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涙の流星群  作者: 最上優矢
第四章 忘却の夏

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不穏な三叉路

 ぼくが待ち合わせ場所の三叉路に着いたとき、そこに遙香さんはいなく、代わりに夏奈さんが所在なさげに立っていた。


 嫌な予感がする。


 ぼくが夏奈さんに近付くと、こちらに気付いた彼女は「わっ」と声を上げて驚いた。

 驚かせる意図はなかったのだが、どうやら夏奈さんにはそうは見えなかったようで、「ダメダメ。女の子を驚かそうなんて、きみは危ない人だよ」とふくれっ面になり、ぼくを非難した。


 ぼくは夏奈さんの勘違いにカチンと来たが、それでも遅刻という自分の非を思い出し、すぐに頭を切り替えたぼくは「遅れてごめん。で、遙香さんは?」と彼女に謝るとともに、遙香さんのことをずばり聞いてみた。


 夏奈さんは気まずげに「んー」と声を上げたが、けれどすぐに吹っ切れた様子で、

「遙香なら、先に登校しちゃった。だって翔くん、あまりに遅いんだもん。

 あいつがプリプリ怒るのも、無理はないんじゃない? って、わたしは思うけどな」

 と早口で述べた。


 反論不要、言い訳不要。

 まさに夏奈様のおっしゃるとおりである。


「まあ? ああみえて、遙香は翔くんのこと好いているみたいだから、あとで仲直りでもすればいいじゃん。

 きみたちのこと、わたしは応援しているからさ、早いところ付き合っちゃえば? ふふふ」


 一見すれば、夏奈さんは機嫌よく笑っているが、よくよく見ると、彼女はニヒルな笑いを浮かべているようにも見えた。

 それに気付いたとき、ぼくは背筋がゾクリとし、友である夏奈さんを直視することができなかった。


 それだけじゃない。

 今の夏奈さんの言葉を聞く限り、ぼくと遙香さんの交際がウソだということを前提で話していた。

 この夏奈さんの言葉からは強い憎悪を感じ、先ほどのニヒルな笑いといい、もうすでに夏奈さんはぼくらのことを嫌っているのかもしれない、とぼくは絶望した。


 これを軽視することはできない。

 なぜなら、ぼくらは夏奈さんから恨まれるようなことをしているからだ。

 ウソを……ついているからだ。

 それも取り返しのつかないウソを。

 後戻りのできないウソを。


 ズキズキとした頭痛がし、心臓が早鐘を打つ。


 ぼくは己の心を落ち着かせるため、浅く速い呼吸をやめて、深くゆっくりとした呼吸に切り替えた。

 それで頭痛は少しだけ和らぎ、早鐘を打っていた心臓は平常に戻った。


 だが、次の夏奈さんの言葉を聞き、ぼくはさらなる衝撃を受けた。


「でさ、どうだったのかな。……神崎刑事と佐竹刑事、きみの家にも来たんでしょう?

