【03】
ロジェの放った気合砲が、俺に避けきれるはずもなかった。
五m程後方に吹っ飛ばされながら、地面に擦り付けながら五、六回転程転がり回ったのである。
「いってぇ〜」
83あったHPも一気に54にまで減り三分の一削られてしまっている。
灰色のローブの『防御力アップX』の性能のお陰だとは思うが、この性能がなかったら今ので即死していたと思うとゾッとしてしまう。
だが、ロジェとの距離は充分に開いた。
これは、どう考えても反撃のチャンスだろ!!
杖を構えロジェに向かって攻撃魔法を放とうと試みた。
「フレア……」
「遅いよ」
いつの間にかロジェは、俺との距離を詰め更に一撃……
アッパーのように下から思いっきり拳を、振り上げてきたのだ。
頭からつま先まで稲妻が走ったかのような衝撃に堪らず片足をついてしまう。
「……つぅ」
頭を揺らされたせいなのか、目が回る。
気持ちわりぃ……
それにしても、魔法を唱える暇が……
先程のアッパー攻撃でHPが28となんとも微妙な所で止まっている。
後1……HP27になれば、『転生者』が発動するというのに……
くそっ……多分次の一撃で間違いなく『転生者』は発動する。
だが、ロジェの攻撃に耐え切れるのか……
……耐え切れなければ死だ。
俺としてはあまり使いたくはなかったのだが、回復ポットを使いHPを全開にした。
よしっ、これで一先ず次の一撃で死ぬ事はないだろう。
「ねぇ……今、何をしたの?」
ロジェはすぐさま異変に気づいたんだろう。不思議そうな顔をしながら俺を問い詰めてきた。
「明らかに先程のダメージ無くなっているよね?」
だから、使いたくなかったんだよなぁ〜
「……答える気はない」
「そう……」
「フレ……」
「だから遅いって」
杖を握りしめている右手に衝撃と共に鈍い音が響き渡った。
「つぅ……」
数秒置いてから激しい激痛が俺を襲ってきた。
「うがぁぁぁぁ!!」
杖を持つ事は出来ず、右手を押さえるので精一杯だった。
「その右手、折れたよ」
「くっ……」
俺もそう思う……
痛みを我慢している俺にロジェが、攻撃の手を休ませてくれるはずもなく攻撃は繰り出されていく。
そもそも骨折は回復ポットでは完治しない。
骨折は持続ダメージと考える方がいいだろう。毒とか麻痺みたいな物だ。
毒や麻痺は専用のアイテムを使えば直ちに取り除く事は出来るが骨折はそうはいかない。
基本自然回復か、僧侶による魔法でなければ治る事はないのだ。
だが、HPは0になれば死んでしまう。骨折は治らなくとも、HPが減れば回復ポットを使いながら……
俺は動く度に襲いかかってくる激しい痛みに耐えながら、ロジェの攻撃に耐え続けていた。
……次第に、全てを避けきる事は不可能だが、何発かは避ける事が出来始めた。
十発ロジェが放てば、六発は軽く当たり、三発は完全に避けきり、後の一発直撃。
そんな感じだ。
くそっ! 何故ロジェに魔法発動を防がれるんだ……
回復ポットでHPを回復させながらその事ばかり考えていた。
ロジェは遅いと言う。だが、魔法名を言わなければ……
そもそも魔法は発動しないのでは……?
………
んっ? ちょっとまてよ………!?
回復ポットは、システムメニューのアイテム欄から選択して使用する事が出来る。
ならば、魔法はどうだ?
ロジェの攻撃を避けながらもシステムメニューを開きながら、魔法画面を選択する。
すると、以前は『現在、魔法は覚えていません』と出ていたはずなのに、今は俺が使える全ての魔法が表示されていた。
避けながらの選択は流石に難しかったが、それでも俺は『フレアストリーム』をなんとか選ぼうとしていた。
「これで、終わりだっ!」
ロジェの言葉と共に俺は『フレアストリーム』を選択。
手のひらからフレアストリームがロジェに向かって放たれたのと同時に、ロジェの拳は俺の右肩を正確に砕いていた。
「ぐわぁっ!!」
俺の叫び声と共にロジェは、炎に身を包まれていった……
やったか?
だが、ロジェは両手を広げ気合で炎を消し去って行く。
ほぼ無傷である。
俺はというと……肩は折れ右肩からブラリ状態だったが、HP27を切り『転生者』が発動していた。
よしっ!! きたぁ!!
