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会心


主人公が死体と軽く戯れる描写が有ります。

ご注意下さい。



Q.ここはお前に任せた!俺は先に逝く!任せたぜ、相棒!と言って別れた相手が首のない死体とともに血塗れで倒れていた時の王子(8)の反応を答えなさい。



A.フリーズする。





ベランダから飛び出した辺りから編み込んでいた緊張の糸がぶっつりと切れた。精神力には自信があるが、妖怪ニタニタとジャグリーン(サイレント・アサシン)ショックに耐えきった後の助かった安心感には勝てなかったらしい。



腰が抜けているから歩けないし妖怪(胴体)は足元まで落下していった。

誰も来ない暗い部屋。しかも足元に出来立てほやほや死体。

なかなかに猟奇的だ。

ある意味極限状態の中、次に何をするか考えても特に思いつかない。というよりやることがない。

修羅場はさっき潜り抜けたし火種はジャグリーンが抱えててここにいない。

自分のターンは終了したのだ。

後は陛下と徹夜明けの臣下(愉快な仲間達)のターンだろう。ぜひ頑張って欲しい。


それと辺りの血生臭いのはどうにかしたいが腰が立たない。

目の前の妖怪首無しに対する罪悪感とか謝罪の心とかは殆どない。あれ以外の選択肢は無かった。

自分は聖人でも女神でも巫女さまでもないのだ。親しい方のお子様と名も知らない妖怪だったらお子様を取る。慈悲は無い。

ざまあみろとは思わないがごめんなさいも無い。

とは言え死体をげしげしするような鬼でも特殊性癖の持ち合わせもない。

あとそんな余力も残ってない。

グロさによる吐き気は何故か来なかった。多分胃袋含めた内臓が硬直している。離れとはいえ城の一角で吐きたくないので有難いが。


だんだん眠気が襲ってくる。今日だけで5回位限界を迎えている気がする。精神的にも体力的にも。

添い寝相手の首が無いとか寝てる間も辺りが赤くなっていくとかやばい夢を見たい願望でも有るのかとか自分でも突っ込みどころ満載だとは思うが、疲れたのだ。


だから仕方ないのだ。眠ってしまうのは。


夢は見なかった。見ていたかも知れないが、覚えてないなら見ていないのと同じだ。






…………しかし、そう長くは眠れなかった。

瞼越しに明るくなった事が分かる。

ミュート様、ミュート様と揺り動かされる。

待ってくれ、眠いんだ。

ああミュート様、どうして、と泣き声が聞こえる。

おいたわしやまだこんなに小さいのに可哀想に、と見知らぬ人物は泣く。


「陛下と王妃様になんて伝えればいいんだ。いやそれより母君にどうやって言えばいいというのだ。あの鈴蘭の君に」


王族<母上かよ。

にしても鈴蘭なんて呼ばれていたんですね母上。

可愛らしい見た目にも関わらず猛毒がある辺りぴったりだと思います。


「ああ、殿下!申し訳ございません。我等が乳母をもっと警戒していれば婚約者様がお亡くなりになる事はなかったのです。如何様な処分も受けましょう」


婚約者じゃない。

もう一度言おう、婚約者じゃない。

ついでに言うなら死んでもいない。死ぬ程疲れただけだ。寝かせてくれ。


それと殿下いるのか。声もかけてくれないとは冷たい奴め。


けれど彼が来てるなら陛下への報告は済んでいるのだろう。殿下に妄言を流し混乱させるのは重罪だ。自分の考え過ぎの勘違いでなくて本当に良かった。

グッバイ処刑台。君は他の人達と親交を深めてくれ。多分すぐ来るから。


あのメイドの姿を思い出す。

マーサを刺した彼女は、報告の時涙目だった。

予想外のことにさぞかし緊張しただろうとは思うがそれだけだ。

妖怪ニタニタと同じで、同情も憐憫もない。

人を刺したのだ。死にかねない傷だった。人を殺すなら、死ぬ覚悟をすべきだ。


そう考えるとやはり自分の方が冷たい奴なのかも知れない。まあどうでもいいが。



そろそろ起きるかと思って目を開けると、膝をついて泣いていた男がびびって転んだ。四つん這いだったと言うのに器用な奴だ。



服装的に兵士っぽい。

王子の護衛だろう。

今頃全身赤黒く染まっているであろう兵士を無視して見渡すと、王子が目を見開いてこちらを見ているのに気付く。

父親似の切れ長な目がまん丸で、眼球が零れ落ちそうだ。

血生臭い部屋の中でさえ、彼は綺麗だった。

若しくは辺りが血生臭いからこそ引き立つのかも知れない。血塗れ×2と首なし×1とかなんて地獄。


「……生きていたか」


震えた声で彼が言う。

如何やら心配を掛けたらしい。

それが分かる声音だった。


