第31話:落ちる獅子
翌日、レインたちは指定されたユキエナガが大量発生するポイントに到着していた。今年は特にユキエナガの数が多いらしく、例年は一か所だけだが、今回は三ヶ所に分かれて集まっているユキエナガの数を減らさなければならない。
今レインたちが立っている前には、2m以上積もっている雪壁がある。この雪壁の向こうに、ユキエナガがいるはずだ。
アルマとレオンハルトはすでに変身していた。レインと仮契約した時のレオンハルトは虎だったが、スミレと契約したレオンハルトの変身は、人よりも大きいライオンへと変身していた。ただのライオンではなく、たてがみの部分が火で形どられている。百獣の王らしい威厳と迫力のある姿だった。
「よし、準備はいいか? レオンハルト、頼むぞ」
「フン、キサマに言われるまでもない! スミレ、魔力を回せ!」
「はい、坊っちゃま」
十分な量の魔力を受け取ったのか、レオンハルトのたてがみがさらに大きく燃える。レインの方にも熱が伝わってくるくらいだった。
レオンハルトの発する熱により、雪壁が溶けていく。雪壁が溶け切った瞬間、視界いっぱいに雪原と大量のユキエナガが広がった。ユキエナガたちに日光が反射して、少し眩しくもコントラストが美しい。つい任務を忘れて、見惚れてしまった。
「うわあ、キレ〜!」
「これは確かに、凄いな……」
「ふん」
レインとアルマを他所に、レオンハルトはユキエナガの方へと駆けて行く。しかし、ユキエナガはレオンハルトの熱を嫌がるように、ふわふわと散ってしまう。光景は綺麗だが、あまり遠くに逃げられても厄介だ。
レインが重力でユキエナガを集めるか提案しようと口を開く前に、レオンハルトが動いた。
「数が多いな。少しもったいないが、中級魔法で一掃する! ファイヤトルネード!」
ゴウッと、レオンハルトの周りに、螺旋状に炎が立ち上った。ユキエナガは影級だ。中級魔法など受けたらひとたまりもない。
「ハーハッハッハッハ!! 雪の悪魔など、恐れるに足らんわ!!」
高笑いとともに、レオンハルトはユキエナガを一掃する。レオンハルトを中心とした炎の竜巻に、鳴き声を上げながら次々と溶かされるユキエナガを見ていると、惜しむような感情が出てきてしまう。
……いいや、ユキエナガは悪魔だ。ムサシだっていくら悪魔が好きでも線引きはしていた。気をつけなければ。
ユキエナガはレオンハルトの熱を嫌がるように散っていく。 しかしレオンハルトは逃がす気などなく、そのまま群れを追い始めた。
「ハーハッハッハッ、ッハ!?」
「坊ちゃま!?」
逃げるユキエナガを追っていたレオンハルトの姿が、急に見えなくなった。よく見ると、先程までレオンハルトがいた足場がごっそりと無くなっている。
これは、まさか――
「雪庇だ!」
雪庇――強い風により、雪が崖などの外側にせり出してできる"張り出し"。
まるで普通の地面に見えるそれは、中身は雪のため踏むと崩れてそのまま落ちてしまう危険な場所。
レオンハルトが魔法を発動したことで雪が溶け、足場が無くなって落下してしまったのだろう。
「くうぅぅぅう! こっ、この……!」
レオンハルトは足から炎を噴射することで、なんとか落下を免れていた。しかし、四肢から出る炎の勢いがバラバラで、非常に不安定だった。
「まずい! コントロールがめちゃくちゃだ……!」
急に足場が無くなったことに動揺し、上手く魔力をコントロールできていない。いや、あれは……魔力が上手く魔法に変換できていないのか?
