sect.17 完全なるウツワ
数ヵ月後
シュルナフ研究所では、不穏な噂が飛び交っていた。
研究所内で研究員が行方不明になる事件が起こっているらしい。
それも一度や二度でなく・・・。
なぜこのような重大な事件が噂で片付けられているのか、それは“第7セクション”と呼ばれるエンゾ直轄のプロジェクトチームが極秘プロジェクトを遂行する部署での事件であり、この部署特有の情報規制も手伝ってかオカルトめいた噂は、以前から後を絶たないという実態があったからだった。
被害の真偽は定かではなかったが、その後に総括プロジェクトリーダーのエンゾ直々に出された、研究所内での単独行動を控えるようにとの通達がその信憑性を裏付けた。
研究所内で何かが起こっている・・・。
研究員達は本能的に、何かを感じ取っていた。
「やぁねぇ、みんな何をビビッているんだか・・・」
「そうは言いますが、メリザ博士・・・」
おどおどした様子で実験を進める研究員達に、メリザが悪態をつく。
「ぼくはお化けが恐いから、夜は眠れないんですよ・・・。って、それじゃ子供と一緒じゃない」
「それとこれとは次元が違います」
「同じよ。かってに次元を変えているのは、アナタ達でしょう?」
「しかし私の知り合いが、連絡の取れなくなった者がいると言っていました。事実として、そういう事象がある以上、何を根拠にただの噂で片付けていいのか・・・」
「その連絡の取れなくなった人物をアナタは知っているの?」
メリザの問いに、研究員は困った顔で言葉に詰まる。
「いや、それは・・・」
「でしょう?それが伝言ゲームの落とし穴なのよ。噂が人の間を伝わっていく間に、話の本質が欠落したり誇張され、元の形を成さないほどに歪んでいく。」
「ですが・・・」
「まったく、話にならないわ」
そう言いながら席を立つアリアに、ひとりの研究員が問う。
「どこへ行かれるんですか?」
「仕事に決まってるじゃない。アタシも暇じゃないのよ」
アリアの言葉に、残された研究員達は不安そうな顔で、お互いの顔を見合わせる。
(マズいわね・・・。現場は相当に浮き足立ってるわよ、エンゾ君)
メリザはひとり心の中でつぶやきながら、その場を後にした・・・。
一方その頃、別の研究室
大人が十人も入れば身動きできなくなりそうな、狭く薄暗い一室。
部屋の片隅には浴槽のような容器が据えられ、その周囲を取り囲むように研究員が集まっていた。
薄暗くて分かりづらいが、色のついた液体で満たされた容器の中には、何かが横たわるように浮かんでいる。よく見ると、その姿は病院のベッドに今も横たわっているはずの、アリア博士の息子シュカヌに酷似していた。
「実験の進み具合は、どうですか?」
声の方向に研究員達が振り返ると、そこにエンゾが立っていた。
「問題ありません、いやそれどころか喜ばしい成果が出ています」
研究員の一人が答える。
「ほう・・・」
「オートマタの全身をコーティングした生体金属から、捕食能力を切り離すのには苦労しましたが、どうですか?この仕上がり」
そう言いながら研究員は、自信に満ちた表情でエンゾを物体の前に誘導する。
チャポ・・・
エンゾはゆっくりと容器の中に手を浸けると、少年によく似た物体の手を触って持ち上げてみる。
「すばらしい・・・。この感触、人間のものと変わりありませんね」
「そうでしょう?さらにベースとなるオートマタには、メリザ博士の新型エナジー供給システムver.3‐2を実装しています」
「ふむ・・・」
「それにより、この実験体が体に受けた熱・光・振動・音・風などの全てをエネルギー変換して、動力源として活用できます。もちろん“食べる・飲む”という行為から、直接的にエネルギーの補給も可能で、この時のエネルギー変換率は99.8%という数字になっています」
「なるほど、最初に稼動状態に入りさえすれば、その後は個体の損傷さえなければ半永久的に稼動できるというわけですね」
「その通りです」
エンゾと研究員はそれぞれ満足した表情を浮かべる。
そしてエンゾはゆっくりと実験体の手を液体の中に戻すと、懐から取り出したハンカチでそっと手を拭いた。
「実験体6号機目にして、ようやく納得できるものが仕上がりましたね」
「申し訳ありません、時間と機体を浪費してしまいましたが・・・」
「問題ありません。この程度は想定内です」
エンゾはさして気にする様子もなく答える。
「ありがとうございます」
「さて“完全なるウツワ”は手に入った、次はいよいよ最終段階ですか・・・」
エンゾはなにやら歯切れの悪い物言いで、考えを巡らせながらつぶやいた。




