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或るメイドの独白

ジャグリーン目線です。

監禁、人の死亡など残酷な表現があります。

15歳以下の方、苦手な方はご注意下さい。



幼少期の記憶の大半を占めるのは、狭く汚い檻とそれ越しに嗤う豚達だった。


何時から此処に居るか分からない。

痛みと、時折黝ずんだ食糧を与えられた。

暗い中目を凝らせば同じ寸法の檻が沢山あって、動物の頭をした人間が大勢飼われている事が分かる。犬猫や見た事の無いものなど様々な頭だった。



此処は動物が動物を使って戯れる処だと気付いた。遊ぶ動物は分厚い飾り付けを沢山して、遊ばれる方は薄布で首が縛られていた。遊ぶ動物はどれにするか選び、選ばれた方は檻から出る。偶に反抗する動物がいたが其れ等は早く死んだ。


勿論檻から出される事もあった。動物達に打たれても反応しないと、大体は飽きて他の動物と遊んでいた。


悲鳴と嗚咽と叫び声と断末魔を何の感慨もなく聞いていた。

何も考えなければ良い。動物なのに痛がるのは可笑しい。死ぬ迄息を止める事は出来ないから。





生死すら良く分からない日々は突然終わる。


上から光が差して、沢山の動物達が降りてきた。その場の檻に入ってない動物達を地面に押し付けて縛り始め、あっという間に何処かに連れて行ってしまった。


他の檻が騒がしくなる。鍵が見つけられ、次々に扉が開けられた。

何もせずいると、大きな動物達に上に行こうと声を掛けられる。追い立てるのでは無く抱き上げられた。


他の動物達が口を開けて泣いているのを傍目に階段を上る熊の服を掴む。赤い熊は痛々しげに目を伏せた。





あの場所は大きな家の下に作った隠し部屋だったらしい。特権階級の歪んだ欲を満たす為攫うか買った動物を集め、慰みものにしていたのだと手当てされながら聞いた。熊を含めた動物達はこの国の兵士だそうだ。

実態は掴んだものの決め手に欠け、そこで貴族の子女が囚われているから救出すると言う名目で突入した。


話は分かったが貴族の子女は何処かと首を傾げると、熊に重々しく言われる。

お嬢ちゃんだよ、と。記憶が無いかもしれないが、お嬢ちゃんはある貴族の家の娘で此処に連れてこられたんだ。

8才で地下に潜ってから、2年が経ってるんだ。お嬢ちゃんは10才なんだよ。


特に感想は浮かばなかった。そう言えば与えられなかった割に持っている知識は多かった。2年前迄は勉強などをしてたからかも知れない。

眼鏡の狐が2年の事を出来るだけ詳しく教えてくれと言う。君が一番彼処に長く居たんだ、と。

入った時から沢山の檻が有ったが、あの中の動物は皆死んでいたのか。特になんとも思わなかった。


どんな動物が来て、どうやって死んだか。覚えている限り話すと熊に自分はどう見えているのか聞かれた。赤い熊だと返すと、震える手で頭を撫でられた。安心してくれ、俺がお嬢ちゃんをちゃんと家迄返すよと言われる。家族がいるのだと初めて気が付いた。どんな動物なんだろう。


君の家は男爵家で此処からそう遠くない。送らせるよ、と狐が言う。眼鏡を抑える仕草が可笑しかった。




家だと言われた場所でも家族の蛇達を見ても、記憶は戻らなかった。玄関に入るとバケツの水を掛けられた。牙を剥き出した紫の蛇に、どうして帰って来たんだと怒鳴られる。気持ち悪い子売って清々したのになんで生きてるのよ。あたしをそんな目で見るなさっさとどっかでくたばれ。

首根っこを掴まれ家の外に投げ捨てられる。未だ家の外にいた熊ともう一度会う事になった。


話を聞いた熊に馬車に乗せられた。教会の孤児院に行くと言われる。突入の理由となった貴族の子供だから見捨てられないらしい。

教会で神父服を着た山羊の話を聞く。

受け入れたいがうちは人数が多過ぎる。他の所への紹介状を書くから其方へ行ってくれないか。しかし今ジュビア様が慰問に来て絵本を読んで下さっている。興味があるなら如何だろう。