「ご迷惑をお掛けしました。……妹君のご誕生、誠におめでとうございます」


血塗れで言う事でもないだろうが、今を逃したら言えなくなる気もした。

どうせなら伝えておくか、位の気持ちだったがなんか違う気がしないでもない。まあいいか。


行くぞと言って彼が部屋を出る。来いより一文字分増えた。パワーアップだ。


転んだまま動かない兵士を見ると気絶していた。

頭でも打ったか。更に器用な奴め。


兵士が動きませんと部屋の外で待っていた王子に告げると、お前だと言われた。

お呼ばれしたのは自分だったらしい。憐れ兵士。


兵士と首無しニータを置いて王子について行くが、思ったより離れに人が居なかった。上手く伝えたのだろう。大事な姫君の生誕にケチを付けるのは良くない。

お見事ですと言うと変な目で見られた。解せぬ。



連れて来られたのは浴場で、あっという間にメイド達に服を剥かれる。

王子はどっかいった。いや居て欲しくもないが。

あれよあれよと言う間に風呂に放り込まれた。顔色一つ変えない辺りさすがは城の猛者達だ。カメリアなら卒倒してる。

王妃様の出産の為大量の湯が沸かされた。使わなかった分を使わせて頂いている感じだろう。

全身を洗い流され手の怪我に包帯を巻かれ何処からか持って来たドレスを着せられるまでの時間、およそ15分。後半はメイド達の手が見えない位速かった。

あとこのドレス普段着ている物よりふわふわで慣れない。明らかに高価そうだ。値段は考えたくない。


扉から追い出されると王子が立って居て、離れの応接間らしい部屋に連れていかれた。

そんな部屋もあったのか。


ーー昔側室制度があった時代に離れは側室達が暮らす場所として使われていた。その名残で多くの部屋数とよく分からない使い道の部屋があるらしい。

後日ジャグリーンに聞いた。




部屋の中には、陛下と王妃が居た。

礼の形を取るが、いや王妃様寝ていなくていいんですか。あっ違うさり気なく陛下にもたれてる。なんでこいつら二人揃うといちゃつくんだ。夫婦だからか。


「怪我は大丈夫かしら?貴女がいなかったらあの子は助けられなかったとジャグリーンが言っていたわ。本当にありがとう」


そう言って笑う彼女は今まで見た中で一番綺麗だった。

でもジャグリーン、告げ口は良くないと思うよ。


「当然の事をしたまでです。それにジャグリーンが姫君と私を助けたのです。私は何も出来ませんでした。感謝されるべきは彼女でしょう」


秘技。なすり付け!

姫君の世話をしているのかこの場にジャグリーンは居ない。今しかない。


「賊とあの子の間に立ち身を呈して庇っていたらしいわね?誰にでも出来る事じゃないわ。何も出来なかったのは寧ろこちらでしょう。もしかしたら(わたくし)は娘二人を失うかもしれなかった」


待ってジャグリーン詳しく伝えすぎじゃないか?君。

後娘二人ってなんですか自分は貴女の娘じゃありませんよ。どう考えたって娘は一人でしょう。


「この国と王家の為身を尽くす事が貴族の義務だと思っております。あの場にいたなら誰でもそうしたでしょう。私も若輩ながら公爵家に籍を置く者。たった一人しかいない姫君の危機であるなら庇う事は当然です」


だから感謝なんて欠片もしなくて良いんですよ?敢えて言うならそろそろ帰りたいです。ドレスは後日ちゃんと返却しますので。


「素晴らしい忠義ねえ。ところでミュートちゃん、怪我をしているわね?」


「たいした怪我ではありません。かすり傷です」


割とぱっくりいってたが問題無い深さだ。痕は残るだろうが彼女が気にする必要はないのに、微笑みの裏に不穏なものを感じる。


「怪我をしているわね?」


「お気遣いありがとうございます。しかし特には…」


「怪 我 を し て い る わ ね?」


「………………はい」


「未婚の娘に怪我をさせてしまうなんて此方の手落ちね?責任を取らなくちゃいけないわ」


一番綺麗な笑みがさっきのなら今は一番良い笑顔だ。

責任とは責任取って嫁にするとかではないだろうな。

しかし何処からか諦めて娘になれと副音声が聴こえる気がして身震いする。

顔に怪我を残しておけば良かった。今でもまだ間に合うだろうか。


「失礼ながら王妃様、これは私が私欲によって独善的な行動をとり、その結果として出来たものです。言わば全て自業自得。全ての責は私にあります」


「城内で怪我をさせてしまった事には変わらないでしょう?怪我をした女の子はお嫁に行き辛くなるのよ?けれどリュコスなら何故怪我したか知っているし、文句を言う子でもないわ。リュコス以上なんていないでしょう?」


