sect.37 夕日
小高い丘に座り込んで夕日を眺めている少年。
少年は思い悩んでいる様子で、日が地平線に沈んでいくのをただ見つめていた。
「・・・ンブー、おいランブー!」
夕日を見つめる少年を、背後から体格のいい大男が呼びかける。
大男の服からは血管の浮かんだ太い腕があらわになっており、服に隠れてはいるが突き出た胸板から全身が同様に鋼のように鍛え抜かれていることは想像に難しくなかった。
「あっ!ゴドウ・・・」
少年は大男の姿を認めて、複雑な表情を浮かべる。
ゴドウと呼ばれた大男はフッと小さく笑うと、やれやれといった表情を浮かべ、座り込んでいるランブーの隣に立って一緒に地平線を追いかけた。
「夕日か・・・、綺麗なもんだな」
「うん・・・」
夕日はその姿の半分ほどが地平線に消えて、大地との境界線がユラユラと揺らめいて見えている。
「ジジイから聞いたか?」
「うん・・・」
ゴドウがなぜ自分の元にやって来たのか、ランブーは知っていた。
先刻、長に呼び出されて告げられた決定事項。
その内容がランブーの心を揺さぶり、この場所で彼をたそがれさせている原因であり、そして同様にゴドウをこの場所に呼び寄せた原因に違いなかった。
「まあ、そういう事だ」
「分からないよ、何で・・・」
言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるのに、ランブーはその後の言葉をつなげられない。
ゴドウは急かすことなく時間に身を任せるようにして少年の言葉を待っていたが、あふれる思いが強すぎてランブーの口を逆に塞いでいるのだろうと、ゆっくりとそれを解いていくことにした。
「まあそうだな、誇りだよ」
「誇り?」
「あの山村の民は、先達が長い月日をかけて築き上げてきた"ヌシ狩りの民"の名を貶めた。俺からすればこれは命を懸けるに価するケンカを挑まれたに等しい」
「・・・」
大蛇のヌシに悩まされていた山村の民から受けた裏切り、そして卑劣な報復。
ゴドウたちは彼らの行ったことを見抜き、数日前に何人かの部隊を率いて山村を滅ぼした。
だが圧倒的な戦力差は、その惨状を見るものによって虐殺と捉えられても致しかたないほどの光景を生んでしまったのだ。
「でもなんで、ゴドウたちが出ていかなくちゃいけないんだよ。あいつらの方が悪いのに・・・」
「まあ・・な」
その言葉にゴドウが一瞬わずかに表情を変化させたが、ランブーは気付かなかった。
「誇りを守るために、俺たちもその誇りを汚しちまったってことさ。結局・・・、俺たちのやっちまったことで、ヌシ狩りの民はならず者の集団に成り下がっちまったからな」
「でも!」
「わかってる、お前の言いたいことは分かってるよ。だが結果として起こったことも事実だ。それに対するケジメが必要なんだよ」
「難しくて分からないよ・・・」
そのときランブーに向けられたゴドウの憐れむような眼差し。だが決してゴドウはランブーを憐れんでいたのではなく、彼がこの先背負っていかなければならないものの大きさ、そしてその原因を作ってしまったのは自分たちだという自責の念からくる表情だった。
だがそのことを理解できないランブーには、それがアダとなり火をつけた。
「でも!なんでそれで僕が長になるんだよ!」
ゴドウはやっぱりそうきたかと思いながら、用意してきた言葉を並べる。
「それがジジイにとってのケジメだったのさ。そういう答えしか導き出せなかったことへのケジメ。そして自分の下した決断で、ヌシ狩りの民が潰れてしまうかもしれない責任へのケジメ」
「そんなの自分勝手じゃないか!僕には関係ない!!」
「まあそうだな・・・、スマン」
「そうだなスマンって・・・、スマンって・・・!」
ランブーは心のうちを吐き出したことで、今まで抑えつけていた感情が噴き出し両の目から涙があふれ出る。
「だがなぁ・・・、俺はジジイの判断は、あながち間違っちゃいないと思うぜ」
「なんで!」
「お前はセンスがいい。戦闘の組みたて方は俺たちが抜けた後じゃ、お前が一番いいカンを持っている。お世辞じゃなく俺が言うんだから、自慢していいぞ」
