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色とりどりの背表紙を目で追い、必要だと思う本を取り出していく。リーシアが覚醒するのを待ってはいられない。彼女の覚醒を、恋愛以外で促すことはできないだろうか。
積み重ねた本を、椅子に座り何冊か読んでも、これといった情報は得られない。
「どうしてですの」
理由は分かっている。彼女たちは特異だからだ。
「呪いの方で調べだらどう?あの女の魅了はどちらかと言うと呪い寄りだよ」
耳元でそっと囁かれる。私は椅子から立ち上がり、後ろを勢いよく振り返る。
「誰ですの。無礼な!」
男は細身で、藍色の髪をしている。無害そうな顔に、こちらを馬鹿にするような笑みを貼り付けている。
「お嬢様が板についてるね」
男が笑う。
「馬鹿になさらないで。私は正真正銘、レイル伯爵家の令嬢ですわ」
目に力を入れ、男を睨みつける。他人の前では、まだ貴族の皮は剥がれない。
ツンとした私の態度に、男はおや?と首をかしげる。
「転生者じゃないの?日本、わかる?」
今度は私が首をかしげる。不思議な沈黙が流れた。
「えーあれーなんでー。仲間かと思ったのにーマジでー」
頭を抱え、うんうんと唸る男。平凡な顔に似合わず、動きが大きくガサツだ。身に付けている服は流行も取り入れられており、質も良い。外と内が噛み合わない人だなと思った。
「うわー。物語を崩しやがった奴はこいつじゃなかったのかー」
物語。その言葉に私は反応した。
「その物語は、リーシアとアーロン王子が結ばれる話ね」
彼はウランの魅了の能力を知っていた。物語を崩した。それは私が入学式に見た光景と、今現実で起きていることの差を指し示しているのではないか。
「え?なんなの?転生者じゃないのにストーリー知ってんの?」
「あなたは転生者なのね。転生は知っているわ。生まれ変わることね。あなたが以前生きていた場所では、別の世界を見ることが出来ていたの?」
未来を知れるほどの力がある人間なら、もしかしたら今起こっているすべてを解決する術を持っているかも知れない。私が眠る理由も、魅了の解き方も。
「いや、未来を知ってるわけじゃなくてー。なんと言えばいいのか……」
「どうぞ椅子にお座りになられて。私、あなたのお話を聞きたいわ」
椅子をずらし、向かい合うように座る。男はうんうんと唸り、言いたいことを整理している様子だ。
「えーと、まず初めに、なんでレイルはストーリーを知っているわけ?」
「入学式の日に、見たのよ。リーシアに意地悪をする自分や、アーロン王子に婚約破棄をされる様子を」
「あー。んー」
男は頬に手を添え、「なんと言えばいんだろ」と呟く。
「あのね。俺の前いた世界にはゲーム、と言っても分からないか。絵本だとでも思って。その絵本にこの世界にそっくりな物語があったんだよね」
「あなたがそれを知っているのは分かるわ。転生したのだから。でも私は違うわ。私は物語のことしか知らない」
「そうだね」
男は懐から懐中時計を取り出し、時間を見る。
「そろそろ行かないといけない時間だ」
「用事があったのね。私のために時間を割いてくださってどうもありがとう」
礼を言うと、男は困ったように笑った。
「まぁ、もうあんまり意味はないんだけど」
意味はないとは、どういうことか。私が聞き返すより早く、男は「またね」と言って図書室を出て行った。
外見は高価なもので見繕っていたが、彼の中身はまるで庶民だった。けれど、懐中時計に刻まれていた家紋は、サイナー家のものだった。北の領地を収める、男爵家だ。血筋は正統で、彼はサイナー家の次男。サイナー・オデット。
私が見た光景と、同じ光景を知っている人物。相談できそうな相手が見つかった。肩に乗っていた重りが、わずかに軽くなったように感じられる。
私は精神魔法に関する本を棚に戻し、呪いに関する本を手に取った。
登場人物が出揃いました。
大まかなプロットは書いているのですが、まったく思い通りにいかないです。お前にそんなセリフを言わせる予定はなかったぞ!状態です。