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涙の流星群  作者: 最上優矢
第四章 忘却の夏

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幻想事件

 自分たちの家の前にたどり着いたぼくらは、それぞれ別れの挨拶を口にした。


「またな、遙香さん」

「うん。またあしたね、翔くん」


 そう言ってから、自然とぼくらは惨状のあった道路のほうを振り返った。


 誰かが交通事故の現場を清掃したのだろう、今朝まで道路に付着していた血痕や肉片などのあってはいけないものは、きれいになくなっていた。


 けれど、ぼくの目には今もそこに血痕や肉片、服の切れ端が残されているかのように見えた。

 それは遙香さんとて、同じなのだろう。


 しばらくのあいだ、ぼくらは無言で道路を眺めていた。


 そのあと、ぼくらは本当に最後の別れの挨拶をしてから、今度こそ別れた。


 遙香さんが家の中に入るのを見届けてから、ぼくも大浦家の敷地に入り、家の玄関扉を開けた。


「ただいま」


 自宅に入ってすぐ、ぼくは土間にある黒色のブーツ二足を見て、思わず目をみはった。

 明らかに、ぼくら家族が所有するブーツではない。

 ということは、客人のブーツだろうか。


 ぼくは例のブーツ二足を、この目でしっかり見ることにした。

 とても使い古したブーツとピカピカに磨き上げられたブーツ。

 どちらも男性用だ。

 それ以上でも、それ以下でもなかった。


 ぼくは謎多きブーツから目を離し、今度は土間全体を観察した。


 すると、新たな発見があった。


「あれ、父さんと母さん、今は出かけているのかな」


 姉のスニーカーはあったが、父と母は外出しているらしく、土間のどこを見ても二人の靴はなかった。


 ということは、今は姉が客人に対応しているのだろうか。

 そういうことなら、安心だ。

 なぜなら、客人がいるときの姉は世界一おしとやかな女性になるので、だから――。


「帰ってください。というか、帰れ!」


 姉の怒声。

 本気の怒声。


 ぼくは靴を脱ぐのも忘れ、スクールバッグを床に置くなり、ドタバタと廊下を走った。

 後先を考えずに、声がしたリビングに飛び込む。


 リビングでは敵意をむき出しにした姉が仁王立ちになって、紺色のスーツを着た中年男性と若年男性の二人をきつくにらみつけているところだった。

 中年男性は四角く脂ぎった顔をしていて、友好的な気配を漂わせてはおらず、いやに目がギラギラとしていた。

 若年男性はというと、正方形のような顔をしたまじめそうな青年で、感情を表に出すことが苦手だと推測できそうな硬い表情をしていた。


 まるで、今から殺し合いでもしかねない雰囲気だった。


 それはそうと、ぼくは客人である彼らの身なりを見て、二人が刑事だということを敏感に察した。


「……刑事さん、ですか。姉にどういう用件です?」


 ぼくの警戒しきった問いかけに、中年男性のほうは見るからに愛想よくニッと笑った。

 けれど、彼は何も答えてはくれなかった。


 若年男性のほうを見ると、彼は何やらまぶたを閉じていた。


 もう一度、ぼくが彼らに声をかけようとしたとき、若年男性の目がカッと見開いた。

 思わず、ぼくはあとずさった。


「突然の訪問、失礼しました。

 本官は奈蔵署刑事特異課幻想捜査係主任、佐竹大樹さたけ・だいきです。

