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第一部 前編四十九話「機械兵士②」、七十四話「出会い」 イアン視点

※四十九話「機械兵士②」の後、カットした部分です。


(イアン)


 誰も居ない教室で一人。

 

 時折、イアンは取り巻き連中を先に帰らせ、放課後一人残る事があった。

 

 たった一人、楽器の練習をするために。

 家でも出来るのだが、誰も居ない教室というのがいい。何だか学校を一人占めしているようで気分が良かった。


 それに何故だか時々、一人になりたくなる。無性に。誰もがうっとおしくなって、媚びもお世辞も不快になる。


 孤独は心地良かった。

 

 その日も気持ち良くヴァイオリンを弾こうと思った。

 

 弓を手に構える。

 剣を持つ時と同じだ。

 自分の中で最高の姿勢をとる。


 他から見れば滑稽かもしれないが、戦闘前は精一杯格好つけるのだ。自惚れ屋と笑われようとも構わない。イアンにとって、型はとても重要だった。


 型が決まると、おかしいくらいに没頭する。周りが見えなくなる。

 弾き始めたのは、旅の吟遊詩人に教えて貰った悲しい詩……確かグリンデル王国の……


 姫を愛した英雄は国を追われ、魔人になる。愛する姫も不実の罪を被せられ……

 胸を(えぐ)る旋律。初めて聴いた時は鳥肌が立った。

 

 貴族達が好むのは上品で体裁のいい音楽だ。

 イアンは宮廷音楽を好まなかった。

 作られた虚飾にしか聞こえなかったのである。



 悲しい音色はイアンを酔わせた。

 だが……


 切ない恋歌にそぐわない雑音が心をかき乱した。

 

 聞こえるのは窓の外。

 校庭からだろうか。

 不快な罵声や笑い声だ。

 

 イアンは外を覗いた。

 喧嘩か? いや、一人が一方的に痛めつけられている?

 

 「旧国民」「内海人」「貧民」といった言葉が飛び込んでくる。罵りながら暴力し、笑っているのだ。


 彼らの話している内容から、痛め付けられているのがサチ・ジーンニアだと分かった。



『ああ、聞いたことがある』

 

 

 違うクラスなのでイアンがサチを見たのは、これが初めてだった。

 確か知恵の島にある学術士養成学校へ行くはずだったのに、何かの手違いでこの学院へ来たのだと。



『噂は本当なのか』

 

 サチは平民なのだと聞いていた。


『あり得ない』

 


 この学院には貴族の子息しか居ないはずだ。使用人や農民や物売りの子供が来るような所ではない。

 

 興味をそそられ、イアンは窓の外から目が離せなくなった。

 サチを痛めつけているのは十人くらいで、中にはイアンの家来もいる。彼らは大勢で抵抗出来ないサチを倒れて動かなくなるまでいたぶり続けた。


 こうなると育ちのいい悪いは関係ないのかもしれない。

 人間社会に置いて、異物が見つかると排除しようとするのはどこも同じだ。手段のえげつなさも変わらない。


 動かなくなると彼らはサチを踏みつけ、唾を吐いた。誰かが何か言い、笑いながら三人くらいが小便を引っかける。



『下品だな』

 

 

 イアンは思わず笑った。

 連中が去った後もしばらくサチは倒れたまま動かなかった。

 

 ショウの終わりは呆気ないものだ。

 母にねだって歌劇へ連れて行ってもらっても、必ず終わりが来る。

 観る前はあんなにワクワクしたのに、残酷に突き放されるのだ。

 物語はいつもイアンを裏切った。


 ピクリとも動かなくなったサチをイアンは冷ややかに見下ろした。

 

 この時、イアンにとって見知らぬいじめられっ子は春に飛ぶ羽蟻程度の存在だった。

 目の前にチラついて邪魔だったら容赦なくはたき落とすし、大人しく花に留まっていれば暇潰しに観察する程度の。

 


『死んだか。まあ俺には関係ない』

 

 

 だが、イアンが窓から離れようとした時、サチはむっくり起き上がった。



『あれ? 生きてた。でもまあここ(学院)にはもう居られまい』


 

 当然だろう。元々、庶民が居ていい場所じゃない。ふざけた手違いもあったものだ。

 しかし、露ほども同情なんかしてないのに、不思議と目が離せなかった。


 

 起き上がったサチは手をかざし、上空を仰いだ。



『……え?』


 

 その日は曇天で淀んだ色の雲が空を覆っていた。

 一日中、薄暗く重い雲が垂れ下がり、暗鬱とした気分に追い打ちをかけるようだった。


 サチの伸ばした指の先……厚い雲がパックリと割れたのである。

 青空がチラリと顔を見せ、そこだけ別世界になる。不純物を抜いた眩しすぎる青。

 思わずイアンは目を細めた。


 青い割れ目から光のシャワーが落ちてきて、サチを浮かび上がらせる。

 気持ち悪い薄暗さの中、そこだけが明るく照らされていた。


 腫れ上がっていたので、どんな顔かは分からない。顔全体が赤黒く膨らんでいた。

 でも、目は……離れていても分かる……目だけは……

  

 彼はどんなに痛めつけられようが、泣いたり脅えたり卑屈になったりしなかった。

 真っ直ぐ澄んだ瞳で空を見上げたのである。

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