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マギアワンド  作者: 桑田照知
第1章
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第0話:出会い 

「くそっ」

 

 人気のない空き地で、レインは何度も魔力を放っていた。

 だが、何も起きない。

 火も、水も、風も。 何一つ。

 それは、レインに現実を突きつけるには十分すぎる事実であり、嫌というほど理解させることだった。

 自分が、“欠陥品”だということに。 

 それは、レインの"希望"をバラバラに打ち砕くものだった。


 『この属性は異常だ。七属性のどれにも属していない』

 

 『属性がなければ、何も起こらないのか……』


 『これでは悪魔を倒すことなど、できるはずがない』


 『ワンドとも契約できないだろう』


 『魔法使いになるのは、諦めなさい』


 検査で言われたことが離れず、頭の中をぐるぐる回る。魔力があるはずなのに、何も起きない。せっかくマギアとして魔力が発現したのに。

 これでは、また誰にも―― 

 

 『好きにしなさい』

 そう言ってほとんど家に帰らない父親。


 『私はパトラと遊んでいるの。貴方は女の子じゃないでしょう? あっちに行きなさい』

 女の子がほしかったと妹ばかりを構い、一切関わろうとしない母親。


 『お兄ちゃんってほんとにかわいそう〜』

 口では心配の言葉を言うが、内心見下しているのを隠そうとしない妹。


 誰の役に立てず、誰からも認めてもらえなかった自分も、マギアかワンドの力が発現し、立派な魔法使いになれば認めてもらえる――そう思っていたのに。

 結果は役に立たない無属性のマギアだった。


「くそっ、くそっ!」


レインはそれでも事実を認められず、手のひらから必死に魔力を放出していた。

 今からでも属性さえあれば、認めてもらえると。

 だが、属性が発現する気配はない。

 泣きべそをかきながら、なおも魔力の放出を続けようとしていたその時、突如としてそれは現れた。


「ラッキー! デキソコナイノマギアガイルゾ!」


 その悪魔はレインよりも大きく、サルの頭とコウモリの体を持ち、足には鋭い鉤爪がついていた。


「うわぁーっ! くそっ、来るなよぉ!」


「ゲヒャヒャ! キカナイナァソンナマリョク」


 足がもつれ、無様に転びながらも後ろに下がりつつ、苦し紛れに魔力を放つが効いた様子はなく、悪魔は何もなかったかのようにレインを煽った。


「オ? ナンカシタカァ? ゲヒャヒャヒャ!」


 自分よりも弱いマギアを見つけた悪魔は、後ろを壁に阻まれ逃げれなくなったレインを甚振ろうと、ゆっくりと恐怖を掻き立てるようにして近づく。


「イノチゴイヲシタラ、イノチダケハタスケテヤロウカ? トビキリミットモナクナ! ゲヒャヒャヒャ!」


 勿論悪魔の言葉は嘘で、本当に命乞いをしたら大笑いして殺すつもりだった。レインにもそれは分かっており、何もできないレインなりにも、プライドがあった。


「誰が命乞いなんかするか!……地獄に落ちろ、クソ悪魔!」


「ハッソウカヨ。ジャアシネ!」


 悪魔が鉤爪のついた足を振り上げた瞬間、悪魔の両足が爆ぜた。


「ギャァァアア‼」


「え……?」


 悲鳴を上げる悪魔を見ながら呆然としていると、上から声が降ってくる。


「よく言ったね坊主。助けてやろう」


 声の主は黒衣に身を包み、大きな杖を持った女性だった。言い終わると同時に、女性はちょうど悪魔とレインの間に降り立った。


「グゥウ……テメェ、マサカ……」


「おやおや、数も数えられないほど頭が悪いのかい?クソ悪魔は」


「グウウウ! テメェラハ!」


「そうさ、アタシ達は"魔法使い"さ」


 彼女はそう言って、楽しそうに笑った。


 悪魔と魔法使いの睨み合いが数秒続き、痺れを切らしたのは悪魔の方だった。


「クソッ」


「あっ逃げる!」


 形勢不利とみた悪魔は逃走を図るが、それは叶わなかった。


「あぁ、もういいさね」


「グギャッ」


 魔法使いが杖をひと振りしただけで悪魔の頭と胴が分かれ、ゴロリと首が転がった後、消滅した。


