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涙の流星群  作者: 最上優矢
第四章 忘却の夏

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メゾン長瓶

 海堂さんいわく、龍司さんの家は「カレス」から向かうとなると、ちょっとばかり遠いらしい。


 人数が多いということもあり、ぼくらは話し合った結果、ぼく、遙香さん、夏奈さん、海堂さんの四人で、龍司さんの家に向かうことになった。


 徹たちには悪いが、彼らには家に戻ってもらうことになり、とりあえずは解散という形で、この場はお開きとなった。


「龍司さんのサイン、もらってきてね。えへへ、約束だよ、翔」


 この言葉は姉が言ったものだが、これ以上の意味不明な言葉はもうたくさんだったので、ぼくは「龍司さんって、無精髭らしいよ」と姉を意図的に幻滅させ、その場から姉を退散させた。


 これでよし。


 ちなみに龍司さんが無精髭だという情報は、あらかじめ海堂さんから聞いていたため、それでぼくは知ることができた。


 この戦争、姉の負けである。


 姉が立ち去ったあと、ぼくと姉の戦争の目撃者である海堂さんは唐突に吹き出し、「さすがは天音の弟、翔くんだ」とぼくの髪をくしゃくしゃにした。


 その後、ぼくらはバス停留所で路線バスに乗り、そこから十八本目の「よもぎビル前」で、ぼくらはバスを降りた。

 そこからさらに五分ほど歩いたところに、龍司さんが住む築四十年以上の五階建て賃貸マンション「メゾン長瓶ちょうびん」があった。


 そこは寂れたマンションで、本当に人が住んでいるのかというくらい、あまりに人気がなく、同時に怪しいマンションだった。

 それだけならまだいいが、マンションの敷地内を見て、ぼくは戦慄。


 猫は我が物顔でうろつき、数匹のカラスは敷地内にあるゴミ袋を突っつき、平和の象徴でもあるハトは敷地内のあらゆるところにいた。


 どうやら、ぼくは日本の闇を見てしまったようだ。

 家に……帰りたい。


 後ろにいる遙香さんと夏奈さんを見ると、不安や恐怖のためか、二人は互いに手を取り合い、ブルブルと震えていた。

 彼女たちのおびえた様子に釣られ、ぼくはブルッと身体を震わせた。


「か、海堂さん……」


 ぼくは正面を向いたまま、隣にいる海堂さんに声をかけた。

 しかし、海堂さんの返事はない。

 もう一度、ぼくは海堂さんに声をかけた。


「海堂さん、ここは危険です。とりあえず、避難しましょう」


 それでも、海堂さんの返事はない。


 そこでようやく、ぼくは海堂さんに目を向け、「か、海堂さん……?」と彼をいぶかしんだ。

 海堂さんの表情を見て、ぼくは目をまん丸くした。

 なぜなら、ぼくが海堂さんを見たとき、彼は懐かしそうに目を細め、これまた懐かしそうにうんうんとうなずいていたからだ。

 そして彼は一言――「いつ見ても、ここは心が和む」と「メゾン長瓶」の敷地内を眺めながら、そう感嘆の声を上げた。


 パリン。


 ぼくの心の中で、あるものが割れた。

 ぼくはそれが割れる瞬間を見ていて、当然、それがなんなのかも知っていた。

 けれど、ぼくは見て見ぬ振りをすることにした。

 それが海堂さんと付き合う上で、もっとも大事なことだと、もっとも大切なことだと、理解したからだ。


 ぼくは海堂さんの信じられない一面を知らない。

 彼の信じられない表情を見ていない。

 彼の信じられない発言を聞いていない。


 ぼくは何も知らないし、見てもいないし、聞いてもいない。

 だから、ぼくは海堂さんに幻滅なんてしない。

 海堂さんは海堂さんだ。


 そう思い込むことにしたぼくは、ふっと笑い、「海堂さん、ここが龍司さんの住むマンションですね?」と爽やかな口調で海堂さんに確認した。


 ぼくの芝居じみた話し方に釣られたのか、海堂さんもこれまた爽やかに「ああ、そうだよ。ぼくの尊敬すべき叔父であり、きみたちの思い出作りをサポートする頼もしき人物、滝沢龍司さんが住むマンションだ」と目の前のオンボロマンション「メゾン長瓶」を手で示してみせ、誇らしげに腕組みをした。


「ええ、分かりますとも」


 ぼくは海堂さんの雰囲気に合わせるため、うんうんとうなずいた。


 そのとき、後ろにいた遙香さんと夏奈さんが悲鳴を上げた。

 何事かと、ぼくは後ろを振り返った。


「ちょっとちょっと、翔くんったら……何を感化されているの? 正直に言うね、二人とも怖い!」

「……きみたちさ、わたしたちをだまそうとしているよね。

 えっと、じゃあ聞くけど、こんな怪しいところで何をするつもりなの?」


 全力で遙香さんと夏奈さんは拒絶と不快の反応を示し、遙香さんに至ってはパニックに陥っていた。


 やめろ、二人とも。

 せっかくぼくが新たに身に付けた処世術なんだ。

 それを台無しにしてくれるな。


 空気の読めない二人の声に、ぼくは鬼のような表情で「うるさいぞ、きみたち。女は男のあとに黙って付いてくる……それすら守れなくて、何が女だ」と自分でも何を言っているのか分からない言葉を使い、彼女たちを責めた。

 とうとう遙香さんは泣き出してしまい、見かねた夏奈さんが「この鬼! 時代錯誤も甚だしいってば」とぼくをきつくねめつけ、強く非難した。


 そんなこんなで数十分の時間を、ぼくらはこの「メゾン長瓶」の敷地内で過ごした。

 なので、龍司さんが住む一〇一号室のドアチャイムを鳴らす頃には、海堂さん以外の人物は皆、物々しい雰囲気を漂わせていた。


 正直に言おう。

 ぼくは悲しい。

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