sect.26 融合Ⅱ
「おしい・・・。いや、さすがはアリアの助手のなかでも、最も優秀だったタカネだとその洞察力を褒めるべきですか・・・」
足元に転がった三発の銃弾を前にして、エンゾがつぶやく。
「察しの通り、私の周囲は強化ガラスで覆われているのです。この中では臭いも通さず、外部からの攻撃も通じない。この生体金属が臭いに反応するのか、動きに反応するのか、まだそこまでの調査は出来ていないが、少なくともこの中にいる限り私の安全は保証されているというわけですよ」
「ちっ・・・」
目論見が外れて、タカネは舌打ちする。
(だが用心深いエンゾのことだ。最悪自分が危険に冒されたときの防御策は、2重3重に張り巡らせているに違いない。この状況を打破する為には、エンゾを同じ状況に引きずり込むしか方法はないだろう・・・。だが、どうやって?)
触手の動きに気を配りながら、エンゾを見つめていてタカネはあることに気付く。
エンゾの周辺に霞がかかったような白い筋が見える。銃弾の乱反射や一斉射撃でその壁を壊すことは出来なかったが、全くの無傷というわけでもないらしい。
(銃弾ではダメだ、もっと強い力で攻撃できれば・・・。そうか!)
「皆、こっちだ!こっちに集まってくれ!」
タカネは触手から逃げ惑う研究員達を呼び寄せる。
「フン、今更どんな悪あがきをしようというのか・・・」
集まって作戦を練るタカネたちを、エンゾが呆れたように眺めている。
「そんなのムリだ!」
「ムリじゃない!どのみちやらなければ、オレたちはやられてしまうんだぞ!」
口論するタカネたちに向かって、触手が勢いをつけて迫ってきた。
ドーン!!!
「なに!?」
驚きの声を上げたのはエンゾだった。
タカネたちを狙って伸びてきた触手は、彼の周囲に張り巡らされた壁に勢いをつけてぶつかった。そして、壁には明らかにその衝撃でできた傷が付いている。
「なにが!?」
「よし、いけるぞ!」
状況が理解できずに戸惑うエンゾに対して、興奮して叫ぶタカネ。
銃弾すら跳ね返す硬度の触手。その先端は鋭利な針のように尖っていた。
その先端が勢いをつけて壁に当たれば、力の集中で銃弾以上の効果があるのではないかとにらんだタカネの推測は、まさに結果をもって証明された。
「な・・・んだと・・・!?」
動揺するエンゾを尻目に、タカネは大きな声で叫ぶ。
「もう一度だ!」
ドーン!!!
触手に向かってエンゾを間に挟み、対角に距離を取って逃げるタカネ。触手はタカネの思惑通り、壁に当たって跳ね返されるが、そこには新たな傷が刻まれていた。
「き、貴様らぁ・・・!」
そう言いながらエンゾは座っている机のパネルを広げて、なにやら操作を始める。
ドーン!!!
エンゾの額に汗がにじみ、その指先は猛烈なスピードでパネルを滑っている。今までこれほどに慌てふためくエンゾの姿は、誰も見たことがなかった。
「もう一発だ!次で割れるぞ!」
タカネが声高に叫び、研究員達の顔に笑みが浮かぶ。
そして次の瞬間・・・。
パリーン!!
