目の前に壁があると、ブチ壊したくなる
仕事も一旦落ち着いたので二週間に一回、調子が良ければ一週間に一回ぐらいのペースで更新していきたいと思います。まあ、一週間に一回はほとんどないと思いますが……。
あと、クロエは偽の戸籍情報をでっち上げる形で護衛依頼に従事させていましたが、諸々を考えた結果により年齢を詐称して従事していることに変えました。
「お嬢様はこんな問題も解けないのですか?」
「ううっ、わたしのメイドさんは辛辣です……」
いやだって、割り算なんて小学生で習う内容だしなぁ。足し算、引き算、かけ算は比較的簡単に覚えたんだが、やっぱり普段から買い物していると楽なんだろうな。自然と使っているし、イメージもしやすいからな。
「良いですか、ここはこう考えてですね」
「ふむふむ」
「こうするとどうですか?」
「解けました!」
ふふん、俺にかかればこの程度の問題を教えるのは造作もない。なんたって高度な数学を学ばされる国の出身者だからな!
けして成績が良かったとは言えないがな!
「流石は私ですね」
「あれ、そこはわたしを誉めるところでは?」
「寝言は寝てから言ってください」
「ひどいっ」
ほう、随分とお嬢様のような仕草が身に付いてきたじゃないか。だが、俺にその程度の泣き真似など通用はしないぞ? どうやら、まだまだ余裕がありそうだな。
「お嬢様、追加の課題です」
「ええっ、どうしてですか!」
「余裕がお有りの様ですので」
「そんなぁ……」
お、今度は本当に落ち込んでいるな。そろそろ飴を投入する頃合いか? まあ正直に言ってあの量の課題なんて、俺もやりたくはない。
「お嬢様。その課題を全てやり終えたら、私が焼いたケーキをご用意いたしましょう」
「本当ですか!?」
「もちろんです。ただし出来なければ、お嬢様の目の前で私だけ食べます」
「やったぁ! クロエちゃん大好き!」
!? ば、馬鹿野郎! お前! お前っ! そんな凶悪な物が胸に備え付けられているのに、抱き着いてくるなんて! マリアさんがぷるんって感じなら、お嬢様はばるんって感じか!? や、やめろ! それじゃあ、まるでマリアさんのに張りが無いみたいに聞こえるじゃないかっ! 違うっ、マリアさんの方が大きいだけだ!!
「か、勘違いしないでくださいっ。腕が鈍らないために作るのであって、お嬢様のためではありませんっ!」
「わたし、頑張って終わらせちゃいますよ~!」
聞いてねぇ! いや、だがチャンスだ。この隙にこの場を……!? 馬鹿野郎っ、何がチャンスだ! まるで、まるでっ、何かを誤魔化そうとしている様ではないか!! 断じて否! 何も誤魔化してなどいないっ!
「で、では準備をしてきますので、それまでに終わらせておいてくださいねっ」
「は~い」
ふぅ。と、取り敢えず、準備しに行きますか。くくく、しかし流石は男爵家なだけあって色々と器具や設備が整っていたぜ。ケーキ作りに何の支障もなかった。自分で言うのもなんだが、なかなかの出来映えなんだ。
「ふん、チョロい奴だな」
「これはケヴィン殿。貴方だけには言われたくありませんが……」
何でお嬢様の部屋の前にいるんですかねぇ。まるでストー、おっと同僚に対してあまりにも言葉が過ぎるところだった。お嬢様付きなので、まだストーカー認定されていないだけのケヴィン君。
「ここで何を? 他の場所での仕事はどうなさったのですか?」
「そんなものは既に終わらせた。暇なので、ここでお嬢様を影ながらお守りしていたところだ」
まあ、こいつが部屋の前にいたのは知っていたが、どれくらい前からいたと思う? ざっと一時間は部屋の前に突っ立っているんだぜ。変態だな。こんな所でサボってないで、他の仕事を探しに行けよ。
「そうですか。お嬢様の護衛は私だけで充分なので、他の仕事に行かれてはどうですか?」