「すっげぇ……」


「さて、質問は後さね。怪我は擦りむいた膝だけかい?マギアなら魔力で傷を治せるだろう。魔力を傷に集中させるイメージだ。やってみな」


「あっはい」


 簡単に悪魔を屠った魔法使いはレインに振り返ると、傷を治すように指示してきた。

 マギアは魔力を持つ分常人やワンドに比べものにならない回復力を持っている。いや、再生能力と言うべきか。多少の欠損なら治ってしまうのだから。

 ひとまずレインは言われたとおりに魔力を擦りむいた膝に集中させ、ゆっくりだが治していった。


「うん、初めてにしては上出来さね」


「あっあの! 助けてくれて、ありがとうございました!」


 お礼を言って、ガバリと頭を下げる。魔法使いの戦闘を間近で見た興奮で忘れていたが、レインは危うく死ぬ所だったのだ。


「おお、質問の前にお礼とは。中々見どころがある坊主さね。だが――」


 ギッと、魔法使いの目が鋭くなる。


「こんな人気のない場所でワンドもいないマギアが1人でいたら、襲って下さいと言っているようなもんさね!」


「は、はい! すみません!」


「最近はマギアやワンドを攫う連中もいるんだよ!

 もっと警戒しな!」


「はい! すみません!」


 魔法使いの説教は正論だった。マギアは悪魔に有効な魔力を持つが、ワンドと契約しなければその力をまともに扱えない。マギアはワンドがいなければ魔力の制御ができず、悪魔と戦うことができないのだ。

 そしてワンドは、マギアと心を通わせることで武器へと変化する。マギアとワンドが契約し、初めて“魔法使い”として悪魔と戦えるのだ。

 また、悪魔に与する犯罪者はパートナーがいない未熟なマギアとワンドを狙うため、一人での行動は原則禁止されていた。


「しかも契約前のマギアは魔力が不安定だ。暴発したらどうする! いくら無属性だからって、暴発しないとは限らないだろう!」


「はい! すみませ……あれ? なんで俺が無属性って」


「ああ、そりゃ無属性が久しぶりに出たって聞いたから、わざわざ来たんさね」


 謝ることしかできなかったレインだが、知られていないはずの属性のことを言われ、疑問に思わざるをえなかった。その疑問に魔法使いはいとも容易く答える。


「な、なんで」


「おっと、その前に自己紹介をするさね。アタシはアリス・ワンダー。魔法協会本部で教師をやってる。ほら、アンタも」


 魔法協会とは、全ての魔法使いとまだパートナーがいないマギアとワンドが所属する対悪魔の専門組織である。

 各地に支部があるが、アリスはわざわざ本部から来たようだ。

 自己紹介を終えたアリスが持っていた杖に話しかけると、杖から男性か女性かも分からない、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。


「アッ……ル、ルイス・グースデス……ヨロシク……」


「もっとちゃんとするさね。相手は子供だよ?」


「コドモ……ヒカリノゴンゲ……ムリ……」


 蚊の鳴くような声でそう言ったルイス・グースは、それきり黙り込んでしまった。ため息をつきながら、アリスはレインに向き直った。


「まったく、しょうがないさね。で、アンタは無属性のレイン・ヴェルトラムだろ?」


「は、はい。そうです。あの、なんで俺に会いに来たんですか」


 なぜレインが無属性だからといって、本部の魔法使いであるアリスとルイスが会いに来たのか全く分からない。無属性は役に立たないはずなのに。


「ああ、それなんだがね……アンタ、どうしたい?」


「え?」


 レインはアリスの言った意図が分からず、間抜けな声が出てしまった。少しバツが悪そうにアリスが続ける。


「初めて悪魔を見て、まだ魔法使いになる気はあるかい? もう金輪際悪魔と関わらないってんならそれでもいい。ただ、魔法使いになりたいならアタシが協力できる」


「俺は……」


 アリスにそう言われて、レインは考える。確かに悪魔は怖かった。

 だけど、このまま役立たずでいる方がもっと怖かった。


「俺は、誰かの役に立ちたいんです。だから、魔法使いになりたい」


「そうかい。なら……アンタ確か八歳だっけ?」

 

