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第一部前編 五十八、五十九話 レーベとアスター レーベ視点

※若干、設定変更しています。

(レーベ)


 アキラが住む屋敷の一室にレーベはいた。この部屋はエリザと共同で使っている。

 

 盗賊達は屋敷内を自由に出入りしていた。

 彼らが思いのほか親切で友好的だっとしても、ならず者の集まりには変わりない。子供を一人だけにするのは心配だったのだろう。エリザが同じ部屋にしてくれと申し出たのだ。

 

 他にも盗賊の妻達が産んだ子供や行き場のない浮浪児もいたが、


「あんたは全くの余所者(よそもの)であの子達とは種類が違う。あいつらからはただの獲物に見えるから、あたしの近くに居るんだ」

 

 そう言って、エリザはレーベから成るべく目を離さないようにした。

 

 最初はうっとおしかった。

 だが、彼女はウィットに富んでいていつも気の利いた事を言うので次第に楽しくなっていった。

 

 ただし、困る点が一つ。

 大雑把な性格だからレーベの前でも気にせず着替えるし、タライを持ってきて遠慮なしに部屋で湯浴みする。

 

 女性の体に興味あるものの、多感な時期だから恥ずかしい。そういう時レーベは部屋を出たり、後ろを向いたりしてなるべく見ないようにした。




 食事を終えた後、エリザは広場へ行くからレーベも一緒に来いと言う。



「荷物を整理したいので先に行ってて下さい」

 

 レーベはそう言って部屋に一人残った。

 

 先ほどアスターとしたやり取りを、幸いにもエリザは気づいていない。


 レーベはシーバートから引き継いだ医療品の入った布包を持って、アスターの居る部屋へ向かった。

 

 食堂で声を掛けられた時、アスターの顔色が少し気になっていた。何でもない風を装ってはいたが、どこか具合の悪い所があるのかもしれない。まあ、助けてやる義理は全くないのだが、何か気にかかったのである。


 

 ドアをノックすると、「入れ」と返ってきたので中に入る。

 

 アスターは額に汗を掻きながら、青い顔でベッドに横たわっていた。吐いたのかタライに吐瀉物が見られる。


 先程までの様子が嘘のように話す事さえ苦しそうな状態だった。

 

「お前が盗賊達の怪我や病をいやしている所を見た」

 

 

 レーベは自らの力を試す為、盗賊達の手当てをしていた。

 

 慈善的な気持ちは毛ほどもない。ただ、好奇心と向上心を満たすために。

 自ら得た知識の正確さを実際に確かめたかったのだ。


 シーバートは魔術や医療行為を教えてくれたが、絶対に生身の人間には触らせてくれなかった。まだレーベには早いのだと言って……


「レーベ、お前はとても賢いしやろうと思えばきっと難なく出来るだろう。しかしお前はまだ子供だ。人の生死に関わるにはまだ幼すぎるのだよ。安易に知識や力を使えば、人や自分を傷付けることになる」

 

 レーベが実技を求めると、シーバートは首を横に振った。幾ら尊敬している師匠の言葉でも、ずっと納得できなかった。

 

 今は何の(かせ)もなく、自由に人体を弄れる。

 

 レーベは苦しそうにしているアスターに冷たい目を向けた。



「見せて下さい」

 

 アスターは素直に服を脱いだ。

 ガッチリした骨格を厚い筋肉が覆っている。強靭な肉体が露わになった。

 

 体は傷だらけで、アスターがこれまで何度となく潜り抜けて来た修羅場を窺わせる。

 

 異常は肩の近く、右上腕部にあった。

 細い釘が何かを留めるために刺さっている。

 釘の先には皮膚を隔ててあのおぞましい虫が蠢いていた。



「持ち歩いていた釘を刺して何とか奥へ行くのを食い止めたのだが、もう限界かもしれん。釘は毎日少しずつ奥へ奥へと引っ張られている。それに何か毒素のようなものを出しているのか、日増しに体調が悪化してる」


「症状は?」


「異常な食欲の後に嘔吐、下痢。全身に痛みもある」

 

 

 皮膚から透けて見える虫をレーベは注意深く観察した。

 

 この虫を近くで観察するのは初めてだ。

 虫の大群に盗賊達が次々と襲われていく姿を目の当たりにしたものの、混乱に乗じてさっさと五首城から脱走してしまった。虫と直接的な接触はなかったのである。



「自分で刀を使って(えぐ)る事も考えたが、左手しか使えないことと肩の裏にあるこれをよく見えないのに抉るのは無理だと諦めた」

 

 レーベの脳裏に浮かんだのはこの虫をサンプルとして捕獲することだ。 

 ただ結果としてこの男を助けることになるのはシャクにさわるので、条件を出してやることにした。



「ねえ、あんたさあ、僕を殴ったこと忘れてません?」


「……おお、忘れてた。悪かったな。しかし、あの時は敵情を知るために焦っていた。致し方無かったのだよ」

 

 悪びれず答えるアスターに余計腹が立つ。


「僕は両親にだって一度もぶたれた事はなかったんだ」


「だからそんなに小生意気に育ったのだな。お前は大人にちゃんと叱られた方がいいぞ」

 

 

 こんな状態であっても、アスターは憎まれ口を叩く。

 

 具合が悪いのも皆の前では隠して平然と振る舞っていたし、弱い所を見せるのはプライドが許さないようだ。

 

 レーベは怒りをぶつける代わりに、皮膚から少し出ている釘をグリグリ奥へ押しこんでやった。



「何をする!?」

 

