sect.15 闘神
「反撃に出るぞ、シュカヌ」
「うん」
ニーガ・ルージの言葉にシュカヌが今の状況を把握するために辺りを見渡すと、まず目に入ったのは群衆のなかで頭一つ飛び出た巨漢の破戒僧だった。
ダブジは普通の大人では持ち上げるだけでも苦労しそうなほど重い金棒を、まるで木の棒でも扱うように軽々と振り回して巨大な触手に立ち向かっていた。しかしその攻撃は繊細さを欠くと言うか、大振りの攻撃は時に味方をも巻き込んで、明らかに触手の攻撃によって倒されたものではないキトトブ僧兵の姿がちらほらとあった。
そのためであろう巨漢の男の周囲には、理不尽な巻き添えを食わないように人が避けてできた無人の空間ができており、それが彼の存在を際立たせていたこともシュカヌの視線が真っ先にそちらに向かった理由の一因でもあった。
だがそんなシュカヌの注意をさらに引き付ける者がそこにいた。
シュカヌの肩ほどしかない小柄な老人が、目にもとまらぬ素早い身のこなしで触手とダブジの攻撃をかいくぐりながら、両手に持った鋭器で巨大な敵にダメージを与えている。
「ラガンナ殿か。やはりあの御仁、只者ではなかったな・・・」
ニーガ・ルージがシュカヌの視線の先に気付いてつぶやく。
武勇で知られるキトトブ寺院。そのキトトブで総院長にまで登り詰めた男、率直に考えればそれが只者であるはずもなかったし、なによりも手の付けられない暴れ者のダブジが彼を恐れて、素直に従っていることがそれを証明していた。
ラガンナが手にした武器はクナイのような形状で、彼がそれを振るうたびに巨大な触手は切り刻まれていき、その傷口からドロッとした液体が飛び散っていく。
しかし小形のナイフ程度しかない大きさの武器にしては、やけに切れ味が良すぎた。
「あれは今の時代のモノではないな」
ニーガ・ルージが言った通り、遺跡から発掘されたラガンナのクナイは表面に高エネルギーの光をまとっていて、ラガンナが切り込む瞬間その光が小剣のように伸びていた。
ダブジが重い金棒で殴りつけ、触手がひるんだところをラガンナが切り刻む。
厄介者のダブジではあったが、この戦闘においては現キトトブ総院長とのコンビネーションは完璧だった。
やがてラガンナとダブジがターゲットにしていた触手は、ラガンナの一撃が決まるごとに俊敏だった動きが緩やかになっていき、ついには地面に力なく崩れ落ちていく。
そしてそれを見ていた周囲の者たちから、"おおお・・・"と歓声が漏れる。
「やりおったな!人の身でありながら、これほどの動き。よほど血の滲むような鍛錬を積み重ねておらねばこうはいくまい」
「うん、そうだね」
さすがのニーガ・ルージもこの時は賞賛の言葉を惜しまなかった。
「さて、我々も負けてはおれん。さすがに逃げ惑うのにも飽いてきた頃合いだ、どのみち本体を引きずり出すにもあの触手は片づけねばならんだろうからな、行くぞシュカヌ」
そう言うとニーガ・ルージは、残った二本の触手のうちの片方に向かって駆け出す。
人の群れでごったがえす広場を機敏な動作で走り抜け、ニーガ・ルージの姿はあっという間に見えなくなって消えた。シュカヌも遅れてはなるまいと、その後を追いかけ走り出すのだった。
「どうする、ランブー!?始まっちまったぞ!」
「慌てるな!作戦は狂ってしまったけど、こっちはこっちで出来ることをやるだけだ」
モールが捕縛用の道具をセッティングしながらボヤくのを、ランブーがたしなめながらサポートする。
「ちょっ・・・、あーもう!何よこれ!?」
「落ち着け、チクリ!こうなったら焦ってもしかたない。慎重に行動して準備を確実な状態にもっていくんだ」
「そ、そうだね。遅れて参戦したうえに、準備不十分で足まで引っ張っちゃったら、あとで皆に合わせる顔がないよね」
「ああ!交流のなかで僕達はキトトブにも育ててもらっているのに、それでは恩を仇で返すようなものだ」
彼らの数メートル先では、キトトブの僧兵たちが触手相手に注意を引付けながら戦ってくれていた。とはいえ大半の僧兵は逃げるだけで精一杯で、まともにやりあっているのはダブジとラガンナくらいではあったが。
「ラガンナ院長はすさまじいな。たしか御歳は70を超えていたはずだけど」
身体を高速回転させながらクナイを操る小柄な老人を見て、ランブーは感嘆のため息を漏らす。
「そりゃそうさ、なんたってキトトブの闘神とまで呼ばれた人だからな」
「闘神?」
「そうかランブーは知らなかったか。前代のキトトブ総院長は強きも弱きも、そして良きも悪しきも皆愛すという博愛主義の人だったからな。そのせいで、その時代はキトトブという立場を利用して、悪事をはたらく輩が少なからずいたって話だ。それでラガンナ院長は前代から総院長の座を引き継いだとき、当時もっとも悪名高かった寺院へと単身乗り込んで、その寺をブッ潰したらしい」
「古寺だったのか?」
「いや、そういう意味ではないんだが・・・。まあそれでも、その悪い坊さんが建て直したばかりのかなりデカい寺で、ゴロツキみたいな僧兵全員を相手に一人で立ち回ったってことだ。以来キトトブに逆らっても、ラガンナには逆らうな、ラガンナは闘神の生まれ変わりだというのが、キトトブで入門したばかりの僧に裏の掟として最初に教えられるらしい」
「・・・」
何も知らない子供の頃とはいえ、そんな恐ろしい相手に武術の訓練を受けていたことを知り、ランブーは言葉を失う。そして同時にある人物の顔を思い浮かべた。
ゴドウと戦ったらどちらが強いのだろう?
ランブーが長になる前、ヌシ狩りの民のリーダー的存在で、次期の長にもっとも近かった無敵の男。
そんなことを考えかけてランブーは頭を振った。
こんな状況で今はいない人間の事を考えるな、そんな弱い気持ちで戦場に立っては命を失う。自分だけの命ならまだしも、長として自分はヌシ狩りの民全員の命を預かっているのだ。
「よし準備できた!」
モールやチクリたちが次々に準備完了を告げる言葉で、我に返ったランブーは彼らの顔を見渡す。
どの顔も意気込みの入った表情をしていた。
そうだ、迷っている暇も、立ち止まっている余裕もない。
いまは自分たちの成すべきことを成す。ただそれだけだ。
「よし、行くぞ!」
ランブーは大きく掛け声をかけた。
ちびりちびりと書き続けて、今回で100話になりました。
今まで読んでくださっていた皆さんのおかげです!
ありがとうございました。
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