めっちゃ痛いけど、これで形勢は逆転だろ!
「なっなんだ……その力は……?」
「……」
「まさか、君……」
ロジェの言葉を無視し俺は再度アイテム欄を選択し、そしてスラッシュソードを取り出す。
スラッシュソードは以前粉々に砕け散ったダマスカスブレードよりも遥かに弱く、Level.20代の剣士が好んで装備する武器だ。
また、ダマスカスブレードと同様に粉々に砕け散ってしまうかも?
と考えると今回は弱い武器を選択した。
武器が弱いとなると、当然攻撃力もダマスカスブレードより低く設定されており、例え『転生者』が発動中だとしても、ロジェを一撃死させるまでの攻撃力はないだろうと思いスラッシュソードを選択してみた。
「……ヒュー……マ」
ロジェが言おうとする言葉の前に俺は、『ラグナロク』を発動する。
炎を纏ったスラッシュソードの五連撃が、回避不可能な高速の如くロジェを斬りつけていく。
手応えはあった! どうだ!?
「ハァハァ……」
案の定、スラッシュソードは、ダマスカスブレードと同様に粉々に砕け散っていった。やはり、耐えきれないらしい。
そして、激しい激痛が身体を襲いかかる。
「くはっ!! いっいてぇ……」
柄だけになったスラッシュソードを手放し、右肩を押さえる。
身体にかかる負担が大きすぎる……
『転生者』が発動中だとは言え、くっそぉ〜骨折は治らないのかよ……
でも、前からやって見たかった事が出来た……魔法と剣の合体技……上手く行って良かった。
だが……
「今の技、凄いね」
「なっ!?」
直撃したはずなのに……ロジェは無傷だった……
そう無傷で俺の足元に立っている。
確かに武道家は、最大HPは凄く高い一方、防御面では前衛職の中で最低である。なのになぜ?
傷一つ、ついてはいない?
絶対おかしい!!
「流石はヒューマンだね、俺は今の技で確信したよ」
「はぁはぁ……くっ……」
「君が魔王様の探し人で、なぜウォルガフが君の側にいるのかもね」
「……」
「その結果、君はこのままにしておくわけには行かない。魔王様の所へ連れて行かせてもらうよ」
くっくそ……
「そっその前に……一つ質問が……」
「なんだい?」
「今の俺の技、『ラグナロク』って言うんだけど、なぜロジェは無傷なの?」
「あぁ……先程の攻撃、確かに素晴らしかったよ。でも攻撃力がなかったね。痛くも痒くもなかったよ」
「!!」
ははははっ……
要するに武器が……
スラッシュソードが弱すぎたんだ。
ロジェは俺にゆっくりと近づいてくる。
そして……
俺の目の前に立ったロジェは両足をしっかりと大地に踏みしめ、右手に気を送り始めた。
『ラグナロク』の三十秒間の硬直時間が俺の動きを封じている。
時間稼ぎをしたのだが、まだ後数秒足りなかった。
「タイガーブロウ!!」
ロジェの右手から放たれた無数の拳は、俺の腹部、顔面、両腕、両足などと至る所に打ち込まれ、その衝撃波は俺の身体を壁まで吹っ飛ばす程の勢いだった。
壁に激突し無残にも壁からずり落ちる事しか出来なかった。
もう既に『転生者』の効果は切れている。
画面が赤く点滅しているも『転生者』が、もう一度発動する事はなかった。
回復ポットを使用しようと選択するが、もう意識は朦朧とし指先は上手く動かず俺には回復ポットを選択する事は出来なかった。
こんな所で終わるのか……
短い旅立ったな……
ロジェの攻撃は、恐らくこれが最後の一撃だろう……
もう目覚める事もなく俺もクリスタルの仲間入りか……
ロジェは、ピクリとも動かない俺に対して高々と拳を振り上げている。
「終わりだ……」
その言葉に俺は目をつぶった。
ーーーーーー
しかし、ドスンッともガツンッとも終わりを告げる音は響き渡らなかった。
恐る恐る目を開けると、振り上げた拳をウォルガフが受け止めていたのである。
「リュウイたんを虐めるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ウォルガフ……」
ウォルガフは、俺の姿を見て激怒していた。
そもそも、なぜ目が覚めた??
