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青息彼女

「笹原さん。えーと、土曜日暇だったら、」


「暇じゃない。邪魔だ、どきやがれ」


 理科室からの帰り道、すげない言葉に固まる名も知らぬ男子。一層機嫌が悪くなった(朝から三人目なのだ)涼は寄らば斬るオーラをだしながらすいっと横を通り過ぎた。梶原は涼の分の教科書も持ちながら付いていく。リノリウムの床を踏みしめるようにF組の教室へ向けてどすどすと歩いていた涼はふいに立ち止まって、ぷるぷると体を震わせた。


「く…………っそうぜえええええ」


「わかった。でも俺の足を蹴っても何も解決しないから」


 振りかぶっていた足を下ろして涼は溜め息をつくが、怒りが収まらないようで下ろした足で地団太を踏み続ける。梶原はどうどうどうと宥めて手のひらをかざしたが、噛みつかれそうになったので手を下ろして一歩退く。


「中学生の時はこんなのなかったのに。くそ!」


 憎々しげに呟いた涼の言葉に梶原は苦笑いを返した。


「まあ中学生はほとんど小学生の時と同じメンバーだったから」


 本性を知らない限り花もかくやの美少女。

 高校にも以前の同級生は梶原の他に一人はいる。梶原の友人なのだが、涼が復活してからはあからさまに避けられている。他人の振りで通すつもりだろう。これが本性を知った者の正しい態度である。


「なんでよく知らない女をあんなに馴れ馴れしく誘えるのか」


 それは――梶原は言いよどむ。涼はずっと周りのイメージと自分の食い違いに苦労してきた。それを梶原はずっと見てきたのだ。


 かわいそうに


 何度も聞いてきた台詞。他人に都合のいいレッテルを貼るのはさぞかし楽しいことだろう。


「私が器量良しなのが悪いのね」


「それ自分で言う?」


「言われる前に言っただけだわさ」


 歪んでいた顔をパッと笑顔に切り替えておちゃらけた口調で言う涼。梶原は思わず彼女の頭をぽんと撫でた。


「背が低いからってバカにすんな」


 涼は梶原の腕をうざったそうに払いのける。地味に傷つく扱いだった。梶原の心の涙なぞには全く頓着せず、"げ、げ、下僕のげ~♪"と最悪な替え歌を歌いながら教室へ向かい始めた。













「――ひ〜るはコンビニ行って来い♪」


「焼きそばパン♪焼きそばパン♪」


「下僕の本望だ~♪」


「「「文句は受け付けない♪」」」


 下僕の皆さんご拝聴ありがとうございました~としめた涼、川端、道善を西戸崎が眉を釣り上げて追いかける。道善、川端はちょくちょくジャンケンなどで共謀し西戸崎を売店へ走らせているのだ。もちろん涼にとっての下僕は梶原だが、彼は良く調教されているので、苦笑いで西戸崎を見守るに務めた。


「ほう、余裕ですね」


 西戸崎は涼に標的を定め、酷薄な笑みを浮かべて彼女にじり寄った。川端と道善はすたこらさっさと風のようにいなくなったが、涼だけは教室の前方に勝手に設置されたお立ち台の上にまだ涼しい顔で構えていた。


「ああ、私、走れないから」


 素知らぬ顔で涼はお立ち台からひょいと降りた。西戸崎はぽかんと口を開けた。なまじ元の顔が冷めているので、より間抜けに見える。


「……忘れてました。貴女がいつも凶ぼ、」


「マジで! さっちゃんマジで!」


「な、何ですか。さっちゃんはやめて下さい」


 西戸崎はたじろぎ、涼から離れた。頬を紅潮させ、西戸崎の言う凶暴な性格などを露ほどもわからせない、邪気のない笑顔を涼が浮かべたからだろう。いつも不敵な笑いしかしない涼。久しぶりに見た年頃らしい笑顔に雨や嵐が来るのではないかと危惧して梶原は教室の窓を見上げた。のどかな青空だった。

 涼は西戸崎に詰め寄り、その腕をとる。


「ユキりん。あんた下僕から右腕に格上げ!」


「下の名前でもやめてください下僕にすらなった覚えないです気持ち悪いから寄らないでくださいどこかに行ってください」


「もーう照れ屋なんだからーん」


「僕の腕をみてください。鳥肌立ってるでしょう!」


 にへらにへら笑った涼は西戸崎の腕をブンブン振りまくる。


 かわいそうに


 涼はその言葉が何よりも一番嫌いで。だから何も気にしていない西戸崎が嬉しいのだ。以前梶原がジュースの缶をうっかりそのまま手渡した時も、起こって暴力沙汰にするどころかどことなく嬉しそうに"下僕開けてよ"って言ったので拍子抜けしたことがあった。

 ふたりの姿を納得して見た梶原の胸は…胸は…


「……何でだよ」


 ちくりと痛んだ。

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