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涙の流星群  作者: 最上優矢
第六章 ピンチはチャンス、信じるのはペルセウス座流星群

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思わぬ事態

 翌日、七月二十七日の火曜日。


 昼食後、ぼくと遙香さんは龍司さんの住む賃貸マンション「メゾン長瓶」を訪れた。

 その目的は、これまでのことを龍司さんに報告するためだ。


 相変わらず、「メゾン長瓶」には猫やカラスやハトがうろついていて、正直気味悪かった。

 たぶん、これが「メゾン長瓶」の日常風景なのだろう。


 龍司さんの住む一〇一号室の部屋に入ると、龍司さんの甥である海堂さんもこの場にいた。


「やあ、きみたち。天音から聞いたよ。ペルセウス座流星群にすべてを賭けるんだってね。

 諦めなければ、キセキは起こるよ。

 焦らず、けれど無理せずにがんばってね」


 ぼくは神妙にうなずくと、それから海堂さんに「ひょっとして、海堂さんも龍司さんに報告を?」と訊いた。

 海堂さんが何かを言う前に、そばにいた龍司さんが豪快に笑い出した。


 このとき、ぼくは龍司さんを見て、ようやくぎょっとした。

 なぜなら、彼はすっかりボサボサの髪に戻っていて、かつ無精髭だったからだ。

 龍司さんからは生ゴミのような臭いがするので、たぶん風呂にも入っていないのだろう。

 きっと彼は昼夜逆転の生活に戻っているに違いない。


 すべて元通りだ。


「いやいや、笑ってすまねぇな。

 だってよぅ、海堂はおれに謝罪をするため、ここを訪れたんだぜ。それも土下座をするためだからな。お前ら、反省しろよ」


 すぐにぼくらはピンと来た。


「反省しろって……それはわたしたちが夏奈にウソをついているからですか?」


 恐る恐るといった様子で、遙香さんは龍司さんに訊く。

 龍司さんは何かを言いかけたが、一足先に海堂さんが答えた。


「平たく言うと、そうなるね。

 まあ、それを見て見ぬ振りをしたぼくも悪いわけだから、あまり気にしないでくれ」


 どこまでも優しい海堂さんに、ぼくは涙ぐんだ。


 やはり、彼は姉の恋人にふさわしい。


 隣を見ると、遙香さんも涙ぐんでいた。

 おそらく、ぼくが涙ぐんだ理由とは異なるのだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい。迷惑をかけて、ごめんなさい。

 でも……これからもわたしたちはウソをつき続けます。それだけは譲れないです」


 謝りはするが、あくまでも強気な遙香さん。


 一気に室内は静まり返る。


 この沈黙を破ったのは、なんとぼくであり、そのぼくは、

「ここはぼくらに任せて、大人たちは温かい目で見守ってやってください。どうか頼みます」

 と龍司さんと海堂さんに頭を下げた。


 しかし、彼らは決して怒ってなどいなかった。

 むしろ、ぼくらを励ましてくれた。


 やがて、海堂さんはこんな話をぼくにした。


「そういえば、翔くん。軍司さんと大樹さんに……神崎刑事と佐竹刑事に会ったんだってね。

 二人、元気にしていた?」


 ぼくは二人の刑事の顔を思い出しながら、「はい、とても元気そうでしたよ」と言葉を返した。

 海堂さんはクツクツと笑い、「元気すぎて、困りはしなかったかい?」とこちらが困るような質問をしてきた。

 とりあえず、ぼくは曖昧な返事をすることでごまかした。


 と、そのとき、ぼくは海堂さんに訊いてみたいことを思い出した。


「前に神崎刑事が言っていたことなんですが、自分たちは海堂さんたち兄妹と少し個人的な付き合いがある、ちょっとした関係だ、なんて言っていましたけど……失礼ですが、どういう関係です?」

「あぁ、そのことか」


 お安い御用だよ、と海堂さんはうなずくと、ぼくに事情を説明した。


 まだ『兄妹と忘却の死者蘇生事件』が佳境に入っていない頃――坂上兄妹は警察署を訪れたという。

 もちろん、すべてをメチャクチャにした通り魔を捕まえ、この問題を解決するためである。


 そのときに担当した刑事が、神崎刑事と佐竹刑事なのだが……二人の刑事は坂上兄妹の言うことを信じなかった。

 坂上兄妹は嘆き悲しみ、さらには怒り狂い、警察署をあとにしたそうだ。


 後日。


 問題が解決したあと、一人で海堂さんは警察署に乗り込み、刑事第一課強行犯係に所属していた神崎刑事と佐竹刑事に会い、そのすべてを語った。

 二人の刑事は自分たちが間違っていたことを知り、原因解明に動く。


 それが――。


「……刑事特異課幻想捜査係、ですよね」

「うん、そのとおりだ。それからだよ、幻想事件というものが誕生したのは」


 複雑そうに海堂さんはため息をつく。


「ぼくらやきみたちみたいな被害者を出さないため、ぼくらは軍司さんたちに協力を申し出たんだ。

 だけどね……どうだい、この世界は。

 軍司さんや大樹さんいわく、この世界は幻想事件に支配されているそうじゃないか。

 いつから、この世界は人間の世ではなくなってしまったんだろうね。

 ぼくはね、正直愕然としたよ。それ以上に、幻想事件から侵略を受けている世界が恐ろしくなった。

 ここはぼくらの世界か? ぼくらの世界を返せ、ってね」


 最後、海堂さんはふっと笑ってから、「軍司さんたちはね、ぼくたち兄妹にとって、とても複雑な関係なんだ。この“現実世界”を“異世界”に変えてしまった軍司さんたちが、ぼくらは憎い」と話を締めくくった。


 なるほど、重い話だった。

 なんだか疲れてしまった……。


 そう思った矢先、誰かのスマートフォンから電話の着信音が鳴り響いた。


 いや、待てよ。

 この着信音は――。


「あ、わたしみたい」


 あわてて遙香さんはスマートフォンを取り出し、電話に出た。


 遙香さんは「もしもし?」とマイクに向かって言うが、電話の相手は早口でしゃべっているのか、何やらやかましかった。

 直後、遙香さんは青ざめた。

 その後、遙香さんは「……分かった。すぐに戻る」と言って電話を切った。


「どうしたんだよ、何があったんだ?」


 ぼくが遙香さんに訊くと、彼女は落ち着き払った様子で「お父さんから。どうやらわたしの両親、夏奈のことを忘れてしまったらしいわ」とぼくらに伝えた。


 それはいかん。

 思わぬ事態だ。


「どうしよう、遙香さん。ねえ、どうしよう」

「どうするんだよ、遙香。おい、どうするんだよ」


 ぼくと龍司さんは狼狽した。

 しかし、そんな事態にも関わらず、遙香さんや海堂さんは冷静だった。


「よし、ぼくが車を出そう。車は付近のコインパーキングにとめているから、すぐに乗れるよ。

 ――きみたち、準備は?」

「ええ、大丈夫です。お願いします」


 ぼくは遙香さんや海堂さんとともに、早足でコインパーキングへと向かった。


 海堂さんの車は六人乗りのSUV車で、ボディカラーは白だった。


「さあ、行くよ」


 海堂さんは車のアクセルを踏み、コインパーキングから出た。


 こうしてぼくらは遙香さんの家に行き、泣きじゃくる夏奈さんを救出したのだった。

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