 そして、本官の隣にいるお方は――」

「おれは神崎軍司かんざき・ぐんじだ。奈蔵署刑事特異課幻想捜査係長の神崎軍司。

 まっ、よろしく頼むよ、小僧」


 小僧と呼ばれ、思わずぼくはムッとしたが、それよりも気になるキーワードがある。


 ――奈蔵署刑事特異課“幻想捜査係”。


 言葉どおりならば、それは警察署の刑事が“幻想”を捜査している、ということになる。


 幻想。

 それは今のぼくらにとって、決して忘れてはならない言葉であると同時に、確実に因縁のある言葉だった。

 何せ、夏奈さんの身に起こった“死んでも死にきれない”という現象は、まさに“幻想”という言葉でしか片付けられない問題であり、扱いは非常に困難。


 ならば――いや、その先を考えるにはまだ早い。


 とりあえず、今は敵か味方か分からない刑事たちの目的を知ることだ。

 思案するのはそのあとでいいだろう。


「では神崎刑事と佐竹刑事。どういった用件で、姉を詰問していたんですか?

 姉に用件があるわけではありませんよね。では誰に用件があるんです?」


 あえてぼくは勘が悪いように見せかけ、刑事二人から事情を話すように仕掛けた。

 けれど、そこまで二人の刑事は――神崎刑事は甘くなどなかった。


「それは自分の胸に聞いてみろよ、小僧。おれたちの用件くらい、当事者のお前さんになら分かるんじゃないのか?

 仮にも、おれたちは刑事だ。くだらないことで、市民に迷惑をかけるつもりはないさ。

 事実、おれたちは“幻想事件”に巻き込まれてしまった市民を助けるため、捜査を始めたんだ。

 お前さんやお前さんの姉ちゃんもそうだが、ちょっとはおれたちに協力しようとは思わんかね、えぇ?」


 神崎刑事は目をギラつかせ、ぼくの考えがいかに浅はかだったかを語り、さらには“幻想事件”という言葉で、こちらの好奇心をくすぐった。


「幻想事件だって?」


 ぼくが“幻想事件”というキーワードに食い付くと、すかさず神崎刑事の部下である佐竹刑事が、

「はっ、幻想事件です。

 幻想事件というのはですね、幻想でしか起こるはずのない事件のことですよ。

 それはたとえば、財宝が積まれた沈没船に海賊王の魂が宿り、世界各地の海を荒らし回る『粗暴なる海賊王の幽霊船事件』であったり、姿の見えない呪われた透明人間が起こす『呪われし透明人間の連続殺人事件』であったり……その種類は様々。

 今回の場合ですと、友人にウソをつかれたまま“死にたくない”と願った少女、倉木夏奈さんが“不完全な死者”になるという、『悲嘆と忘却の死者蘇生事件』が発生したため、我々が駆け付けた次第であります。

 幻想捜査係である我々は、そのような現実にはありえない“幻想事件”を捜査すべく、存在は秘匿され、けれど確かにこの日本に存在しているのです。……翔くん、ご理解いただけましたか?」

 と、その意味を歯切れよく説明してくれた。


 刑事たちが主導権を握る現状を危ぶんだのか、それとも単にそう思ったからなのか、そのとき姉が、

「とかなんとか言って、刑事さんたち……あたしたちの両親を奈蔵署に呼び出して、玄関先で翔と刑事さん二人が会うように仕向けましたよね。

 ひき逃げ事件のニュースを知らないまま、あたしが彼氏の家をあとにしなかったときのことを考えると……とても恐ろしいです。あなたたちが怖いです。

 しかも、いやに翔たちの事情に詳しいなと思ったら、すでに被害者の夏奈ちゃんを詰問していたなんて、最低の最低です!