ジャブからストレートに来たか。何故自分は今日一日こんなに忙しいのか。帰ったら胃薬飲もう。

後王妃様もそんなに喋っていて良いんですか。出産直後ですよね。


「私には分不相応でしょう。特に秀でた才や見目があるわけでも無い、傷のある身。とてもこの国を纏める者としての手腕など有りません。もっと相応しい方がおられます」


「分かり易く言ってあげましょうか?

貴女以上はいないの(あきらめろ)


連続クリティカルヒット。対して此方は反撃を許されず。


彼女がもたれている陛下は何も言わず此方を見て頷いているし(その頷きに王妃が嬉しそうな顔をしてたから絶対悪い意味だった)、偶然だろうが逃げ道を塞ぐように扉の前に立つ殿下は何も言わない。何を考えているか分からなくて怖い。

つまりはあれだ。両方助け船を出してくれない。

周りに人も居ない孤立無援。


袋から出たと思ったら新しい袋の鼠になった。しかも今回は地位と権力で殴ってくる。

とても8歳児に対する所業じゃない。これが大人か。


…………しかしここで諦めてはいけない。真後ろにいる彼と結婚なんてしたら比較と嫉妬と陰謀に溢れた人生が待っている。被害妄想ではなく。

息のかかった者を乳母にできる程この国の闇は深いのだ。

これでじゃあ婚約者からお願いします☆なんて言ってみろ。その日から我が家におこぼれを狙って大量の人型ハイエナが湧く。下手に叩いて殺せない分某黒い虫よりタチが悪いかもしれない。御免なさい嘘です黒い奴には勝てません怖い。


ハイエナを最終兵器母で駆除したとしてもその後に残るのは嫉妬と軽蔑の眼だろう。自分の見目がもっと良ければ違ったかもしれないが無い物ねだりをしても仕方ない。

晴れに生まれただけで王妃となる道が永遠に閉ざされるなんて巫山戯た事があってたまるか。気持ちは凄く分かるからそれを自分にぶつけないでくれ。


生まれから相当悪役なんだよなあ、と死んだ目で思う。

今ここで必要なのは溜息ではなく逃げる言い訳なのだが。




ーーーーその時、ミュート・アクスバリは疲れていた。

考えても見て欲しい。普段本の虫なのにいきなり鬼ごっこと謎解きサドンデスと添い寝with妖怪をする事になったのだ。しかも連続で。

硬直から溶けた胃袋は胃酸が暴れ回っているし足はずっと前からガクガクしている。腰は寝たのでマシになったが精神は治らない。限界を超えたら新しい限界だった。

なら諦めて頷けよと思われるかも知れないがそれは違う。それは胃が駄目になる一番の近道だ。今楽になりその後茨の道で胃に穴を開ける趣味はない。


王妃が微笑む。チェスで言うならかなり悪い盤面で、しかもチェックされた所だ。凡庸な手はこのままチェックメイト。考えるんだ、逆転の一手を。





そして、自分は突拍子も無い事を考え付いた。考え付いてしまったのだ。



ーーそうだ、悪役令嬢としてスパイしよう。



目の前のギロチンを落とさんとしている処刑人(王妃様)を諦めさせ、国の為になり、結婚せずに済む。これ以上無い一手に思う。


下手したら次期王妃ルートより辛い道だとかそもそも悪役はなるものではないとか瀕死の真面目な頭が訴えていたが速攻で握り潰した。


とにかくその時は、たった一つの救済に見えたのだ。


笑う。

壮絶なまでに、嗤う。


いきなり「ふふ……うふふふ……」と笑い出した自分に前の二人が驚くがそんな事に構っていられない。自分を追い詰めた方が悪いのだ。ミュート鼠は追い詰められると猫でも王妃でも噛み付きます。


その笑みで、宣言する。

まさに悪人顔、悪役令嬢に相応しい顔で。


逆転か、破滅の一手を指す。





「悪役として、スパイとなりますので婚約破棄させてくださいませ!」




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