ジュビア様と言うのはこの国のお姫様らしい。孤児院に来る事は偉い動物の自慢になるそうだ。


国の姫はどんな動物なのか興味があったから頷いた。


今なら分かる。

諦めていた。獣より余程醜い人間にも、人が獣に見える此の身にも。眼を潰す勇気もない子供の逃げだ。 けど、逃げた先に彼女がいた。




ついて行くと優しい声が聞こえる。同い年位の子供だ。何故か心臓が痛い。

声に優しさを感じるのは、初めてだ。







ーーーー古いドアの向こうに、とても美しい女の子がいた。


色々な頭を見た事がある。

頭とは、大きかったり小さかったり変な形をした、滑稽で奇怪で醜い固い肉の塊だ。

その筈なのに、彼女を見れば分かった。

驚くより先に理解した。


人とは、こんな姿をしているのか。

こんなにも、人とは美しい生き物なのか。


頰に暖かさを感じ、初めて泣いている事に気づく。

そんな事は如何でもよかった。売られた事も、2年間も辛くない。この後殺されたって文句は無い。はじめて人を見たのだ。

綺麗。可愛い。美しい。それ全てが、彼女だった。

化け物だらけの世界で、彼女だけが人だった。


湧き上がる感情に叫びそうになって必死で堪える。

彼女の邪魔をしてはいけない。

目に入らなくていい。

すれ違えたからそれで良い。


この奇跡だけで、生きたいと思えたから。



ありきたりな昔話が終わる。めでたしめでたしで終わるそれに興味は無いが、誰よりも拍手を贈った。その話の姫君よりずっと救われたから。



閉じられた絵本を見ていた少女が顔を上げる。

蒼髪の彼女が此方を見て、驚いた顔をする。泣いているからか、絵本とは不釣り合いな年齢だからか。

思わず背中を向けた。彼女に見せてはいけない。この身如きで彼女が汚れるなど有り得ないが、それでも包帯だらけの体も此の眼も見ないで欲しい。

部屋を出て熊を探すと直ぐに見つけた。

しかし、近付いた所であの優しい声が聞こえる。

嘘だ。あんなにも美しい人が。

それでも振り向くと、彼女がいて。



「なんで泣いてるの?」


胸元に付くか付かないかの髪が揺れる。不思議そうな彼女が目の前にいる。夢か疑った。


「綺麗で。…………とてもきれいで」


一旦収まった涙が溢れ出した。

知らない。

感情を抑え方も、差し出された手の暖かさも。


見兼ねた熊が口を出す。失礼致しました。この娘は

○○○○の者なのです。


○○○○の意味は分からない。家か檻の持ち主か。

けれど良くない意味なのは彼女が眼を見開いた事から分かってしまった。

だから此の儘消え去りたかったのに。彼女の反応が怖い。


「あなた、行く所はあるの?」


首を振る。

紹介状の先は行き所ではなく押しかけるだけだ。居場所なんてない。


「家族は?」


また首を振る。

あれは家族ではなく蛇だった。

他に居るかも知れないがきっと人じゃなく動物だ。

貴女よりずっと価値が無い。



美しい少女がそれなら、と口を開く。


「うちに来る?」



…………呼吸が止まった。恐らく心臓も止まっていた。

此の美しい少女は今なんて言った?

幻聴か、やはり夢だったのか。


「メイドを探していたの。○○○○なら貴族でしょう?あなたが必要なのよ」



笑う彼女は美しく、必要の言葉は怖気立つ程甘かった。こんな幸福が此の世に有るのか。鳥肌が立つ。


「…………多く疵のある身です。それでも」


良いのですかとは続けない。たった一人、誰よりも尊い人。駄目だ。驚きから戻った心臓が騒ぐ。別れたくないと、この方の為に死にたいと。


「気にしないわ。でも、努力してね?」


言われる迄もない。胸の内の歓喜が全身を震わせる。何があろうとも。その結果どれだけ惨く死のうとも。

救われた。なら報いるべきだ。彼女以外の全てを使って、何を失っても。

それでも許されるなら、たった一つだけ欲しい物があった。


「一つだけお願いします。名前を戴けますか。その名で、貴女だけに仕えましょう」


目が合う。少し考えて、口が開かれる。


「良いわよ?じゃあ…………ジャグリーン。さっきの絵本のお姫様だけど、良いわよね?」


勿論ですと返す。

ジャグリーン。

それが此の身体の名だ。此の方に戴いた、此の方に尽くす為だけに存在する身体の名だ。


はい、と返す。歩き出した彼女に付いて行こうとして熊を思い出した。笑った熊に手を振られた。また何処かで会うだろう。彼女の背中の方が大切だった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