「ふん、そんな言葉には乗せられないよ!」
ゴドウの言葉に嘘はなかったが、そう言って意地になっているランブーの姿は、ゴドウから見てもまだまだ子供。だが年齢の割に落ち着いていても、絶対的に歳を重ねた年数が少ないのだから、それは仕方のないことだった。
「長にしたって、他の奴がなったらカドが立って統率がとれないだろう。お前以外の誰がなっても反発が生まれる。だがお前がなることで、他の奴らもお前になら協力するよ。対外的にも虐殺集団のイメージを払拭するには、今までと同じやり方じゃ難しいだろうからな。そういう意味じゃ、的を得た判断だと思うぜ」
屈強な戦闘集団"ヌシ狩りの民"といえど、頑丈な一枚岩ではない。
人の集まる組織である以上、そこには個人の感情からくる軋轢もある。
人を観察する目に長けているところがあるランブーが、それに気づかないわけがなかった。だからゴドウが言っていることは正しいだろう、長が下した決断もベストではないかもしれないが、限りなくベストに近いベターだろうということは理解できる。
だがそれは長の理屈、ゴドウの理屈だ。
「僕には無理だ!どうやっていいのかわからないよ」
「だったら何もしなきゃいいのさ・・・」
「えっ!?」
突如発せられたゴドウの言葉の真意がつかめずに、ランブーは固まってしまう。
「別にお前がすべてを背負う必要はないし、俺たちも背負えるとは思っちゃいねえ。たとえお前がヌシ狩りの民を潰しても、それはお前の責任じゃねえよ」
「言ってる意味が分からないよ」
「お前がなにか失敗してヌシ狩りの民が消えることがあっても、それはお前に責任を押し付けた俺たちの責任、今の長の責任だってことさ」
「じゃあ最初から僕が長になんかならずに、解散すればいいじゃないか」
「バカか、オメエは。じゃあお前らは、明日からどうやってメシを食うんだよ?」
「う・・・」
「俺が言いたいのは、お前は独りじゃないだろう?残った他の奴らが、お前に協力するっていうことだよ。アイツらもバカじゃないんだ、それで起こった結果を受け止める覚悟くらいは、奴らもちゃんと持ってるよ。それが"ヌシ狩りの民"ってモンだろ?」
「・・・うん」
ヌシとの戦いのため自らを鍛えぬく"ヌシ狩りの民"。
だがそんな彼らも集団組織として、厳しい掟のなかで個々を高めていた。
その掟の最たるものは、トップである長の決定は絶対。それを破ったものは民から追放なのだ。
現にゴドウたちも、制止する長を振り切って山村の民を襲撃したために、今回の追放処分につながったのだった。
誰もが納得できない処分にもゴドウたちが黙って従うのは、この掟があるからに他ならない。
「本当はな・・・」
「うん?」
「お前が長を継いで、ヌシ狩りの民の名を貶めることがあったら、戻ってきてお前らを狩ってやるってクギを刺しにきたんだがな・・・。どうやらそれも必要ないみたいだな」
「ゴドウ・・・」
ランブーはゴドウに視線を向けたが、そう言った大男の表情をうかがうことはできなかった。
ただ目を細めてまぶしそうに夕日を眺める横顔だけが、ランブーの記憶に刻まれることになる。
「おっと、こうしちゃいられない・・・。追い出される身としては、ここを立ち去る準備があったんだ。さっき長にも了承は得たが、狼犬を数頭もらっていくぜ」
「本当に行くの?」
「あたりめぇだろ、後はまかせたぜ。大将」
「・・・うん」
「じゃあ達者でな」
言いたいことを伝えて満足したのか、ゴドウはランブーに背を向けたまま片手で挨拶して、その場を後にした。
守るべき者に裏切られ、背後から刺されるような仕打ちを受けてまで、何のために戦うのか。
生きるため?
だが守る価値もないような者のために、命を投げ出して戦うのか?
戦う理由、そんな単純なことの答えも出せないでいる自分に、長が務まるとは思えない。
(ゴドウ、ごめん・・・。僕はヌシ狩りの民をダメにしてしまうかもしれない)
去りゆく男の大きな背中を見つめながら、ランブーは小さくつぶやいた。