 あいつら、幻想事件がどうとか言っていたけど、きみはどう思ったのかな、翔くん。ねえねえ、このわたしにも聞かせてよ。ほーらほら、聞かせて聞かせて」


 ぼくは息を呑んだ。


 これでは話が違う。

 夏奈さんはぼくら仲間に幻想事件のことを話したくなく、さらに彼女はぼくの家に二人の刑事が訪れたという事実を知らない。

 それが神崎刑事から聞かされた夏奈さんの状況、だったはずだ。


 しかし、現実はまるで違っていた。

 現に、夏奈さんは幻想事件という単語をぼくの前で口にし、大浦家に二人の刑事が訪れたことを当然のように知っていた。


 さすがのぼくも、これには驚かざるを得ない。


「あのさ、そんなに驚かれても困るんだけど。何よ、そのアホ面。なんだかバカみたい」

「……神崎刑事から聞いたけど、夏奈さんは幻想事件のことをぼくらに話したくないそうだね。

 しかも、ぼくの家に二人の刑事が来たことさえ、きみは知らないはずだ。

 それなのに、どうしてきみはそれらを口にすることができるのさ」


 今のぼくは学校に登校するということを些末なものだと決め付けていて、この三叉路での夏奈さんとの会話を重視していた。

 しかし、そんなぼくの真剣な思いとは裏腹に、夏奈さんはこの会話を自分の攻撃手段として利用した。


「きみってさ、とことんバカだよね。大馬鹿者だよ。

 何、分からないの? なら、教えてあげるけど、前者のほうは刑事たちについた“ウソ”。

 ほら、あいつらは仮にも刑事じゃん? わたし、警察とか刑事とか、本気で嫌いなんだよね。

 正義のヒーローを偽って、正義面をする奴らはマジで嫌い。

 で、後者のほうは翔くんの顔を見て、たったいま分かったことなの。

 だってきみ、わたしの顔を見て明らかに動揺するんだもん。

 それさ、ものすごく相手に失礼なことだから、絶対にやめたほうがいいよ。

 しかもそれをするとね、自分の隠し事が相手に分かっちゃうから、絶対にやめたほうがいい、とわたしはきみの今後を心配して、ずばり言っちゃったりするわけ。あはは」


 夏奈さんは興奮しているのか、それとも早口で非難することが人をよりよく傷つけられる方法だと思い込んでいるのか、こちらが強面になっているのにも関わらず、彼女は早口でまくし立てた。


 しかし、彼女の話にはひとつ間違いがあった。


 ぼくが夏奈さんを見て動揺したのは事実だけど、それは夏奈さんに隠し事をしているから、という三流の理由などでは決してない。

 夏奈さんのニヒルな笑いと彼女がした発言こそ、ぼくが動揺した一流の理由なのだ。

 断じて、夏奈さんが言ったような理由で動揺してはいない。

 そう、断じてだ。


 ぼくが怒りで我を忘れかけたそのとき、ぼくの頭の中に住まう、ぼくと同じ姿をした天使が「ダメだよ、ぼく。夏奈さんをいじめるのはよしてくれ。ここは冷静になろう。な?」とこちらの心を限界まで往復ビンタし、なんとかぼくを正気にさせた。


 いかんいかん、これでは本当の本当に例の悪夢が正夢と化してしまう。

 いったん、ここは冷静になるべきだ。

 さもないと、ぼくは一生後悔するはめになる。


 ぼくは表情を和らげた。


「まあいいさ。どうぼくが思ったのか、夏奈さんにも教えてやるよ」


 夏奈さんの興奮を落ち着かせるためもあり、ぼくは穏やかな口調で、自分の意見を彼女に述べた。


 まず、幻想事件は実在し、この世にはそのような摩訶不思議なことが存在するということ。

 きょうから夏奈さんも「兄妹と忘却の死者蘇生事件」の坂上琴美さんのように、みんなの記憶から忘れ去られ、いずれ時空からも抹殺されてしまうだろう、ということ。

 幻想事件がどのようなもので、夏奈さんの「悲嘆と忘却の死者蘇生事件」がどういう結末を迎えるのか、まだ仲間たちには秘密にし、ここぞというときに真実を伝えるということ。