それから、20年が経った。


拾われてすぐは武術の鍛錬と勉強漬けの日々だった。

力が無ければ守れなく、学が無ければ側に居れない。

最初は見下して来た動物達も眠らず血反吐を吐きながら走る姿を見られた辺りから関わらなくなった。

特に武術は向いていた。年を追う毎に麗しくなる彼女を狙う獣が増え、駆除する為暗殺や襲撃を多く覚えた。女の性を持つ身体は護衛に最適で、彼女に無理強いしようとした畜生は全て闇に葬った。


彼女以外の顔が動物に見える事を彼女に話したことがある。


「一目で本質を見抜くなんて凄いじゃない。でも動物も人の心を持つのだから、それを忘れないでね?」


軽く言い切った彼女は、やはり世界で一番美しくて。


彼女だけが「ジャグリーン」を形造る。

彼女が死ぬ時が「ジャグリーン」が死ぬ時だ。必要と言われる限りどこまでも付いて行く。


だから彼女が隣国に輿入れとなった時クベストリアの言語を覚えたし、夫となる獣が屑の時用に多くの武器を用意した。

クベストリア国王の獅子は有能なので必要無くなったが、彼女が笑わなくなるなら本気で消すつもりだった。

あの獅子がそれに気付いているのかは分からない。あれはかなり狡猾だ。その本質が危険動物でも彼女が幸せなら特に構わないが。


獅子と彼女の間の子供は狼だった。彼女の血を受け継いでいても動物なのは意外だったが、彼女だけが特別という事だろう。


彼女が家族と明るい世界で歩く後ろを付いて行く。

どうかそのまま、誰よりも幸せに生きて。




…………彼女が二人目の子供を妊娠してすぐ、黒い小鼠が現れるようになった。子狼の婚約者らしい小鼠を彼女はいたく気に入っている。


小鼠は婚約者を否定する割に優秀さを宣伝している。紅茶に関しては完全に知識不足だった。酷い失態をした悔しさでその日のうちに城中の妊婦に関する本を読み尽くした。


矢張り鼠なのか自室のクローゼット前や出産室など、色々な所に子鼠は現れた。

クローゼット前に座り込んでいたのは彼女の悪戯心も一因だったが出産室に来た時は驚いた。

彼女に似ていない虎の赤子を乳母に渡して少し経った時に泣きながら駆け込んで来た鼠を見て、部屋の全員が目を見張った。


大丈夫ですから、と泣きながら消えていった背中を見送る。何か起きているのか。元乳母の鶏が刺された事に関係があるのだろうか。賊とすれ違ったと嘘を吐いた雌猿が主犯だと思い詳しく(・・・)質問する用意を進めていたが、泳がせておくのは悪手だったか。


「ねえ、ジャグリーン。」


掠れた声で彼女が囁く。

出産直後なのだ。安静が何より大切なのに、それでも美しい唇から声が奏でられる。


「何か、大変な事が起きてるみたいね?」


「そうかも知れません。しかし、今は御身体を大切になさって下さい」


「きっとあの子が関わっているのよね?……私(わたくし)の、娘が。ミュートちゃんのあんな顔初めて見たわ」


ねえ、後を追いかけてくれる?

