男に二言はない
ぼくらの思い出作りのサポーターであり、バカでだらしない三十八歳の男性、滝沢龍司さん。
彼はサポーター就任後、まず風呂に入った。
理由は簡単、不潔で臭いからだ。
「龍司さんはね、よくも悪くも子どもなんだ。いや、子ども心を持っている、と言ったほうがいいのかもしれないね。
だから、彼はだらしない大人の筆頭なのさ」
龍司さんが風呂場で機嫌よく鼻歌を歌っているとき、そのように海堂さんは教えてくれた。
どうでもいい、の一言に尽きる。
海堂さんには悪いが、ぼくはそれを聞き流した。
だが、完全には聞き流せず、ぼくは鼻で笑いそうになり、思わず鼻元を押さえた。
それをどう勘違いしたのか、海堂さんは「そうか、翔くんもそう思うのか」と感心したように何度もうなずく。
…………。
さすがは海堂さん、しっかりと龍司さんの血を引いている。
無性にぼくは悲しくなり、脳内で一人じゃんけんをして遊ぶことにした。
くっ、つまらないぜ。
その後、体を清潔にした龍司さんは、ぼくらの待つチャブ台に現れた。
ぼくらの前に現れるなり、龍司さんは身支度を始めた。
どこへ行くのかとぼくが訊いたら、龍司さんはこう答えた。
「ああん? そんなの、決まっているだろうが。
お前らの思い出作りのため、おれが一肌脱ぐんだよ。
つまりだな、“お前らを旅行に連れて行く”ため、おれが“お前らの両親を説得させる”んだってばよ。
へへ、男に二言はないぜ」
――男に二言はない。
滝沢龍司、三十八歳。
彼は言い切った。
それからまもなくして、龍司さんはぼくらの旅行を実現させるため、あちらこちらと動いた。
具体的に言うと、龍司さんはわずか四日間で、ぼくら八人の両親を説得し、さらには旅行の手筈も整えてくれたのである。
バカでダメな人間でも、やればできるのだと、ぼくは彼から教わった。
このように書くと、ぼくが龍司さんをバカにしているように聞こえると思うが、まったくそんなことはない。
どころか、ぼくは粗暴で自由奔放な龍司さんを好いていて、そんな彼に惹かれてもいた。
何を言っているのか分からないと思うが、つまりはそういうことである。
誰しも、他人に理解不能な好意を抱くと思うのだが、今のぼくはまさにそれだった。
いつしか、ぼくは龍司さんというバカでだらしない男性に惹かれ、そんな彼の粗暴で自由奔放な性格に憧れていたのだ。
あのとき、ぼくは龍司さんのことを“師匠”と呼んだが、それは正しかった。
そうさ、ぼくは滝沢龍司という男に憧れてもいたのだ。
旅行に行く前、ぼくは彼に訊いてみた。
「どうして、師匠はぼくらに力を貸す気になったんですか?」
そしたら、龍司さんは目を輝かせながら、こう答えた。
「だってよぅ、ガキのやることにつまらないものなんてないんだぜ? あいつらがやると、それはすべて面白いもんになっちまう。
おれはな、そんなガキどもが好きだし、ガキどもがやることも全部好きだ。
そもそもの話、おれ自身もガキどものようにワクワクしちまうのさ」
この龍司さんの言葉を聞いて、ぼくは海堂さんの言葉――「龍司さんはね、よくも悪くも子どもなんだ。いや、子ども心を持っている、と言ったほうがいいのかもしれないね」を思い出した。
そうか、だから海堂さんは龍司さんのことを“子ども心を持っている”と言ったのか。
今さらながらに納得。
旅行前日――きれいにヒゲを剃り、身なりを整えた龍司さんは、ホテルに提出する親権者の同意書をペラペラとさせながら「いいか、お前ら。この一泊二日の旅行は、お前らの思い出作りのための旅行だが、おれを楽しませる旅行でもある。お前らのため、おれのため、絶対にこの旅行は成功させるぞ」と上機嫌な様子で、ぼくらの前で高笑いしてみせた。
さすがは子ども心を忘れない大人。
余裕のある高笑いだった。
ちなみに旅行に行くメンバーは、ぼく、遙香さん、夏奈さん、徹、龍司さんに加え、龍司さんの元恋人であり、今回の観光地の案内役でもある三十六歳の女性、白石梓さん――彼女を含めた六人だ。
環奈や茜、詩織さんや勇人の四人は、ぼくらが旅行に行っているあいだ、学校で変化があったときの報告のため、今回は居残りとなる。
もしも次の思い出作りがあるのなら――つまりは一度目の思い出作りが失敗したのなら、今回の旅行メンバーと居残りメンバーを入れ替え、全員で夏奈さんの思い出作りを臨もうと、ぼくらは決めていた。
こうしてぼくらは七月十七日の土曜日の昼前、Y県美楽町の湖畔に建つリゾートホテル、美楽湖ホテルを目指し、龍司さんの運転する黒塗りの六人乗りワゴン車に乗り込み、思い出作りのための旅行に出発した。




