sect.38 宴
「・・・なるほどねぇ。それでヌシ狩りの民は分裂し、主に戦闘ではサポート役を務めていたアンタたちが残ったということか」
話を聞き終わったシャンネラが、これまでの違和感に納得がいったという様子でウンウンとうなずく。
ヌシ狩りの民たちが仕掛けた罠の後片づけなどで他の者たちが散らばって作業するなか、その場にはシャンネラとモール、そしてシュカヌといまだ落ち込んだ様子のランブーが残っていた。
「すまなかった・・・。そなたたちを騙すつもりは無かったのだが、結果として不十分な情報で危険にさらすことになってしまった」
「まあそっちも、話しづらい内容だったってのは理解するよ。まあ理解はするが・・・、どうするかねシュカヌ?」
そう言ってシャンネラは、傍らでモールの話を聞いていたシュカヌに意見を求める。
だがシュカヌは不意を突かれたような表情でシャンネラに問いかけた。
「えっ、なにか問題がある?」
「おいおい、話をちゃんと聞いていたのかい?今残ってるヌシ狩りの民の連中は、前線で戦ってた部隊じゃないんだよ。そんな連中に協力を求めても、あのバケモノを倒す戦力になるかって聞いてるのさ」
恐らく悪気はないのだろうが、シャンネラの物言いにモールの表情がくもる。すこし距離をおいて立っているランブーは虚ろな顔のまま、無言で会話を聞いていた。
「この人たちは前線で戦ってた人たちをサポートするプロなんだよね?じゃあこれ以上の適任は、他を探してもそうはいないよ」
「なんだって?」
「だってそうでしょ?最初から僕たちは、エンゾを倒してくれる人を探しに来たわけじゃないよ」
シャンネラはそこまで話を聞いて、シュカヌの言わんとすることを察した。
「エンゾがどこに現れるか分からないなかで、キトトブの人たちも協力してくれる。だけど巨大生物と戦うことに慣れていないキトトブの人たちが困らないように、ヌシ狩りの民の人たちにサポートをお願いしに来たんだよ?そう考えたら、彼らほど頼りになる人たちはいないんじゃないかな?」
「シュカヌ殿・・・」
その言葉に感極まったモールがうるんだ瞳でシュカヌを見つめる。
「・・・なるほど、そうだね」
シュカヌの言葉でシャンネラは正気に返ったような気分になった。
自分でも気づかない無意識のうちに、どこかであのバケモノと戦わずにすむように願う気持ちがあったのかもしれない。さらに挙句の果てには、責任をヌシ狩りの民に転嫁しようとしていたのか。シャンネラ盗賊団の頭領ともあろうものが腑抜けてしまったものだ。
そのとき今まで虚ろな瞳でうなだれていたランブーがシュカヌの前に歩を進めてくる。
「こちらからも改めて、君たちに協力させてほしい・・・」
だがそう語るランブーの瞳に、迷いはもうなかった。
「ありがとうシュカヌ。今まで目に見えない何かを必死で守ろうとして忘れていたよ、僕たちはヌシ狩りの民だってことを。だから僕らは守ってちゃダメなんだ、ヌシ狩りの民なら前に進むために戦わなくちゃ。だから君と一緒に戦わせて欲しい」
「うん、もちろんだよ」
そんな二人をシャンネラが見守る。
(やれやれ、これじゃワタシが悪者じゃないか・・・。でもまあ最近やけに大人びてきたニトといい、若い世代が育っていくってのは嬉しいもんなんだけどね)
シャンネラはようやく訪れた世代交代の気配に、嬉しさともの悲しさが入り混じった複雑な感情をもてあます。だがまだまだ若いモンに後れを取るわけにはいかない。
「そうと決まりゃあ、交渉は成立だね」
「うん!」
シャンネラの言葉に、二人が大きく返事した。
「オツトメ、ご苦労さんっしたー!」
「ん?いったい何の騒ぎだい?」
ザパンの集落に帰ってきたシャンネラやヌシ狩りの民たちを、整列した人波が出迎える。
「あれはザパンの人たちだ・・・」
依頼を受けた時に話したっきり、それ以降姿を見せようともしなかったザパンの民だと気付いてランブーがつぶやく。
間もなくして、今度は違う声が響いた。
「声が小さい!!」
「ひぃ~!?オ、オツトメご苦労さんっしたぁー!!!」
人ごみの中から現れた小さな黒い物体におびえるように、民たちは大声を張り上げる。
「あれ、ニーガだ?何してるんだ?」
「おおシュカヌ、戻ったか」
ニーガ・ルージはシュカヌたちの姿を見つけ近寄ってくる。
「何してんの?」
「いやな、ただ留守番というのも退屈なのでな。お前たちが狩りに出ている間、この集落を散策しておったのだ」
「うん、それで?」
「ところがここの連中ときたら、お前たちが危険な狩りに行っているというのに感謝の気持ちもなくてな、挙句の果てには我輩をバケモノ扱いだ!頭にきたから、お前たちが留守のあいだ奴らに人の道というものを懇々(こんこん)と説いてやったというわけだ」
「・・・ってか、ニーガは人ですらないじゃん」
(ニーガに人の道を説教される、ザパンの人たちって一体・・・)
「喜べ、ヌシ狩りの民どもよ。貴様らの仇は我輩がとってやったぞ」
「・・・ふ、ふふふ」
「ランブー?」
「あははは、やっぱり君たち面白いね」
ランブーは突然吹っ切れたように大きな笑い声をあげる。
その背後ではモールとチクリが微笑みを浮かべて彼を眺めていた。
(よかったねランブー、ウチらは本当の信頼できる仲間をみつけたんだね・・・)
「さあ皆の者よ、今夜は宴らしいぞ!レヴナ討伐の礼に、ザパンの者がご馳走を振舞ってくれるそうだ。・・・だったな?」
「ひぃ~!ハイ、そうです!」
その言葉によだれを垂らしながらチクリが反応する。
「ホント!?ゴチソウ!?ウタゲ!?」
「こらチクリ、はしたない」
「あっ、ゴメン・・・」
ランブーにたしなめられてシュンとするチクリに笑いが起こり、その場を和やかな空気が包む。
「まあ、いいじゃないか。勝った時くらい楽にさせてやらないと、あまりガンジガラメに縛り付けると下の者も疲れちまうよ」
(シャンネラがそれを言う!?)