「案ずるな、今日やるべき仕事は全て終わらせた」
変態なのに優秀なのが厄介なんだよなぁ。しかもこの手の人間とは会話が成り立たないんだよ。でも、こいつ自体は基本的に無害だし、もう面倒臭いから放置でいいや。
「では少しの間、扉の守護を任せます」
「ああ、勿論だ」
うーん、一応釘を刺しておくか。
「もしも万が一のことがあれば、どうなるかわかりますね?」
「あ、ああ……」
こいつには立場を教いゲフンゲフン、優しく撫でて教えてあげたからな、軽く威圧しておけば間違いも起きないだろう。そもそもこいつにそんな度胸無いだろうが。
ふふ、変なものを見てしまったが、 そんなことはどうでも良い。俺の侍女教育の中に菓子作りもあったのだが、センスが良いと誉められてな。今回の焼いたケーキもなかなかの出来だった。
「失礼致します。例の物を取りに参りました」
「おお、クロエ殿。そろそろ取りに来られる頃かと思いまして、温めておきましたぞ」
流石は料理長だ。出来る男は違うな。先程変な男を見たせいで、光輝いてさえ見えるぜ。
「ありがとうございます。危うく惚れてしまうところでした」
「はっはっはっ! 惚れてしまってもよろしいですぞ?」
おい、止めろ。気分が高揚していたせいで、ついリップサービスをしてしまったが、その返しは無しだろう! ウインクを飛ばして来るんじゃねぇ! 闊達な爺さんていうのはどうしてこうなんだ! 爺専だと思われたらどうするんだ! 違うっ、これは憧れだ! こんな年の取り方をしたいというな!!
「どうされたかな、クロエ殿」
身悶えを堪えていると、料理長が訪ねて来た。止めろ! 顔を近づけて来るんじゃねぇ! くそっ、時間をかけすぎたか! 不自然に間を空けてしまったようだ。
「いえ、料理長に嫁げば毎日美味しい食事が食べられるのでは、と思いまして」
「はっはっはっ! クロエ殿は花より団子ですな!」
一歩下がって答えれば、そんな答えが返って来た。ふぅ、心臓に悪い爺さんだ。意図して動かさなければ仕事をしない表情筋に作り変えられていて助かったぜ。
「名残惜しいですが、そろそろ戻らなくては」
「そうですか、楽しい時間とは早く過ぎてしまいますな」
茶目っ気のある料理長との会話は本当に楽しい。だが移動距離なんかも考慮したら、そろそろ戻らなくてはお嬢様が暇を持て余してしまうからな。
「では、また顔を出させて頂きますので」
「クロエ殿ならいつでも歓迎ですぞ!」
はっはっはっ! と笑いながら見送ってくれる料理長。カラカラとサービスワゴンを押していると、まだ視線を感じる。そっと振り返ってみると、まだ見送ってくれているではないか! やめて! 見えなくなるまで見送るの、やめて! どうしていいか分からないから、やめて! 素敵な笑顔をありがとう! 早く来い、曲がり角! 我を見送りから解放したまえ!
角を曲がり、ようやく見送りから解放された。ふう、常識として見えなくなるまで見送るのは知っているが、こう……気まずいからやめて欲しい。俺にだけ止めて欲しい。気にしないから。いや、本当に気にしないから。
「それは何だ? 甘い匂いがするな」
「……」
またか。またなのか。お前は何故いつもどこかしらを出歩いているんだ? 次期領主としての教育はちゃんと受けているんだろうな。
「……私が焼いたケーキですが」
「ほう、お前はケーキも焼けるのか」
「はい、侍女としての嗜みです」
ふむふむと何度も頷く若様。次に言い出しそうなことが予想できるな。言われたら、聞かないといけないなぁ。なんたって今は男爵家の侍女だから。
「よし、この俺がどんなものか評価してやろう」
「これはお嬢様のために用意した物なのですが……」
やっぱりだよ……。基本的にこの若様は足が軽い。勝手にあっちこっちに行っては、誰かしらが探しに行かなくてはならない。そして何より相手の都合を考えない……!