「やったか!?」
エンゾの周囲を覆っていた壁は、触手によって打ち砕かれていた・・・。
ゆっくりとエンゾに近づいて伸びていく触手。その様は獲物の臭いを嗅ぐ獣のようでもあったが、それは直後にタカネたちの前で予想外の行動を示した。
触手はエンゾに襲い掛かろうとしなかった・・・。
「な!?なぜだ・・・?」
エルマリーを先頭にニーガ・ルージとシュカヌは、地下の鍾乳洞を進む。エルマリーの持つランプの灯りが辺りの壁に反射して、そこにはとても幻想的な風景が広がっていた。
「この辺りにはこういった洞穴が無数に張り巡らされているからね、ここに逃げ込んでしまえばもう見つかる心配はないよ」
「すごく綺麗なところだね・・・」
エルマリーの説明に、シュカヌは感嘆のため息を漏らす。
「まあ見た目は綺麗だけどね、気をつけなきゃ恐いところでもある」
「えっ、なんで?」
「ここは道が無数に張り巡らされた迷宮みたいなモンだ、出口を知らずに迷い込んでしまったら外にも出られず、たとえ死んでも誰にも気付いてもらえない・・・」
「ひぃえぇ~・・・」
「こっちだ、足元に気をつけるんだよ」
「うん」
「それよりも良かったのか?エルマリー」
「何がだい?」
ニーガ・ルージがタイミングを見計らって、二人の会話に割り込む。
「お前たちまで研究所に戻れなくなってしまった」
「もう戻る価値はないよ、あの研究所は終わった・・・」
「ん?」
「エンゾは研究所を手放すことを決めたらしい・・・。どうやらヤツのパトロンだった軍の幹部らしき人物が戦死して軍も崩壊寸前、外部の圧力を抑えきれないところまで状況は悪化しているということだ」
「!?」
「当然研究成果をやすやすと手渡すような男じゃないから、重要なデータや資料は全て廃棄されるだろう。そんな抜け殻になった研究施設に残って何が出来る?おまけに機密保持のために消される危険もある」
「賢明な判断だな」
「いままでワタシたちが、あの研究所でしてきたことは何だったのか・・・」
「・・・・」
「だからこそだよシュカヌ、アンタだけはワタシたちの手で助け出してやりたかったのさ。アリア博士の下で働いてきたワタシたちの手で」
「ありがとう・・・」
シュカヌは話を半分も理解できていなかったが、エルマリーの言葉に素直に感謝した。
そのシュカヌの顔をみながら、エルマリーは複雑な表情を一瞬覗かせる。
「感謝するのは、まだ早いよ。その言葉は、無事にここを抜け出してからだ!」
二人から視線を逸らしてそう言ったエルマリーの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた・・・。
「な!?なぜだ・・・?」
エンゾの周囲を覆っていた防御壁が割れて、生体金属から伸びた触手が彼にまとわり付くが、襲い掛かる様子が見られない。タカネは落胆の入り混じった声でため息をついて、肩を落とす。
「残念でしたね・・・。私もまだ確証が持てていたわけではないので、少々焦りましたが」
エンゾはゆっくりと、だがしっかりとした足取りで防御壁の中から出てくる。
「不思議でしょう?なぜ私がこのバケモノに襲われないのか」
「・・・・」
「いいでしょう、見せてあげましょう・・・」
そういうとエンゾは白衣の袖を捲り上げて、左腕を露にする。
「!?」
捲り上げられたエンゾの左腕は、金属でコーティングされていた。
「身体に移植したのですよ、このバケモノの金属組織を」
「なに!?」
「そのおかげで私はこのバケモノと同類、あるいは自身の一部と認識されたらしい。こんなバケモノでも、どうやら共食いはしないようですね」
「なんてバカなことを・・・」
「バカなこと?愚かな」
タカネの言葉をエンゾは鼻で笑う。
「このバケモノは純粋な力の塊ですよ・・・。あらゆるものを飲み込み、自分の能力として吸収する。確かにコントロールできなければ、これほど恐ろしいものはない。しかし、もし自在にコントロールする事ができるならば・・・」
「・・・ダメだ。お前のようなヤツが、そんな力を持ったら」
「ダメ?笑わせないで下さい。どうやって私を止めるというのですか?追い詰められたアナタたちが」
「くっ・・・」
「・・・もう、おしまいだ」
研究員の一人が、がっくりと肩を落としてうなだれる。
「バカ!あきらめるな」
だが触手はその隙を見逃さない。素早い動きで床にしゃがみこむ研究員を捉えると、ズルズルと引きずり始める。
「すまない、オレはもうだめだ・・・」
研究員は悲しい表情で、タカネを見つめながら引きずられていく。
「・・・くそっ」
「さあ、もう観念したらどうですか?」
グチュグチュと研究員が生体金属に取り込まれる嫌な音を背後に、エンゾがタカネに言う。
(すまんエルマリー、お前の元には帰れないかもしれない・・・)
「・・・だが!」
「ん?」
「お前だけは生かしておけない!」
パーン!
室内にふたたび銃声がこだました・・・。




