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マブイ【魂】プロジェクト  作者: °Note
Chapter Ⅲ 失われた過去からの使者
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sect.2 ニトの苦悩

「僕の家は、ここにはないよ」

「えっ、そうなの?」

「うん、僕の居場所はここではないから・・・」

悲しみを滲ませるニトの表情に、ユマは戸惑いを感じた。


「ねえ、ユマの家族ってどんな感じ?」

「えっ、あたしの家族?」

「うん」

「あたしの場合は・・・」

突然のニトの問いかけに、ユマはしばらく何かを考えていたが、やがてゆっくりと口を開く。


「あたしの場合は、ツグナイの民の皆が家族みたいなものだから」

「どういうこと?」

ユマの何か含んだような物言いに、ニトが尋ねかえす。


「ニトは深流砂しんりゅうさって、知ってる?」

「うん、砂海で起こる巨大な流砂だよね。昔は町ひとつが飲み込まれるくらい、巨大な深流砂が起きたこともあるって聞いたことがあるよ」

「そう、その時あたしもそこにいたの・・・」

「えっ!?」

ユマの告白に、ニトは驚きの声を上げた。


「と言っても、あたしは覚えていないんだけど・・・。あたしが小さい頃、今はもう無くなってしまったアダンの町で深流砂が起こってね、人や建物が砂の中に飲み込まれたらしいの」

「うん、それで?」

ニトは心臓の鼓動が早まっていくのを感じながら続きを促す。

「逃げ惑う人々の群れでアダンの町は大混乱だったらしいんだけど、深流砂と騒ぎが収まった頃には町のほとんどが砂の中に沈んだ後だったらしいわ。そんな中、砂に沈まずに残っていたキトトブのお寺の片隅で、泣いていたあたしを助けてくれたのがツグナイの民の人たちだったの」


「家族の人はどうなったの?」

「わからない・・・。その時のショックで、あたしは記憶をなくしてしまったから」

「え!?」

「ツグナイの民の長老が言うには、それから一年の間あたしは喋ることもできなくなっていたらしいわ」

「そうだったのか・・・」

ニトはうつむいて悲しい表情をのぞかせる。


「でもあたしは大丈夫だよ」

「え?」

「あたしはひとりじゃないから。ツグナイの民の皆やシュカヌやニト、シャンネラさん達とかいろんな人が優しくしてくれるもの」

「・・・ユマは強いね」

軽くふてくされたような表情でニトが言う。


「えっ、あたしは強くなんかないよ!?」

「いや、強いよ。僕はユマのように強くはなれない・・・」

そう言うとニトはユマに背を向け、櫓のような鉄塔を降り始める。


「え?どうしたのニト?」

しかしニトはユマの問いかけに答えることもなく、その場を去ろうとユマに背を向けたまま歩き続ける。




「おや、帰ってきたのかい。どうだったね、エルノマの様子は?」

燃料を補給中の船に戻ってきたニトとユマの姿を見つけたシャンネラが尋ねるが、ニトは何も答えずにひとりその場を立ち去っていく。

その様子を見ながらシャンネラはユマに尋ねる。

「なんだい?一体どうしたんだい?」

「わからないの・・・。突然ニトの様子がおかしくなって・・・」

「?」

ユマは先程交わしたニトとのやり取りをシャンネラに説明し始めた・・・。



「そうかい、そうだったのかい・・・」

「あたしには、何がなんだか解らなくて」

ユマは困惑した表情で訴えかける。

「なに、気にすることはないよ。あの子も大きくなれば、そのうち判るから」

「どういうこと?」

妙に納得した様子のシャンネラにユマが聞いた。


「ニトの両親は、あの子を置いて研究のための調査に出かけて、それっきり帰ってこないのさ」

「えっ!?」

「ニトの父親は、つまりワタシの息子は学者でね、こんな盗人稼業ぬすっとかぎょうを続けるワタシへの反発もあったんだろう、小さい頃から学問にばかり興味を示していて・・・。中々に頭の切れる子だったから、ワタシの右腕になって働いてほしかったんだけど、そうはいかなかった」


苦笑いを浮かべて話すシャンネラにユマが反論する。

「でもニトから聞いたのだけど、それだけじゃないでしょ?ちゃんと人助けもしているのに」

「あの子からすれば人助けをするために悪事を働いているのではなく、悪事を正当化するために人助けをしているようにしか見えなかったのさ」

「そんな・・・」

「まあ、何が手段で何が目的かってのは周りからは解りにくいものだし、ややもすれば当の本人だって油断してたら、本質がすり替わっていることに気付かないときだってある」

「う・・・ん・・・」


「まあそんなわけで、あの子はワタシから逃げるように学問の道へ進み、ここを飛び出しちまった。だからあの子が結婚して子供が生まれていたなんて、あの時まで知りもしなかったよ」

「あの時?」

「あれほどワタシを嫌っていたあの子が、ニトを頼むって初めてワタシを頼ってきたのさ」

「どうして・・・?」

「そんなこと知らないよ。それ以外のことは何も話さないし、突然嫁と子供を紹介されて子守を頼むって言って出て行ったんだから」

「でも・・・、よほどの理由があったんじゃないかな?」

「自分の子供のこと以上に大切な理由?そんなものあるもんかね?」

「そう・・・だね」

ユマはなんとかニトの両親を信じたい気持ちでそう言ったが、シャンネラの言うとおりニトを置き去りにしてまでの理由など、思いつくことはできなかった。


「両親を探す旅に出るといって聞かないニトに、大きくなって一人前になるまではダメだって説得するのには苦労させられたよ・・・」

「そう、そういうことが・・・」

「だけどニトは今でも両親がいつか迎えに来ると信じていて、家族で暮らしていたハタムの町から離れないって譲らないんだよ」

シャンネラは小さくひとつため息をつく。

だがユマはシャンネラのその言葉で、先ほどニトの様子がおかしくなった理由がわかった。


「まあそんなわけだから、あまり気にするんじゃないよ」

「うん・・・」

「まったくそんな事でいちいちヘソを曲げてるようだから、まだまだ子供だっていうのに・・・」

「でも、しょうがないよ。ニトはいろいろなことを知っているけど、やっぱり普通に考えたら年齢的にもまだ子供なんだし」

シャンネラは、はっとした表情になり“ありがとう”とユマにひとこと礼を言う。

ユマはそんなシャンネラからの礼に、すこし照れくさそうに話題を変えた。


「そういえばシュカヌの様子は・・・」

シュカヌはあの日、シャンネラにキトトブ寺院のハザサ院へ連れて行って欲しいと言った後で、疲れたから休むと横になったまま死んだように眠っていた。

「だめだね、まだ眠ったままだよ。目覚める様子はまだないね・・・」


シャンネラは困惑した表情でユマを見つめた・・・。





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