なんにせよ、レオンハルトはいつ落ちてもおかしくなかった。
「クソッ、来るなキサマ等!」
バランスが取れず、ふらついているレオンハルトに残っていたユキエナガが群がる。何体かたてがみの炎に溶かされながらも気にせず、どんどんレオンハルトの体に集まっていく。瞬く間に、ユキエナガが自らの体を使いレオンハルトを閉じ込めた、氷の球体が完成しようとしていた。
「坊っちゃまを離しなさい!――ファイヤショット!」
「レオンハルト、無事か!」
スミレが火球を放つが、表面のユキエナガを溶かしただけで、中心にいるレオンハルトまで魔法が届かない。
レインも呼び掛けるが、レオンハルトの応答を聞くよりも早く、ガクンと氷球が傾いた。
「ぐ、おおおおおっ!」
氷球の内部から熱が漏れ出し、ひびが走り、砕け散る。バラバラと、ユキエナガたちが力を失って落ちていく。開放されたレオンハルトは――四肢が、凍っていた。右前足からはかろうじて炎が噴射されているが、一本では体を支えることができない。まずい、落ちる!
「嫌っ! 坊っちゃま!」
「ゼロ・グラビティ!」
咄嗟に、急降下し始めたレオンハルトの体の重力を軽減させる。勢いは落ちたが、物とは違い、レオンハルトは魔力を帯びているせいか、気を抜けばすぐに魔法が解けそうだ。
「レイン・ヴェルトラム! キサマの助けなど――!」
「黙って助けられてろ! くっ、重っ……!」
レオンハルトはなんとか徐々に高度を落とし、着地する。しっかりと地面に足を着けたレオンハルトは、ふーっと長く息を吐き出した。
この場所のユキエナガはレオンハルトの魔法と氷球で討伐は完了だ。だが、変身を解いたレオンハルトは、苦々しい表情を浮かべていた。
「レイン様、誠にありがとうございました。ほら、坊っちゃまも」
スミレがレオンハルトに促すが、レオンハルトは何も言わない。
「ほらほら、坊っちゃま、いいえレオンハルト様、お礼を言えないと格好いいとは言えませんよ〜」
「今回だけだ! 次はキサマの助けなどいらん!」
「こら坊っちゃま! 助けていただいたのに、そんな言い方はしてはいけません!」
「ええい! うるさい!」
レオンハルトとスミレは、礼を言う言わないの押し問答を始めた。
しばらく移動しないと思ったのか、アルマも変身を解き、レインに話しかけてくる。
「レイン、よくせっぴ? ってやつ知ってたね」
「いや、ホワイトベリーに行く途中の、観光本に載ってたんだ」
その観光本には、ホワイトベリーのおすすめスポットや、観光客への注意も掲載されていた。魔導列車で移動する暇つぶしだったが、読んでよかった。
「へえ〜、そういうのも載ってるんだ。わたしも読めばよかったかな?」
「アルマは寝てただろ」
魔導列車の中で、気の抜けた顔を晒して眠っていたアルマを思い出す。なにやら寝言も喋っていたし、爆睡と言ってもよかった。
「もー! 乙女の寝顔見ないでよ!」
「勝手に晒してたのはそっちだろ!?」
思わぬ言い掛かりに、レインも言い返す。これで怒られるのは理不尽だろう。
「もう、レインってば……。んー」
「なんだ?」
アルマは、何か言いたそうに口をもごもごさせている。
「いや……レオ、大丈夫かなーって」
「大丈夫じゃないか? 元気そうだぞ」
なんだ、レオンハルトのことか。だがレオンハルトはスミレと元気にやり取りを続けている。あれだけ騒げるなら問題はないだろう。
「元気とかじゃなくてさ。なんかこう、魔法が変っていうか……。
普段のレオの魔法は『ドドド! ドバーンッ!』だけど、さっきのは『トロトロ、バシャーッ』って感じ?」
「…………すまん、分からん」
「えー!?」
「レオンハルトの、魔法に違和感があるってことだよな?」
記憶を探り、レオンハルトが魔法を使っていた場面を思い出す。
確かに雪庇のとき、動揺していたにしてはコントロールに違和感があったが、そんなに気にすることだろうか。
「普段のレオンハルトの魔法は、もっと魔力変換がうまいのか?」
「うん、上手だよ。それに、驚いただけでレオがコントロールできなくなるとは思えないし……」
「なるほどな」
レインが言ったところで聞き入れられないと思うが、これは共有するべきことだ。
「レオンハルト、ちょっといいか」
レインが振り返った、その時。
「――やはりだ。魔法の発動が上手くいかん」
レオンハルトはすでに変身し、原因を探っている最中だった。