「どうせ多目に用意しているのだろう?」
「まあ、そうですが……」
「なら、問題は無いな」
お前が来ることが問題なんだよ! もっと気を使え! お嬢様はまだまだお前らに遠慮があるんだよ! わからないか……。わからないよなぁ……。
「はぁ……、わかりました」
自然と俺の斜め後ろをついてくる若様。案内されることに慣れていらっしゃいますねぇ。当然だけど。う~ん、気が重いなぁ。まあ、今の若様だったら多分大丈夫だと思うけど……。
「失礼致します。お嬢様、課題は終わりましたか?」
「フッフッフッ、当然ですよ」
ドヤ顔なのが腹立つが、……いいだろう。約束は守らなくてはな、ティータイムの時間だ。その前に来客を告げなくてはならないがな。
「それとお嬢様、若様がお越しです」
「え、テオ君が?」
テオ君!? そんな仲が良い感じなの!? 何があった!? 何時仲良くなったんだ!? 今朝も家族で食事してるときも、ぎこちない感じだったじゃん! んん? 俺が休みの日に何かあったな!? 若様とだけ何かあったな!?
「姉上、数日振りだな」
「うん、今日はどうしたの?」
「いや、姉上の侍女が甘い匂いのする物を運んでいたのを見つけたのだ」
「なるほど~」
なるほど~、じゃねぇ! だが主の交友関係に首を突っ込むなど侍女として失格だ。こっそりと影から探るのが、侍女の腕の見せ所! この間にもテキパキとお茶の用意を進めている。自分、出来る侍女なんで。
「クロエちゃん、ケーキは何のケーキですか?」
「カップケーキです」
「カップケーキ……」
お? カップケーキ舐めてんのか? お手軽、簡単、上手いと三拍子揃った出来る子なんだぞ? しかも量が少ないので、ついつい食べ過ぎてしまうということがない!
「ふむ、お嬢様は要らない、と」
「ええ!? 要ります! 下さい!」
「え、でも今『ちっ、カップケーキかよ。紛らわしい言い方しやがって、期待しちまったじゃねぇかよ』って顔しましたよね?」
「うっ……、そ、そんな顔してませんよぉ~?」
まあ、いいだろう。なかなか面白いものが見れたからな。大体な、カップケーキごときを上手く作れない奴に、スポンジを使ったケーキは作れないのだよ。
「仕方ありませんね」
「わぁ! ありがとうございます!」
「姉上達は仲が良いのだな」
「いえ、そちらも大概だと思いますが……」
特にチャラ男とかチャラ男とかチャラ男とか。そういえば姿を見かけないが、どうせそのうち現れるだろう。
「うむ、美味いな」
「とっても美味しいです!」
「ふふ、当然です」
なんたって上手く出来た奴しか持って来ていないからな! お菓子作りとはいかに分量を守れるかにかかっている。分量通りにさえ作れれば、美味しいお菓子は約束されているのだ。少し狂うだけで味のバランスが崩れる。自分で分量を変える紳士淑女よ、本当にそのバランスでよろしいか?
がしかし、ホールケーキが作れないのは事実。スポンジは上手く焼けるようにはなった。だが、クリームが上手く塗れないのだ! まるで機械で塗ったかのような、あの面の仕上がりがどうしても出来ない……!
「お嬢様、クリームのケーキはもう少々お待ちください。必ずや物にしてみせます」
「まさか、わたしのために……?」
「いえ、上手く作れない自分が許せないだけです」
「ですよねぇ~」
もう少しなんだ! もう少しで何かが掴めそうなんだ! 何かが何かはわからないが、掴めそうなんだ! 俺の、俺による、俺のための製菓道は続く!
余談だが、この後に若様を追ってきたお付きの二人がやって来た。その時にチャラ男が盛大に「若様だけずるい! 俺も美少女二人とお茶する!」とごねたが、もう一人のイケメン硬派が回収していった。
ガチャ
クロエ 「ケヴィン殿」
ケヴィン「なんだ」
クロエ 「差し入れです」
クロエ 「感想を下さいな」
ケヴィン「ふん、俺は母上の作った菓子を食べて
育ったのだぞ?」
ケヴィン (もぐもぐ)
ケヴィン「……美味いな」
クロエ (ニヤニヤ)
ケヴィン「! 今のは無しだ!」
クロエ 「お褒めに預り光栄です」
ケヴィン「あっ、待て!」
パタン