 そして――。


「ここはあえて“ぼくら”と言うけど……ぼくらは幻想捜査係の刑事たちの手を借りない。刑事たちの手を煩わせない。

 ――自分たちの手で、この事件を解決する。

 これがぼくの答えで、ぼくらの答えだよ、夏奈さん」


 ぼくはきっぱりと夏奈さんに宣言し、話を終わらせた。


 先ほどはお互いが冷静でなくなっていたが、今のぼくと夏奈さんは冷静さを取り戻すほど、さらには真剣な表情になるほど、この話題に重きを置いていた。


 今のぼくらをたとえると、進路しかなく、退路がないローラーコースターのようなものだ。


 しかし、普通のローラーコースターの場合、一周すれば元の位置に戻れるが、ぼくらのローラーコースターにはそれがない。

 常に新たな進路に向かい、決して元の位置になど戻れることはできない人生のローラーコースター。

 それにぼくらは乗っている。


 このローラーコースターから降りることはできず、乗客のぼくらは左右にカーブし、時には一回転しながら、スリルのある人生を味わう。

 それは人間の義務であり、人間の唯一の枷であり、そして人間だけが持つ特権でもあった。


「……そっか。それが“きみたち”の答えなんだね」


 軽蔑しきった夏奈さんの言葉。


 それを聞いて、ぼくは「じゃあ、夏奈さんの答えはなんだよ」と思わずムキになった。

 すると、

「わたしなら、いるはずのない仲間と時間を過ごしたい」

 と即答。

 待ってましたとばかり、夏奈さんは即答した。


 いるはずのない仲間と時間を過ごしたい。

“いるはずのない仲間”――。

 いるはずのない仲間……?

 …………。


 ぼくは首をかしげた。


「いやいや、夏奈さん。ぼくらは仲間だろう? いるはずのない、って……じゃあ、きみにとっての仲間とは何さ」


 その言葉を言い終えた直後、確かにぼくは自分の心臓から「どくん」という音が聞こえた。

 それは心臓が立てた音ではなかった。

 それは、それは……。


 全身が粟立つ。


 おそらく、今の音はぼくの中に宿る邪悪な心が立てた音で、それはこのように叫んでいた。


 夏奈さんは“友達”じゃない。夏奈さんは“仲間”でもない。彼女は“ぼくら仲間”を脅かす“邪魔者”だ――。


 そんなぼくの心を見透かしたように、夏奈さんは冷笑を浮かべ、

「わたしにとっての仲間? そんなの決まっているじゃん。

 ――ウソをつかない仲間だよ、ふふふ。おかしくて笑っちゃうよね、ふふふ」

 と何がおかしいのか、彼女は笑い出した。


 どうしてもぼくは笑う気になれず、ただぼんやりと夏奈さんが笑う姿を眺めていることしかできなかった。

 だが、そんなぼくを現実に戻してくれたのは、なんと夏奈さんだった。


「いや、ごめんごめん。ウソだよ、翔くん。

 わたしはきみたちのことを仲間だと思っているからさ、そんなに暗い顔しないでよね。……で、話を戻すけど、例の刑事たちの手を借りないなら、わたしたちはどうすればいいわけ?」

「え? あ、あぁ」


 久しぶりに唾を飲み込んでから、ぼくはいつもの表情らしきものに戻り、

「『兄妹と忘却の死者蘇生事件』の関係者、坂上海堂さんはね、ぼくの姉の彼氏でさ、きっとぼくらは彼の助けを得て、この幻想事件を解決すると思うんだ」

 と明るい声で話した。


 夏奈さんは「きっと、って……わたしたちを助けるとは、まだ海堂さんは言っていないわけ?」と眉をひそめ、いぶかしむ。

 ぼくはうなずいてから、「うん。きのうの夜、海堂さんにメールを出したんだけど、まだ返信はきていないんだ」と現状を説明した。


 しばらく夏奈さんは考え込んでいたが、不意に「あ」と声を上げ、「学校、行かなくちゃ」と学校を目指して歩き出した。


 現在の時刻が知りたかったが、たぶんぼくらは長い時間をこの三叉路で過ごしていたに違いない。


 ずっと棒立ちになっていたため、足を動かすと足の裏に痛みが走り、いざ歩こうとしても、ぎくしゃくとした動きでしか歩けなく、思わずぼくは苦笑した。


 まるで、一気に年老いてしまったかのようだった。


 不穏な三叉路とは別れを告げ、ぼくは夏奈さんのあとを追いかけた。

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