 悪役がいいことを言おうとしたって、そうはいきませんからね」

 と刑事たちに目をむいた。


 ぼくは姉の言葉を聞き、色々と察した。


 どうやら二人の刑事は夏奈さんに取り調べを行ったあと、ぼくの両親を警察署に呼び出し、玄関先でぼくを待ち伏せしようとしたらしい。

 けれど、この分断作戦はあえなく失敗。

 それはそのはず、姉が先に大浦家でぼくを待っていたからだ。

 そして神崎刑事と佐竹刑事が大浦家を訪れ、リビングで姉に事情を説明し、それから三人はにらみあい、と。


 姉の言葉を聞く限り、そういう経緯らしかった。


 すると、神崎刑事は高笑いした。


「いやはや、お嬢ちゃんの言葉はきついなぁ、おい。

 倉木夏奈を詰問していた? おれたちが悪役? くぅ、冗談もきついぜ。なあ、佐竹?」

「ええ、神崎さん。天音さんはとても気が強い方だと、本官はお見受けしました」


 神崎刑事は佐竹刑事とともに、うなずき合う。


 まだ二人の刑事に食ってかかろうとする姉を制止したぼくは、神崎刑事と佐竹刑事を順ににらみつけながら、

「とりあえず、お二人の目的は分かりました。

 あなたたちの目的、それは夏奈さんの身に起こった幻想事件を解決するためですね。

 その捜査の一環として、ぼくを取り調べようとしている、と。そういうことですね?」

 と、これまでの話をまとめた。


 神崎刑事はうなり声を上げたかと思えば、またもや愛想よくニッと笑った。


「ああ、小僧の言うとおりだ。

 おれたちは『悲嘆と忘却の死者蘇生事件』の捜査のため、お前さんたちの家にやってきた。

 で、いざ幻想事件の参考人であるお前さんに取り調べをしようと待ち伏せしていたら、このお嬢ちゃんに見つかってだな……こうしておれと佐竹はお前さんたちの家でお嬢ちゃんに事情を説明し、お嬢ちゃんから『帰れ』と叫ばれるわけだな。……まったく、何がそんなに気に食わないのか、おれたちにはさっぱりだね」


 けっ、と神崎刑事は吐き捨てるように声を上げ、そのまま話を終わらせた。


 なるほど、これで完全に状況は把握した。

 いや、失礼。

 これでもまだ状況を完全に把握したわけではなかった。


 あとは――。


「さっきからあなたたちが言う、『悲嘆と忘却の死者蘇生事件』というのは、被害者が夏奈さんの幻想事件ですよね。

 なぜ、そういった事件名に……いえ、なぜ“忘却”という言葉が使われているんですか?」


 ぼくは二人の刑事に訊いてから、急激に嫌な予感がし、しばらくのあいだはそれに気を取られていた。

 なので、こちらの質問に答えてくれた佐竹刑事の言葉を、ぼくはほとんど聞き逃してしまった。


「え、なんですって?」


 ぼくが聞き返すと、佐竹刑事は嫌な顔ひとつせず、再び質問に答えてくれた。


「ですから、我々は今回の『悲嘆と忘却の死者蘇生事件』と同じ事例の事件を知っていまして……それが『兄妹と忘却の死者蘇生事件』です。

 この二つの幻想事件が同一のものであると判断した共通点ですが、残念ながら、それはまだ推測の域を出ていません。

 現時点では、まだ確たる理由はなく、後者の事件ほどに前者の事件は詳細に明かされていないのが現状です。

 ですが、それでもあなたはこの二つの幻想事件の共通点が知りたいでしょうし、説明をする我々とて、出し惜しみをしようとはまるで思っていません。

 いいですか、翔くん。本官の言葉をよく聞いてくださいね。

 ――どちらの幻想事件も“死んだはずの人間が生き返り、そして時間が経過するごとに、周囲の人間が不完全な死者である当人の存在を忘却してしまう現象、時空が不完全な死者である当人の存在を抹殺してしまう現象”……それこそが『悲嘆と忘却の死者蘇生事件』の真実であり、これからあなたたちが迎えるであろう結末なのであります」


 驚きのあまり、しばらくぼくは目を見開いていた。

 その目に涙が浮かぶまで、ぼくはずっと目を大きく開けていた。


 そう、佐竹刑事が語った「悲嘆と忘却の死者蘇生事件」の詳細はあまりに非現実的で、あまりに残酷的な真実であり、あまりに悲しい結末だったからだ。

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