「はい、そうですけど……」


「あと二年待てるかい?」


「え?」


「十歳になったら、無属性を研究するためってことで本部のある町へ行って、魔法使いになる訓練をさせてやれる。そこから十五になれば、魔法使い見習いとしてワンドとも契約できるだろう」


「ほ、本当ですか!?」


 出来損ないのマギアである自分がワンドと契約できる、そう聞いてレインの気持ちは一気に明るくなる。暗雲の中の一筋の光のように、アリスの提案はとても素晴らしいものに思えた。


「アンタに合うワンドがいるかは分からないよ。ただ、地方にいるより本部の方がワンドの数が多いさね。その分確率も上がるだろう」


「それでいいです! 少しでも魔法使いになれる可能性があるのなら!」


「じゃあ決まりさね。親には私が言っておくから、あと2年は大人しく待ってるんだよ」


「はい! ありがとうございます!!」


「それじゃあね。頑張んなよ、坊主」


 アリスはそう言うと、杖に腰掛けて飛んで行ってしまった。一人になったレインは興奮を抑え切れずにいた。


「やった……!俺は魔法使いになれるんだ……!」


 レインはこの日を生涯忘れることはないだろう。

 これがレイン・ヴェルトラムの人生の転機となる、最初の出来事であった。


 

 レインが喜びを抑え切れずにいた頃、上空。


「ねえ、アリス」


「なんだい」


 いつもは無口なルイスが、珍しく自分から話しかけてきた。人見知りが激しく、知らない人の前では蚊の鳴くような声になってしまうが、慣れた人には普通に話せる。


「良かったの? 言わなくて」


「何がだい?」


「アリスも()()()だってこと」


 そう、アリス・ワンダーはレインと同じ無属性だった。しかし、この事実を知っている者は少ない。

 そしてアリスは無属性であるにもかかわらず、魔法使いの頂点にまで上り詰めたレインが目標にすべきマギアだと言える。

 だからこそ、同じ無属性であるレインを気に掛けわざわざ顔を見に来たのだが、結局アリスは自らも無属性であるということを明かさずに去ってしまった。


「ああ、いいのさ」


「なんで?」


 ルイスの疑問に、こともなげにアリスは答える。


「どうせマギア一人じゃあ何も出来ないさね。魔法使いってのは"二人で"なるものだからね」


「あはは! そっか!」


「そうさ」


 そうして魔法使い二人は、楽しそうに帰って行った。



 それからは、あっという間に過ぎて行った。両親にはアリスが言ってくれたらしく、十歳になったら魔法協会本部に行くことがすんなりと決まった。

 母は無関心を貫いたが、父からは本当に魔法使いになりたいのか聞かれた。なりたいと答えたら、いつものように『好きにしなさい』と言って、あとはいつも通り仕事に出かけていったが。


 それからの日々、レインは魔法使いになるためだけに生きた。

 体を鍛え、勉学に励み、無属性の研究にも協力した。

 妹のパトラ・ヴェルトラムも光属性のマギアの力が発現した。母はさらにパトラを可愛がり、パトラはレインを見下すようになったが、もう気にならなかった。

 ――魔法使いになる。

 そのためだけに、前を向いた。

 そして十五歳。ついに、ワンドとの契約の日を迎える。

 

「長いようで、短かったな」


 レイン・ヴェルトラムは魔法使いになるために、ワンドとの契約(マインドリンク)に臨む。

 

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