問われて思わず息を止める。


「まだ分かりません。ここは手薄で護衛は一人しか居ない状況です。貴女に何かがあってはいけません。ご再考を」


彼女以外は巨万と居ようと彼女は一人しか居ない。今迄の刺客の数を忘れたのか。一日に10の獣と5種類の毒が仕込まれた事だって有ったのに。

その全てを潰せたのはずっと側にいたから出来たことだ。拾われた日から危険な状況で彼女から離れた事はない。誰が来て誰が敵か分からない今、離れるのは恐ろしくて堪らない。

彼女の願いでも嫌だった。


「…………どうしても?」


「ご再考下さい」


少し考えて彼女が笑う。美しく、美しく。


「危険は好きではないのよ?娘が大切なだけ。家族が大事で好きで堪らないの。やっと会えた娘がいなくなるなんて耐えられない。だから、助けて?」


必要もありがとうも数え切れない程言われた事がある。

けれど助けてと言われるのは初めてだった。そう言われる前に危険を取り除いていたから。


言われないようにした言葉に、酷く心が浮き立つ。単純だと思うがそれでも頼られる事が嬉しかった。


すぐに戻りますといって部屋を出た。

扉を閉め足音を出さずに走る。必ず最速で助けると決めた。



2年の檻暮らしか狂った眼の所為か、どんなに暗い所でも良く見えた。

産声の聞こえた部屋に入ると、裂ける程口を開けた紫の猫が小鼠を殺そうとしていた。振り下ろそうとするナイフより速く猫の首を落とす。鼠の足元に首が落ちて、余程人らしくなった乳母はきっと自分が死んだ事に気付かなかっただろう。

無事だった子虎を連れて戻ろうとして、鼠と目が合い声を掛けられた。


「……ねえ、ジャグリーン」


「はい」


「君は、姫様の味方か?」


赤に塗れて座り込んで。

ほんの少し前死を確信した鼠は、笑っていた。

驚いた。唯の優秀な鼠かと思ったが、その本質はもっと狂ってるのかも知れない。


「…………私は、ジュビア様のメイドです」


笑った鼠が子虎を連れていって欲しいと言う。願ってもない事で迷わずに子虎を抱いて駆け出した。




部屋に戻ると彼女の他に獅子と子狼が居た。狼狽えていた2匹は赤子を見て安堵と喜びを顔に出す。

ほらね、大丈夫だったでしょう?と彼女が微笑む。けれど長く共にいたから分かる。これは安心した時の笑い方だ。

獅子に子虎を渡す。リュコスが陛下を呼んできてくれたの、ミュートちゃんは大丈夫だった?と彼女に問われて(頭が)大丈夫ではありませんと答えた。あの鼠は彼女の側に置いておくには危険な気がするが子虎を助けた事は事実なので、間に立ち庇っていた事も伝える。

猫と雌猿が関わっている事、猫は処分して雌猿はいつ行方不明(・・・・)になっても大丈夫な事を伝える。久し振りに城の地下室を使う事になるかも知れない。大丈夫ではありません辺りで廊下に飛び出した子狼は兵士が付いていたから安全は問題無いが何処に居るか聞かなくて良かったのか。


子虎が母乳を欲しがったので彼女が乳を与える事になった。獅子とその他動物を追い出し一人で護衛をしていると、授乳しながら彼女が声を掛けて来る。


「ミュートちゃんはどうやって死んだの?」


いつの間に小鼠は死んだのかと思って語弊があると気付く。身体は大丈夫な事を伝えると判り辛いわと文句を言われた。


「でも良かったわ。リュコスにあの子以上は居ないもの、後はミュートちゃんを諦めさせるだけね。どうせなら今頷かせようかしら?後でリュコスに連れて来させましょう」


安静にして下さいと何度も言ったがこういう時の彼女が聞き入れた事はない。挙句満腹で眠った子虎の子守を押し付けられた。「ミュートちゃんは人が死ぬ所を見たばかりなんでしょう?今畳み掛けるべきだけど流石に貴女が居たら怖がってしまうわ」と言われたが、恐らくあの鼠なら怖がらない。

そして迷わず畳み掛けると言い切った彼女は小鼠を手に入れる気しか無かった。欲しいなら誘拐しますかと聞いたが欲しいというより此方に付けておきたいのよと笑われる。

彼女を狙う者を消した事はあるが彼女が狙う物を持って来た事はない。彼女は欲しい物は自分で手に入れる人だ。鼠は今日中に捕獲されるだろう。




そう思っていた。

だから彼女のいる部屋の隣で壁越しに聞いていた時も特に驚かなかった。

悪役としてスパイになるとは。

子虎を抱きながら考える。




…………この鼠、自分から鼠取りに頭を突っ込んだな。





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