「離してウォルガフ……」
ロジェは目線だけを動かし、ウォルガフを見つめていた。
「ロジェたん、これはどういう事でちゅか?」
そんなロジェに対し、ウォルガフは冷静に言葉を返している。
「……この人は危険過ぎるよ。今ここで魔王様に引き渡すべきだ」
「そんな事、してはいけないでちゅ」
ふぅ〜と一息ついたロジェは再び口を開いた。
「……ウォルガフ、お前一体どうしたんだよ?
しばらく会わないうちに随分と変わったな。昔のお前なら、弱い者は切り捨てる。
孤独の『フォス族のウォルガフ』と呼ばれていたのに……」
「リュウイたんは、誰もくれる事が出来なかった安らぎと優しさを僕に一杯くれまちぃた」
「……」
「ロジェたん、リュウイたんを殺したらダメでちゅ」
ウォルガフの手に力が入り、握りしめられているロジェの手はメキメキと音が鳴り始めている……
「……わかったよ、ウォルガフ。この人を殺すのは辞めるよ……」
ウォルガフはまだ、ロジェの手を離さない。警戒しているのだろうか?
「俺が嘘をついたことあるか?」
「ぼくの知っている限り、そんな事は今まで一度もないでちゅね」
「だろ? 今日の所は引き下がるよ」
「わかったでちゅ」
ウォルガフはロジェの手をそっと離し安堵しているようにも俺には見えた。
ウォルガフとロジェが話しをしている間に俺はなんとか回復ポットを使う事に成功した。
右肩と右腕は折れたままだけどね。
「ふぅ〜リュウイたん大丈夫でちゅか?」
「……あぁ。右肩と右腕折れているけどね」
「良くないけど、良かったでちゅ」
「はははっ」
どっちだよ…… まぁ、ウォルガフが気がついてくれて良かったよ。
気を失ったままだと、俺はロジェに魔王の元に連れて行かれてた事だろうな。
「リュウイたん、歩けまちゅか?」
「んっ? あぁ、なんとか」
「なら、後は頼みまちゅ」
「えっ?」
「実は、まだぐらんぐらんするんでちゅよねぇ……ふみゅ〜限界でちゅよぉ〜」
そう言いウォルガフは再び気を失ったのである。
「……」
俺のピンチに咄嗟に起きたのかよ……
「本来なら、三時間ぐらい起きない程の量なんだけど……ウォルガフは凄いね」
「……」
「それとも、君が……いや、リュウイさんが凄いのかな?」
「……」
「愛?」
「違うわっ!!」
思わず反論してしまった。ウォルガフは、仲間だ。
世話は物凄くかかるけどな……だが、唯一共通の情報を持つ頼りになる大切な仲間。
「っ……いてて」
大きな声を上げたから傷に響く……
これから、ウォルガフを背負って戻らないと行けないのにな……
まぁ、軽いし片手で大丈夫だろう。
「確かにウォルガフの言うとおりなのかもね」
「何が?」
「ウォルガフの安心しきっている寝顔……今まで見た事なかった」
「……そうか」
「でも、リュウイさんこれだけは言っておくよ」
「なに?」
「次に会った時は、何が何でも俺はリュウイさんを魔王様の所に連れて行くからね」
「……」
それまでに強くならないとな……
ウォルガフを背負い俺はロジェの方へと振り返る。そして……
「じゃまた……」
「ウォルガフにまた。と伝えておいて」
「わかった」
俺はもう会いたくないけどね……
ロジェを残し俺はウォルガフを背負いながら来た道を戻って行くのであった。
ウォルガフを背負いながら俺は思った。
魔法と剣の合体技……確かに出来た。『転生者』のお陰とは言え一時的に、剣を使える状態にし現在の職業魔法使いとの合体技……
という事はだ。俺は魔法使いの他のサブ職業は剣士にしている。
剣を装備する事が出来れば、火をまとった剣は『転生者』を発動しなくとも出来ると思う。
灰色のローブもボロボロだし、街に戻ったら剣と服……新調したいな。
そして、『転生者』と『ラグナロク』について……
確かに『転生者』は素晴らしいチート能力だ。
能力自体桁外れに強い。それはわかる。
だが、俺には使いこなせていない。
今回のロジェ戦に使ったスラッシュソード。
あれは、弱すぎた……
でも、他の剣を使ったとして果たしてロジェを倒す事は俺には出来たのだろうか?
