sect.13 告白
- 帝国ランタベルヌの帝都リベルダ -
「やはり小僧は逃げたか・・・」
帝王の執務室で顎に白ヒゲをたくわえた初老の男が、椅子に座ったままポツリとつぶやく。
「予想通りの結果になりましたね」
神経質そうな切れ長の目をした男が傍らに立って、手にした資料に目を通しながら語りかける。
「いかが致しますか?帝王様」
帝王と呼ばれた初老の男はそう尋ねられ、ヒゲをいじりながら唸っている。
「小僧が砂海区の遺跡から発掘した・・・、何といったか」
「ヌシ神ですか?」
「その後の動向はどうなっておる?」
「目撃者の話によれば、ハーデルマークを破壊した後に穴を掘り、地中に消えてしまったという報告を受けています」
「仕留め損なったということか・・・」
「そうなります」
「現場には、あのシャンネラ一味がいたそうだが、そのヌシ神とやらの暴走も一味の仕業なのか?」
帝王は机の上で手を組み、目を閉じたまま静かに問いかける。その眉間には深い皺が刻まれているが、それが年齢によるものなのか、今回の騒動を憂いてのものなのかは、外見から推し量ることはできない。
「いえ、それは違うと思われます。報告を受けている事象を、場所と時間軸で整理して考えてみましても、ヌシ神の暴走後に一味が接触しているのは間違いなさそうです」
「そうか・・・」
帝王は何も語らず、一つ深いため息を漏らす。
「だから私は反対だったのです」
「・・・・」
「奴はきっと理解できない、理解しようともしない。そして必ずこういう結果を招くと思っていました」
「そう言うな・・・、ルゾール」
神経質そうな男が何を言わんとしているかを察し、帝王は彼をたしなめる。
「奴の両親は、あの国で危険な実験を進めていました。奴にもその血が流れているんです。帝王があの国を滅ぼさなければ、多くの生命が危険にさらされていたんですよ。にもかかわらず、奴は命を助けられた恩を仇で・・・」
「・・・・」
「そのような者を登用すればこうなる事は・・・」
「クドイと言っておる!!」
帝王が一喝すると、ルゾールは顔面蒼白になる。老齢の帝王ではあるが、見開いた眼光の鋭さは、とてつもなく大きな威圧感をルゾールに与えた。
「申し訳ありません、私とした事が出すぎた真似をいたしました」
「・・・もうよい」
激昂していた帝王だったが、次の瞬間には冷静さを取り戻していた。
「ヴェルデのことは、それを知った上で育て、今回の仕事を任せたワシの責任だ」
「いえ、そんな・・・」
「まずはヴェルデの居所を探せ。そして見つかり次第、どうするか判断する」
「ハッ、分かりました。直ちに捜索の手配をいたします」
心の中にくすぶるヴェルデへの嫉妬を押さえ込みながら、ルゾールは冷静さを保って返答した。
「うむ」
帝王はそう言うと、再び瞳を閉じて先を促す。
「次の案件をたのむ・・・」
「はい・・・。ツグナイの民達になにやら不穏な動きがあるようです。まだ直接的な行動を掴めている訳ではないのですが、各地で彼らの目撃回数が増加している模様です。ハーデルマークに突如現れたシャンネラ一味といい、何かが動き出している気配がいたします」
「それについても、何人か調査に向かわせよう」
「了解しました」
ルゾールは手にした報告書を差し替えながら「続きましては・・・」と報告を続けるが、帝王の耳には半分届いていていない。
「さて、どうするか・・・」
帝王は遠くを見る目で考え込んでいた。
- シャンネラの船 -
「シュカヌ!?」
シャンネラに連れられて船に戻ったシュカヌを、涙目になったユマとニトが出迎える。
「大丈夫だった?」
ユマがシュカヌに抱きつきながら尋ねる。
「うん・・・」
「船上から下を見ていたら、街がどんどん崩れていって炎がすごいし煙がすごいしで、シュカヌが死んじゃうんじゃないかって心配だったよ」
そのユマの背後から、ニトが興奮を抑えきれない様子で語りかけた。
「ありがとう、でも僕は大丈夫」
複雑な表情で、シュカヌは二人に答える。
そして彼ら三人を、船員達が「いやあ、根性あるぜ!大したモンだ」とワイワイ言いながら取り囲む。
自分が帰還したことでの、周囲の反応に戸惑うシュカヌ。
だがそれを、冷ややかな目で見つめる者がいた。
「シュカヌ、あんた何か知ってるね?」
シャンネラがシュカヌのことを睨みながら尋ねる。
シュカヌはその目を見つめ返しているが、黙ったまま口を開かない。
「知ってることを全部喋んな」
気まずい空気にシュカヌから離れたユマやニト達は、重い空気になにも言えない。
「・・・たぶん信じないよ。いや、信じたくないと思う」
やっと口を開いたシュカヌの言葉。
「そんな事言ってる状況じゃないだろう。あれを見てみな」
シャンネラが指差した眼下には、崩れゆく壊滅寸前の第三都市ハーデルマークが見える。
「ばあちゃん、シュカヌが悪いわけじゃないよ」
「ニトは黙ってな!」
やっとのことで意見を言ったニトだったが、シャンネラのきつい口調に思わずすくんでしまう。
「確かに帝国はろくなもんじゃないよ。だけどね、だからって帝国に住むすべての人間が悪ってわけじゃない。いやむしろ大半の人間は、普通に生活している弱い者だよ。そんな関係のない人間までがこんな目に遭わされたっていい理由なんか、何もないんだ」
感情が高ぶっているシャンネラとは対照的に、シュカヌは冷静に彼女の話を聞いている。
「知ってる」
「だったら!」
「聞いてどうするの?そこには絶望しかないかもしれないのに」
シュカヌの問いに、一瞬言葉に詰まるシャンネラ。
「絶望?例えそうでも、あたしゃ知った上で逆らってやる。目の前に絶望があったとしても、何もしないでそれを受け入れるなんて、まっぴらゴメンだね」
「気持ちだけでは何も動かないし、何も変わらない・・・」
シュカヌがシャンネラから視線を逸らしてつぶやく。
「バカ言ってんじゃないよ!それを言うなら、想いのないところで人は動かないし、何も変わらないだろう?何も動かない時は、その程度の想いしかないってことだよ」
「・・・想い」
シャンネラの言葉に、シュカヌがわずかに反応する。
「だから、するんだよ。できる、できないじゃなく、やるんだ!」
シャンネラの凄みのきいた怒鳴り声に、船内が静まり返る。
そして暫らく何かを考え込んでいたシュカヌが、ゆっくりと口を開いた。
「200年前に世界を滅ぼしたのは僕だ・・・」
・・・そのシュカヌの言葉は衝撃的で、その場にいた全員が耳を疑った。
だけど続けられたシュカヌの言葉で、あたしたちは失われた世界を知ることになる・・・。
ChapterⅠ『邪なる存在の復活』 END