 アスターはレーベを手で払い除けた……つもりだったのだろうが、怪力のためレーベは吹き飛ばされてしまった。後ろにあった丸テーブルを倒し、上に載っていた水差しが床へ落ちて水浸しになる。

 

 レーベは即座に起き上がり、震える手で水差しを拾った。

 衝撃や打撃による痛みより、今は怒りが勝っている。こちらにだってプライドはあるのだ。



「助けてやってもいい。但しあんたが持ってる情報を全部教えてください」


「何?」


「子供という理由で話し合いにも参加できないけど、僕には知る権利があると思うんです。あんたが知り得る限りの国内情勢と魔国で王女を人質にとっている連中が何者なのか、ユゼフ・ヴァルタンとはどういう関係なのか教えてください」


「知ってどうするのだ? 子供には関係ない話だ」


「関係あるかないかは僕が自分で決めます。あんたは知っていることを洗いざらい話せばいい」


「……分かった。だが先にこの虫を何とかしてくれ」


「話が先です」


「おぉい、私を怒らせると怖いのは知っているだろう?」


「今は怖くない。僕が助けないと確実にあんたは死ぬ」

 

 

 アスターは少し沈黙した。 

 至って冷静な顔つきで何やら思案しているようにも見える……

 


「別に死ぬのは……怖くない。だが、教えてやってもいい」

 

 次に口を開いた時、ふざけた要素は微塵もなかった。アスターは静かに話始めた。

 


 鳥の王国内で勃発した謀反の話。

 謀反人イアン・ローズに対し、王を守るシーマ・シャルドンの構図。

 尊大で暴力的なイアン・ローズの話。

 

 ユゼフとイアンは従兄弟で幼い頃はよく遊んだということ。

 ユゼフはシーマに忠誠を誓い、彼こそ王にふさわしいと。死にそうな現国王(既に死んでるかもしらないが)の亡き後、王位を継ぐべきだと考えている……

 

 


 国内の情勢について話した内容は、ヴィナス王女からの手紙の内容と変わらなかった。

 

 アスターの話を一通り聞き終えてから、レーベは口を開いた。



「僕が聞きたい事はそんな事じゃないです」


「……じゃあ、何だと言うのだ? 全て話したぞ」

 

 レーベはベッドの上で苦しそうに喘いでいるアスターを冷たい目で見下ろした。



「あんた、本当にユゼフ・ヴァルタンを信用してるんですか?」

 

 アスターは頷いた。


「七割方は。何故ならあいつは盗賊達の雇い主の首を持ってきてから取引に臨んだ。口だけではなく行動ができる」

 

 レーベは嫌悪感を露にして言った。


「あいつは人間ではない。動物の姿を変えたり、魔獣を操る。何十年修業しても人間の魔獣使いが出来ないことを平然とやってのけるんだ。それは体内に強い魔力を秘めた魔人だということです」

 

 魔獣を自在に魔瓶から出し入れし、亀を巨大化させる。

 レーベはその場には居なかったものの、エリザから話を聞いていた。



「魔人だからどうと言うのだ? 確かに恐ろしい種族ではあるが……それだからと言って信頼性には関係ないだろう」

 

 レーベは溜め息を吐くと、アスターを鋭く睨みつけた。


「時間の壁に通り抜けられる場所などありません」


「何?」


「僕はディアナ王女の手紙をグリンデル女王へ渡しに行きました。虫食い穴を通ってグリンデルまで……ユゼフから聞いた話ではグリンデルと鳥の王国の国境沿いに通れる所があると。しかしそれは嘘です」


「……」


「グリンデル人何人かに尋ねても、そのような場所の存在を知る人はいませんでした。グリンデルの女王様にまで訊ねてみたが、笑われただけでした。それなら壁があろうが自由に行き来出来るではないか、と。援軍は特別な方法で壁を渡らせるそうです」

 

 アスターは軽く瞼を閉じて、思考した。


「……なるほど。ユゼフの話だと、決まった日時に王女をその場所へ連れて行かないと駄目らしい。もしかしたら、「時間移動者」と待ち合わせをしているのかもな」

 

 言った後に乾いた笑い声を上げる。

 時間移動者というのはおとぎ話に出てくる迷信じみた存在だ。本当にいるのかいないのか、誰も知らない。


「まさか!? 時間移動者なんてただの噂話です。僕は自分の目で実際に見たものしか信じない」


「まあ、王女を助けた後の事は不安ではあるが……」


「それにね、ユゼフは壁が現れた時も、盗賊達に襲われた時も、いやに冷静だった。知っていたんですよ。こうなることを。ユゼフとシーマは謀反が起きる前から繋がっていた。これが何を意味するか分かりますよね?」


「……ユゼフの主君であるシーマ・シャルドンが謀反を企てた張本人ということか……でも、そんな事は私にとってどうでもいい。働いた対価を新しい王がちゃんと支払ってくれるのなら」


「あんたもユゼフもあの盗賊達も倫理的感情が欠落しているようですね。魔の国に居るローズがどんだけの(くず)かは知らない。でもこれは正義と悪との戦いではなく、屑同士の戦いです」


「何とでも言え。私はこの件から降りる気はないぞ」


「あんたらの身勝手な欲望のせいで被害を被る人が居るんです」

 

 レーベの頭に浮かんでいるのは、シーバートとエリザだった。



「僕も魔の国へ一緒に行く。そしてこれからは話し合いに入れてもらう。それを約束してくれたら手当てしてあげます」

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