ダマスカスブレードと同様の剣を使った場合、最悪ロジェを殺していたかもしれない。
そうなれば、俺はウォルガフと口論になっていたと思う。
殺さずに戦闘喪失させる。
……そんな難しい事、出来たらいいな。
いやいや、普通に考えて無理だろ……この世界は剣と魔法の世界だ。
「よいしょっと……」
背負っているウォルガフがずり落ちないように、位置を戻しながら再び考え始める。
後、システムメニューからの魔法の使い方……
咄嗟の事とは言え、あれは戦闘中にやるものではないな。
ゲームの時は画面越しだった為、特技や魔法といった攻撃はアイコンをクリックしてモンスターを選択する。それだけで、攻撃を行っていてくれた。
だが、今はリアル戦闘だ。
システムメニューを開きながら魔法を選択……
そんな事を悠長にやっていれば、敵に攻撃される可能性は極めて高くなる。
何より視界が狭くなり敵がどんな動きをし、次に何をしているかが確認出来なくなってしまう。
それは、余計な攻撃を受ける事になるだろう。
今回はたまたま上手く出来た事であって、今後も出来るとは限らない。
となれば、今まで通りシステムメニューを使わないで魔法を発動するべきだろう。
……今後ロジェと同じように一体一での戦闘になった場合、魔法を発動する前に妨害される事は十分に考えられる。
そこは要検討だな……
ウォルガフを背負いながら俺はそんな事を考えていた。
課題は山済みであった。
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「ふぅ〜ついたぁ〜」
ウォルガフが使った隠し部屋のワープゲートまで辿り着いた俺は、一安心した。
Level.10の俺としては、道中魔物に見つからないように慎重に進まなければならなかったからだ。
ウォルガフは、そんな俺の気も知らずに気持ち良さそうに眠っている。
……ったく、呑気なものだ。
そして、ワープゲートへと足を踏み入れる事にしたのであった。
「あれ?」
ワープゲートは何故か発動しなかった。
「なっなぜぇ〜!?」
ワープゲートが発動しないと俺としては、非常に困る。
ここは七階層ある北の洞窟だ。そして、現在俺がいるのは最下層。
楽してワープゲートで最下層まで来たから、帰りも同じように帰れると思っていたのだが発動してくれない。
ウォルガフを背負ったまま入り口を目指すなんて無理すぎる……
でも、ワープゲートは動いてくれないし……
はぁ……仕方がない。歩くか……
と決意した俺はワープゲートを背にし踵を返し隠し部屋から出ようとすると、足元で何かがぶつかったような感覚がした。
「いってぇ〜」
鼻を押さえながらうずくまっているのは、先程別れたばかりのロジェだった。
「ごっごめん……」
「前方不注意だぞ!!」
ロジェはそう言いながら怒鳴ってきたのだが、俺の顔を見るなり表情が変わった。
「ってリュウイさんじゃないか? まだ、ここにいたのか? 随分とゆっくりだな〜」
ロジェは言いたい放題言ってくれる。
俺だってさっさと街に戻りたいけど、何分Levelが低いので魔物に見つからないように移動する事で精一杯だったのですよ!
「それで、どうしたんだい?」
「いや、ワープゲートが何故か起動しなくてさっ……」
ってか、『次に会った時は、何が何でも魔王様の所に連れて行く』と言われて三十分も経たずに再開してしまったのだが……
「あぁ……なるほどね」
ロジェは、俺の言葉に納得したのかワープゲートへと歩み寄って行く。
どうやら先ほどの話はまだ保留らしい。
良かったぁ〜
ロジェがワープゲートに入ると、ワープゲートは淡く光り始めた。
「なんで?」
「リュウイさん、冒険者ランク低いでしょ?」
「Dだけど?」
「最下層ワープゲートはSランクじゃないと反応しないよ」
「……」
ロジェがまだいてくれて良かったよ……
「助かったよ。お礼にご飯でもどうかな?」
「!!」
その言葉にロジェは、目を輝き始めながら俺を見つめる。
「ほっ本当ぉ〜?」
「うっうん……」
やばい、ロジェがウォルガフに見えてきた……
フォス族と言うのは、食欲旺盛なのか? それとも種族自体がご飯にあまりありつけないのか?
どっちなんだろう……
まぁいい。
無事に北の洞窟から抜け出せそうだ。ロジェに感謝しよう……
ウォルガフを背負い、ワープゲートに入りながら俺はそう思っていた。
だが、災難はまだ終わってはいなかった。
洞窟から出ると多数のガルヴァルデ族が、洞窟を取り囲んでいた。
「動くな!!」
一難去ってまた一難だな……一体どうなっているんだよ!