盗賊団の誰もが思ったが、恐ろしくて口にすることはできない。
「よしそれでは、皆でザパンの者に協力して宴の準備といこうではないか」
「おーっ!」
ニーガ・ルージの掛け声で、それぞれが宴の準備にとりかかるのだった。
その夜、宴は盛大にとりおこなわれヌシ狩りの民もシャンネラ盗賊団もザパンの民も、すべての者がそのひと時を楽しんだ。
豪華な海の幸に酒も振舞われ、最初どこかよそよそしさのあった者たちもすぐに打ち解けて、あちらこちらで笑いがおこる。エンゾとの対決を控えたシュカヌですら、この時だけはすべてを忘れたように皆の輪の中で笑顔を浮かべていた。
だが楽しい時間ほど、あっという間に過ぎていく。
やがて宴も終盤にさしかかり、盛り上がりにも落ち着きがではじめたころ、ニトはユマがいないことに気づいた。
(あれ、ユマどこに行っちゃったんだろ?)
「ねぇ、ユマを見なかった?」
「ほぇ?あっ坊っつぁん。いえ見てないれすよ~」
「だめだこりゃ、完全に酔ってる」
男は酔いつぶれて、そのまま崩れるように眠ってしまう。
ニトは姿が見えなくなったユマを探して、ザパンの集落を歩きまわった。
最初シュカヌと一緒なのかなとも思ったが、ランブーやチクリたちに囲まれて談笑しているシュカヌを見つけ、心配は胸騒ぎへと変わっていく。
そうこうしているうちに、疲れたから少し風にあたってくるといって外れの方へ歩いて行ったという情報を得て、ニトはその後をあわてて追いかけた。
そして人気のない静かな場所で、ユマの姿を見つける。
ユマは岩の上に腰かけて、ひとり海を眺めていた。
薄明かりに照らされて、その横顔は息をのむほどに美しかった。
「こんなところに居たんだ、ユマ・・・」
「あっ、ニト」
ニトに気づいて、振り返ったユマの頬は濡れていた。
「えっ、泣いてるの?どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
「泣いているのに、何でもなくはないよ」
「うふふ、そうだね・・・」
「どうしたの?」
ニトはそう問いかけながら、ユマの隣に腰かける。
心臓は早鐘のようにバクバクいっているが、だいじょうぶ気付かれてはいないはずだ。
「レヴナのことを考えてたら、ちょっと悲しくなっちゃった・・・」
「へっ、レヴナ?って、あのレヴナ?」
「うん、あのレヴナ」
「でもなんで?」
ユマはためらっているようにも見えたが、ゆっくりと口を開く。
「最初はね、ただただレヴナが怖くて気付かなかったんだけど・・・思ったの。レヴナは本当に悪かったのかなって、ただ一生懸命に生きようとしていただけなんじゃないかなって・・・」
「あ・・・」
ニトはユマの言わんとしていることが、なんとなく分かった。
確かにレヴナはその強大な力ゆえに、周囲の生き物すべてに脅威を与えてきた。
しかしそのとってきた行動は自己の保持、つまり生存に直結する行為なのである。
それはすべての生物が持ち合わせる生存本能ともいえる、ユマが言いたいのはレヴナの行為に悪意があったかというとノーで、身体的特徴からくる力の差で恐怖を与えてはいたがその本質は他の生物となんら変わりがなかったのである。
「だけどレヴナは、生きることを否定されちゃったんだよね」
「うん・・・」
「そう考えていたら、なんだか悲しくなってきちゃって・・・」
「そうだったのか」
「でもね、あたしはヌシ狩りの民のひとやシュカヌを責めるつもりはないんだよ。ただ・・・あたし一人くらいレヴナのために涙を流す人がいても悪いことじゃないよね?」
そう言いながら微笑むユマの頬を、またひとつ涙の粒が流れ落ちる。
「・・・りじゃないよ」
「ん?」
「ひとりじゃないよ、そこに僕も加えてよ」
涙目になったニトが、精一杯の勇気で告げる。
正直レヴナのことが悲しいのではなく、大好きなユマが悲しんでいる姿が辛くて涙目になったのだが、そこはあえて触れずにおこう。
だがニトの精一杯の勇気は、次の瞬間撃沈される。
「や~い、泣いてんの」
「へっ!?」
鼻をつままれたニトが顔を上げると、涙目で微笑むユマがそこにいた。
「もうやめてよ、そんな子供扱い・・・」
ポフッ・・・
「えっ・・・!?」
気が付くとニトの頭は、ユマの胸に抱きかかえられていた。
「・・・・ありがとう、ニト」
頭越しに伝わる静かな鼓動。
遠くから聞こえる波の音。
その胸はとても温かかった・・・。
Chapter Ⅲ 『失われた過去からの使者』 END




