全て思い通りにいくのです。

地に伏す哀れで下賎な魂を引き換えに、高貴な望みを叶えるのですッ!!!」




……驚いた。唯のトカゲではなかった。


演説トカゲのしわがれ声に、部屋の熱気が高まる。ローブの男達によって、部屋の隅の麻袋が中央の魔法陣の円の上に引き摺られる。


更に背中を押されたが一歩も動けなかった。乾いて変色しているが、魔法陣を描くのに血が使われていると気付いたから。

膝が笑う。声を掛けられても返事が出来なかった。立ち竦んでいると、生々しい音を立てて麻袋が魔法陣の上に、等間隔に並べられる。


麻袋に、顔を知る貴族の一人が近づく。

その手に、ナイフが握られていた。



「ああああああああの男に裁きの鉄槌をォ!あの野郎馬鹿にしやがって俺を見下しやがって卑しい成金の分際でッ!○○○!この蛆虫が!黙って這いつくばってりゃ良いんだよ!」


男は麻袋に何度も何度もナイフを突き刺す。何度か硬いものに当たったように刃が途中で止まったが、それでも手は止まらない。叫び声に誘発されたのか、周りの男女も群がるように麻袋に近づく。跪いて、恨み言を叫びながら各々の手に持つ刃物を振り降ろす。



あんたのせいよあの人を返して貴様に何が分かるのだ恨んでやる酷い信じていたのに消え失せろ何故お前が居るのだ其処は俺の場所だったのに死にたく無い死にたく無い俺以外皆死んで良いから病気を治せ死にたく無い、と欲望を叫ぶ様々な声に、石の床が揺れる。

穴だらけになる麻袋から、赤が染み出す。一層血の匂いを強くして、赤黒さの上に赤が重なる。




重なる。

柔らかい赤子が真っ白なシーツの上に置かれて、赤く染められようとしていた時の光景が。あの女が握ったナイフと目の前の物は、きっと同じだ。


あの時は助けられた。助ける事が許されていた。




じゃあ、今は?


麻袋の口が開く。その隙間から赤がこびり付いた茶色の髪が見えて、ねじ切れる程胃袋が痛んだ。

いっそねじ切れて仕舞えば良い。

無力な自分など、内臓をぶつ切りにして、血を吐いて死ねば良い。



それでも、許されていない。


墓石の下で眠る事が出来ない彼らに触れる事は。

目の前の害獣どもに自分諸共火を付けて燃やす事も。

彼らと彼らを愛する人をもう一度会わせる事も。

彼らの為に花を献じる事すら。




許されない。

許しはしない。

許されていない。

許されて、いないのだ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






どうやってあの部屋を出たか、よく覚えていない。


トムにギリギリの理性で何処から彼等を調達(・・)したのか聞いたが記憶は曖昧で、それ以外も何もかも曖昧だから家に帰る気が起こらなかった。


分かっている。

3時間程前に時計の針は一番高い所を過ぎていて、家でも流石に捜索されている。

自分が帰らなければ弟は優しい子だから、きっとまた泣いてしまう。

それはとても駄目だと思う。けれど、このまま家には帰れない。間違い無く酷い顔になっていて、会わせる顔がない。


鉄臭さを血の匂いだと言い切れる人間が、どうやって姉面をすれば良いんだろう。





気がついたら、見慣れた森を駆けていた。

家の門に着いた馬車から馬小屋に走った記憶はあるが、遂に無意識に脱走出来るようになるとは。

乗っていたガバーリョの鬣を撫でる。やったねガバーリョ、都市伝説が増えるよ!


森も暗いが、こちらの闇の方が幾分が安心できる。

何度も繰り返した道を進むと、見慣れた屋敷に着いた。

深く息を吐いて、手綱を近くの杭にくくる。

多少縛り方が雑でも賢いガバーリョは逃げ出さない。人より余程忠実かも知れない。




振り返って仰ぎ見た屋敷に光は無い。もう殆ど使われてないアクスバリ家の別荘だし、当然と言えば当然だが。


扉は鍵がかかっているが問題なく、開けっ放しの窓から侵入した。昔は大変だった。身長不足で屋敷に入る事が出来ず、枯れかけた花壇の根元でべそべそと泣いたものだ。


気が向いた時でも向かない時でも、ずっと前からこの家に訪れた。

元は療養や隠居のために建てられた丘の上の自然豊かな家だが、住む人間が居なくてこのまま寂れそうだ。

そうなっても良いと父は考えているのだろう。させる訳無いが。

婚約破棄したら此処で死ぬまで暮らすのも良いかもしれない。成功で悪名高くなり失敗で死ぬのだ。どうせアクスバリの名を捨てるなら、この家位貰ってもいいだろうし。


ああ、それも良い。

自分は物欲が薄いらしく、欲しいものも害獣共の首以外には浮かばない。それなら欲しい物を探す為の憩いの場が最優先事項だろう。


電気を付けずに屋敷内を進む。暗さに目は慣れたし幽霊悪霊ポルターガイストetcは怖くない。何より此処の幽霊に殺されるなら本望だ。


適当なヘッドに潜り込もうかと進むと、物音が聞こえた。

ポルターガイストかよっしゃあ。


怪奇現象ならば確認せねばならない。出来るだけ物音を立てずに廊下を進むと、奥の小部屋のドアから光が漏れていた。


光を付けるとは被虐趣味の悪霊もいるものだ。生憎あの部屋には何の思い入れも無いので例外を除いて死ぬ予定は無いが、顔位は拝ませて頂こう。



ドアから顔を覗かせると、男の幽霊がいた。

足がついてるのが残念だが。



部屋の隅の机を漁っているので横顔しか見えないが、冬の木の幹に似た髪色だ。俯いていて良く見えない眼も同色だろう。現婚約者の超人間卒業級の美貌とは比べるべくも無いが、整った顔立ちと言える。

年は同い年かほんの少し上、13〜15歳程だろうか。

服装はシャツにズボン、少し土で汚れている。


物盗り、という訳ではなさそうだ。飢えたり悪事に手を染める人間には、独特の雰囲気がある。家捜し中にしては彼の空気は普通過ぎた。


ならば何をしているのか。

観察を続けようと更に見ると、彼が此方に気づく。ばっちり眼が合って、やはり濃い黒茶の瞳だと分かった。はくはく、と彼の口が開く。

彼のやや垂れ目で地味だけど整った顔は嫌いじゃない。寧ろストライクだし趣味ど真ん中だ。

殿下?あいつ口開かないから。


黒魔術儀式見物して帰宅・脱走して侵入したら先客がいて好みの顔だった。我ながら意味が分からない。


何て声をかけようか悩んでいると、彼の喉が震えた。



「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」





…………ナイス悲鳴、頂きましたー。



視線を感じて振り向いたら少女の頭が覗いてるんだもんな、そりゃ怖いな、ごめん。






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